第八十八話 日常短編集
設定資料:種族その二 獣人
獣人種は人間同様物質的な肉体を持つ種族で、それでいて比較的長い寿命を持っている。
また、獣人と一括りにされてはいるものの細分化すればその分別は多岐に別れ、獅子系、多毛系、有翼系、犬歯系、その他等々がある。
全体的な特徴としては上記以外にも人間種より遥かに強靭な肉体や体の柔軟性、高い身体能力、また、分別毎に特徴的な身体構造を持っている。
有翼系は言うまでもなく翼があり、犬歯系は鋭い牙と二つ多い大きな耳が生えていたりする。
寿命についても分別毎に差はあるが、基本は千年以上は生き、長いものだと万年単位で長命な者もいる。
〜〜〜片付けは大事〜〜〜
「え、無限鞄の整理?」
「そうそう。この世界来てから半年ともう少し経つけど、あんた無限鞄の中身の整理とかしてないでしょ?」
「言われてみれば、確かに…」
天樹にお呼ばれして行った結果天秤二人による圧迫面接を課され、何とか乗り切ってから数日後。
朝起きて居間に降りたらフィリアが部屋いっぱいに大量の魔道具を広げていた。
テーブルは勿論床も足の踏み場が無いほど埋め尽くされ、知らない人が見たらゴミ屋敷に見えなくもない。
「長い事入れっぱなしにしてたら入れていることすら忘れて後で無くしたーなんて言い出すことはザラにあるのよ?」
「うーん…こういうのにそんなに多くは入れたくない性格なんだけどね…にしてもフィリアのはやっぱり詰め込み過ぎだと思うけど」
「コレクションルームの奴ほとんど入れてたからね。せっかく珍しいの集めたりかなりのコストかけて作ったりしたんだから置いていくのは忍びなくて…」
そう言ってうっとりした表情で魔道具を一つ一つ点検し始めるフィリア。
無限鞄の性質上、内部に魔力を持つ物を長期間入れていると、特に魔道具なんかは勝手に壊れることがある。
だからフィリアも前の世界では普段あの家に閉まっていたし、持ち運ぶ場合も定期的に点検が必要になってくる。
一回フィリアがそれを忘れてなんやかんやあって王城の一角を吹っ飛ばしたことは割と記憶に新しかったりする。
「…あんたも、前みたいに食べ物入れっぱなしにしてそれを何年も放置して生ゴミと虫の死骸と色々な排泄物の塊作らないでよ?」
「ちょ、思い出させないでよ…今でもあれのビジュアルトラウマなんだから…」
嫌な思い出を掘り起こされ仕方なく自分の無限鞄も持ち出して中身を取り出していく。
着替え一式…
碑之政峰、ラクリエル、ラ・ピュセル、ユグル・ハの四本の愛剣、後は手袋やマフラー、外套や帽子やマント…
櫛と手鏡と洗剤や洗濯用具…
「…何かあんたの鞄の中身生活感出てるわね」
「やかましいよ。しょうがないじゃん、趣味らしい趣味がないんだから…」
「そう?じゃあ楽器とか引いてみたら?」
「ん…」
フィリアが手近な物から適当に選んで寄越したのは、長円形に巻かれた小さめの金管楽器だった。
「…トランペット?何このチョイス」
「天使ってそういうの吹いてるイメージだったんだけど」
「ギャラルホルンの話はいいんだよ。あとあれ角笛だから」
大戦時代に一向に決着がつかない事に痺れを切らした上層部が神様達の協力を得て半ばノリと勢いで作られた天使の黒歴史を思い出しげんなりする。
最終的に一度も使われることなく破壊されたが、吹くだけで世界が崩壊する笛なんて作るの改めて考えてもどうかしてると思う。
それはさておき…
「…」
渡されたトランペットを見つめる。
わざわざフィリアが持っていたってことは魔道具なのだろうが…確認すると、吹いたらしばらく金縛りに会う効果があるらしい。
「え、ゴミじゃん」
「ゴミね。どっかの馬鹿がイタズラ用がなんかで作ったんでしょ。でもそういうガラクタ含めて私のコレクションよ」
「君もどうかしてるよ」
「マニアックな趣味とは言われるわ」
「言ってるの私だよ」
長年連れ添った親友がまさかの珍品コレクターだった。
いや時々変なもの集めてるなーとは思っていたが、自分でガラクタと認識しているものすら積極的に集めてるとは思わなかった。
「楽しいものなの?」
