第九十六話 霊人騎士
設定資料:黄道十二将星
皇国の保有する最大戦力である十二人の将軍を指す言葉。
それぞれの将軍には序列が割り当てられるが、二位以下はこの序列による上下関係は殆ど存在せず、序列の表すものは各自に向いた仕事の割り振りであり、二位ならば外交、五位ならば物流、九位ならば報道などの仕事の担当が任されている。
なお、一位のみは二位以下の将軍達に対してある一定の命令権が持たされているのは、一位を冠するものは皇帝からの最も厚い信頼と実績を持つからである。
ちなみに、現序列一位のアレクは前序列三位、ジンの息子で、現皇帝…セレナが幼少期の頃より本人も子供ながらセレナの世話係をしていた過去があったりする。
「う〜ん…だいぶ広く飛び散っちゃってるっぽい?」
「そうね。全部集めるとなるとかなり時間かかるわよ」
メルキアスの一撃でまとめて塵になった三体の異形。
その体を構成し支えていた赤い発光はもろとも粉々に砕け散り、大穴の底の方や今や更地となった周囲一帯に散ってしまっている。
前回交戦した異形からするにこの赤い発光は魔力を吸ったり寄り集まると再生する性質があったので、光を分解した今の状況でも油断はできない。
なので物理的な封印を施したいところだが…
「でもこれの正体って、あいつが言ってたことが本当なら多分殺された人達の魂をくっつけたやつだよね?」
「その可能性は高い…と思う」
「なら無理に集めずに輪廻の環に還した方が良いんじゃない?」
「なるほど、なら帝城で封印してある分もそうした方が良いのでしょうか?」
「そうね…魂を現世に留まらせ続けるのは輪廻の環を乱す原因にもなるから、早めに還した方がいいかもしれないわ」
「輪廻の環を乱す…うぅ怖い怖い。この一件が片付いたら早急に手を打つとしますね…と、レイズ?」
三人で赤い発光の処理を相談していると、メルキアスは何かを探すように地面を見ながら歩き回っているレイズに声を掛けた。
「…お、みーつけた」
「…?なにがですか?」
「これだよ、これ」
「…あ、神器」
レイズが地面から一部突き出た細長い物体を引っこ抜き、着いている土を軽く払った。
それは、カトロスが使っていた仕込み杖の神器、『ニールスフェース』だった。
「鞘の方は見つからなかったけど、そっちの探索は後日でいいか」
「ちゃっかりしてるわねあなた…」
「これくらいの戦利品が無いと命張った割に合わないよ。まあ、別に僕は使わないだろうけど」
そう言って肩を竦めたレイズは軍服の内側から取り出した包帯を刀身に巻き始める。
「その軍服内側どうなってんの?」
「別に黄道十二将星じゃなくても指揮とか任されてる人は大体軍服に色々機能持たされてるよ」
「そういうこと聞いてるんじゃないんだけど。構造どうなってんのって聞いてるんだけど?」
「残念、国家…って程じゃないけど機密でした〜」
「言い方クッソ腹立つんだけど」
露骨な煽りを受けムッとする。
しかし先程の戦いの緊張感が抜けていい感じに身体の硬さが緩んでいくのでこの空気感も悪いことではないだろう。
むしろ向こうが気を使ってくれている気がする。
「…フィリアさん、この発光ってどうすれば輪廻の環に戻せるでしょうか?私神秘学方面には疎いので…」
「むしろ人間のする学問じゃないのだけれど…私達基準の知識で言うと輪廻の環の管理は死神の管轄だし、その転変は天使、罰に関しては悪魔が専門ね。若い頃はそういうと仕事する子が多いし」
「お仕事としてそういうのあるんですね…」
少し困惑したように相槌をうつメルキアス。
そういえば私そういう仕事任されたことなかったなーと二人の話を小耳に挟みながらとりあえずパタパタと飛んで風圧で発光の欠片を大穴の方へ寄せることにした。
