第九十話 リッターオルデン
白い鎧に身を包む十数名程度の神教国の小隊。
その進路を塞ぐ私達は、彼等に注意を払いながら自らの得物を抜き取る。
「…」
「…!」
と、この小隊の隊長らしき男が後ろの仲間にチラりと視線を送ると、それを受け取った仲間が手の中で水晶の様なものを握り砕いた。
ああいうのどこかで見たことあった気がするが…
どちらにせよ警戒はした方が良いだろう。
「貴様ら、以前神教国に侵入しグレン様と交戦した天使と悪魔だな?」
「…そうね。それが何かしら?」
「頭を垂れて跪け。そうすれば苦しむことなく死なせてやる」
「ふん、それに従うとでも思うの?」
「思わん。あくまで形式としての礼儀だ…人外種に必要とは思えんがな!」
フィリアの煽りを受け隊長らしき男は長剣を一閃し斬りかかってくる。
私はそれに割り込み、碑之政峰で男の剣を弾く。
返すように薙げば下に躱され、足元を狙った切り払いを飛んで回避する。
そこに男の後ろの仲間から放たれた魔法による風の刃が襲いかかるが、フィリアが魔法陣型の障壁で射線を遮りそれを防いだ。
男は飛び退き仲間達の下まで後退すると、忌々しげに舌打ちをした。
「流石にグレン様を追い詰めただけあるか…」
「どう?ミシェル」
「う〜ん…力自体はそこまで…でも全滅させるとなると割と手間取るかも」
力押しも可能な相手だが、あまりここで消耗するのも避けたい。
私達の巻き込まれ癖から考えても後々連戦控えてそうだし、ここで苦労しているようじゃ先が思いやられるというものだ。
「少し本気で削りにかかろうか、な!」
そこで碑之政峰を鞄に放り込み、代わりにラクリエルを抜き取って隊長らしき男の前に立つ兵士を狙う。
兵士は振るわれた剣を自らの剣で受け止めようとしたが、ラクリエルが纏う高熱の光、『滅光』が触れた瞬間から剣を焼き溶かし、その勢い衰えることも無く兵士の胴体を両断した。
「っ!あの剣は受けるな!回避に専念しろ!出来ないようならカバーしてやれ!」
「次ぃ!」
「ぬっ、くうっ…!」
続いて隊長らしき男に向けてラクリエルを振るうも、男は左手を前に出し魔法による障壁でそれを弾いた。
しかし回し蹴りでの追撃で横に蹴り飛ばし、手近な兵士も狙おうとしたが、再び飛んできた風の刃に阻まれる。
「ミシェルの邪魔しないでちょうだい…『冥灯紫氷』!」
フィリアが宙に浮かべた魔法陣から放たれた氷が先程から魔法を打ってきていた兵士に向かうも、大きな盾を持った兵士が代わりにそれを受け止める。
しかし、その氷の性質により広がった氷の膜は盾を包み込んでいく。
それに気付いた兵士は直ぐに盾を手放したが、その隙を逃さず踏み込んだ私が胴をラクリエルで貫いた。
「かっ…!ぐぅぅぅ!」
「っ!この…」
ラクリエルに刺し貫かれた事で傷口から滅光で焼かれ激しい痛みに襲われているだろう兵士は、ラクリエルの性質を承知の上で刀身を手で掴み、引き抜くのを妨害してきた。
掴んだ腕が滅光により焼かれ、肉の焼ける匂いが濃く漂う。
それでも兵士は剣を離さず、その間に背後から二人の兵士が斬りかかって来た。
「『雨乞い』」
が、それをフィリアが降らせた二つの魔法の槍が撃ち抜こうとする。
片方は確かに兵士の頭部を貫くも、もう片方は身を捻られて躱された。
そのままの勢いで振り抜かれた剣に対して私は刀身を掴む兵士ごと剣を持ち上げ、盾にして防ぐ。
剣は兵士の体を半ばまで切り裂いたところで止まり、それによって完全に兵士の息の根が止まったことにより刀身を掴む腕の力が抜け、ようやく胴からラクリエルが抜けた。
そして斬りかかってきた兵士の首を落とす。
「貴様っ…!人外種の分際で!」
「生き物ってのは皆等しいものだよ。つまり死っていうのは平等に訪れる。君達には私達に死をもたらせられるだけの力が無いだけ」
「ふざっけるな!」
私の煽りに怒気を滲ませる兵士達。
しかし、不用意に飛び込んでくるようなことはせず、立ち位置を入れ替え冷静に気を伺っているようだ。
「…うわっ!?」
「っ!フィリア!」
と、そこに先程蹴り飛ばした隊長らしき男が復帰し、フィリアに飛びかかった。
咄嗟にフィリアは飛びながら下がったが、思いの外男の跳躍力が高く、フィリアは翼を男に掴まれた。
助けに向かおうとすると、飛んできた風の刃が足元を砕き道を阻み、兵士の一人が飛びかかって来る。
横薙に払ったラクリエルによりその兵士を両断するが、なんと兵士は上半身だけでもまだ足掻き、死に物狂いで振るわれた剣を防ぐのに時間を使ってしまった。
「離しなさ…」
「ふっ…はぁ!」
「ぐっ…!?」
「っ!お前ぇ!」
振り払おうとしたフィリアの翼を男は懐から抜いた短剣で貫き、フィリアがガクンと地に落ちた。
飛び立ちフィリアの翼に捕まる男を貫こうとするも、男は自らの腕を盾にしてラクリエルの刺突を防ぎ、フィリアの翼を掴む手を離してこちらに掌を向ける。