「そうね。意外とやりがいがあるものよ?どういう目的で作ったのか、どういった使われ方をしたのか、どんな感じで応用できるかなーとか考えたりね」
「ふ〜ん…」
よく分からない感性だが、フィリアがそう言うのならそういうものなのだろう。
しかしなんとなく納得できないものが残りながら、鞄の中身を全部取り出そうとして───
ベチャッ───
「…」
「…え?嘘よねミシェル?まさかまたあんな害悪物質生み出してないわよね!?」
ほとんどを取り出したかなと思っていた時、手にベトっとした感覚と共に粘着質な音が部屋に響いた。
全身に悪寒が走り、フィリアも顔を青くして私から距離をとる。
思い当たることと言えば…
「アルカディアで王様やってた時…お仕事で理想たる神の国に行った時に働いてる皆にどうかなーってお土産買ったんだけど…入れてたの忘れちゃってた☆」
「こんのバカタレぇ!」
その後数十年前の忘れ物の処理に四苦八苦したり家中悪臭に包まれたり一緒に入っていた物を全部洗ったりと結局わちゃわちゃした日になるのだった。
〜〜〜将達の一日〜〜〜
「なあ、私綺麗だよな?」
「どした?気が狂ったか?」
「死ね」
「おおい!?」
唐突に質問を投げかけてきたフロウをオウガが煽ると、怒ったフロウは剣を抜き放つ。
咄嗟に避けたオウガだが、先程まで彼が座っていた席には深々と剣が突き刺さり、明確な殺意があったのが分かる。
「いたいけな女の子が『私綺麗?』って聞いたら男は黙って頷いておけば良いんだよ」
「おい色々問題になるからやめろ!あといたいけな女の子は突然剣振り回してきたりしねーんだよ!」
「…何やってる貴様ら…周りの迷惑を考えろ」
そんな寸劇が繰り広げられているのは王宮の中庭にある兵士達の訓練場。
そこでこんな騒がれると彼らの気が散るからやめて欲しい。
「だが…」
「だいたいフロウもなんで唐突にそんなこと言い出したんだ?」
「む…それはエミュリスが…」
『いつも思うけど、なんでフロウってやたら歳気にするの?』
『…二十歳超えた女性は皆気にするだろ。特に結婚とかしてない奴は』
『なんかフロウの偏見の気もするけど…言ってまだ二十二でしょ?三十くらいから言うならともかくまだ早いと思うんだよね。だから結婚出来ないんだよ』
『はぁ?結婚なんてしたら仕事に支障が出るから別にしなくても良いだろ』
『そんなこと言って、本当はあの教団の所の夫婦とかたまに嫁を自慢しに来るあの天秤の吸血鬼とか羨ましいんでしょ?』
『むぅ…そんなことないし、後者のアイツに関しては暇なだけだろ?誰があんな暇人に憧れたりなんて…』
『まあ、しょうがないよね。フロウって、男に恋愛対象に見られるタイプじゃないもんね』
『んなっ!?』
「ってことがあって…」
「それで容姿が悪いのか聞きに来たのか。馬鹿か?」
「なんだと貴様!」
「…」
まあ確かにフロウは仕事が仕事なだけにストレスが溜まりやすいしその上割と繊細だからたまに突拍子もないことをすることもある。
だからそれが反動になって癇癪を起こすのも多少は容認するが…
それがこうしてしょうもない形で発散されてるとなると頭が痛い。
この会話が気になって訓練していた兵達も動きが止まって食い気味に聞きに来てるし…
一々煽るオウガも悪いが、何よりせめて誰にも迷惑をかけない場所でやって欲しいものだ。
じゃあ自分で止めろと言われたらその通りなのだが…
「なんだ男に好かれないタイプだって言われてまず最初に棚に上げるのが自分の容姿ってナメてんのか?」
「勿論私だって絶対そうじゃないよなとは思ったさ。だが他の面に問題があるとは思いたくないだろ!?」
「知らねぇよお前のプライドは!自覚してんなら聞きに来るんじゃねぇ!」
「じゃあ何が問題なのか言ってみろ貴様!」
…この二人の絡みが面白くて止めたくないからだ。
吹き出しそうになるのを堪えるのも大変だが、日頃からストレスが溜まったり気を張っている自分やその他兵士達にとって寸劇のようなこの二人の掛け合いは娯楽的な楽しみになっている。
…たまに実害が出そうになる時があるからその場合は流石に止めるが。