割と大雑把にやったのでものの数分で発光を寄せ終わった。
「あらミシェル。お疲れ様」
「へいへい、もっと労って〜」
「後でね、後で」
「言ったね?約束だよ?」
「はいはい…」
面倒臭そうに適当に返事をするフィリアだが、どこか安心したような感情が見られる…気がする。
レイズとメルキアスの方は…
「ふぅ…僕は流石にもう離脱かな」
「当たり前ですよ。元々あなたを休ませるつもりだったのに連中が攻めてくるまでの間に飛び上がって来るんですから。魔力だって回復し切っていない状態でカトロスを討てたのですからもう十分でしょう?」
「はは…メルは僕含めてよく皆のこと心配してくれるよね」
「…何が言いたいんですか?」
「そういう優しい所が皆に好かれてるって事だよ」
レイズの言葉にしばらくポカンとしたメルキアスは、途端に顔を赤くしてレイズから距離を取った。
「な、私が優しいなんて…これでもむしろ苛烈にやってるつもりなのに…別に好かれてるとかどうでもいいですし!」
「ねぇフィリア。あれがツンデレって奴?」
「ちょっと違うわね。あと指差すのやめなさい」
「んじゃ、僕は一度オルターヴの駐屯所で休んでくるけど…君達は?」
「え、私達?」
「他にだれがいるのさ。いくら天使や悪魔が人間より頑丈で回復が早い種族とはいえ、結構な深手の筈だ。今回は飛び入りで精鋭騎士団と交戦したりカトロス達の打倒を手伝ってくれたみたいだけど、本来は君達に戦う義務はないだろう?」
赤い発光をフィリアが風の魔法でまとめて上空に吹き飛ばし、天に還りやすいようにした。
空の魂は磁石に引き寄せられるように天に向かっていくが、どうやら分解されてしまっているあの欠片達に自力で天に昇る機能は働かないらしく、こちらで推進力を与えることにしたのだ。
後は欠片を適当な天使か死神が見つけてくれれば輪廻の環に戻してもらえるだろう。
ついでに魂の欠片達へ向けて軽く黙祷した後、オルターヴへ向かおうとしたレイズから声をかけられた。
別に戦争を手伝う必要が無いと言われればその通りなのだが、私達はこの世界を自由に旅したいので、それの妨げになり、せっかく手に入れた拠点まで踏み潰そうとする神教国を放置する訳にはいかない。
付け加えるならば、この国にも友人や馴染み相手が出来たことへの情もあるが。
とはいえ魔力もかなり消耗したし、連戦は流石にキツイのも事実。
「…うん、私達も一回休もうか」
「そうね…ここは何とかなったけど、他の連中も戦ってるんでしょ?そっちは大丈夫なのかしら?」
「…そうですね。私はまだ多少余力が残っているのでこれから助力しに行きますが…恐らく、戦況はかなり厳しいでしょうね」
皇国最北部の街だったヴィクティス跡、そのさらに北部の国境沿いでは二つの大軍がぶつかり合っていた。
方や精強たる皇国の軍隊、方や凄まじい執念を見せる神教国の軍隊。
「…精鋭騎士団が強いな。ウチの兵士達も相当訓練してる筈なんだが…」
戦場から少し離れた丘から目を細めてその様子を見守るのは、黄道十二将星序列十位、ワズベールだ。
そんな彼に瓶を投げて寄越した背の低い人物は、物資の入った木箱の上に腰掛け足を組んで赤い果実を口にした。
「しゃむ…ワズは昨日連中の本隊に奇襲仕掛けて返り討ちにされたばかりでしょ…あむ…少し休んだら?」
「はぁ、気楽だな、お前。いや、気楽っていうかやる気がないのか?」
「流石にこの状況で切り替え出来ない私じゃないから…はぁ…一応こっち側では一番大事な局面を任されてるし」
「今欠伸出たな、おい。それと勘違いすんじゃねぇ、返り討ちにされたんじゃなくて撤退しただけだ。向こうにそれなりに被害も与えたし異形共と精鋭騎士団がわらわら来たから念の為下がっただけで俺に被害はほとんどねぇよ」
