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大樹を貫く一矢

 年に一度の〈尾を食む蛇の会〉は馴染みのレストランを貸し切って行われる。螺旋を描く山羊角を頭部に戴く女性がその扉を開けると、ウェイターのレージロは穏やかに微笑み、ようこそいらっしゃいました、と彼女を迎えてくれた。

 シルクのカクテルドレスに薄く透けるストールを羽織ったシルフェの瞳孔が灯りを受けて横にきゅっと広がる。頭部の角や色素の薄い銀色の髪、山羊に似た構造を持つ金色の瞳は典型的な魔人の特徴だ。

 先に立って案内するレージロの立ち居振る舞いには隙がなく、若い人族らしい溌剌とした雰囲気もある。記憶にある、若いころのルーノスケに似ている。

「レージロ。ルーノスケは欠席ですの。シェフに伝えてくださるかしら」

 かしこまりました、とレージロが応じる。シルフェにとって、今回は親代わりのルーノスケに他の会員へと紹介されて以来の会だった。やや緊張している自覚もあったが、部屋に通されシェリー酒を勧められると緊張は次第にほぐれていく。貴方を歓迎しているのだ、ということがレージロの一挙一動から伝わってきたからだ。

「ありがとう」

 感謝の気持ちをこめてシェリーグラスを受け取ると、彼ははにかむように笑った。

「やあ、お元気でしたか」

「おう、来たなシルフェ」

 息の合ったタイミングで声をかけてきたのはエルフの弓師ヨルンと、ドワーフの付与術士ドワルドゥだ。痩身の長軀と筋肉質な短軀、対照的な外見と性格の二人は今日も仲よく悪態をつきあい、竜人の戦士ルードラはそれを静観していた。

 〈尾を食む蛇の会〉では会員が持ち回りでホストを務め、ゲストを一人招く決まりになっている。本日のホストはヨルンなので、少し離れたところからドワルドゥとの諍いを仲裁するかどうか迷っているエルフの男性がゲストなのだろう。

「ごきげんよう。わたしはシルフェと言いますの。歴史学者として大学で教鞭を執らせていただいていますわ。貴方のお名前を伺ってもよろしくて?」

「ご丁寧にどうも。ヴァン・ブーです。狩りを生業としております」

「まあ。では、弓を通じてヨルンとはお知り合いに?」

「ええ、素晴らしい弓をあつらえていただきまして」

 和やかに会話していると、案内するレージロを追い越さんばかりの勢いでノームの神官ソイルーが入ってきた。腕を高く掲げ、ぱちりと指を鳴らす。

「レージロ、干魃の大地のように乾き切った哀れなノームにソーダ割りを!」

「かしこまりました、ソイルーさま」

 これでメンバーは揃った。それぞれ席に着き、ソイルーが運ばれてきたウイスキーのソーダ割りを干すと一皿目の料理が運ばれてくる。彩りも鮮やかな春野菜と生ハムのサラダだ。散らされたクルトンが食感を変え、フォークを口に運ぶ手を止めさせない。サラダを草と呼んで忌み嫌うドワルドゥですらこれには文句を言わなかった。

「ヴァン、だったよね? ヨルンと同じエルフにしては、見た目が違うんだな」

 ソイルーの発言は礼を失したものと受け取られても仕方ないものだったが、ヴァンは怒ることもなく目を細めた。そうすると、ただでさえヨルンより細い目はほとんど線のようになり、彫りの浅い顔立ちもあって仮面のような印象も受ける。

「私が竹林のエルフ、俗に言うバンブーエルフだからでしょうね」

「ふうん。じゃあヨルンはフォレストエルフってわけ?」

 ソイルーの発言に、ヨルンが苦々しい顔をした。ヴァンの手前もあってか口にはしなかったが、その呼び方を嫌っているのは一目瞭然だった。

「森に住むエルフはただエルフと呼び習わすのが一般的ですわ。そこから派生する形で、竹林に住めばバンブーエルフ、洞窟に住めばダークエルフといった具合に呼び分けるのだとか。合っているかしら、ヴァン?」

