第九十四話 信念の辿る場所
「君達とは分かり合えない、だから僕達は戦うしかない。それが決定づけられた運命だ」
神器と思われる仕込み杖を構えたカトロスは、ゆっくりと歩を進め近付き、止まる。
そしてその周囲に無数の赤い発光が集まると、それぞれ人に近い────一部が人と掛け離れた異形の形を取っていく。
先程のカトロスの灼熱に焼き焦がされたのが再生したのだ。
その体躯は戦闘が始まった当初と比べてかなり肥大化している。
「やれ」
そしてカトロスの指示と共にそれらが突撃してくる。
巨腕の異形が先程カトロスが落とした巨石の巨大な欠片の一つを掴むと、それを放り投げてきた。
それをフィリアが放った闇で構成された杭のような魔法が撃ち抜くが、その陰に潜んでいた尾を持つ異形が直近に居たレイズに飛びかかる。
「さて、話は覚えてるかな?まずは一度目だ」
対して、レイズが私達に声を掛ける。
そして、手に持つ細長いガラスの筒のようなものを異形に投げつけた。
異形の胴体に当たったガラスの筒はかなり脆い作りなのか、簡単に粉々になり、中から何か液体が漏れた。
さらにレイズはもう一本軍服の袖からガラスの筒を取り出すと、それをパキッと砕き割り、中から砂の様なものが零れる。
何かされると察知したのか、カトロスも手のひらを向けた、が…
「いけ」
レイズが手の中に握る砂のようなものを空中に振りまいたかと思えば────次の瞬間には先程液体を付けられた異形の胴体が吹き飛んだ。
ゼロ距離で大砲でも撃たれたかのように胴体に風穴が空き、肉片が飛び散る。
しかし当然のようにそれらは赤い発光となり異形の元に戻っていく。
「…何今の」
「敵の目の前でネタバラシは出来ないから、勝手に察してよ。それが出来なきゃ、全滅濃厚だよ?」
「めんどくさっ」
つい悪態を着いてしまうが、まあ仕方ない。勝手に戦いに飛び込んだのは私達だ。
となると、早々に考察して連携できるようにするしかない。
先程カトロスはレイズの行動を妨害出来ていたような気がするが、それを敢えてしなかったように見えた。
恐らく向こうもレイズの権能、或いは所有していると思われる神器の力を知らず、それを見破るために敢えて使わせたのだろうが、だとすればそれより先にこちらがどういう力か分からなければいけない。
唐突に始まった謎の頭脳戦(?)に頭を痛くしながらも、異形達の牽制をしているフィリアに視線を投げかける。
視線に気付いたフィリアは急接近して来た異形をひょいと躱しながら鞄から小瓶を一つ取り出すと、こちらに投げて渡した。
「?」
そして直ぐに異形との戦闘に戻るが、あの様子だとフィリアは検討は着いているのだろう。
手元の小瓶、それは先程フィリアがレイズに投げ渡されていたものだが、中に入っている細かな粉末のようなものはレイズが取り出していた砂のようなものとは違うようだが、何か特異な魔力を纏っているのが感じ取れる。
「…おっと!ぼさっとしてる時間は無いか」
考えている所に触腕の異形が襲いかかってきた。
伸ばされた八本の触腕の間を飛んですり抜け、本体の手足と触腕の根元を切り落とす。
そのまま胴体に蹴りを放ち、異形をカトロスの方へ吹き飛ばした。
カトロスは躊躇なくそれを巻き込みながらこちらに再び光輪を転がしてくる。
光輪は異形を両断しながら地面のでこぼこで飛び跳ねて来るが、大した速度もないので横っ跳びに躱す。
(明らかに魔法の威力や精度が落ちてる…やっぱり、さっきの熱攻撃でかなり消耗したのか)
とはいえ、カトロスが取り出した仕込み杖の神器も油断出来ない。
権能はなんとなくアタリがついたが、相手が強敵であることに代わりはないのだ。
