第142話「オタク君は、こういうの、興味あるの?」
オタク君と優愛が案内されたのは、六畳ほどの和室である。
部屋の真ん中には机と座布団が二つ置かれている。
他には小型の冷蔵庫にTV、それとエアコンが設置されている。
そんな和室の入り口で、オタク君と優愛は立ち尽くしていた。
「どうしましょうか?」
「なにが?」
困り顔で呟くオタク君。
そんなオタク君の顔を優愛が不思議そうな顔で覗き込む。
オタク君が何故か中に入ろうとしないので、優愛も中に入らずにいた。
「いえ、その……」
男と女が一つ屋根の下で一夜を過ごすのだ。
問題ないわけがない。
だが、それを口にしようとしてオタク君は言葉を濁す。
全く気にしていない優愛。
ここでその言葉を口にすれば、自分がいかがわしい事を考えていますと言ってしまうようなもの。
(僕が手を出さなければ良いだけの話だ)
そう、オタク君は手を出さない。紳士なので。
そもそもの話、今まで優愛の両親が家にいないのに、何度も足を運んでる時点で今更である。
場所が変わっただけで、今までと大して違いはない。だから優愛は気にしていないのだ。
もちろん、オタク君はそんな事に気付いていないが。
「ほら、僕たちずぶ濡れですし、先にお風呂にしませんか?」
先ほどの言葉を誤魔化すつもりで言ったセリフだが、実際にオタク君も優愛もずぶ濡れ状態。
このまま部屋に入るのは、あまり宜しくないだろう。
それに、水を吸った服のままでは、不快感で寛ぐことも出来ない。
「うん。着替えがないから浴衣だけ借りて行こうか」
「はい。それとランドリールームがないか旅館の人に聞いてみましょうか」
オタク君も優愛も、一応着替えはカバンに入れてきたのだが、豪雨により全滅である。
乾かすことが出来なければ、明日も着る服がなくなり帰る事が出来なくなる。
浴衣とカバンを持ち、部屋を出るオタク君と優愛。
当然だが、部屋に浴室はない。
流石の優愛父も、その程度の配慮はしたようだ。
旅館のカウンターでランドリールームと浴場の場所を聞き、浴場へ向かうオタク君と優愛。
浴場は混浴……などという事もなく、男湯と女湯で分かれている。
それぞれ入浴後に、洗濯をしてから部屋で集合する事に。
「えー、一緒に洗濯すれば良いじゃん?」
「その、下着とかあるので」
「あー……あー……うん」
別にオタク君なら気にしないよと言いたい優愛だが、彼女はそこまでズボラではない。
一緒に洗う事自体は構わないが、堂々と下着を見せるのは抵抗があるようだ。
それに、男と女とでは入浴にかける時間が違う。
オタク君は軽く頭と体を洗って、湯船で温まったらさっと出るが、優愛は髪を洗うだけでも時間がかかる。
長い髪というのは、手入れだけでも大変なのだ。
その辺はオタク君もよく分かっている。ドールのウィッグの手入れで分からされているので。
実際にオタク君のが早く上がり、部屋に戻っていた。
優愛を待つ間に、スマホの充電をしつつ、母親に泊まる事を連絡している。
『泊まるのは良いけど、もしかして優愛ちゃんって子と二人きりじゃないわよね?』
「そ、そんなわけないだろ!」
『そお? それなら良いけど。こうちゃん、分かってるわね?』
「大丈夫だって、手を出したりしないって」
『女の子から求めてきたら、ちゃんと手を出すのよ?』
「何言ってるの?」
『お父さんも昔は』
問答無用で通話を切るオタク君。
母親の言葉に「全く……」と言いながら頭を抱えている。
普通は手を出すなと釘を刺す場面だろとブツブツと独り言を呟き悪態をつく。
期待していないと言えば嘘になる。なのでオタク君はこうやってわざとらしく自分を宥めるために言っているだけである。
シモ世話な母親の言葉を鑑みるに、もしかしたらオタク君の性格は父親似なのかもしれない。
そう考えると、オタク君の母が、かつてどれだけ苦労したのか容易に想像がつく。
オタク君に小言を言いたくなるのも、仕方がないといえる。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
オタク君が母親との通話が終わり、しばらくしてから優愛が戻ってきた。
手にはドライヤーとクシを持って。
「オタク君、自分じゃ上手くやれないし時間かかりそうだからやって欲しいんだけど良いかな?」
「勿論良いですよ」
優愛からドライヤーを受け取るオタク君。ニコニコ顔で座布団の上に座る優愛。