「ええ、シルフェさんの言う通りですよ」

「ありがとう。わたしのことはシルフェと」

 サラダが片付くと、次はスープが運ばれてくる。ソテーした白っぽい野菜を浮かべたポタージュだ。あまり見たことがない断面で、トウモロコシにも似た甘い香りがふわりと漂う。とろっとしたポタージュにも同じ野菜が使われているようで、口に含むと春野菜らしい爽やかな味が広がった。コリコリした食感のソテーもおもしろい。

「竹の若芽、いわゆるタケノコのポタージュでございます」

 これはなんなのか、という一同の視線を受けてレージロが答える。今夜のゲストであるヴァンがバンブーエルフであることを知っての一品だろうか。当然、ヴァンだけはそれがタケノコだと気付いていたのだろう。心なしか嬉しそうだ。

「ヴァンもタケノコはよく食べますの?」

「もちろん。我々にとって竹は主食であり、様々な武具や工芸品の材料であり、竹林での移動手段でもありますから。ですがもっぱら焼くか炊くかするばかりで、このように手のこんだ料理は初めてで感動しました」

「バンブーエルフはかの魔王軍との戦いでも勇猛な戦いぶりを見せたとか。その伝統を受け継いでいらっしゃるのね。ぜひ詳しいお話を伺いたいですわ」

 多少のお追従も含んだシルフェの言葉だったが、ヴァンは曖昧に微笑んでそれを流した。会話が途切れそうになったところに、タイミングよく次の皿がサーブされる。

「サクラマスのルイベでございます」

 赤みがかったピンクの身が美しい。サクラマスの切り身を凍らせ、半解凍の状態で刺身にしてある。ライムと岩塩、黒コショウで味付けしたものを噛み締めると、驚くほど強い甘みと旨味があった。添えられたワサビ醤油やマスタードも合う。

「おお、こいつはイケるのう」

「レージロ、お代わりだ!」

 よほど気に入ったのか、ドワルドゥとソイルーはどんどん杯を重ね、二人ほど酒を飲まないルードラにはレージロの手で二皿目のルイベが運ばれてくるのをシルフェは見逃さなかった。自分もお代わりが欲しくないと言えば嘘になるが、この先もコースが続くことを考えて我慢する。竜人と食べ比べするほど愚かなこともない。

「そうそう、ヴァンはヨルンに弓を注文したとおっしゃってましたわね。興味本位で尋ねてもよろしければ、どんな弓なのかお聞かせくださるかしら」

 シルフェの問いに、ヴァンが軽くうなずくのを見てヨルンが答える。

「実用的でオーソドックスな長弓をという注文でしたので、ヴァンと縁のある森で採れたイチイ材を使いました。我ながらよい一張りになったと自負しています」

「ヨルンの弓と言えば有名ですから、本当は私が手にできる弓ではないのですよ。ですが彼は我々の弓作りを学ばせてくれるなら無償で構わないと」

「バンブーエルフの弓と言うと、やはり竹を使うのかしら?」

「ええ。ヨルンの弓は一本の木材から削り出す、いわゆる丸木弓と呼ばれる弓ですが、我々が使う弓は木材と竹を貼り合わせて作る複合弓です。製作に手間はかかりますが、丸木弓ほどには材料を選ばないという特徴があります」

「性能もさることながら、バンブーエルフの用いる竹弓はやはり形がよいですね。長大かつ優美なカーヴは官能的ですらあり、上下非対称の握りが生み出すシルエットは他に例がない緊張感ある一射を生み出します。製作を通じて得られた数々のインスピレーションを思えば得るところが多かったのは私の方……なんですその顔は」