当然本人達に絡みが娯楽扱いされている自覚はない。
「あぁ?言ってやるよ。お前まず女の子らしさが足りねぇんだよ。部屋の趣味はまあ良い。だが口調とか性格とかに愛嬌が無い」
「な、あるだろ!女の子らしさなんて…仕草とかそういうの日常から滲み出てるものだろ!よく見ろ!」
「…」
そう言われたオウガは面倒くさそうにフロウの全身を隅々まで見渡し…フロウの顔を見て…そこから視線が少し下がった所で止まった。
「おい今どこを見た貴様」
「いやいや、中々女らしい立派な物をお持ちで」
「よし死にたいのならそう言ってくれれば殺してやったものを」
「おい危ねぇ!?」
思いっきりセクハラをかましたオウガはフロウの魔法で生えてきた氷柱に串刺しにされかけられる。
「…あの、さっきから騒がしいと思って来てみれば何してるんですか…」
「お、メル。丁度いい。私女の子らしい所の一つや二つあるよな!?!?」
「うわぁ!?何ですか!?」
と、そこに騒ぎを聞きつけて様子を見に来たらしいメルキアス。
そして彼女まで巻き込むフロウ、フロウが生やした氷柱を何故か真面目に溶かして処理しているオウガ、それらを笑いを堪えて見守る自分とその他大勢。
状況がカオス。
「いや、男に恋愛対象に見られないタイプって言われたんだが…これ一々説明する度に傷付くな」
「何の話ですか!?」
「とにかく、私にもちゃんと女の子らしい所あるよな!?」
「え、えーと…」
フロウに詰め寄られ仕方なく彼女の全身を隈無く見渡すメルキアス。
やがて視線はフロウの顔を向いて、そして少し下がる。
「…胸の話は無しで」
「え?あー…あ!内股!」
「なぁ本当にそんなのしかないのか!?」
「ハッ!だから言ったろ?オメーは恋愛なんか諦めて一生仕事人間でいれば良いんだよ!」
「クソ、一応の上司に向かってなんて言い草だ貴様…」
「うるせぇよ!あれよくよく考えたら全体的な命令権があるアレクはともかく黄道十二将星の仕組み的に序列の差に上下関係なんてあって無いようなもんじゃねーか!」
「『せめて俺がお前らの序列を抜かすまではー』みたいなこと言ってたくせに気付くのが遅すぎないか?」
「序列とか言いながらややこしい構造してるのが悪いんじゃねぇか!」
「そんな文句は陛下に言ってこい!貴様の妹だろうが、兄ならそれくらい言えるよなぁ!?」
「テメー俺が尻に敷かれてるの分かって言ってんだろ!」
「ちょっ、本当に何の話なんですかぁ!?」
「アレク、いい加減止めて上げてください。これを楽しんでる貴方達は良いとして、間に挟まれてるメルが可哀想です」
「あ、陛下…申し訳ありません。直ぐに…」
その後オウガとフロウは纏めて長時間説教コースに行ったのはまた別の話。
〜〜〜天秤にだって日常はある〜〜〜
「ねえ、フィロスティア様。ノワール様から手紙が」
「ん…アランか…ありがとう…」
「疲れてるんですか?」
「あぁ…最近落ち着かなくてな。でも大丈夫だから、休んでていいぞ」
教団の本拠地たる天樹内の空洞空間。
その一室の書斎にて世界各地に散るメンバーからの報告書やら物資の嘆願書やらその他要求書やらと様々な書類に目を通してそれぞれへの指示の返信を書いているのは、教団のリーダーであるフィロスティア様だ。
彼女はたまに天秤としての仕事で外に出ることもあるが、基本こうして教団の仕事をしている。
どちらにせよ働き詰めで時々元気が無さそうにしているのでこうして心配の声を上げるのだが、本人はいつも大丈夫と言うが、休んでと言いたいのはこっちである。
「ふぅ…いいですか、フィロスティア様。僕は結構長い事教団で働いてますけど、貴方休息を取る時間が少なすぎるんです!教団だって貴方が多少休んだ所で支障が出るほどヤワな組織じゃないんですから、今日はしっかりと休息を取ってください!」
「な、そんなこと言われても…休み方なんて私…」
「…アウリル様が来てますよ」
「な、本当か!すぐ行く!」
そう言うなり机の引き出しから取り出した手鏡で身だしなみを確認し、小走りで部屋を出ていくフィロスティア様。
