第1話「マジで! オタク君やばくね!」
「ねぇねぇオタク君」
どこにでも居る、金髪ギャルの鳴海 優愛高校1年生。
彼女がクラスメイトである小田倉 浩一に話しかけたのは、ただの気まぐれだった。
放課後にいつも話す友達がいなかったので、暇つぶしにと、近くの席にいた小田倉に声をかけただけだった。
「えっ、オタク君って僕の事?」
「そうだよ。なんで?」
小田倉は返答に困った。
彼は確かにオタクではある。
だが、かつて中学時代はオタクという事で馬鹿にされたこともあり、高校になってからは、極力周りにバレないようにしてきたつもりだ。
だと言うのに、いきなりクラスメイトのギャルにオタク君呼ばわりされたのだ。
(オタク呼ばわりは酷いけど、オタク君って呼ばれるのは嬉しいかも)
彼はちょっとだけ、喜んだ。
見事にネットに毒されているオタクである。
「苗字が小田倉なだけで、オタクじゃないよ」
「でもオタク君、授業中に女の子の絵描いてたりするじゃん?」
「なっ!?」
小田倉ことオタク君は気づいていなかった。
自分の横や後ろの席から見えないようにしていても、自分の斜め後ろの席からは丸見えだったという事に。
幸いにして彼の席は窓際の後ろから二番目。気づいているのは彼女だけである。
……多分。
「そ、それで用事は何かな?」
本人はさり気ないつもりなのだろうが、必死に話題を変えているのは一目瞭然だ。
「それがさ、このネイル。ヤバくね?」
だが、優愛は彼の動揺など気にもせず、そう言って、手を出した。
彼女にとって、オタク君が絵を描いている事など、どうでも良いからである
オタク君がオタク趣味でも別に良くない?
その程度の認識だ。
全く興味のない爪を見せられた上に「ヤバくね?」と言われ、言葉を失うオタク君。
人の事を「オタク君」と呼ぶ事の方がヤバくねと言いたい気持ちを、ぐっとこらえる。
「えっと、どうヤバいのかな?」
「これ自分で塗ってみたんだけど、どうよ?」
優愛の爪を見るオタク君。
爪にはカラフル、なんて形容詞では誤魔化せないような模様が出来ていた。
絵画の授業中に、色を混ぜて遊ぶのが楽しくなり、絵の具を無茶苦茶に混ぜて出来上がったような模様だ。
悪い意味でヤバイ。
「なんというか、独特な模様だね」
「あー、やっぱりか」
先ほどまでハイテンションで喋っていた優愛だが、困り顔で返答するオタク君を見て悟ったのだ。
悪い意味でヤバイと。
「実はさ、これの真似したんだけど上手くいかなくてさ」
テンションは下がっているが、それでも彼女のマシンガントークは止まらない。
ペラペラと良く分からない単語を織り交ぜた会話をしながらも、慣れた手つきで自分のスマホを操作し、とある画面をオタク君に見せつける。
「こんな感じにしようと思ったんだけどさ、中々上手くいかないんだよね」
「ふむ」
画面の中の爪は、オタク君が一目見て分かるくらい”ヤバイ”物だった。
夜空に輝く星たち、流れるような薄い青は天の川だろう。
角度を変えるたびに星たちがキラキラと輝いている。
それに対して優愛の爪は、魔女の鍋と言う表現が似合うだろう。
似ても似つかない代物だ。
「確かにヤバいですね」
特別ネイルに興味がないオタク君でも、見入ってしまうほどに。
「でしょ! ヤバイよね!」
先ほどまでテンションが下がっていたと思ったら、ネイルを褒められ、まるで自分の手柄のように自慢し始める優愛。
「そうだ。オタク君手先器用でしょ? これ作ってよ!」
「ちょっ、いくら絵が描けるからって、こんなのは……」
チラリと優愛のスマホの画面を見るオタク君。
(これは作ってる最中の動画かな。プラモデルの塗装に似てるかも)
「あー……やっぱ無理だよね。ごめんね無理言っちゃって」
「出来るよ」
「えっ?」
「これなら、出来ると思う」
確かにネイルは綺麗に出来ている。職人技と言える。
だが、普段からプラモを塗装したりしているオタク君にとって、同じような物を作るのは難しくはない。
「マジで! オタク君やばくね!」
「そ、そうかな」
「ねぇオタク君、お願い。これと同じの作って」
両手を合わせ、拝むポーズをする優愛。
優愛が拝んだ拍子に、胸元と黒いブラがチラリと見えている。
(み、見てないぞ!)
必死に自分の心に嘘をつきながらもチラ見をするオタク君だが、傍から見ればガン見である。
もしこの教室に他の生徒がいればバレバレなほどに。
「良いけど、その代わり僕が絵を描いてた事とか誰かに喋ったりしないなら」
「本当に! うんうん、約束する! オタク君ありがとう!」
喜びの余り、オタク君の手を取り、恋人握りをする優愛。えへへと喜びの笑みを浮かべる。
一通り喜びを表した後に、パキパキと音を立て、爪を外し始めた。
「えっ、ちょっと何してるの!?」
「ん? 付け爪剥がしてるんだけど?」
彼女が剥がしているのは付け爪である。
別にいきなりスプラッタな行動を取り始めたわけではない。
「えっと、この付け爪に、さっきの画像のネイルをすれば良いんだよね?」
「そうそう。あっ、そうだ。オタク君が柄を忘れないように画像送るからメッセージアプリ登録させて」
「あまりやった事ないけど、登録はこれで良いのかな?」
「オッケー。それじゃあ後で画像送るからよろしくね!」
「おーい。優愛なにしてるの? さっさと帰ろうよ」
「うん、今行く。それじゃあオタク君、バイバイ」
「はい。さよなら」
友達に呼ばれ、ハイテンションでバタバタと教室を出ていった優愛を見送るオタク君。
「今日は部活もないし、さっさと帰って作るかな」
やれやれと言った感じで呟くオタク君だが、女の子と手を繋ぐことも、仲良く話す事も小学生の時以来。
彼は今、ものすごくドキドキしていた。