 ヴァンの説明を引き取り熱っぽく語っていたヨルンが、じっと顔を見つめるドワルドゥを見咎めて怪訝そうな表情で言う。

「いや……お主がそこまで素直に褒める姿は気味が悪いのぅ……」

「あっはっは、確かに!」

 だいぶ酒が進んでいるのか、ドワルドゥの述懐にソイルーが手を叩いて喜ぶ。

「……失敬な。私はよいと認めたものは認めますよ。いちいち口にはしませんが」

「ドワーフ製の矢尻とかね!」

「……ふん」

「うん?」

 ソイルーが入れた茶々に、ヨルンは口を尖らせドワルドゥは首をかしげる。そこに食欲をそそる香ばしい匂いが立ちこめた。

 レージロの手で鹿肉のオニオンステーキが次々とサーブされていき、皆の注意がそちらに移る。オニオンの名は冠しているが玉ねぎのソースがかかっているわけではない。玉ねぎのみじん切りにじっくり漬けこまれた肉は柔らかく、各種のスパイスが鹿肉の淡泊さに複雑な風味を与えて飽きさせない。

「この鹿も竹林で獲れたものだったりするのかな?」

「残念ながら竹林にはほとんど獣がいないのです」

 ソイルーの問いに、ヴァンが苦笑で答える。

「笹を好んで食する大熊猫はいますが、彼らは我らの友人であり、狩りの対象とはなりません。かつては無遠慮に竹林へと足を踏み入れた魔人を狩るのが……おっと」

 ちらりと向けられた視線を受け止め、シルフェが微笑む。

「お気遣いありがとうございます。バンブーエルフが魔王軍の戦いでは最前線に立ち、身体を張って侵攻を食い止めた歴史は承知しておりますわ。わたし自身、戦後に人族社会で育った身ですし、特に含むところはございません。それより……」

 大規模な会戦にこそ参加しなかったものの、戦場の側面や地形上の要所に竹林を形成して魔王軍の進軍を阻んだバンブーエルフの活躍について、機会を測っていたと言わんばかりに目を輝かせて語るシルフェに、ヴァンが面映ゆそうな顔をする。

「どうかそのくらいで、シルフェ……ソイルーの疑問に答えておきますと、猟期には森へ出稼ぎにいくのです。それ以外の時期は……春になればタケノコ狩り、夏や冬は工芸や炭焼きに精を出すのが一般的でしょうか」

「使い慣れた得物ではなく森エルフの弓を担ぐのもそれゆえか」

「……まあ、そういうことです」

 竹の長弓は鬱蒼とした森では枝に引っかかり、取り回しが悪い。納得したように独りごちるルードラに、ヴァンがあいまいなうなずきを返す。

 ステーキが皿の上から消えると、ラズベリータルトが運ばれてくる。甘やかな酸味をコーヒーの苦みが洗い流し、フォークを止めさせない一品だ。

「よし、じゃあお決まりの尋問の時間だ」

 希望者にブランデーが行き渡ったのを確認すると、ソイルーが宣言した。

「ヴァンさん。貴方は自身の生にいかなる天命を見出しますか?」

 それはいつからかゲストに投げかけられるようになった、お決まりの問いだ。招かれた客人は美味なる料理と酒とを引き換えに、隠し立てすることなく問いに答える義務を課される。それを承知した者のみが会に招かれるのである。

 控えめな態度を崩さない細面のバンブーエルフは、思慮深げに答えた。

「我らが冠する名の通り、竹林の管理者として」

「と、言うと?」

「ご存じの通り、竹の繁殖力は非常に強い。敵陣に射こんだたった一本の竹が、一年も経てば地下茎を伸ばし、ひとつの竹林を形成するほどです。先の戦争では敵の進軍を阻むという大義の下、我らはあらゆる場所に竹林を作ってきました。しかし時代は移り、竹は駆除が難しい上に建造物の基盤を崩す厄介者になりました」

「それだけじゃないね。美しく調和の取れた風景の中に突如として現れる緑色の筒の群れときたら! いくら自分の土地だろうと、敷地から出なけりゃ何をしてもいいってことにはならないんだ。そうだろう?」

