第九十二話 共同戦線
「黄道十二将星二人にこの前国土を跨いでくれた天使と悪魔…ここで排除出来ればだいぶ楽だね」
「そう楽に排除されてあげるつもりなんてないけど、ね!」
三体の異形を指揮するカトロスとの戦いは激しさを増していた。
辟易するほどの不死性を見せつける異形に道を阻まれ、フィリアとレイズと共に異形達を押さえ込み、メルキアスがカトロスを狙っても、討ち取るには決定打に欠けるようだった。
凄まじく腕が肥大化している個体の異形が振り下ろした巨腕を避け、反撃に異形の足元に出現させた魔法陣から無数の黒い棘を生やし、その全身を貫くフィリアはその場の全員に叫んだ。
「誰か二体受け持てない!?メルキアス一人じゃ攻めきれないんでしょ!?」
「くっ、不甲斐なくてすみません!」
「メルは悪くないよ…けど、僕でも一体止めるのが限界」
「ミシェルは!?」
「ごめーん!無理!」
「ああもう!」
現状フィリアが巨腕の異形を、レイズが長い尾を持つ異形を、そして私が背中から八本の触腕を伸ばす異形を相手取り、基本メルキアスがこのどれかを手伝い、隙を見て援護を入れてくるカトロスを狙っている。
しかし、この異形達は以前戦った個体よりずっと強く、強靭だ。
肉体強度も、俊敏さも、反応速度も、膂力も。
押されている訳では無いが、押し込めない。どうやっても拮抗する。
メルキアスの補助が入ってようやく優性を取れるが、そこにカトロスが異形の支援をしてきてそれも直ぐに戻される。
異形の伸ばした触腕を切り払い、肉薄してきた本体を蹴り飛ばすが、その肉体の硬さから自分の足にも痛みが響く。
魔法的な攻撃も試したが、少なくともこの場にいる者のものは効果が薄かった。
以前戦った個体のことを踏まえ、異形を完全に沈黙させるには、まずその体をあの赤い粒子になるまで粉砕させること、次にそれに魔力を吸わせて粒子を膨張させ、粒子そのものを攻撃できるくらいにまで的を広げさせること。
そして、粒子を破壊した上で物理的な封印を施すこと。
物理的な封印に関しては当時念の為にとった措置だから省いてもいいかもしれないが…
未だその始めの段階すら踏めていないのが辛い。
「そういえば、他の連中はどうしてるの?」
「オルターヴ側に来ているのは私達の他に五人ですが…そちらの加勢を望むのは厳しいでしょうね」
「そうだよねぇ…」
戦いながら何度か話したが、どうやら今私達が相手している以外にも異形が複数神教国側にいるらしい。
元々強者の数で言えば皇国が有利であり、ロズヴェルドが出張ってこなければ勝てる戦いだったそうだが…そのロズヴェルドは皇国北側の街であるスクエラートに侵攻する軍隊を率い、その上異形という脅威的な戦力まで持ち出してきたことで戦いの天秤は向こう側に傾いている、と。
(この異形共がいなければこっちが数で叩けた…なのに、まさかそれを覆されるとは。アレクさん達は大丈夫でしょうか?)
メルキアスの表情にも焦燥が見え、余裕が無くなってきているのは明白だ。
「ふふっ、君達は守る側だから大変だよねぇ?こっちに半分戦力を割いてきてるなら、残りの戦力じゃあ教王様は止められない。本当はこっちを早々に片付けてあっちの増援に向かいたいだろうにねぇ。だったらこっちはただ君達をここに釘付けにするだけであっちを崩してくれるからねぇ」
カトロスから煽りの言葉が飛ぶ。
それにメルキアスとレイズが歯を食いしばり、カトロスを睨んだ。
確かに安全策を取るなら、向こうが戦力を分散させている以上片方だけに戦力を集中させて一気に叩いた方が勝率は高いだろう。
だが…
「守らないといけないもんね?君達は民にリスクを背負わせはするけど、変わりに全力で守る義務があるもんね?僕達みたいに使い潰せない、捨て駒に出来ない。そんな君達が、勝てるわけないよねぇ!?」
カトロスは杖の先をくるりと回すと、その軌跡が線を引いて空中に円を作った。
その円の中央が杖の先でつつかれ、そこから線が走り紋様が描かれ、魔法陣と成した。
「『不浄信仰』」
魔法陣から荒れ狂う魔力の奔流が解き放たれる。
奔流は異形達を巻き込みそれらの身を弾けさせながら襲いかかって来た。
「私が防ぎます!」
対してメルキアスが手を振るい瞬時に私達を覆う結界が形成され、魔力の奔流を塞き止めた。
しかし衝撃で結界は崩壊し、そこに直ぐに再生した異形達が追撃をかけようとする。
が、空を駆けた尾を引く光が先頭の一体を撃ち抜き、撃墜した。
残りの二体をフィリアがそれぞれの頭上に展開した魔法陣から放った圧力で地面に押さえつけ、私がカトロスへ突貫する。
「エミュリスの矢か。厄介だね」
「倒れろぉ!」
「ふん…あれ?」
一気に飛翔して巨石の上から魔法を飛ばしてきていたカトロスに肉薄し、ラクリエルを振り抜く。
カトロスは杖を構え迎え撃とうとしたが、ガクンと何かに引っかかったようにその動きを止めた。
辺り一帯を覆う透明の膜のような結界から伸びた糸のようなものが、カトロスの杖に絡みついていたのだ。
(追いかけてきた時に張っていたあの膜…そういえば異形の侵入を止めて無かったな。最初は内側から逃走出来ないようにするものだと思ってたけど…)
「これ、確かオスロンの技だよね?」
「参考にさせて頂きましたよ」