「『人心の火』!」
男の掌から放出された青白い炎が私を包む。
反射によりダメージ自体は少ないが、妙に力が抜ける感覚がある。
直ぐに男の襟を掴み地面に投げつけ、落ちるフィリアの膝と腰を抱え支える。
「大丈夫!?」
「ちょっと油断した…けど、おかしい…なんか調子悪いのよね」
「うん、いくらアイツらが戦い慣れてるとはいえ、やけに苦労するとは思ってたけど…この感覚…まさか!」
どれだけあの小隊の連携が優れているとはいえ、どれだけ戦闘に対する思考能力が高いとはいえ、自力の差により粘られるだろうとは思っていたが、防戦一方まで押し込めるつもりだった。
だがこちらは向こうの反撃を許してしまっていて、想像以上に戦い辛い。
その理由は、空を見上げ、権能を用いて目を凝らせば直ぐに分かった。
「この結界…ヴィクティスの時の…」
確か、人間以外の種族の力を弱める…『人心結界』と言っていたか。
いつの間にかそれが広大な範囲で張り巡らされ、辺り一帯を覆い尽くしていたのだ。
「あの水晶みたいなのを砕いた時かな…」
「そういう魔道具なんでしょうね。それもタチが悪いことに、段々効力が強まっていった…だから気付くのに遅れたわ…っていうかもういいから下ろしなさいよ」
地上に降りると、フィリアがぴょんと私の腕から降りて貫かれた自分の翼の傷跡を撫でた。
男の方に目を向けると、ラクリエルに貫かれたことにより腕の傷口から滅光が広がっている。
放置すれば全身を覆い消滅するまで焼き尽くすが…
「っ…ふんっ…!」
男はその性質を見抜いたのか滅光に包まれていく腕を肩から自ら切り落とし、滅光の侵食を防いだ。
「隊長…」
「あ、本当に隊長だった」
「何言ってんのよあんたは…」
兵士にそう呼ばれたので男があの小隊の隊長だというのが確定したのはどうでもいいとして、敵にも味方にも冷たい視線を向けられるのが心に来る。
「ま、まあとにかく、あんまり時間かけると普通に不味いね」
「一気に攻め立てた方が良いかもしれないわ」
「じゃあ…」
手元に光を集める。
周囲の光がこの一点に収束され、辺りが暗くなる。
やがて光は一本の束となり、私の手から投げ放たれた。
「『天光』!」
「っ!防げ!」
兵士達の内魔法を使えるものが障壁を張りそれを止めようとしたが、眩い光の束はそれを容易く穿ち抜き、兵士を二人貫いた。
「『怨源業火』!」
更にフィリアが振りまいた紫の炎により周囲の木々ごと焼き払われる。
あの炎は触れた者から魔力を吸い取る性質がある。
熱量はあまり高くは無いが、人間には耐え難い灼熱。
魔力があれば割りと耐えられるが、それも吸われるので人間に対しては高い効果を持つ魔法だろう。
が、魔力をガリガリ削られるのに気付いたのか魔法を使える兵士の一人が燃える地面をまとめて抉り取り、無理矢理消化して見せた。
しかしそのために視界を埋め尽くすほどの砂塵が舞い、一寸先も見えなくなる。
私の権能なら、それも無視できるが。
「ふっ…はぁ!」
勢い良く飛びかかったせいで砂塵が吹き飛んだが、それに紛れて接近したさっきから風の刃で妨害を行ってきた兵士を両断することに成功する。
「このっ…!」
「やっぱりいい腕してるね…こんなのと日頃から戦ってきた皇国は尊敬するよ」
鋭い太刀筋でこちらの首を狙ってきた兵士の剣をしゃがんで避け、下から両腕を切り飛ばす。
兵士は腕を切られた痛みと滅光の苦痛に顔を歪ませながらも、私を飛び越えるとその勢いでフィリアにタックルをしようとした。
フィリアは腕を兵士に向け、手の中に集めた闇の球体から飛び出た黒い棘が兵士の全身を刺し貫く───
「っぶな!?」
───その兵士を背中から貫いた剣がフィリアの脇腹を掠めた。
兵士の陰に隠れて真後ろを追従した隊長がその兵士ごとフィリアを貫こうとしたのだ。
「もう、平気で命を投げ打ってくるような奴程毎回肝を冷やしてくるから嫌なのよ!」
フィリアは指を鳴らして発生させた衝撃波で隊長を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた隊長の落下地点に回ると、私の行動を察した兵士達が全力で止めにかかってくる。
「『迎地墳撃』!」
それをフィリアが地に手を着いて発動させた魔法が邪魔をする。
大地が割れ、兵士達の足場を不安定に崩したのだ。
落ちてくる隊長は私を迎え撃とうと落下しながら剣を構え、私も両手で柄を持ち構える。
「うおおぉぉぉぉぉ!」
「はあぁぁぁ!」
隊長はラクリエルに溶かし切られないように剣に限界まで自らの魔力を込め強化した。
私はそれを断ち切れるように、体を魔力で強化する。
互いに振るわれた剣閃はぶつかり合い、火花を散らす。
その拮抗も一瞬。
ラクリエルが隊長の剣を折り、その首を跳ねた。
精鋭騎士団【リッターオルデン】の剣を砕く光の刃───




