閑話「姫野瑠璃子の憂鬱」
コミックス及び文庫本の発売記念SS
内容はコミックスを準拠にしています。
『悪い、小田倉。ちょっとお願いがある』
時刻は夜九時を過ぎたころである。
オタク君のスマホに一通のメッセージが届いた。
メッセージの送り主はリコと表示されている。
つい先日、オタク君が優愛と共に虐めから救い出した少女である。
その苗字と名前、そして140に満たない身長のせいで事あるごとに「可愛い」と弄られ続けた彼女は、割と擦れていた。
鳴海優愛がいじめの主犯格を撃退し、オタク君がリコをイメチェンをする事で、擦れていた性格が段々と柔らかくなってきたリコ。
だがオタク君とはひと悶着あった事もあり、イメチェン後にリコがオタク君に話しかける機会はあまりなかった。どうしても気まずさがあったので。
オタク君もオタク君で、リコの頭を撫でた事を引きずっており、話しかけづらさを感じていた。
優愛がいれば、優愛を通じてお互いなんとか話すことが出来る、そんな微妙な距離感である。
『どうしました?』
『前にストレートにして貰ったのが、また元に戻り始めてさ』
「あぁ……」
リコのメッセージで何となく察したオタク君。
ヘアアイロンでストレートにしただけで、パーマをかけたわけでも、縮毛矯正したわけでもない。
なので、数日すればすぐに元の髪型に戻ってしまう。
メイクの仕方はある程度教えてもらい、自分でもそれなりに出来るようになったリコ。
だが、髪型は上手くいかないようだ。
『もう一回やって欲しいんだけど、お願いできるか?』
『良いですよ』
二つ返事でOKを出すオタク君。
オタク君自身も、メイクをしたりするのは楽しかったりするので。
『それじゃあ明日の朝、優愛の家で良いか?』
『はい。分かりました』
一応優愛にも家に行って良いか確認をしてから、オタク君は携帯の電源を切った。
翌日。
「ってか二人とも別々にメッセージ送らないで、メッセージグループ作れば良いじゃん」
「それはそうかもですね?」
「別にアタシは構わないけど」
歯切れの悪い返事のオタク君とリコ。
そんな二人の反応を気にせずグループチャットを作り始める優愛。
「そうそう、オタク君。今日私この髪型やってみたい!」
「はい。良いですよ」
今日はリコの為に来たはずなのに、気にせずオーダーをする優愛。
そんな優愛に、あははと笑いながら快諾するオタク君。
「じゃあ先に優愛にやってやってくれ。アタシの髪を弄ってる最中にあれしてこれしてと言われても集中できないだろ」
「えー、そんな事ないよね?」
優愛とリコの言葉に苦笑で返すオタク君。
なおも抗議を続けようとする優愛を、オタク君が髪を弄り始める。
始めの頃は抗議をしていた優愛も、髪型が変わるにつれ「オタク君器用、マジ凄い!」と鏡の自分を見てキャッキャと機嫌を直していた。
エクステを使い、ものの十数分で優愛を変身させたオタク君。
優愛のストレートだった髪型は、途中からウェーブのかかった髪型になっており、普段よりも大人っぽいイメージに仕上がっている。
化粧もそれに合わせ、薄い感じではなく、ナチュラルなメイクに。
派手な髪色だが、落ち着きとオシャレさを感じさせる優愛。
「ウェーイ、オタク君も一緒に撮ろうぜ!」
せっかくの変身も、その言動で完全にぶち壊しである。
まぁ、本人はそれで満足そうにしているので、とにかくヨシだろう。
「次はリコさんですが……」
リコを見てオタク君は少し考え込む。
ストレートにした髪は、段々と元の髪質に戻り始めウェーブがかっていた。
リコの願いを聞くなら、そのままストレートにすれば良いだけである。
だが、出会って数日ではあるが、オタク君はある事に気付いていた。
リコは「可愛い」と弄ったりすると、嫌がるという事に。
主に弄るのは優愛だが。勿論リコが嫌がるのを知ってのウザ絡みである。
「リコさんも大人っぽい感じにしてみますか?」
なので、オタク君はそう提案を持ち掛けた。
オタク君の提案を受け、リコとしてもその提案は魅力的に感じた。
感じたが、隣にいる優愛を見る。
自分と同じ制服を着ている優愛。
同じ格好をすれば当然優愛の方が大人びて見えるのは当然である。
大人っぽい感じにして貰ったとしても、優愛の隣に並べば、無理して背伸びしている子供っぽく見えるかもしれない。
「いや、前やってもらった感じで良い」
「そうですか。分かりました」
オタク君は返事をして、リコの髪にヘアアイロンを当て、まっすぐなストレートにしていく。
「リコさん、メカクレとかも良さそうな気がしますけど」
「うーん、メカクレってちょっと狙い過ぎだから、他の子に陰口言われたりしないかな?」
「そうですか……そうですね」
リコの髪質の問題もあり、一度にヘアアイロンを当てる量は少ない。
ゆっくりと丁寧に、少しづつ。そんな真剣な表情のオタク君を、チラリと見るリコ。
「待っててくださいね。もう少しですから」
「あっ、あぁ……」
完成した髪型とメイクは、やはり可愛らしい仕上がりだった。
優愛が女性なら、リコは女の子。そんな感じである。
「リコ可愛いじゃん!」
優愛は別に弄るつもりではなく、本気でそう思い褒めている。
だが、オタク君はリコが可愛いと言われるのを嫌がっているのを知っている。
なので、優愛の発言にちょっとビクつき気味である。
「おい、小田倉」
「は、はい」
「小田倉から見て、どうだ?」
仏頂面で訪ねるリコに、オタク君が更にびくつく。
どうと言われても、可愛い美少女でしかないのだから。
「その、良い意味で可愛いと思いますよ」
下手に嘘をつけば、その瞬間にリコがキレるかもしれない。
かといって、下手な事を言ってもキレだしかねない。
オタク君の中の、最大限に配慮した可愛いである。
「そうか。そろそろ時間だし行くか」
どうやらオタク君は地雷を踏まずにすんだようだ。
リコがカバンを持ち立ち上がると、優愛とオタク君も少し遅れて立ち上がり、カバンを手に取る。
そんなオタク君と優愛に気づかれないように、そっと微笑むリコ。
彼女は決して可愛いと言われるのが嫌なわけではない。
小馬鹿にされたり弄られたりするのが嫌なだけで。
ちゃんと可愛いと言われれば、女の子は嬉しいものなのだ。
「ほら、早く行くぞ」
「おっ? リコなんかゴキゲンじゃん?」
「うっせ。ほら早くする」
ちょっとだけ頬の緩んだリコ。
そんなリコの様子を見逃さなかった優愛が更にからかおうとするが、オタク君が優愛の肩を掴み首を横に振る。
せっかく機嫌が良いんだからやめておきましょうと。
しょうがないなぁと言わんばかりの表情をオタク君に見せる優愛。
「リコ待ってよ」
「おせぇ、小田倉も早くしろ」
「はい、今行きますから」
普段は優愛がリコをからかい騒がしくしているが、この日は騒ぐ事なく雑談をしながらオタク君たちは仲良く登校していた。
この日を境に、オタク君とリコは普通に話すようになった。