すると、唐突にカトロスは仕込み杖の刃をこちらに向けて振るった。
剣圧が飛んでくるタイプか?と防御の姿勢を取ろうとして─────
「ミシェル!?何してるの!?」
「─────え?」
気が付くとすぐ眼前にこちらに伸びてきている触腕。
再生を終わらせた異形のものであるのは言うまでもないが、なんで…
「うぐっ…!」
顔の前に迫っていたものは咄嗟に躱し、頬を掠める。
しかし、目の前の触腕に視界を隠され気を取られていたせいで横に回って向かってきていた触腕に反応が遅れた。
触れそうになった段階でようやく察知し身を捻るが、脇腹が抉り取られ夥しい血───天使のそれは魔力だが───が滴る。
ナルユユリの咆哮を受けた時以来の激痛に歯を食いしばり、しかし体を止めることはせず手元に光を収束させそれで束を作る。
「『無遠慮な破光』!」
投擲した光の束は触腕の異形を撃ち抜き、その体を押しやって奥の巨石にぶつかった。
血が溢れる傷口を抑え、治癒の魔法を発動させる。
(火傷とかならともかく、体組織が消失するような怪我はまずい…)
小さな切り傷や擦り傷ならいざ知らず、体の欠損等の怪我は流石に回復に時間がかかる。
治癒の魔法はあくまで本人の再生能力を促成するだけであって、失った部位を瞬時に回復できるレベルまでこの系統の魔法を極めてる奴なんて前の世界の知り合いにも一人しか居ない。
アイツは本当に狂ってるくらいゾンビ戦法してたからなぁ、という郷愁が思い浮かぶが、走馬灯みたいになるから頭を振ってそれを振り払い、フィリアの元まで下がる。
「ちょっと、大丈夫!?」
「結構キツい…血を流しちゃうと魔力がガンガン無くなるから困るんだよね」
「うぅ…まず止血するから…ちょっと少しだけ頼んだわよ!」
「ええ、皇国人は人助けと頼られることが好きですから、いくらでも任せてくれても良いんですよ?」
「直ぐに復帰するわよ!」
二人分受け手が減ったことでメルキアスとレイズが二人で三体の異形とそれを支援するカトロスを受け持つ状況になってしまった。
メルキアスも気丈に答えてはいたが、一体相手にして僅かに優勢と言えなくもない程度の力の差だ。
早く戻らないと本当に戦線が崩壊してしまうだろう。
「あんた、急に動き止めてたけど、どうしたのよ?」
「何か、分からない。本当に気付いたら攻撃されてて…」
「そんな早い攻撃でも無かったわよ?私達が気付かなかっただけで何かされた?」
「う〜ん…確か…」
そういえば、直前にカトロスがあの仕込み杖の刃を振るっていた。
あの時に何かしらの干渉を受けたのか、まるでその瞬間だけ記憶が抜け落ちたような感覚が残っている。
考えられるのは十中八九あの神器と思われる仕込み杖の力だが…
「ちょっと痛むわよ」
「うん…!」
フィリアが痛々しい傷口に手を添え、魔力を流し込んだ。
現状が現状な為最低限の応急処置しかできないので、無理やり傷口を皮膜のような結界で覆い、出血を防いだ。
そこに私の鞄から漁った厚い包帯を一応巻かれた。
この包帯も一応魔道具で、患部に巻くと布地に刻まれた術式が起動して永続的に弱めだが治癒魔法が働くようになっている。
量産しようとしたが一般に流通させるには非常に手間がかかるので断念した思い出がある品だ。
「はい、急ぐわよ…って良いたいけど、無理しないでよね?」
「うん、少し引いて戦うよ…あれは…」
視線の先で、メルキアスが巨腕の異形と尾を持つ異形を同時に捌き、レイズがカトロスを狙いながら触腕の異形を相手取っている。
そしてカトロスはレイズと打ち合う触腕の異形の援護をしながら、メルキアスに視線を向けた。
そして、メルキアスに向かい仕込み杖の刃を振るった。
直後、メルキアスの動きがピタリと止まった。
