5 風燕の交わり
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「なあ、飛燕のことを教えてくれ」
オレは自分を指差し、後ろに控える侍女を振り返った。
皇帝との謁見の後、大いに盛り上がっている男たちに付いていけずボケッとしていたら、「別室で少々お待ちください」と茶菓子とお茶が用意されたこの部屋に通された。
用意してくれるのなら酒のほうがありがてぇんだが……と思いつつ、そこにいたのは侍女たちだったので、自分のことを聞くには丁度いいかとオレは大人しく席に着いた。
「は、はい。燕人さまが降臨された飛燕さまは、わたくしがお仕えしておりました後宮の妃のお一人です」
「おう。それで? どんな女だ」
「ええ……その……少々個性的なお方です」
「個性的?」
「はい」
オレがそう聞き返すと、女は少々困ったような、しかし嫌な気持ちは感じない笑みをこぼした。
うーん。なんだろう? その困り笑顔を見ていたら、なんとなく『香風』という名が浮かんだ。
オレは以前に会ったことなどない女だが、何故かこの侍女を傍に置くのが当然のような気がするし、甘えたくなるような、親しみを感じるようなその笑顔にも見覚えがある気がする。
もう一人の、まだ少女らしいクリッとした目の侍女『風琳』も同様だ。香風には姉に向ける信頼のような気持ちがあるが、風琳には逆で目の離せない妹のような感情がある。
これは多分、この女――飛燕が僅かに遺した記憶なのだろうな。
体に染み込んだ記憶なのか、オレと同化でもしてしまったのか……。その辺は分からんが。
「飛燕さまは序列では第三位の翼妃ですが、ハッキリ申しまして後宮妃としては目立つ妃ではございません。――燕人さま。この国は古来、女も男も武勇を誇る気質の国です。後宮も、元々は美しさやよりも武芸を競うような場所でした」
「おお」
それは……ちょっと変わった国じゃねぇか? オレは後宮になど詳しくはないが、武芸を嗜む女なんてあの『弓腰姫』孫夫人か、策略家だとかいう魏の女くらいしか聞いたことがねぇ。
「ですが現在の後宮は、武芸よりも美しさや教養が競われております。古来からの価値観のなごりは女性兵士がいることくらいです」
「ふむう」
「しかし飛燕さまは……なんと申しますかとっても古風な方で、体を鍛え、武芸を磨く女性でございました」
話しを聞くに、飛燕はどうやら伝説の『燕人』に憧れていて、朝から晩まで走ったり筋肉を苛め抜いたり、食事にもこだわり、寝る間も惜しんでとにかく体力! 筋肉! 武芸! 燕人に近付きたい! 強い女になりたい! という女だったようだ。
「随分と面白ぇ女だな? それじゃ得意な得物はやっぱり矛か?」
「ああ、いえ、それが……。飛燕さまは武芸はからっきしで……」
「は?」
「鍛錬には励むのですが、勘が悪いのかそもそも向いていないのか……体力と筋力は素晴らしいのですが、武芸となると見習いの子供にも負ける有様で」
「ああ」
いる。そういう奴はたまーにいる。
「――そして飛燕さまはご無理をなさったのです」
姉のような香風がそっと目を伏せ、妹のような風琳がきゅっと下唇を噛んだ。
「神仙へ願掛けの祈りを捧げるため、無茶な精進潔斎をされお倒れになり……」
「ああ、もしかしてオレが目覚めたと思ったあの時は、飛燕が意識を失った時だったのか」
侍女二人が涙目で頷く。
――そうだったか。
自分のことで手一杯ですっかり忘れていたが、こいつらにしてみりゃ、仕えていた主が突然オレに成り代わったわけだ。
オレはチラッと横目で侍女たちを窺い、内心で溜息を吐いた。
ああ~~~~オレは馬鹿だ! いや十分知っていたが、やっぱり馬鹿だった! オレの娘たちと同じような、こんな年若い女たちを泣かせてやることもせず図々しく世話になっちまってたとは……!!
「情けねぇ……」
思わずそんな言葉が漏れた。
(リスペクトタイトルだけだとタイトル付けが難しくなってきたので、故事成語などからもタイトル付けてみることにしました…!)