第126話『ハイ。ヨロコンデ』
近くの店に入り、逃げ込むようにトイレへ入った委員長。
ホックを着けなおそうとするが、金属部分が綺麗になくなっていた。
仕方なくカバンの中に壊れたブラを仕舞い、トイレを出た委員長。
トイレを出て、入り口の前で待っていたオタク君に声をかける。
「ホック、壊れてた」
そして、わざわざ報告しなくても良い事を律儀に報告していた。
「えっ、大丈夫なんですか?」
オタク君。心配と驚きの混じった声でそう言いながら、視線が思わず下がる。
委員長と至近距離で下がったオタク君の目線。当然だが、委員長にはバレている。
オタク君もバレている事に即気づく。委員長が両手で胸を隠し顔を赤らめているのだから。
「すみません。そういうわけじゃ……」
言い訳を口にしながら、回れ右をして顔を上げるオタク君。
胸を凝視した事を咎められるだろう。下手したら優愛やリコにも「小田倉君がエッチな目で見てきた」といわれるかもしれない。
いわないでくれと頼みたいところではあるが、そんな事をいえる立場ではない。
そんな考えで不安いっぱいのオタク君とは別に、委員長も不安いっぱいになっていた。
「あの……ごめんね。大きい胸って、下品で嫌だったよね」
そう、委員長は胸が大きい事を恥じていた。
あまり女友達が多くない委員長は、どうしてもその手の話題に疎い。
知識としては、小学校の時に胸が大きい女子が男子にからかわれていたというレベルである。
大きい胸はきっと下品で、だから男子がからかっていた。彼女の中ではそうインプットされてしまっていたのだ。
(もしかしたら、小田倉君に嫌われるかも)
前に水着を見せたことはあったが、その時もオタク君の様子はおかしかった。
それは単に委員長のデカい胸に、オタク君のスケベ心と理性が戦っていた結果である。
だが、胸をコンプレックスに思う委員長は、胸が大きい事でオタク君を不愉快にさせてしまったと感じたのだ。
「……そんな事ないですよ」
どう反応するべきか困り、一瞬の間を置き否定をするオタク君。
「うふふ。小田倉君って優しいんですね」
何かと気の利く性格のオタク君。
なので委員長の声色から、自分が嘘をいっていると思われているのを感じ取る。
「本当に雪光さんの胸が変とか思っていないですよ」
「本当に?」
「本当です」
「でも、小田倉君……よく私の胸を見ては目を逸らすし」
「ッ!?」
オタク君、絶句である。
委員長と一緒にプールに行き、胸が大きいと知って以来、どうしても視線が胸に行ってしまいがちだったのだ。
気づかれていないと思っていたオタク君だが、バレバレだったようだ。
「いえ、それは……ほら、ジロジロ見たら失礼かなと思って!」
「じゃあ、失礼じゃないって言ったら見てくれる?」
「えっ……」
つい反射的に少し振りむき、チラリと委員長を見るオタク君。もちろん胸ではなく顔を。
そこには、両手を胸の上に置き、上目遣いでオタク君を見つめる委員長がいた。
視線が下に行きそうになるのを必死に抑えるオタク君。
見たいか見たくないかでいえば、当然見たい。オタク君は思春期の男子なのだから当たり前である。
素直に「見たい」といえば、委員長はいくらでも見せてくれるだろう。オタク君の事が好きなのだから。
勘違いされそうだが、別に委員長は羞恥心がないわけではない。男子どころか女子にも胸を見られるのも恥ずかしいと思う感情くらい委員長は当然持ち合わせている。
だが、好きな人に見てもらえるなら恥ずかしいよりも嬉しい感情が上回る。
とはいえ、いくらオタク君は気が利く性格とはいえ、そこまで察するのは難しいだろう。
なので、委員長に対し一つの疑問が生じた。
(もしかして、委員長って、その手の知識がない?)
その手の知識とは、エッチな知識である。
オタク君は委員長と仲が良い。
仲が良いが、それでも異性であるオタク君に向かって「胸を見てくれる?」などと言うのは流石にいきすぎである。
もしかしたら、他の男子とも仲良くなったら同じことをいうのではないか。そんな不安が頭をよぎる。
「雪光さん。そういう事は他の人には簡単にいっちゃダメですよ」
委員長の肩に両手を置き、真剣にいうオタク君。
相変わらず「僕はエッチじゃありません」アピールの「他の人には」が余計である。
「うん。言わない」
素直に即答する委員長。
満足気な笑顔である。
(やけにあっさり理解してくれたな。もうちょっと苦労すると思ったけど、まぁいっか!)
(小田倉君には言って良いって許可が貰えた!)
「あっ、それと今回の話は優愛さん達には内緒にしててもらえますか?」
「うん」
(小田倉君と二人きりの秘密!)
オタク君、エッチマンのレッテルを貼られる事を回避できて、安堵のため息を吐く。
そして自分が先ほどからずっと委員長の肩に両手を乗せてる事に気付き、慌てて離れる。
「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」
「うん……あの、小田倉君」
「どうしました?」
まだ何かありますかと委員長を見るオタク君。
委員長は少し顔を赤らめながら、もじもじと話ずらそうにしている。
プルン、プルン
委員長がちょっとモジモジしただけで、胸にあるデカイ二つの山が自己主張するかのように暴れる。
「実はね」
モジモジ、プルンプルン。
「お願いがあるんだけど」
モジモジ、プルンプルン。
「良いかな?」
「ハイ。ナンデショウカ?」
モジモジするたびに、ちょっとリアクション気味に喋るたびに自己主張する委員長の胸。
ブラジャーがないだけで、これほどまでに動く物なのかと目を奪われるオタク君。
もはや委員長の言葉はオタク君の頭に入っていない。
何かを言われるたびに「はい」と答えるYESマンと化していた。
最後に残った理性で、周りから委員長の胸を周りに見られないように、委員長の前を歩くオタク君。
そんなオタク君の影に隠れるようにしながら、ちょっとだけ顔を赤らめて俯きながら歩く委員長。
オタク君の裾を掴んでいるのは、羞恥心から来る不安による無意識的なものだろう。
他の人にノーブラ姿を見られるのは恥ずかしいので。
そして、委員長のナビに従いついた場所は、ランジェリーショップ。女性物の下着屋である。
「えっ?」
ランジェリーショップについてから正気に戻ったオタク君。
そこは明らかに男子禁制の地である。
なぜこんな所に来てしまったのかと、一瞬にも満たない時間の中で思考するオタク君。
答えはすぐに出た。
『その、ね。ランジェリーショップに一緒に買いに行って欲しいんだけど?』
人前でブラジャーというのは流石に恥ずかしいので、ランジェリーショップと言ってぼかす委員長。
もしブラジャーという単語を使っていれば、流石に知能指数が落ちた状態のオタク君でも気づいただろう。
だが、ランジェリーショップという単語のせいで「ジュエリーショップ? あぁ宝石ですね!」と委員長の言葉を理解が出来ていなかった。
その結果。
『ハイ。ヨロコンデ』
何も考えない返事により、委員長の新しいブラジャーを買いに行く事になっていた。