そこに合わせたかのように二体の異形がそれぞれの得物を向ける。
「『残酷な棘光』!」
「『黒夜の柱』」
私が放つ極太の極光が、フィリアの放ったおどろおどろしい黒い魔力で構成された巨大な杭がそれぞれの異形を撃墜する。
ハッとしたメルキアスはすぐさま後退し、レイズも合わせて退避する。
「今、何か…」
「あんたもアイツに動き止められてたわね。皇国はアイツの持ってる神器のこと知らないの?」
「あれは僕達も知らない奴だね。だいたいカトロスはいつも突然現れて魔法ぶっぱなして直ぐに帰ってくような事しかしてこなかったから神器を使ってるのなんて初めて見たよ…次二回目使うから、ちゃんとどう合わせるか考えてよ?僕達だけじゃ、有効な一打は打てない」
「それは分かったけど…」
カトロスを見やる。
その目はじっとこちらを睨んでいて、一挙一動に注意を払っているようだ。
こっそり答え合わせしてもいいんじゃないかとも思うが、異形との攻防がうるさくてこっそり伝達してもらうのは厳しそうだ。
レイズはまた新たに手に持った二つのガラスの筒を指に挟み、異形に突撃する。
「レイズさん!無理に前に出るのは…あぁもう!『漆雷』!」
それを追いかけるメルキアスは四足歩行の低い姿勢でかけてきた尾を持つ異形が薙ぎ払った尾を跳んで避け、手元に黒い雷光を迸らせそれを異形に叩き付けた。
「アンタは適当に遠距離で援護してなさい」
「フィリアもだよ。さっき刺された翼だってまだ傷んでるんでしょ?」
「うっ…」
言われて思わずと言った様子で刺され包帯を巻いていた傷口を手で抑えるフィリア。
互いに心配させてるなぁと苦笑していると、カトロスから飛んできた横向きの光輪が間を割って襲ってくる。
それを互いに跳び退いて避けたので距離が離れてしまったが、今は互いを気にしてる暇はない。
(どう連携するか…)
最初と比べてこの戦いの中かなりの魔力を吸ったのか見違えるほど肥大化した巨腕の異形の股下を抜けたレイズは、そこに飛びかかり腕と触腕を振り上げた異形にガラス筒の一本を投げつけ、手元でもう一本のガラス筒を砕き割り砂のようなものを振りまく。
「いけ」
「…また…面倒だね!君!」
受けたガラス筒の中から溢れた液体を浴びた胸元あたりを中心に触腕の異形の体が吹き飛ぶ。
そしてその後方にいた巨腕の異形の体も所々穴が開いている。
その様子にカトロスが忌々しそうに声を上げ、レイズへ向けて光輪を飛ばして攻撃した。
(あの感じ…もしかして…)
先程フィリアに投げ渡された小瓶を見る。
中に入ってるのもレイズのとは違うが砂のようなもの。
この状況で使うのはしんどいが、弱めに慧眼を発動させる。
(…なるほど)
脇腹の痛みに頭痛も加わってかなり辛いが、意図はまあ読めた。
となるとレイズの権能は…
「もうすぐ決着だね。どちらに転んだとしても…『清浄な迅光』!」
私の周囲にいくつもの光球が浮かび上がる。
それらは意志を持ったように、私の思い描く軌道に沿って飛び回り、戦場に散らばった。
警戒したカトロスは私に向けて剣を振ろうとし───私はその直線上から飛んで離脱する。
「っ!」
「同じ手にはかからないよ!」
カトロスの一振りは私達には一切の影響を与えず、ただの素振りとなった。
にしても、カトロスが剣を振ったのと同時に先程レイズに胸元を吹き飛ばされ動きを止めて再生していた触腕の異形が無理矢理フィリア達を抜いてこちらに向かってこようとしていた。
それはフィリアが撃ち込んだ闇の波動で阻止されたが…
多分だが、カトロスのあの行動に合わせて狙った対象を優先して襲わせるような命令が組み込まれているのだろう。
