表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

9 桃園の……げーっ!妖魔!

張飛(ちょうひ)殿は武人でいらっしゃる。仙界では軍を率いてらっしゃったのでしょう?」

「まあ、そうだな」


 仙界じゃあないがな。もうそれはどうでもいいだろう。


 だがオレは、飛燕(ひえん)の体を借りてここで生き直そうとしている。

 それならば同じように戦場に生きても仕方がないのではないか?


「なあ、紀翔(きしょう)。お前、後宮をどう思っている?」

「後宮ですか。実は……お恥ずかしい話ですが少々持て余しております。居心地が良くないと申しますか……」


 あの後宮は先帝から受け継いだものらしい。だから妃以下の女の数がやたらと多いという。後宮は妃だけでなく、下働きの宮女に至るまでが、一応は皇帝の嫁のようなものだ。


「私が未だ皇后を持たず、寵姫(ちょうき)も決めていないのが原因だとは分かっているのですが……。その、どうにも心躍る妃に出会えなかったのです」


 紀翔はチラとオレを見て、ほんのりと頬を染めた。

 ……なんだ? なんでこっちを上目遣いで見る? おかしいだろう。自然にしていれば飛燕(オレ)のほうが小さいのだからオレが見上げる側だ。


「お前、どんな女が好みなんだ?」

「そ、それは……!!」


 やめろ。キラキラした目でオレを見るな。やめろ熱っぽい目で見るんじゃねぇ!

 飛燕(ひえん)ならいいが、燕人(オレ)はやめろ!


「ったく……。お手付きナシじゃあねぇんだろ?」

「ええ。皇帝としての務めでもありますので、一応は。ですが飛燕とはまだ、ですね」

「何故だ?」

「飛燕に『もっと強くなってからでお願いします!』と言われてしまいまして。彼女の鍛錬を待っていた形ですね」


 ああ。この飛燕なら確かに言いそうだ。

 しかし、待てよ? 強くって……オレに成り代わった今、飛燕は強くなってしまったのではないか?


 オレは首から背筋にかけてゾクッとした寒気を感じ、決して紀翔と目を合わせず空を見上げて杯を煽った。

 おい、やめろ! だから()()()()目で見るんじゃねぇ!


「……お? おい、ありゃなんだ?」


 見上げた空、遥か向こうの山頂辺りに黒い何かが浮いている。ただの点にしか見えないが、なんだか嫌な気配だ。


「どれですか? 張飛殿」

「ほら、あの黒い……」


 と、オレが指差すと、あの黒い点と目が合ったような気がした。

 次の瞬間、ギュンッ! と黒点がこちらへ向かってきた。小さな黒い点だったものが、今は一本の棒のように見えている。なんだありゃ?


「っな! あれはまさか……黒飛蛇(こくひじゃ)!?」


 紀翔が『黒飛蛇(こくひじゃ)』の名を口にした途端、宴はシン……と音を失った。そして一拍遅れてざわっと場がざわめき始める。

 兵士たちは手にしていた杯をカン! と卓に叩き置き、楽師たちは楽器を抱き締め、桃の木の下に屈み込み、給仕をしていた女たちは呆然と空を見上げたり、右往左往したりしている。


「おい、なんだそれ! 妖魔ってやつか!?」

「そうです! 黒飛蛇は大型の妖魔です! あれは滅多に人前に姿を現さないはずなのに何故……!」


 さっきまでほろ酔いで浮かれていた男たちが武器を取り、空を睨む。到底一人では引けないような大きな弓を持っている者もいて、ありゃ一体どうやって使うのだろう?


「よし! 隊列を組め!」

「将軍に続け!」


 おお、まさかこんなに早くこの世界流の戦闘が見れるとは! 黒蛇(くろへび)! よく来てくれた、いい奴だ!!


 周囲と紀翔の慌てっぷりをよそに、オレは一人ワクワクしていた。

 どうやらあの妖魔は、ここにいる全員が恐れるような代物らしい。しかしさっき目が合った感じじゃあ、オレの敵ではない。


「燕人さま! ただいま結界を張ります!!」

「お?」


 どこに行ったかと思っていた文官学者連中じゃねぇか。

 奴ら一列に並ぶと空に向かって手をかざし、何やら唱え始めた。おお! これがここの妖術か? それとも仙術か!?


 これはワクワクが止まらねぇ。

 うちの丞相(じょうしょう)羽扇(うせん)(ひるがえ)しただけで東南の風を吹かせただとか何とか聞いたが、ありゃ妖術というより計算だろう。確かにあのでたらめに切れる頭の出来は(あやかし)でもおかしかねぇが。


 ギュンギュンと迫ってくる黒蛇の前に何枚かの半透明な『壁』が出現し、オレらの周囲にも半円状の囲いが現れた。


 おお、これが『結界』か!

 あの蛇、オレと喧嘩をしたいようだが……さて、オレまでその牙が届くか? オレは空を見上げ、挑発するようにニヤリと笑う。


 すると、パーンッ! と、空で乾いた音が鳴った。


「げえっ! 障壁が一枚破られま……っ!?」


 パーン! パンッ! パンッ! 二枚、三枚、四枚目……。蛇はどんどんと空の壁を突破してくる。


「げーっ! 障壁が! どんどん破られていきます! こ、これは結界も危ないかもしれません……!!」


 学者っぽい男が脂汗だか冷や汗だかをダラダラ流しそう言った。

 あ、妙な術を使っているし、もしかしてこいつらは道士(どうし)? 方士(ほうし)か? 一気に緊迫感が増した周囲を眺めつつ、オレはそんなことを思っていた。


 迫る黒蛇に向かって、あの大弓から矢が放たれた。おお、三人がかりか!

 が、蛇が口から火を噴き矢は呆気なく燃え尽くされてしまう。


「いけない! 張飛殿、退避を!」

「あん? 紀翔、お前こそ下がってな。皇帝陛下に万が一があっちゃいけねぇ」


 慌てることはない。どんだけデカかろうとオレの敵じゃねぇ。逆に、どんなにオレの敵じゃなかったとしても、オレは売られた喧嘩はキッチリ買う主義だ!


蛇矛(だぼう)!!」


 そう呼べば、ドォン! と派手な音を立て、オレの手に蛇矛が出現した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