「…」
「おい聞いてんのか───やっぱ寝てんじゃねえか!起きろテメェ!」
「あの…ワズベール様…」
「あぁ!?…シャウトか。何だ?」
木箱に腰掛けたまま眠る黄道十二将星序列八位、ノフティスの胸ぐらを掴んで前後に揺さぶるワズベールにおずおずと声をかけた青年は、ワズベールの部下であり補佐をしているシャウトだった。
「その、メルキアス様から聖騎士のカトロスを討ち取ったと連絡が回っています」
「あ?カトロスをやったのか?メルが?」
そういえばメルキアスの代名詞とも言える『天の裁き』の雷光と轟音を確認出来た事をワズベールは思い出した。
『天の裁き』は基本メルキアスが明確に命中させられる隙を作れる時、或いはそれ以外の有効打が無いと判断した時だけに使う奥の手であり、
中断させられることなく発動されたのなら、使用後に大きく消耗してしまい隙ができてしまうという意味でも、どちらにせよ決着が着いてしまう技だ。
「はい、どうやら合流したレイズ様と、居合わせた件の天使と悪魔と共にカトロス、そして三体の異形を倒したと」
「天使と悪魔…あいつらか。それにレイズもだぁ?あいつ大怪我したばっかりだってのに無理しやがって…被害は?」
「レイズ様と件の天使と悪魔はオルターヴに戻り、メルキアス様が助力に向かうとの事です」
「ん…メルの事だから魔力の無駄遣いはしないだろうし、移動は馬車でも使うか…となるとこっちに来れるのは早くて半日…はかからないにしても、数時間はかかるか?」
魔力で身体強化して身一つで全力で走ってこればかなり時間を縮められるだろうが、消耗した状態で来られても意味が無い。
それに馬車の移動なら移動中に体を休められる…が、オルターヴ付近からここまでの陸路はヴィクティス陥落の一件から整備が疎かになって道が悪い。
ワズベールは両軍がぶつかる戦場に目を向けると、グレンの直轄である精鋭騎士団の巧みな連携と経験に裏打ちされた勘の良さから皇国軍を圧倒している。
あれで精鋭騎士団の数十に分かれる小隊のうちの三割程…二百人程度の兵力なのだからその厄介さが分かる。
(このままだと先にウチの軍が壊滅する…異形共も出てきてるから一般兵じゃ厳しい…メルには早く来て欲しいが、それだとどっちにしろあいつも力が殆ど残ってないだろうし…)
ワズベールは脳内で戦術を巡らせる。
ワズベールなら精鋭騎士団を全滅させることも出来るだろうが、異形という不確定要素が存在するせいでそれすら叶うか怪しい。
第一先日の奇襲で数百人を殺すに至ったのにも関わらず想像以上に神教国軍の足が止まらなかったことが響いている。
そのせいで今のワズベールはまだ万全とは言えず、予定よりも交戦するのが早まってしまっていた。
「…チッ、おい起きろ、ノフティス」
「…んぅ?何さ、人が気持ちよく寝てたのに」
「この状況で気持ちよく寝れる神経を疑うわボケが。あっちで現在進行形で部下が大量に死んでんだよ気引締めやがれ」
「…あくまであれが彼らの仕事だし、彼らもそれを承知してるんだから良くない?」
「…お前のそういう冷たいところ嫌いだよ」
「私も別に君のこと好きじゃないしー?」
「あわわ…」
睨み合う二人を前に互いの顔を交互に見ながらあたふたするシャウトが一番気まずいだろうこの状況。
しばらく睨み合ったワズベールとノフティスは、互いに溜め息を吐いてそれぞれの得物を持った。
ワズベールは銀色のガントレットを、ノフティスは繊細な装飾が施された不思議な金属の指輪を右手薬指に通しその上から手袋を嵌め、腰に差している細身の剣を引き抜いた。
「作戦は?」
「こっちからグレンに殴り込む」
「単純明快、そういう脳筋思考は好きじゃない」
「嘘でも嫌いじゃないって言っとけよ」
