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閑話「ブラチライン」

 六月。

 六月といえば、そう、衣替えである。

 男女ともに薄着になる季節。

 薄着になればどうなるか?


「なぁ、今の見えた?」


「見た見た!」


 そう、男子たちの下品な会話である。

 スカートが短いから下着が見えた。

 着やせするタイプなのか、夏服になったら胸が大きくなった。

 色気を感じさせないと思っていた女子が、とても可愛く見える等。

 女子にバレないでコソコソとやっているつもりなのだろうが、大抵はバレバレである。

 

「マジ見られてるの気づかないとか、バカだよね」


「ホントガキって感じ」


 そんな風にいっている女子たちだが、嫌悪感を示しているものもいれば、少々浮かれ気味なものもいる。

 好きでもない相手にジロジロ見られるのは嫌だが、好意を持つ男子にいわれたのなら、それはご褒美に変わるのだから。


 そんな中、オタク君はというと、全力で俯いていた。

 男子の会話も女子の会話も耳に入っているために、下手に顔をあげようものならエッチな奴だと思われるかもしれない。

 なので、必死に俯いているのだ。


(ふぅ、この時期は色々と気をつかうなぁ……)


 息を殺すように、やっとのことで迎えた放課後。

 だが、第2文芸部に行ってもオタク君の気が安らぐ事はない。

 溜め息を吐きながら椅子に座るオタク君。

 パソコンの電源を入れるオタク君に、優愛が話しかける。


「ねぇねぇ、オタク君これ見てよ」


 そういってスマホの画面と、制服の隙間からブラを見せてくる優愛。

 いや、ブラは見せているわけではない。

 座ってるオタク君の目線の高さを合わせる為に、優愛が前かがみになっているので見えているだけである。 

 なので、オタク君は優愛のスマホに目を向け、話を聞くが、どうしてもふとした拍子で胸に目がいってしまうのは仕方がないといえよう。


(流石に指摘した方が良いのかな) 


 男の自分がそんな事を指摘すれば、エッチなやつだと思われかねない。

 いくら友達同士とはいえ、限度があるだろう。


(せめてリコさんが指摘してくれれば)


 そう思い、リコに目をやるが、リコはオタク君の視線に全く気付かず。

 優愛の隣でスマホの画面を覗き込み「へぇ」と言っているだけである。


 仕方ない。

 そう思い、今日も指摘するのをやめようとするオタク君。


『オタク君、私の事そういう目で見てたの?』


 せっかく良い関係を築けているというのに、下手をすればそれが瓦解しかねない。

 勇気を出せないでいるのは仕方がない事である。が。


「あの、優愛さん」


「ん? なに?」


 オタク君は意を決し声をかけた。

 どうしたのと言わんばかりに目をぱちくりとさせる優愛。

 そんな優愛の顔を見て、オタク君は教室の女子たちの会話を思い出していた。

 それは、優愛がお手洗いに行っていた時だった。


『鳴海さんってさ、めっちゃ男に媚びてる感じしない?』


『分かる。エロい格好で誘っておいて、いざ告られたら「そんなつもりじゃなかった」とか言いそ~』


『それな!!』


 男子たちが普段から優愛の格好について話題にしていたのだが、それがついに女子たちの的になり始めたのだ。

 別に優愛本人は狙ってやっているわけではない。

 だが、いや、だからこそ男子たちはその無邪気さで虜になってしまう。

 そして、男子たちが優愛の事ばかり話題に挙げているせいで、女子たちの優愛に対する心象が悪くなっていってしまう。

 曰く、男に媚びていると。


 もし本格的になり、女子と喧嘩になっても優愛は負けないだろう。

 負けはしないが、誰とでも仲良くしたい優愛は傷つくだろう。

 文化祭に向け楽しもうとしているのに、女子と仲たがいをしては台無しになってしまう。

 なので、自分がいうしかない。オタク君はそう決意した。


「その……服装なんですけどね」


「うん?」


 何かついてるのかなと、自分の服を見る優愛。

 だが、特に何もついてはいない。 


「えっと、ブ、ブラジャーが見えてるのは、はしたないかなって」


「ブラァ~!?」


 うそと小さな声で胸元を見る優愛。

 そして首を傾げる。


「見えてないけど?」


「いえ、そのチラッと出てるのが……」


「あっ……オタク君、あのね。これ、キャミソール」


「……はぁ!?」


 ほら見てと言いながら、優愛が胸元からチラチラ見えている布地を引っ張ると、ビヨーンと伸びる。

 明らかにブラの素材ではない。


「えっ、ちょっと」


 とはいえ、流石にそれはオタク君にとって刺激が強かったのだろう。

 思わず両手で目を覆い隠し、指の間からこっそり覗き込むオタク君。


「なになに。オタク君、そういう目で見てたんだぁ」


 顔を近づけ、ニヤニヤした顔でオタク君を覗き込む優愛。

 目線が完全に合うあたり、指の間から見ていたのがバレバレである。


 ほれほれといいながらキャミソールを引っ張る優愛。

 そんな優愛に対し、オロオロするオタク君。

 助けを求めようとリコを見るが、リコは我関せずである。


(いや、それキャミソールってアタシも知らなかったし)


 同じクラスになり、体育の着替えの時に初めてキャミソールであることを知ったリコ。

 なので、ここで優愛と一緒にオタク君をからかったり、助け舟を出せばボロが出てしまうかもしれない。

 ボロが出れば、弄られるのは確定だろう。故に、沈黙である。


「べつにぃ、オタク君が見たいっていうなら見せてあげても良いけど?」


「なっ」


 からかうにしても、流石に行きすぎである。

 リコが声をあげ、やめさせようとした時だった。


「僕以外の人に、優愛さんが変な目で見られるのが嫌なんですよ」


 そう、男子からも女子からも、優愛が変な目で見られて欲しくない。  

 そんな思いが籠った一言である。


「えっ、あっ、うん。オタク君がそこまで言うなら」


 オタク君の思いが通じたのか、優愛が顔を赤らめながら制服の胸元ボタンを一個追加で締める。

 これでキャミソールは完全に見えなくなった。


「いやぁ、なんか熱いね」


 わざとらしく手で仰ぎながら、窓際に行き、窓を開ける優愛。

 何故オタク君の一言でここまで動揺したのか。

 それはオタク君のセリフに余分な一言が入っていたせいである。


『僕以外の人に』

  

 オタク君が無意識で「自分はエロい目で見てませんよ」と言いたくて出た言葉である。

 だが、優愛からしたらそんなオタク君の事情は知った事ではない。

 なので、優愛の中で意味が大きく変わってしまったのだ。


『俺以外の男に、肌を見せるなよ』


 ここまでの変換は流石に恋愛脳が過ぎるが、他の人でも大体似たような変換になるだろう。

 どう見ても少女漫画に出てくるイケメンの告白セリフです。本当にありがとうございました。

 

 オタク君の真意を確かめたい優愛。

 もしかして、本当に自分に気があるのではと。


「おーっす。小田倉殿、それに鳴海殿と姫野殿、もう来てたでござるか」


「おや、委員長氏はまだですかな?」


 タイミングを見計らったように、第2文芸部のドアが開かれる。

 チョバムとエンジンが部室に入り、いつものように他愛のない会話が始まる。

 いつもの会話だが、少しだけギクシャクした優愛とリコがそこにあった。

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