第141話「オタク君、お父さんが何とかしてくれるって!」
降りしきる豪雨
あまりの風の強さに、もはや雨が横から叩きつけるように降り注いでいる。
何故こんな台風の日に、オタク君たちは海に行こうとしてしまったのか?
オタク君たちの地域が全く台風と縁がないからである。
台風が近づいても、いつも多少雨が降る程度で、時には雨すら降らずに台風は逸れてしまうのだ。
テレビやネットで洪水などの被害を見ても、何一つ被害がない地域に住むオタク君たちには別世界のお話でしかない。
なので舐めていたのだ。台風を。
それはなにもオタク君だけではない。オタク君の母親も台風が来ているというのに「気をつけてね」程度の認識である。
オタク君たちの地域で大きな被害が起きたのは、オタク君たちが生まれる以前の事なので、台風に対し危機感を持つ方が難しいのは仕方がないといえる。
「これ、もしかしなくてもやばくね?」
「そうですね」
海に着くまでは「この雨もどうせ、海に着くころには止むだろう」と思っていた二人だが、海に到着しようやく気づいたようだ。これはやばいと。
そんな風に考えていたのはオタク君と優愛だけではない。同じように雨に打たれながら立ちすくむ数組のカップルが、オタク君たちと同じように「やばくね?」と口にしている。
中には口喧嘩を始めるカップルもいるくらいである。
「残念ですけど、帰りましょうか」
「うん……ごめんね」
「謝らなくていいですよ、僕も行こうといったわけですし」
「うん……」
慰めようとするオタク君だが、優愛の表情は浮かない。
せっかくのオタク君と二人きりなのに台無しになった事と、台無しにしたのが自分だということで、そう簡単に気持ちは切り替えられない。
「そうだ、帰ったら代わりに何かして遊びません? 台風ですし、カラオケの部屋は空いてるんじゃないですか!」
「うん。そうだね。泳げなかった分、一緒に叫ぼうぜ!」
「はい。いっぱい叫びましょう!」
やっと笑顔を見せた優愛にほっとするオタク君。
だが、そう上手くはいかない。
バス停でバスを待ち続けるオタク君と優愛。
しかし、バスが来るはずの時間を過ぎたのに一向にバスが来る気配がない。
台風なので、ダイヤが遅れているのだろう。そう思いながら待ち続けるが、バスは来ない。
「バス、運行中止らしいです」
あまりに遅いので、スマホで調べたオタク君。
そこには、台風により運行中止という文字が書かれてた。
「マジで!?」
「はい、それと言いにくいのですが……」
「まだ何かあるの?」
「電車も止まってるみたいです……」
「えっ……」
優愛の顔からサーッと血の気が引いていく。
「それ、帰れなくない?」
「帰れないですね……」
困った顔で頰を掻くオタク君。
自分を責めていた優愛が、やっと笑顔を見せたと思ったらこれである。
雨風はなおも強くなっていく一方。
このままバス停で立ちすくんでいてもどうしようもない。
「とりあえず、どこかお店に入りましょうか」
豪雨により、既に全身がびしょ濡れのオタク君と優愛。
もはや傘をさす意味がない程に濡れているが、だからといってこのまま雨風に曝し続ければ風邪をひいてしまうだろう。
「あっ、あそこに行きましょう」
近くに店があるのを見つけオタク君。
走って向かった場所はバス停の近くにある、海を見張らせるこじゃれたカフェ。
もし天気がいい日なら、海を一望しながら楽しめただろう。
しかしあいにくの台風、当然だが店はやっていない。
なので店の中には入れないが、軒下に避難するだけでも状況は大分マシになった。
マシにはなったが、まだ何一つ解決していない。
台風の進路予想を調べれば、台風は今日の夜中まで居座り、これからもっと酷くなると書かれている。
仕方なく母親に電話をするオタク君だが、道中道路が浸水しているから行けるかどうか分からない、からの母親の説教が始まる。
「大体、なんで台風が来てるっていうのに~」
「女の子も一緒なんでしょ? あんた変な事してないでしょうね?」
「夏休みだからって、だらけてるから~」
母親の説教にうんざりしつつも、かといって短気を起こし切れば迎えに来てもらえない可能性がある。
心を虚無にしながら「はい」を繰り返すオタク君。
「オタク君、お父さんが何とかしてくれるって!」
「本当ですか!?」
「うん!」
満面の笑みの優愛に、オタク君も満面の笑みで返す。
優愛の父が迎えに来てくれるなら、もう耐える必要はない。
「母さん、なんとかなりそうだから電話切るね!」
電話越しにオタク君の母はまだ何か言っているが、気にせず通話を切るオタク君。
オタク君が通話を切ると、優愛も「お父さんありがとう。大好き!」と言って通話を切った。
年頃の娘から嬉しそうにお礼だけでなく大好きまで言ってもらえたのだ。優愛の父は天にも昇る気分だろう。
「オタク君、こっち!」
オタク君の手を引き、どこかへ向かおうとする優愛。
その手をオタク君が引き止める。
「優愛さん。その前にこれ羽織ってください」
薄手のジャケットを脱ぐオタク君。
既に雨で水浸しなので、着る意味があるのかと疑問に思う優愛。
だが、オタク君が顔を背けながら渡そうとしている時点で気づく。
今日の優愛は、やや丈の短い白のTシャツである。
そんなシャツが雨に濡れればどうなるか?
シャツからブラが透けて見える。
薄っすら透けたり、少々見える程度なら優愛が恥ずかしがることはそうない。
だが、今はガッツリ透けているのだ。
「あ、ありがとう」
ジャケットを受け取り、言われるまでもなくボタンも閉める優愛。
オタク君の顔が赤らんでいるのは、多分ガッツリ透けているのを見えてしまったからだろう。
そして、そんなオタク君の様子で察した優愛も、同じく顔を赤らめる。
「そうだ。それより早く行こう」
顔を赤らめつつも、オタク君の手を引き走り始める優愛。切り替えが早い。
対してオタク君はまだ心が切り返れていないようで、優愛の顔を直視できないでいた。
恥ずかしそうにするオタク君のせいで、いつもよりも遅めの速度で走る二人。
そしてたどり着いた先は、旅館だった。
「ここで待ち合わせですか?」
「ん? 今日はここで泊まるんだよ?」
「えっ?」
「あれ? お父さんが宿取ってくれたって言ってなかったっけ?」
もちろん言っていない。
「泊まるって、もしかして、僕と優愛さんで?」
「そうだよ?」
流石にそれは不味くないですか。
そう言いかけて、考え直すオタク君。
優愛の父が手配してくれたのだ。流石に年頃の娘を男と一緒の部屋に入れないだろう。
別々の部屋を用意してくれたに違いない。
「こちらのお部屋でございます。それではごゆっくりどうぞ」
旅館の年老いた女将に案内された部屋は一つだけだった。
オタク君は今夜、優愛と同じ部屋で一夜を過ごす事になった。
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