神教国に殺され、混成生命体として肉体も魂も利用され、自我も奪われ思い通りに操られる者達が哀れだ。
大戦やヴィクティスの街の時以来で沸き立つ燃え盛るような感情が胸に満ち、翼を大きくはためかせてカトロスへ向けて飛んだ。
「使え!」
「っ!了解!」
巨腕の異形を足払いで転ばせ隙を生ませたレイズがこちらにガラスの筒を一本投擲した。
再生してきた触腕の異形がそれを邪魔しようと全ての触腕を伸ばし私とガラス筒の間を遮ったが、尾を持つ異形の相手をしていたメルキアスが即座に腕を上げ、そして振り下ろしたことで落下した雷に撃たれ触腕が全て焼き切られ、ガラス筒は私の手に渡る。
「これで終わらせる!」
「僕は、負けない…君達を、殺す!」
カトロスが空中の私に向けていた視線を触腕の異形の本体を狙っていたフィリアに向けたのと同時に仕込み杖の刃を振りかぶった。
「フィリア!」
「もう見破ったわよ!その神器の力は!『思考保護』!」
振られた刃の直線上から離脱することもせず自分に魔法をかけたフィリアは一瞬顔を顰める。
しかしその動きを止めることなく同時に伸びてきた触腕を全て避けると、触腕の異形の目の前に魔法陣を展開した。
「『魔女の庭』!」
魔法陣から伸びた茨が触腕の異形を絡め取り、茨の棘がその肉体に食い込み体を固定し、拘束した。
「その神器、剣閃の直線状の生物の思考を途切れさせるんでしょ?効果さえ分かれば私なら対処くらい出来るわよ!…とは言っても流石に保護が一発で消し飛んだけど!」
カトロスを煽るようにフィリアが叫んだ。
「『雷域』!」
そしてメルキアスが辺り一帯に高負荷の放電を放った。
雷は広範囲に渡って広がるが、メルキアスから離れた場所ではほとんど影響は受けないようだ。
本人も若干痺れているようだが、同時に直近に居た巨腕の異形と尾を持つ異形が全身の細胞を破壊され動きを止めた。
「今よ!」
「今です!」
「任せて!」
「ここでやる!」
フィリアとメルキアスの声に私とレイズが威勢よく応え、私はカトロスの背後に回り、レイズが正面に立ち、カトロスを挟み込んだ。
私はレイズから、フィリアからと受け渡されたガラス筒を割って、中のものを空中に撒き散らすようにばら撒き、直ぐにその場を離脱した。
そしてレイズも手元でガラス筒を砕き割り、中身の砂のようなものをふりまく。
「くっ…!…は?なんで…」
カトロスは突然焦り出した。
そこにメルキアスが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ご自慢の転移で逃げようとしましたか?雷域は結界の役割も果たします。この中からこの中での転移なら機能しますが…この外に出ようと転移を発動したのなら、それを中断させる仕組みなんですよ?」
「なっ…」
事前に張られたメルキアスの妨害工作が光り、カトロスは逃げられなくなった。
転移の魔法というものは、その性質上一度発動するとしばらくの間再発動できないのだ。
それに、ここまで消耗してきた魔力から考えれば、もうカトロスが全力で肉体強化に魔力を使っても避けたり防げる程を積むことが出来ないだろう。
「最後に教えてあげるよ。僕の権能は…『繋ぎの糸』予め魔力で繋いだもの同士を引き寄せさせる力。引き寄せる速度を全開にすれば…人肉や多少の装甲くらい、余裕で貫通する。じゃあ…逝け」
「クソッ…」
私がばらまいた液体に混ぜられた鉱石の粒に引き寄せられるのは、言うまでもなくレイズが振りまいた細かい鉱石の粒。
それは…音のような速さで飛ぶと、カトロスの鎧を貫通し、全身を撃ち抜き断末魔すら上げる間もなく彼を肉塊に変えてしまったのだった。
即興の『繋がりの糸』が産んだ逆転の一手───
 