「ソイルーよ」

 吹き上がるソイルーをルードラが諫めると、ヴァンは微笑んだ。

「実際そうなのです。竹林あるところ我らの領地と言って憚らない古いバンブーエルフもいますが、それが許されていたのは魔王軍との戦いで矢面に立ち、森を護っていたからに過ぎません。竹林の野放図な拡大は防がねばなりません」

「ヨルンに弓を頼んだのもその一環ってわけだ。でも意外だね。エルフってやつはどいつもこいつもそこのノッポよろしく頑迷な石頭かと思ってたよ」

「……まあ、ちょっとしたきっかけがありましてね」

「ほう? そこを詳しく」

 目敏く食いついたソイルーに、ヴァンが困った様子を見せる。

「いや、これは口を滑らせました。少々お恥ずかしいお話でして」

「まさにそういうのを待ってたんだ! ヴァン、あんたもヨルンから〈尾を食む蛇の会〉の会則は聞いているだろ。残念だけど質問は拒めないよ」

 意地悪く笑うソイルー。今度はルードラも沈黙を保っているのを見て取って、ヴァンも諦めたようにため息をついて語り始める。

「あれはひとつ前の花の季節でした。パッセという森に住むエルフと出会ったのです。彼女は竹林に仕掛けられた古いトラップに引っかかり宙吊りになっていました。そこに私が通りがかり、衰弱していた彼女を助けて介抱したのです。私たちはたちまち意気投合しました。接ぎ木の君とは彼女のような女性を言うのでしょうね……しばらくすると体力も回復したので、私は彼女を故郷の森まで送っていきました」

 ヴァンはそこまで話すとため息をこらえるような顔になり、グラスを煽った。

「ところが、森の入り口に差しかかった時のことです。前触れもなく矢が私の顔をかすめたのです。あれには肝を冷やしました。パッセの父親、ファルコリアスが愛娘に手を出した不埒なバンブーエルフを威嚇しようと射かけてきたのです」

「あっはっは、それは酷い! っと、失礼」

 笑っているのが自分だけだと気付いたソイルーが口を噤む。

「いえ、いっそ笑ってもらった方が救われます。ファルコリアスは……なんと言いますか……伝統を重んじる保守的なエルフでして……」

「つまりガチガチの差別主義者でミスリル頭、世界樹が若木の時分で時代が止まっている御仁だと言うことです。ヴァン、婉曲な物言いは彼らには通じませんよ」

 ヨルンによる翻訳でドワルドゥやルードラが得心のいった顔をする。

「それから紆余曲折ありまして、森エルフの暮らしに溶けこもうという私の努力が認められ、先日ようやく結婚の許可を取り付けることができたのです」

「嫌みったらしい耳長の里で丸一年か。ようも我慢したものじゃわい」

 ドワルドゥの感想に、ヴァンが怪訝そうな顔をしたのをシルフェは見て取った。おそらく両者の認識には食い違いがある。ヴァンの言った「ひとつまえの花の季節」を一年前と捉えたドワルドゥに対して、バンブーエルフであるヴァンは竹の花が咲く周期、つまり百二十年前という意味で言っている。

 百二十年。己の魔人としての生よりも長い時間を一人の女性への愛のために費やしたヴァンに、シルフェは感嘆を禁じ得なかった。職業柄、エルフがバンブーエルフに用いるちょっと口には出せない侮蔑的な呼び名の知識もある。彼が頑迷な差別主義者だというファルコリアスの信頼を得るために払った努力はいかほどか。

「ただ、婚約の条件として弓の試練を課されました。これでもエルフの端くれ、弓には自信がありましたので、それでパッセとの結婚が許されるならと受けてしまったのです。ところがファルコリアスの説明する試練が中々の難題でして……」

「汝は優れた使い手と見受けたが、その汝をしてそう言わしめるのか」

「買いかぶりですよ、ルードラ。事実、その森で育ったエルフなら誰もが通ってきた試練なのです。要するに、成人の儀として行われる試練ですからね」

「わかんないな。つまりどういう試練なんだい?」

 代表して疑問を呈したのはソイルーだった。

 エルフは一部の例外を除いて全員が弓をたしなむ。特に森に住むエルフにとって弓は身体の一部のようなものだ。とはいえ誰しも上手下手はある。成人の儀として行われるからには、努力次第で誰もが達成できる内容のはずなのだ。

