第158話(優愛ルート)「うん。良いよ……キスして」
優愛の発言に、オタク君、完全にフリーズである。
「えっ……」
「だめ?」
そんなオタク君を、濡れた瞳で見る優愛。
いや、そんなロマンチックな物ではない。
「私じゃ、嫌なの?」
涙を目いっぱい貯めている状態である。
オタク君が完全にフリーズしているせいで、キスを拒否をされたと勘違いしているのだ。
場の雰囲気に飲まれ、キスして欲しいと口走った事を後悔する優愛。
「いえいえいえいえ、嫌じゃないですよ!!」
羞恥心から顔を真っ赤にし、涙目になりながら上目遣いをしている優愛を見て、やっとオタク君も今の状況を理解したようだ。
「じゃあ、して!」
「えっと……それは」
理解はしたが、キスしてと言われ、すぐに出来るかと言われればそうではない。
初めてのキスは、足を踏み外したリコと偶然に。
二回目のキスは、委員長が強引に奪った形で。
どちらもオタク君からしたわけではない。キスをしたというよりも、キスをされたという表現が正しいだろう。
もし優愛の方から、キスを迫って来ていたなら、オタク君はなすがままにキスをされていた。
だが、恋愛クソザコナメクジの優愛に、そんな度胸はない。キスしてと言っただけでも十分すぎるほどに勇気を出している。
「やっぱり、嫌なんでしょ」
「いえ、だから嫌じゃないですよ。でもほら、心の準備とかあるじゃないですか?」
「じゃあ、今心の準備して」
女の子からキスを誘われ、ここまで言われているのに、自分なんかがと思い遠慮してしまうめんどくさい反応をするオタク君。
そんなめんどくさいオタク君に対し、もはや引くに引けず、めんどくさい女になる優愛。
今すぐ心の準備をしてと言われても、そう簡単にできるものではない。
が、今すぐに心の準備が出来なければどうなるかくらいオタク君も分かっている。
あと数秒もしない内に優愛が泣き始めてしまうという事に。
「わ、わかりました。でも本当に良いんですか?」
「うん。良いよ……キスして」
キスしやすいように、そっと顎を上げる優愛。
(そういえば、キスする時ってどうすれば良いんだっけ!?)
顎を上げるが、両目ともガン開きである。
初めてのキスなので、どうやってキスされるのか気になってしまい目を閉じれないのだ。
(あれ、キスする時って目を閉じたりしなくても良かったっけ?)
優愛が目を閉じないのだから、それに合わせるように目をガン開きで顔を近づけていくオタク君。
先ほどまでの優愛とのやり取りで、もしここで自分だけ目を閉じたら、優愛は「やっぱり嫌々してる」と思うかもしれないという気遣いである。
そして、お互いのくちびるが触れあうまで、あと数センチ。
「あの、本当に良いんですね!?」
ヘタレる、オタク君。
「うん」
「その、どうやってキスすれば良いか分からないので、上手く出来るか分からないですけど、良いんですね?」
「うん。オタク君の好きにしてくれて良いから」
「……分かりました」
それは、とても不器用で、ヘタクソなキスだった。
唇を近づけようとして、お互いの鼻が当たってしまい、鼻が当たらないように首を傾げ、どの角度が良いのかとオタク君なりに探すために何度も首の角度を変えたりしながら、ゆっくりとキスをした。
どれくらいの時間キスすれば良いのか分からず、唇が触れ合ったまま、互いに見つめ合う。瞬きも忘れるほどに。
多分、ほっとけば二人はずっとこのままだっただろう。
不意に、ガサガサという音が鳴る。
その音に、ビクっと反応し即座に距離を取るオタク君と優愛。オタク君と優愛は顔を背け、自分たちは何もしていませんよと言わんばかりに。
「ねぇ、こっちにもカップルいるみたいだけど」
「マジか、ここにもいるのか」
男女がコソコソと話している声が、オタク君と優愛の耳に入る。
彼らのいうカップルが、自分たちを指している事くらい、オタク君も優愛も理解できている。
「オタク君、漫画研究部ってこっちだっけ」
「そうですね。早く行かないと出し物見れないですね」
オタク君と優愛、かなりわざとらしい会話である。
まるで自分たちはカップルではなく、漫画研究部の出し物を探して道に迷っただけですよと言いたげである。
流石にその言い訳は無理がある。
「なんかあの二人いなくなるみたいだよ」
「そうなんだ。これで二人きりになれるね」
が、男女にとってそんな事はどうでも良い。大事なのは二人きりになれるかどうかなので。
漫画研究部の出し物楽しみだな、などとわざとらしい会話を続けながら少し早足で立ち去るオタク君と優愛。
オタク君と優愛がいなくなった場所で、今度は二人きりになった男女がオタク君と優愛がしていた事と同じ事をするのは言うまでもない。
‐少しだけ時を遡る‐
漫画研究部、その部室。
今年も出し物は去年と同じで、オススメのアニメや漫画の紹介。
そして、部員たちが描いたイラストや漫画の展示である。
「なぁ、今年も来るかな?」
「来るさ、絶対に」
漫画研究部で、一部の部員はそんな会話をしながらソワソワしていた。
一部の部員は一体、何をそんなにソワソワしているのか?
それはオタク君たちの到来に向けてである。
去年の文化祭で、オタク君が優愛とリコと共に漫画研究部を訪れた。
その際に優愛とリコの行動を見て、漫画研究部の部員たちの中では衝撃が走ったのだ。
オタク君に優しいギャルが存在する、と。
そして、現実に目の前に現れた「オタク君に優しいギャル」を見た部員たちは、感動し、切望し、嫉妬した。
そんな部員たちが取った行動は、はち切れんばかりの想いをイラストや漫画にぶつけたのだ。どこかで聞いた事のある話である。
自分たちが想いをぶつけた作品を、オタク君に優しいギャルたちに読んで欲しい。そして、出来れば読んだ上でこう言われたい。
『うわぁ、リアルだね』
と。
自分たちが描いた物が、真に迫れたのかどうか。
審判の時が来る。
漫画研究部の部室の扉が開かれ、そこにはオタク君と優愛の姿があった。
二人が去年と同じように、展示された作品を見て周る。
その様子を固唾を呑んで見守る部員たちだが、ある事に気づく。
オタク君と優愛が、どこか心ここにあらずな状態なのだ。
「へ、へぇ、オタク君に優しいギャルだって」
「じゃあ、優愛さんは僕に優しいからオタク君に優しいギャルですね。なんちゃって」
「あはは、オタク君面白いねそれ」
しばらくそんな会話をしたオタク君と優愛が、漫画研究部を後にする。
その様子を見て、漫画研究部の部員たちは心の中で泣いていた。
悲しみから。否!
断じて否である!
顔を真っ赤にしながら、心ここにあらずなわざとらしい会話をしているオタク君と優愛。
そんなのを見れば、誰もが分かる事である。
こいつら、さっき一線を越えたな、と。
(夢をありがとう!)
心の中でお礼を言う漫画研究部員。
彼らの想いは次の作品に向けられるが、それはまた別の話である。
今は、オタク君と優愛の話なのだから。