互いに軽口を叩き合いながら戦場に目を向ける二人。
一般兵の多くはスクエラート防衛に回っているため相対的に言えばこちら側の戦死者はそこまで多くはない…がそれでも元々二万程存在していた兵士達が異形と精鋭騎士団に蹂躙され四割程にまで数を減らしている。
とはいえ、神教国側の一般兵は殆ど全滅している。
特別強いのは精鋭騎士団と異形、そしてグレンだけだ。
「シャウト、精鋭騎士団と異形共はお前らで片付けろ。最悪足止めしてくれればいい」
「…かしこまりました」
「緊張することは無い…いくら精鋭騎士団が強いからと言って皆の頑張りのお陰で最初の半分くらいにまで数が減ってる…圧倒的な異形も動きが単調で戦術も何も考えてない。一般兵ですら動きを予測して攻撃を避けることができ始めてる…つまり慣れ始めてる。君、ワズの所で指揮勉強してるんだから実践くらい頑張れ」
「は、はぁ…」
いつもの感じから考えられない文字数を喋ったノフティスに困惑するシャウトだったが、その激励を受けて準備を始めた。
そしてワズベールとノフティスも一歩を踏み出し、戦場に向かう。
「まあ多少は露払いは必要だろう…道中何人か轢き殺すか」
「そのまま突き抜けて敵将一直線って?クエンシールかな?」
「くえ…”黒い獣”じゃねえか。なんつうもんと一緒にしてくれるんだ」
「あいつ前に神教国に潜入してた時見掛けたんだけど、凄かったよ。進路の先の都市も山も全部踏み潰して貫通して一直線に進み続けてたんだよね」
「その話はもういいんだよ!」
そんなやり取りをしながらもワズベールは直線上付近にいる神教国兵を殴り殺し蹴り殺し、時々飛んでくる魔法を避けながら前進し、ノフティスも通る先にいる敵を片っ端から切り伏せていく。
「ハハハ!不殺の制圧が元々の仕事だったのに今となっては随分派手に戦場を駆けてるじゃねえか!」
「うるさい…本当にこういうのはっ!性に合わない!」
神教国の一般兵を蹴散らす二人。
無双状態とも思える二人だが、実際のところそうでも無い。
雑兵でもたまに反応してきて反撃されることもあるし、精鋭騎士団が相手だと瞬殺するのは難しく、結構防がれている。
飛んでくる魔法も範囲や性質的に不可避のものもあるので、そういったものは反射で耐えるしかなく消耗させられる。
しかしこれでそこそこ頭数を減らせた。
この戦場にいる異形は六体、内二体が二人に着いてきてしまったが、あれは膂力は脅威的だが、身のこなしは平凡な農夫にすら劣るだろう。
グレンを相手にしながら対処するのは厳しいかもしれないが、まだマシな方だ。
「…また来たのか、貴様ら」
「この前の仕返し…」
「俺は昨日のお礼参りだ」
「…小娘の方はともかく貴様は昨日会ってすらいないだろうが」
突然の正論にワズベールは面食らうも、頭を掻いて拳を握り締め、構えをとった。
ノフティスもだらっとした体勢で立つが、これもノフティスなりの構えである。
「黄道十二将星序列八位、ノフティス」
「黄道十二将星序列十位、ワズベール」
「ん?小娘、ノフト…あぁ、あの時は偽名か。まあ当然か。んっ…我こそは聖騎士が第一席、グレン。ここで貴様らを打ち倒し、人間に安寧を取り戻させてもらう」
高らかに名乗ったグレンは、腰に差す光で構成された剣…神器である『明王剣 ホルネヘルヴ』を抜き放ち、その切っ先を二人に向けたのだった。
最前線での衝突、聖騎士と将星───
何気に本編以外を含め百話到達です。
あと一月ほどで連載開始一年になりますが、これからも応援よろしくお願いします。
よろしければ誤字報告や感想を頂けると作者のモチベーションもあがります。
特に誤字報告はお願いします…切実に。
読み返してみると誤字がまあ多い多い。