「試練とはおよそ五十歩の距離にある的を射貫くこと。ただし的と射手の間には無数の木々が立ち並んでいて、目視できないのです」

「つまり、射線が通っていないということですの? それはあまりに理不尽では?」

 木々の上を飛び越える曲射で見えない的を射貫く。

 およそ不可能な難題とシルフェには聞こえたが、ヴァンはそれを否定する。

「ファルコリアスはいとも簡単に射貫いて見せました。私の恋人パッセも難なくこなせることでしょう」

「解せませんわね。お二人はそれほどの名手なのですか?」

「エルフがなぜ森において最強とされるか知っていますか?」

 ヨルンの唐突な問いに戸惑いつつもシルフェは答える。

「森を知り尽くした狩りの名手であり、土地と相性のいい魔法を用いるからですわ」

「間違いではない。が、それを己が身で知ったことはあるか?」

 今度はルードラが問うてきた。それでヨルンの問いの意味もわかった。先ほどのシルフェの回答はごく表面的なもので、何も答えていないに等しかった。二人は、エルフは森において具体的にどう強いのかに答えがあると示唆しているのだ。

「……エルフは、木々に遮られていても正確に的を射抜ける?」

 シルフェが捻り出した推論にヨルンがうなずく。

「森ではあらゆるものがエルフに味方します。風が敵の位置を伝え、放った矢は枝葉が自ら避けて射線を通すのです。逆に侵入者と見做されれば木の根は悪意を持って足を引っかけ転倒させ、枝は剥き出しの手や顔を打ち据えます」

 ドワルドゥも苦り切った顔で後を引き取る。

「遠方から狙い撃たれ、接近しようにも性根のねじ曲がったトラップがたっぷり敷き詰められておるんじゃからたまったもんではないわい。建造物のトラップならばワシらの領分じゃが、魔法混じりの自然物では手も足も出んわ。じゃからエルフの森は火攻めにするのが鉄則とされとる。裏を返せば火をかけでもせん限りは森でエルフとやり合っても絶対に勝ち目はないということじゃな」

「なるほど、つまり……」

「ええ。木々はパッセやファルコリアスの矢を通しても、バンブーエルフである私の矢は叩き落としてしまうのです。竹弓にはそれなりにこだわりもありましたが、これではどうしようもない。ヨルンに弓を頼んだのはそういうわけなのです」

「では、森に認められるまで待つつもりですの? どのくらいかかりますの?」

「一律に何年というものではありませんが、短くて百年、長くとも千年あれば……」

 同じエルフであるヨルン以外が一斉にドン引いた。

「いやいや、ありえませんわ。お二人は好き合っているのでしょう? なのにこの先、百年も千年も引き離すだなんて……意地が悪いにも限度がありますわ。なにか、他に手はありませんの?」

「……駆け落ちも考えなかったわけでもありません。しかしエルフの世間は狭い。どこの森や竹林へ行っても情報は伝わってしまう。最後には自然から切り離されて生きるしかなくなるでしょう。それはどうしても耐えがたい」

 悲痛な顔をするヴァン。それを見たソイルーが手を打ち鳴らす。

「おいおい、まだ手がないと決まったわけじゃないだろ。ここはひとつ、人の恋路を邪魔するクソ親父の鼻を明かしてやる方法を考えるのも一興じゃないか?」

「ええ、賛成ですわ。ヴァンとパッセさんの恋、ぜひ成就させましょう!」

「いえ、皆さんにそこまでしていただくわけには……」

「どちらかと言えば親切よりも野次馬根性でしょう。遠慮する必要はありませんよ」

 恐縮するヴァンにヨルンが肩をすくめて見せ、ドワルドゥやルードラもうなずく。

「実を言えば、私もヴァンから依頼を受ける際に方法はないか考えてみたのです。何しろ事の成否は私の弓にかかっている。木々の間を縫う曲射や、樹上を飛び越える山なりの一射ではどうかとね。しかし、どれも確実性に欠けるのが難点です」

