第十三話 カンブリアの薔薇
皇歴1600年、カンブリア帝国。
異世界から召喚された救国の聖女の案により、
これまでは無税だった貴族聖職者から
平民と同じく税を徴収する制度が始まった。
その取り立ては有無を言わさず、
皇帝の弟ですら期日をオーバーした罪で
監獄に送られ(かけ)るという苛烈なものであった。
その無情さに貴族も僧侶も恐れおののき、
我先にと金策を巡らせてはどうにか税を納める事に。
その結果、
宮殿の国庫は金貨が溢れ宝石が小山を作り、
金銀の装飾品で溢れかえっていた。
この状況に笑いが止まらないのが聖女カリスである!
彼女には現代世界での教養があった。
フランス革命を知っていた。
皇帝の権威は損なわず、
民からの敬愛も失わず
こ生意気な貴族僧侶達から死なない程度に
ムシリ取って、己を綺羅に飾る。
そう出来るよう舵を取ってみせる!
カンブリアを動かすのは皇帝、
皇帝を動かすのはこの私よ!
異世界から来た阿ノ間口カリスの
宮廷における権勢は最早、
他の追随を許さぬ巨大勢力となっていた。
山と詰まれた財宝を見つめるカリス。
その表情は一見、清らかな聖女然としているが
内心では下町の商人も裸足で逃げ出す程の
強欲さが滾っている。
「聖女カリス様。出入りのモード商が参りました」
音もなく現れた女官がベルタン嬢の来訪を告げる。
大好きなベルタンのドレスが買える!
お金は溢れるほど国庫にある。
元々は無かったはずの収入だ。
わたしが使っても良いはずだ!
何故なら私は救国の聖女カリスなのだから!
沸き立つ心を抑え、静かに女官に答えた。
「わかりました。すぐに行きます」
足取りも軽やかに
カリスはベルタンの待つ部屋に向かった。
「こちらは作品名【聖女のため息】です。
カリス様のアンニュイでメランコリックな
お心を表現しております。
雨の日にお召しになるに相応しい一着かと」
ベルタンは、
雨が降る前の曇り空の様な
淡い灰と水色のドレスを手に取りながら
カリスに説明した。
「ステキですね。扇はどの様なものを持てば?」
勿論用意がございます、と
ベルタンは傍らに控えていた助手に声をかける。
即座に差し出された盆の上を一瞥したベルタンは
助手の腕に手刀を下ろした。
「ちゃうわ!
これは舞台【tekio-討伐】に使う扇だろっ!
全く、モデストをなんと心得ているのです。」
腕を叩かれた助手ラガニアは
あまりの痛さに顔をしかめながら、オズオズと
渋い銀細工の扇を差し出した。
「…カリス様失礼いたしました。
この助手めはあの時の下町ムスメにございます。
始めは山出しの猿さながらのそこつ者でしたが、
辛抱強く仕込みました所
なかなかの働きぶりを見せまして」
いまでは助手としてコキ使っております、と
ベルタンは語った。
野心でギラついていた下町の聖女ラガニアは、
今やベルタン嬢の忠実な助手として
真面目に働いていた。
かつての生意気さは見る影もない。
ベルタンの鉄拳の賜物だろう。
カリスは満足そうに頷く。
ベルタン嬢の様に、才能ある者には成功が。
ラガニアの様に努力する者には
機会が与えられるべきだ。
ベルタンの産み出すドレスは今や
モード界の最先端と呼ばれつつあり、
その名声はカンブリア国内だけに留まらず
大陸中に流行し始めていた。
とにかく聖女カリスが好む衣装を
皆がこぞって真似るので、
「カリス風」だの「カリス好み」だの
商品名をつければ小麦粉の袋でドレスを作っても
売れるんじゃないか、と語る者もいた。
ベルタンは筆頭顧客であるカリスの好みを
忠実に表現して彼女を夢中にさせ、
(異世界の画家、ミュシ○の絵によく見られる作風であると伝えられている)
また、単発デザインのドレスよりも
4着程のセットでひとつのテーマを表現している
連作ドレスに力をいれて
一日に何着もドレスを着替える貴婦人達を
コーディネートの悩みから救った。
ベルタンの連作ドレスを1セット買えば、
朝→昼→夕方→夜と
場面に相応しい装いが出来るのだ。
カリスの存在は最早
カンブリアを救った聖女というだけでなく、
モード界のファッションアイコンとなりつつあった。
カンブリア帝国に、モード発祥の国という
新たな価値を与えたのだ。