カトロスの問いかけにメルキアスがほくそ笑みながら答えた。
私の一閃は吸い込まれるようにカトロスの首に迫り────
────流れてきた赤い光がその間に割り込み、異形の姿を取り戻した。
刃は異形の首の半ばまで切り込んだ所で止まり、焼き焦がそうとする滅光も異形の体に吸われ効果を失っていく。
異形が巨腕を振りかぶり、咄嗟に首にくい込んで抜けないラクリエルを手放して後退する。
異形はラクリエルの柄を掴んで引き抜くと、どこかへ放り投げた。
「あーもう、あとちょっとだったのに!」
「すみません、僕が止めていれば…」
「良いよ別に。腕力が足りてたらあいつごとまとめて切れてた。私の力不足だから」
しかし武器を取り落としてしまった。
取りに行くにしてもそう簡単に取らせてはくれないだろうし、他のを使うにしても碑之政峰は異形に対して相性が悪いし、ラ・ピュセルはまだナルユユリの時に使ってから効果が回復してないし…
まあ丈夫さだけは十分だから大丈夫かと鞄からラ・ピュセルを抜き取る。
「う〜ん…それにカトロスを倒した所で異形は止められないし…」
「この前のはまだ単体でそこまで強くなかったからどうにかなったけど、数揃えられるとキツいわね」
「なんであんな再生してくるのさ。どういう原理?」
「見なさいよ」
「情報量多すぎてわかんないんだも〜ん」
「本当にここぞと言う時に役に立たないわねあんたの権能」
フィリアがため息を零す。
まあ基本私の権能なんて同格以上に通じないし、ある意味予定調和だが…
カトロスが杖に絡みつく糸を懐から取り出した短刀で切り離し、杖を前後に揺らすと、波動のようなものが空気を伝い、メルキアスが張った一帯を覆う膜を消し飛ばした。
「はぁ、こっちのは戦略を持った行動を取れないんだから、連携されると面倒だなぁ」
「よくそんなの兵器として運用しようと思ったね?」
「数はいるからね。ゴミでもこういうことの役には立つもんだ」
「…ゴミ?どういうこと?」
「君達みたいな連中の事に決まってるでしょ?まったく処分しきれないくらい余ってたから無駄のない利用法を考えたけど…継ぎ接ぎにすれば中々強力な生き物を作り出せるものだよ」
「…ちょっと待ちなさい」
「まさか…」
「なーるほど、思ってたより胸糞悪いことしてたみたいだね」
フィリアがカトロスの言葉を止めさせ、メルキアスは絶句し、レイズは瞳に陰を落としてカトロスを睨みつけた。
異形の正体…あの気持ち悪いほどぐちゃぐちゃに詰め込まれた情報量こら何となく想像はついていたが…やはりキメラのようなもの。
それも、彼らが殺した、或いは捕獲した人外種の肉体を繋ぎ合わせて作り出したものなのだろう。
再生する肉体は…恐らく、空の魂を一つに繋ぎ止めているのだろうか。
魂が割れれば輪廻の環に還ることなく元の形に戻ろうとする。
その際に空の中身を満たそうと周囲の魔力も掬いとっていく。
中々随分なギミックを搭載した生物兵器だ。
────実に醜悪だ。
「あなた達…自分達が何をしているのか分かっているのですか?」
「利用できるものは利用する。君達はそれに国民を含めないだけで同じ考え方じゃないか」
「そういう事を聞いているのではありません!勿論貴方達の行いは禁忌すべきものですが…そんな…生来の理に反して命を生み出すなど、魂を歪ませ輪廻の環を乱すなど、天秤を傾ける行為ですよ!?」
「天秤がなんだって言うんだい?僕達は必死に生き足掻いているだけさ。もし天秤が裁きにくるのなら、それを迎え撃てる戦力を用意する…その備えもしてる。なんせ人外種を絶滅させようと僕達は思ってるんだよ?当然いつか天秤を相手取ることも視野に入れているに決まってるよね?」
「…愚かだね。良くも悪くも君達は天秤の力を知らないんだ。だからそう甘い考えが出る」
メルキアスの糾弾も飄々と受け流すカトロスにレイズは呆れたように笑った。
それにムッとしたカトロスは杖を振るって衝撃波を飛ばしたが、レイズはそれを易々と避ける。
「僕達だってね、甘く見てるわけじゃない。人間だけの世界を作るために、あらゆるものを賭けているんだよ。必死なのは君達だけじゃない!僕達にも譲れないものがある!」
「…君達とは相入れそうにないね。ところで、そっちはどう思う?」
「え、急にこっちに振られても…」
「…自由は好きだけど、必ず受けるデメリットを被ってまで求めようとは思わないわね」
「じゃあ同上」
「それで良いと思うよ?管理されてたって、そこに確かな幸せがあるならそれ以上を願う必要は無いと思うんだ」
「…貴方達は、それでも求めようとするんですね?」
「それが、僕達の覚悟だからね」
「…そうですか」
メルキアスは剣に雷光を纏わせ、構えを取った。
「貴方達の行いは許せません。貴方達が嫌いです。ですが、今は強い信念を持つ者として敬意を払って相手しましょう。私は黄道十二将星が序列四位、メルキアス」
「僕もやらなきゃだめ?そう…黄道十二将星序列六位、レイズ」
「ふん…聖騎士が第三席、カトロス」
将達が名乗り合う。
しかし空気も読まない異形はこちらを取り囲み、カトロスが苦笑した。
「私達もやろうか?」
「なんて名乗る気なのよ馬鹿」
ぶつかり合う信念と使命───
 