「私もそれは考えました。ですが、本番で外したら婚約はご破算だと言われてしまうと……確実に当てようと思えば、やはり森の協力は欠かせないかと」

 皆がしばし考えこむ。次に口を開いたのはドワルドゥだった。

「うむ、思いついたぞ。木々に当たることを避けられぬのならば、大樹をも貫く剛射を撃ちこめばよいのだ。望むならワシが特大の攻城用バリスタをこしらえて……」

「そんな馬鹿げた代物の持ちこみが許されるわけないでしょう」

「馬鹿とはなんだ貴様!」

 呆れを隠しもしない口調のヨルンにドワルドゥが噛みつく。ヴァンもまた、それではファルコリアスが自分の矢とは認めないだろうとして退ける。

「障害物の向こうにある的を直接射貫く魔法とかあればいいんだけどね。エルフの魔法にはないの? 途中の枝葉を透過したり、放った矢を操ったりさ」

 考えるのを諦めたのか、ソイルーの投げやりな案にもヴァンは真面目に応じる。

「探せばそのような使い手もいるのかも知れませんが、残念ながら私には……ですが、森に認められるよう努力する傍らで習得を目指すのもいいかも知れませんね」

 場に沈黙が落ちる。シルフェが恐る恐るといった様子で尋ねる。

「ルードラは、なにかいい案はありませんか?」

「バンブーエルフの本領は竹を利用した高速かつ立体的な移動にある」

「ええ、それで……?」

「……それだけだ」

 つまり、周囲に竹がない森の中ではヴァンの本領は発揮できず手の打ちようがない、ということだろう。それからも散発的に案が出されたが、どれもぱっとせず、ヴァンの顔色は次第に暗いものになっていく。

「やはり私自身が森に馴染むのを待つしかないようです。皆さん、ご親切にしていただき本当にありがとう……」

「ちょっ、お待ちになって! そうだ、レージロ! 貴方はどうですの?」

 全員の視線が壁際のウェイターに向かう。わずかな身じろぎで動揺を示した人族の若者は、控えめな態度でこう述べるのだった。

「ほんの思いつきでしかないのですが、皆さまがよろしければ議論に口を挟ませていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんよ。貴方も〈尾を食む蛇の会〉の一員ですもの」

「ありがとうございます、シルフェさま」

 年齢に似つかわしくない落ち着きで一礼するレージロ。

「恐れながら、やはりバンブーエルフというヴァンさまのお生まれを活かした方法で試練を攻略なさるのがよいかと存じます」

「ふむ。ひとつ忘れていませんか、レージロ。周囲には竹が生えていないのですよ。ファルコリアスが森に新たに竹を植えることを許すとも思えませんが……」

「植えるばかりが竹の使い道ではございません。ヴァンさまのお話を伺っておりましたところ、普段は狩りの他に竹を用いた工芸品作りもされているとか」

「確かにそんな話もしましたが……」

 話がどこに向かうのか見えず、またウェイターであるレージロが議論に加わってきたことに戸惑いを隠せずにいるヴァンが訝しげに答える。

「わたくし、傍で聞いておりまして、ヴァンさまが抱えておられるのはとても単純な問題に思えたのでございます。幹や枝葉が邪魔で的が狙えない。であるならば、採るべき方法はシンプル。樹木よりも上から狙いをつければよいのです」

「おいおい、巨人じゃあるまいし木の上からなんて……」

 呆れたように言うソイルーに、レージロは我が意を得たりとばかりに微笑む。

「その通りでございます。竹を使って背を伸ばす……つまり、超巨大な竹馬の上から弓を射ればよいのでございます」

 木々を遥かに超す高さの竹馬。

 その頂上から弓を射るバンブーエルフの姿を皆が想像した。

「的さえ見えれば後は簡単。ヴァンさまの腕前でしたら容易に射抜けましょう」

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