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第五話 朕は聖女なり


丑の刻参りで敵将を討伐し、

一躍時の人としてスターダムに躍り出た異世界人

阿ノ間口(あのまぐち)カリス。


そんな彼女に目を付け、

光の速さで招待状を贈った皇弟オレノイデス公。

(後世の別名をカンブリアのオルレアン公)


オレノイデス・A・カンブリア。

16代皇帝の実弟。


彼は王族として生まれ王族として育った。


玉座こそ期待されてなかったが、

この世で叶わぬ願い事は

今までにひとつとして無かった。


王族に仕える為の

壮絶なレンジャー訓練を耐え抜いた

選りすぐりのイエスマンたる取り巻き軍団に、

キャンプファイアーの様に囲まれ、

神輿の様にかつがれ持ち上げられ賛美され

チヤホヤされ尽くした経験しかない彼は

未知との遭遇に対し余りにも無知だった。


異世界人とのファースト・コンタクトに

失敗したのである。


魑魅魍魎である異世界人が滞在する宮廷内で、

未知なる生命体である異世界人に対し

(後に証拠となる)招待状など

贈るべきでは無かった。

またカリスの様な女子に

妄想の余地を与えるべきでもなかった。


結果、

水の上でも火を起こせる程の圧倒的妄想力の使い手

阿ノ間口(あのまぐち)カリスによって

いきなり義弟呼ばわりされた挙げ句、

カリスに恋焦がれてる男という設定にされてしまった。


皇帝ハルキゲニアは、

カリスの口から突然聞かされた

弟の仰天スクープに少し驚いたが、

彼はいやしくも青き血の流れを汲む王侯であり、

庶民にははかりしれない懐の広さがあったので

彼女の勝手な発言にただ寛容に頷くと、

静かに言った。


「オレノイデスは貴女と仲良くなりたいのであろう。

国賓である貴女をもてなすのは王族の勤め。

是非舞踏会に参加してください。

まずはモード商を呼んで準備をさせよう」


…チッ…


思惑が外れたカリスは内心で舌打ちした。


オレノイデスとかいう馬の骨に言い寄られて

嫉妬されるかと思いきや、なんて隙がない反応!

お堅い男だわ…さすが皇帝…!

だがそれが良い!


あらためて皇帝ハルキゲニアの魅力を再認識する。

カリスは奥歯を噛みしめながら心の中で叫ぶ。


私は国を救った聖女カリスよ!

言わばカンブリアの恩人なのに!

陛下ときたら…何故素直になれない?

たった一言、

貴女は私の未来の皇妃ですと言ってくれれば

それで良いのに!

負けないわ!

私は絶対、プリンセスになる!!


表情だけは聖女然としたカリスだが、

内心では天高くそびえ立つほどの欲望の炎が

吹き上がっていた。


そんな彼女に女官が静かに声をかける。


「モード商が参りました」


現れたのは、痩せた小柄な体に

タマネギの様なお団子ヘアをした女性だった。

女性は深々と一礼すると流れるように

挨拶を始める。


「モード商のシー・ベルタンにございます。

毎度格別のお引き立てを頂きまして、

まことに有難うございます。


陛下のお召しとあらばこのベルタン、

金糸を紡いで機を織り、

銀糸を紡いでレースを編んで見せましょう。


さあ陛下、どんな衣装がご希望でしょうか。

このベルタンになんなりとお申し付け下さいませ」

言い終わるとタマネギ頭をぴょこん、と下げる。


「よく来てくれた。

今日来てもらったのは他でも無い。

こちらに居る聖女カリス殿に

舞踏会用のドレスを作って貰いたいのだ。

支払いはオレノイデスに任せる」


ベルタンは息を呑んだ。


…あの最強パリピのオレノイデス公が、

女性に衣装を…!

しかも、相手は現在(イマ)

ワイドショーがもっとも騒ぐ人物、聖女カリスだ。

…これは、どう転んでも

ビッグな稼ぎになるに違いない!


―身丈の小さい商人女は総じて素早く、はしこい。


機を見るに敏なベルタンは

凄まじい速さで脳内の算盤を弾く。


―オレノイデス公は、

派手好きで見栄っ張りな性分だ。

恐らく、聖女相手に気前の良いところを見せて

彼女の気を引きたいのであろう。

…だとすれば、

相当な高値でフッかけたとしても

聖女の手前、値切る事はないと思われる。


加えて聖女は異世界人だ。

我が国の伝統や常識に乗っ取ったドレスではなく、

異世界風のデザインを好むに違いない。


ならば相場は無いにも等しい。

こちらの言い値で買うだろう。


こんなビッグな仕事(ヤマ)

一生に一度あるかないかだ。

出来る限り高額な依頼(ウケ)にしたい!!


ベルタンは沸き立つ心を必死に抑え、

言葉を選びながら恭しく言った。


「そうですね。

今をときめく聖女様は我が国を救った英雄であり、

いわば我が国の至宝。

その様に尊い(とうと)御方には

最高のお召し物を纏っていただかなくてはなりません」


…我が国の至宝…?

カリスは自分の耳を疑った。


この私が…?国の宝だと言うの…?

聖女聖女と騒がれるから、聖職者の様に

ストイックな装いが良いのかと思ってたけど、

このベルタン嬢は、尊い私は

最高の装いをするべきだと言っているわ。


…なんて素晴らしいの!

正々堂々と派手で豪華に着飾って良いということよね!


奢れるものは久しからず。

出る杭は打たれる。

雉も鳴かずば撃たれまい…


昔から伝わる教訓を胸に、

聖女ぶりっこしてなるべく控えめに

行動していたカリスだったが、

ベルタン嬢のこの言葉には心躍った。


せっかく現実世界の6畳の自室から

この華麗で豪奢な宮殿に来たのだ。

浮世離れしたお姫様チックな格好で

この世界を楽しみたい!


しかし私は聖女。


聖女がその様な俗な人物であってはならない。

聖女というものは、その辺にいる

普通の女性とは違う存在(モノ)なのだ。


神秘性が薄れて、民達の信仰を失うかもしれない。

エセ聖女と言われて

宮殿から追い出されるかもしれない! 

…そんな思いが彼女の枷になっていたが

ベルタンの言葉がそれを外した。


至宝である私は相応しい格好をしなくては

ならない、と贅沢をする大義名分をくれたのだ。


私はこの国を救った英雄なのだから!

天祐は我にあり!朕は聖女なり!


…私に勇気をくれたこのタマネギ嬢には

これからも側にいてもらわなくては!


「私の為にドレスを作ってくださるなんて光栄です。

早速ですが、このようなデザインは可能かしら?」

ご機嫌になったカリスは

ウキウキとデザイン画を書き始めた。


後に帝国一のモード商となるベルタンは

超高速運転でパチパチと脳内算盤を弾きながら、

打ち合わせを進めていった。


後世では

オレノイデスこそがカリスを奢り高ぶらせた

A級戦犯とされているが

(カリスに自身をナーロッパ大陸一の美女で、

カンブリア帝国一尊い女性と吹き込んだ)


実は出入りのモード商、シー・ベルタンとの

共同作業だったのだ。

しかし現在に至るまで真相を暴く者は無く、

オレノイデスの単独的な犯行であるとされている。



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