今日は海に行けなくて残念だったねという雑談から始まり、優愛のマシンガントークが始まる。
それを「そうですね」と返事をしながら、丁寧に髪を乾かしクシで梳いていくオタク君。
ブローが終わり、サラサラになった髪を触り満足気な優愛。
オタク君にやってもらい、いつもよりも綺麗に感じるのだろう。
「そうだ。テレビ見よう。台風どうなってるかな?」
優愛がテレビの電源を入れる。
窓に叩きつけるような雨音を聞くに、相当大きい台風だから、どこの局も台風の情報だらけだろう。
そう思い、チャンネルも変えずにつけたのが災いしてしまう。
『あぁ~ん』
テレビからはわざとらしいくらいの喘ぎ声が聞こえてくる。
突然の出来事にフリーズするオタク君と優愛。
数秒後、青色の画面に変わり『テレビカードを入れてください』と表示される。
そこでようやく我に返ったオタク君と優愛。
オタク君と優愛が見たのは、アダルトな番組である。
本来は有料のテレビカードを購入し、テレビに備え付けてある機器に通すと見られるようになるのだが、無料でもサンプルのために数秒流れる事もある。
その無料サンプルが流れるチャンネルのままにされていたために、起きた悲劇である。
「……」
「……」
オタク君と優愛の間に、気まずい沈黙が流れる。
「オタク君は、こういうの、興味あるの?」
「えっ……」
優愛はゆっくりと立ち上がり、自分の浴衣の帯に手をかける。
「オタク君、興味……ある?」
「ゆ、優愛さんッ!?」
興味あるかどうかと言われれば、オタク君は健全な男子。興味がないわけがない。
だがここで「興味津々です!」などと言えるほどの度胸はない。
ただ、驚きの声をあげながら、あたふたしつつも優愛から目を離せないオタク君。
優愛がするりと帯を外すと、抑える物がなくなった浴衣がはだけていく。
浴衣の下からは、優愛の白い肌……と水着が見えていた。
「えっ?」
「なんちゃって! あはは、オタク君驚いた?」
大成功と言いたげな、挑発的な目でオタク君を見る優愛。
年頃の男の子にそんな事をして、もし本気でオオカミになったらどうするつもりだったのだろうか。
その時は優愛も、オタク君を受け入れてただろう。むしろそうなって欲しいと思いこんな大胆な行動に出たのだ。
オタク君をからかっている優愛だが、なんなら今からでもオタク君が本気になったりしないかと内心ではドキドキしていたりする。
そして、オタク君はというと。
「優愛さん、その水着、前に一緒にプールに行ったのとは違いますね」
「う、うん。可愛いのが色々あったから実は何着か買っちゃってて」
なるほどと言いながら優愛の水着を見るオタク君。
まじまじと水着姿を見て頷く。
「凄く似合ってますよ!」
(優愛さんは新しい水着が早く着たかったから、台風が来てたのに海に行こうって言ってたんだな)
鈍感と気遣いの合わせ技。もはやお約束である。
複雑な気分ではあるが、オタク君に褒められ満更でもない優愛。
「そうだ。写真撮りますか?」
「あぁ、うん……」
優愛のスマホを借り、写真を撮り始めるオタク君。
少しだけ強引な気がするのは、多分先ほどまでの優愛の行動に、本気でドギマギしていたからである。
それを誤魔化すように、ちょっと早口で優愛を褒めたりしながらシャッターを押すオタク君。
なんだかんだで撮影をしている内に楽しくなってきた優愛が、次々とポーズを決めていく。
今のオタク君の姿を、オタク君の母が見たら、さぞかし盛大なため息をついていたに違いない。
「うわっ、これなんてめっちゃ上手く撮れてない?」
「まるでモデルみたいじゃないですか」
「オタク君、それは褒めすぎだってば」
そう言って、照れ隠しにオタク君の背中をバンバンと叩く優愛。
撮影した写真をしばらく二人で見て、優愛がふと思い立つ。
「そうだ。旅館の中を探検して写真撮らない?」
「良いですね!」
夕食まではまだまだ時間がある。
優愛が浴衣を着なおすのを待って、オタク君と優愛は部屋を出た。
「あっ、すみません。ちょっと待っててもらえますか?」
「うん。良いよ」
部屋に戻り、自分のカバンから水着を取り出し、浴衣の下から穿くオタク君。
優愛が浴衣の下に水着を着ているのを見て、自分もポロリ対策に水着を着用する事にしたのだ。
これでオタク君がポロリをする危険性はなくなった。
「それじゃあ行きましょうか」
「うん!」
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