11 桃園の誓い
かの丞相は、目に見えること見えないこと、全てに意味があると注意深く物事を観察していた。
何気ない出来事やさりげない違和感から、隠されていた策略や真実を見つけ出しその手で転がしていた。そしてその逆もしかり。あの羽扇の下で、微笑みと共に策を仕込んでもいた。
そして思い出すのは、後宮で感じたあの妙な気配。
あれは女と宦官だけの箱庭で、何か良くないことが仕込まれている気配なのではないだろうか? オレは頭はよくねぇが、勘には自信がある。
「……紀翔。一先ずオレは将軍ではなく、後宮妃をやろうと思う」
「後宮妃、ですか? それは……翼妃飛燕として過ごされるということでしょうか」
「ああ。勿論、妖魔との戦いにオレが必要になったら馳せ参じる。いや、そうさせてくれ。だが――多分、オレは後宮に身を置くのが都合がいいように思うんだ」
理由は全く分からないが、オレの鼻がそう言っている。こういう匂いは馬鹿にしちゃいけねぇ。
「かしこまりました。それでは皇后の宮を――」
「それは遠慮する。お前はお前の務めを果たせ!」
他の妃たちでな!
あの派手な悪口言いの玄尾妃、可愛らしいキツめ美人の紅丹妃。それから儚げな美女で優しい雪囀妃。
――まずは上級四妃から、軍師殿を真似て観察してるか。
何か見えてくるかもしれねぇ。
オレは頭は良くねぇが、戦場の匂いなら分かる。やっぱり後宮妃の戦場は後宮だろう! 知らねぇ戦場に立つのはなかなかにワクワクするもんだ。
「よし。オレが後宮を平らげてやろうじゃねえか」
なんとなくだが、それが後宮に降ろされたオレの役目なんじゃねぇかと思った。
「張飛殿……!」
後宮の主、紀翔の熱い視線がまたオレに注がれる。
……だから紀翔。熱く見つめるのは構わねぇが、オレは見つめられるなら美女がいい。拳で語らい合うならいいが、体で語らい合う気は今はねぇ!
オレは小さな溜息をひとつ零して、しかし笑って紀翔へ言う。
「なあ紀翔、杯を持て」
「え? はい」
そして桃の花弁が舞う中で、オレは新たな誓いを口にする。
ただし義兄弟の誓いではないし、同じ文言でもない。友として、皇帝紀翔に誓うオレの気持ちだ。
「我ら生まれた場所は違えども、この国を護るため、共に戦わん!」
オレは紀翔に杯を掲げ、そう言った。
「よろしくな、紀翔」
「はい! 張飛殿……!」
二ッと笑い、杯を飲み干し空にする。
――ああ、美味い酒だ。
オレはここで、もう一度生き直そう。
なんでか知らねぇが、後宮妃として……な!!
で。蒼い空を見上げそう思ったところで、オレはバターンと倒れた。
後で聞いたことだが、酔っぱらって寝ちまったらしい。たったあれっぽっち、舐める程度にしか飲んでいないのに!? と思ったが、どうやら飛燕の体が酒に弱かったらしい。
「飛燕さまは物凄くお酒が弱いのです」
「いつもなら一杯飲んだだけで寝てしまうんですよ!」
牀の上で侍女たちにそう言われ、オレは大笑いした。
だって、このオレが、酒に弱いだと!? 酔っ払うまでには笊のように飲むオレが、大酒を喰らえないだなんて……!
だがほとんど飲めねぇ飛燕と笊のオレが混ざったら、程良く飲める体になったってのは面白い。
「軽く飲んで楽しく酔って、スコーンと寝ちまったか」
大酒を飲む度に失敗を重ねたオレだ。樽を開けれねぇ寂しさも、一種の天罰かもしれねぇ。
「いや、だが酒を美味く飲めて程々で酔えるのも……悪くねぇかもな?」
オレは意外とさっぱりした気分の目覚めにそう思った。
◆
その頃――後宮の一角では。
一人の女が、両手で抱えるほどの大きな宝石箱から、絹に包まれた丸いものをそうっと取り出していた。
うっそりとした笑みを浮かべ、しゅるしゅる絹を解くと――。
姿を見せたのは、二つの黒い穴がぽっかり空いた、髑髏だった。
もうすぐ燕国と後宮に、嵐がくる。
◆第一章完です!ブクマや★で応援いただけると嬉しいです!感想なんかもすごく励みになってます。ありがとう!
◆当初短編のつもりで書いていたので一旦ここで完結にします。
第二章以降はそのうち書けたらいいなと思います。第二章は、後宮での異変を耳にした張飛だが幽鬼は怖いし探偵には不向き…頼るは武と筋肉!!なお話で、髭のあの人も出したいなーと思ってます!!