第三話 聖女の始まった日
皇帝からこの国の危機的状況を知らされた私は
突然の事態にも関わらず、
即座に気持ちを切り替えた。
戦況は常に動いている。
もはや一刻の猶予も許されない!
…なんとしても敵将の首を討ち取り、
カンブリアに勝利と栄光をもたらさなくては。
私は異世界から来た″救国の英雄″なのだから…!
…良く言えば勇気のかたまり。
悪く言えば無知、無謀、馬鹿、猪突猛進、歩く災厄。
(この時の亜ノ間口カリスの働きぶりについて、
後世の歴史学者はそう評した)
普通の人間なら怖じ気づくか泣くか喚くか
逃走する場面にも関わらず、
逃げ出さず戦う方向にシフトした彼女は
確かに歴史に名を残す勇者と言える。
道端でワイワイとデモって、
パクられる様な雑魚では無いのだ。
しかしながら彼女が選んだ戦法は、
実に奇妙なものだった。
「真っ白な服一式と、ワラ束を一掴みに
それを縛る為の紐、大きな釘とハンマーを下さい。
出来れば頭に乗りそうな燭台とロウソクも」
「それと湯浴みの支度を。
戦いの前に聖水で身を清めたいのです」
皇帝からその注文を聞かされた女官は、
突然の事態に慌てふためいた。
湯浴みに白い服一式が必用とは、
まるで結婚式ではないか?
皇帝付の女官の中でも
賢婦人として名高い彼女は即座に行動した。
皇帝の側近中の側近であり、
カンブリア宮殿のゴッドファーザーとも言われる
ルーリシャニア宰相に報告に行ったのだ。
「…何と。陛下が異世界召喚の儀を行うとは。
私に何の相談も無く!
まあ、済んだことで騒いでも仕方あるまい。
ふむ。そなたは異世界人の姿を見たのだな?
18歳の痩せ型、黒髪の美しい清楚な娘だったと。
白い服一式とは随分大雑把なもの言いだが、
恐らく婚礼衣装の類だろう。」
女官から受けた突然の報告にも関わらず、
老練な寵臣は(戦争は弱いが)
内容を冷静に分析する。
「恐らく湯浴みした後衣装に着替え、
教会に赴き結婚を誓うつもりなのだろう。
私に相談しなかったのは
反対されるのを恐れた為か。
ふむ、相手は異世界人…
財産も後ろ楯も無く
我が国に利益はもたらさないが
異世界人ゆえ先祖代々の因縁も無い。
私の政敵になる可能性は低いとも言える」
女官は頷く。宰相は敵も多いのだ。
「逆に有力貴族の娘や他国の姫、
教養の高すぎる娘だと
将来こちらの意のままにならぬ可能性が高い。
私は皇帝のお守りだけで手一杯だ」
結果、
カンブリアのゴッドファーザーは
異世界人を皇帝の妃にしても良し、と
そろばんを弾いた。
ゴッドファーザーの決断は帝国の決断。
皇帝の電撃結婚は即座に教会に伝えられ、
慌てふためいた教会ではボヤ騒ぎまで起こる
始末だった。
入浴を済ませたカリスの前に現れたのは、
純白の婚礼衣装一式を捧げもった女官の一団。
「待ってください!
確かに私はカンブリア帝国の未来の皇妃ですが、
いま欲しいのはそれじゃありません!」
勘違いされて動揺したカリスが叫ぶ。
今は戦わなくてはならない時だ。滅ぼされて
国も城もない亡国の皇妃など冗談ではない!
どうにか衣装を用意してもらって着替えると
藁人形を拵えた。
頭に燭台を乗せ、台座に繋いだリボンを顎で結ぶ。
大きな釘とハンマーを手に持つと
カリスは女官達に話しかけた。
「皆様ありがとう。あなたたちの忠誠と献身を
私は皇妃になっても忘れません」
今、カリスは常識とはかけ離れた
珍妙な格好をしているのだが、
誰1人吹き出すものはいない。
女官達は国内有数の名門貴族の出であり、
それぞれが家名とプライドを背負っている。
伏魔殿のごとき宮殿に仕えるその身は
一挙一動些細なミスも許されず、
その精神力は常人の域を超越しているのだ。
「さて、私は行かなくては。
カンブリアを救う為に戦わなくてならぬ時です」
女官達は、つい先程出会ったばかりのカリスに対し
一斉に嘆き悲しむ姿態を作り、
あたかも今生の別れのような場面が展開される。
「陛下がお見えです」
カリスはドアに向かって歩き出す。
例えこの国の皇帝であろうとも、
私を止めることはできない。
私は隣国の国王を討ち取らねばならぬのだから…!
女官がドアを開けると皇帝の姿があった。
が、
皇帝はカリスの姿と気迫に圧倒され言葉を失う。
その脇を女帝のごとき貫禄で通り過ぎると
カリスは後ろも振り返らずに走り出した。
宮殿を抜け敷地を走り隣接する国境の山に
駆け込む。
無我夢中で山を登り、
皇帝から聞いた隣国を見渡せるポイントに
到着するやいなや
一本の木に人形をあてがい、猛然と釘を打ち付ける。
「隣国国王、○×△□め!サッサと死ねぃ~!」
それは古来より異世界に伝わる由緒正しい呪いの儀式。
【丑の刻参りLV99…呪殺効果を持つ。
対象者は72時間程で死亡する】
大のインドア派でオカルトマニアでもあるカリスは
呪いの儀式や黒魔術にも興味があり心得があった。
特に丑の刻参りは子供の頃から盛んに行っていたので
自覚はないがレベルは既にカンスト済みだ。
アマチュア呪術師を名乗り、
ネット内のオカルトマニア界隈では
少しだけ頭角を表して居たほどである。
そんな彼女にターゲットにされた敵国の王は、
スパイよりもたらされた報告に
激しいショックを受けていた。
「馬鹿な…!オレが″終わる″…だと!?」
国王として生まれ、国王として世に君臨していた
このオレだ。
そんなオレに対して謎のオンナが今、
戦いを挑んできている。
何故か震えが止まらない。
武者震いか?
背中からぞくぞくと寒気もする。
「ドエレー、″COOL″じゃン…?」
そのまま倒れ、大理石の床に頭を打ち付けた。
「へ、陛下ー!!誰かー!医者を!!」
そのまま意識不明となり、4日目の朝に崩御した。
あまりにも突然ワンマン国王を失った隣国は
勢いを失い、大混乱をきたし
その隙をついたカンブリア帝国軍に制圧された。
「異世界から来た救国の英雄が異世界魔術で
敵王討伐!」
「軍神!神!聖女!カリス!」
カンブリア国内の新聞ではそんな見出しが踊り、
街頭では号外が配られるも市民が殺到して
大騒ぎとなった。
「モノ配るってレベルじゃねーぞ!」
敗戦間近からまさかの大逆転に、
カンブリア国内は沸きに沸いて
連日連夜のお祭り騒ぎだ。
山から降りてきたカリスは
待ち構えていた市民達の手で御輿に乗せられ、
成婚パレードのごとく
賑やかに街中を練り歩いたのち、宮殿に送り届けられた。