第117話「拙者たちのスペースはここでござるな」
「小田倉殿、エンジン殿、準備は万全でござるか?」
「勿論ですぞ!」
「二人とも、忘れ物はない?」
オタク君の問いに、チョバムとエンジンが最高の笑みで返す。
バッグを掲げ、準備はバッチリなようだ。
日曜の午前九時前。
彼らは県内でも有数の展示場前に来ていた。
目的は、即売会である。
数ヶ月に一度行われる、県内で有数の即売会イベント。
コミフェ程ではないにしろ、参加サークル数は三百を超える、それなりに大型のイベントである。
オタク君たちのサークル『第2文芸部』は、これで二度目のサークル参加。
「あっちに人が集まってるから、ついて行けば良いのかな?」
「多分そうでござろう。一発でオタクと分かる服装ばかりでござるし」
そう言ってチョバムが指さした先には、アニメ柄のTシャツを着た人たちが同じ方角に向かって歩いていた。
同じように即売会イベントの参加者なのだろう。
「オマエモナーですぞ」
指さすチョバムにエンジンがツッコミを入れる。
チョバムもまた、アニメ柄のTシャツを着ていた。
Tシャツだけではなく、バッグもTシャツと同じキャラの柄で、キーホルダーやバッジが付けられている。
パーフェクトチョバムである。
対してオタク君とエンジンはというと。
オタク君は優愛たちに選んで貰った、普通ファッションに、無地のバッグ。
エンジンも同じように無難な服装と、やや大きめのショルダーバッグ。こちらは詩音に選んだものなのだろう。
フルアーマーオタク君に、フルアーマーエンジンである。
即売会という場においては、どちらかといえばチョバムの方が正装である。
それは前回のコミフェで、オタク君もエンジンもよく知っている。
では何故オタク君たちは普通ファッションで来てしまったのか?
まだオタクになりきるには、恥じらいが残っているからである。
同人誌を作って即売会に参加してる時点でまごう事なきオタクだが、まだ隠れオタク気分なのだ。
「会場の近くになると、結構人が多いでござるな」
とはいえ、チョバムはオタク君やエンジンの服装に対し何かいう事はない。
元は自分も隠れオタクで第2文芸部に入ったクチなので、オタク君やエンジンの気持ちもよく分かっているからである。
「そうですな。サークル参加列はあそこですな?」
スタッフらしき人が、プラカードを抱え何やら叫んでいる。
何を言っているのか完全に聞きとれないが、「サークル」「参加者」などという単語だけは辛うじて聞き取れたオタク君たち。
「そうだね。行こうか」
少しだけ小走りになりながら、スタッフの指示に従い待機列に並ぶオタク君たち。
イベントは午前十一時開場で、サークルの先行入場はその一時間前の午前十時。
時刻は午前九時を回ったところで、サークルの先行入場までまだ一時間以上ある。
「ちょっと早く来すぎちゃったね」
「そうですな」
「もう少しゆっくりしていても、よかったでござるな」
経験が少ないから、ワクワクし過ぎて早く来てしまう。
次回があるなら、もっと遅く来ても良いだろうと話すオタク君たち。
まぁ、それは無理な話だろう。
オタクたちと同じように早く来ているサークル参加者は、歴戦のつわもの。
なのに、オタク君たちと同じように、なんならその一時間以上前から来ている。
いくら経験を積んだところで、ワクワクは止められないのだ。
今回はどんなサークルが来ているのか、次回参加する場合どうするか。
オタク君たちだけでなく、周りのサークル参加者もそんな他愛のない会話をしながら、時間は過ぎて行く。
「そろそろサークル入場が始まります。サークル参加者の方は事前にチケット提示の準備をお願いします」
スタッフの一言で、先ほどまでにこやかに話していた参加者の顔つきが変わる。
その表情は真剣そのものである。
促されるままに歩を進める参加者たち。
これから始まる即売会で、自分たちのサークルはどれだけ売れるのか?
夢と希望を胸に、即売会開場へ入場していく。
「拙者たちのスペースはここでござるな」
「そうだね。お隣のスペースの人たちが落ち着いたら、挨拶しようか」
「まずは某たちも準備ですぞ」
オタク君たちのサークルスペースとして用意された場所は、長机の半分。
もう半分は、お隣のサークルスペースである。
どこまでが自分たちのスペースで、どこまでがお隣のスペースかは印などが付いているわけではない。
なので、オタク君たちはあらかじめ、中央よりもちょっとだけ自分たち寄りの場所に敷物を敷いた。
隣のスペースの参加者が、それを見て、にこやかな笑みを浮かべ軽く頭を下げる。
オタク君たちも「どうも」と小さな声で、同じように頭を下げた。どうやら問題はないようだ。
しかし、頒布する同人誌を置く時に問題が起きた。
「「「えっ?」」」
オタク君、チョバム、エンジン。
三人同時の「えっ?」である。
それぞれの手に持った同人誌の数は十部。
それ程売れるわけではないだろうから、売るのは十部と事前に決めていたのだ。
売るのは十部、両隣のサークルに一部づつ渡すとして十二部。
なので、各自四部づつ家庭用プリンターで印刷し、綴じたコピー本を用意する手はずだった。
だが、全員が十部づつ用意してきたのだ。
何故、全員が示し合わせたように間違えて十部も持ってきてしまったのか?
もしかしたら、もっと売れるかもと考えてしまったからである。
コミフェの時とは違い、今回は事前に小中サークルがどれくらい売れるか調査してから部数を決めていた。
それでも心の中に「もしかしたら」が出来てしまうのは、仕方のない事である。
自分一人が間違えて十部刷ったくらいなら、多く売れた時は褒められ、もし売れ残っても笑い話で済むだろう。
そんな考えでコッソリ十部も持ってきてしまったのだ。全員が。
気まずそうな顔で、オタク君たちがサークルのスペースに同人誌を並べていく。
積み上がる同人誌。他のサークルと比べると明らかに量が多い。
やらかしである。前回のコミフェから何も学んでいない。
なんならオタク君も加わり悪化しているまである。
そんなオタク君たちを見て、両隣のサークル参加者たちはほっこりしていた。
あぁ、俺たちも同じような事を考えて、似たような事をやったなと。
積み上がった同人誌とは裏腹に、オタク君たちのテンションはダダ下がりである。
もはや積み上がってる同人誌が恥ずかしく感じるオタク君たちであった。