取り残された僕はため息を吐き、代わりに机の上に散らばる書類をまとめ、様子を見に後を追うのだった。
「まったく、シャロンは仕事大丈夫なのか?」
「ふふ〜ん、正義の天秤の手は割と色んな所に届くんだよね。君の所の悪魔君じゃないけど」
「確かにレクトは距離を無視して手を届かせられるが…いやそういう話では無かっただろ。シャロンってもっと世界中駆け回るような仕事してる筈なんだが…」
「そこはまあ、君が教団っていう組織を持ってるのと同じだよ?」
教団内の談話室で二人を見つけた。
そこに広がっていたのは、ソファに座るフィロスティア様の膝に頭を乗せて寝そべっているアウリル様。
珍しくいつものフード付きの黒いマントを脱いでいて、黒いジャケットに黒の膝上丈の短いスカート、黒ニーソックスと、結局マントの下も黒ずくめなんかいというツッコミはさておいて。
「あ、今日は部屋で寝るから」
「そうか…なあ、別にもう一つベッド置いても良いんだが」
「んー…いや、そこまでやると流石に部屋が狭くなっちゃうし、ティアのベッドも十分大きいからこれまでみたいに一緒に寝ようよ」
「そう言うなら…まあ…私もシャロンが一緒だと暖かいし…」
…なんでこれで付き合ってないんだ。
なんで恋愛感情自覚してないんだ。
この世界狂ってる。
あの二人の関係に憤慨していると、後ろから声がかかる。
「…覗き見とか…行儀悪いよ…」
「ん?ルインか…だってあの二人見てたらすっごい焦れったくなるんだよ」
「…じゃあ…尚更見なければ良い…」
「何か気になるじゃん?」
「…まあ…確かに…」
「せめてレクトとアスティくらい突き抜けてて欲しいんだけどなぁ…」
「…あの二人も…言うほど今は…そんなに人目はばからずにはイチャついてない…昔は酷かったけど…」
そう言って諭してくるルイン。
相変わらずゆったりとした喋り方で聞いてる方が疲れるのは置いておいて、確かにあの二人が教団に入った頃は人前でも口説きあったりイチャイチャしていて目撃したメンバー全員がお茶に甘味料をぶち込んだ馬鹿はどこのどいつだと謎の犯人探しが始まっていた。
なんならフィロスティア様も一向に混ざってたし。
今は落ち着いたが、逆に今度はフィロスティア様の方が見るに堪えないことになっている。
何か時々互いの体触ったりしてセクハラし合ってるし、お互いにそれを気にしてないし、なのに互いに恋愛感情を自覚してないし。
やっぱりここだけ世界が歪んでるのでは?と皆思い始めていたりもする。
「…取り敢えず…そっとしておこう…」
「んー…無自覚にやられるとこっちへの被害が…せめて自重して貰えないものか…」
とはいえ、フィロスティア様もアウリル様という親友(?)ができてからは、そして来る度にだいぶ元気になっているので、結果としてはいい方向には向いているのだろう。
ただ、せめて周囲で苦味を味わっている人達に甘味料テロを起こすのだけはやめて欲しいと切実に願うのだった。
〜〜〜そして動き出す物語〜〜〜
「教王様。間もなく冬季が終わり、道の雪も全て溶けるでしょう。つまり、次の春季が狙い目です」
「もっと言えば、貴様らが作ってるあのおぞましいものの調整が終わる時期でもある…だろう?」
「…はい」
「そして、この期に私に打ち行って貰い、共倒れを狙いたい…そうではないか?」
「…はい。貴方では人類は守れません。ならばせめて、その力を皇国を滅ぼすために全て使い切ってからその役目を終えてください」
「ふふっ、ふはははは!貴様も中々肝が座っているな。確かに私には責任がある。だと言うのに、連中を勝手に助けるような行いをしてきた…私は、この国の指導者を務めるには致命的に向いていないだろう」
「貴方は優しすぎます。我々が人外種絶滅の為国民をも犠牲にする、それを憂うのはともかく、敵にすら情けをかけてしまう貴方は我々の邪魔です」
「…春季だな?私に帝都へ直接単身攻め入れと?」
「動作と機能を調整した”異形”の量産は既に終わっています。それらも同時に皇国各地に投入する予定です。もし、貴方が生き残った場合は…その首を、捧げて頂けますか?」
「…いいだろう。この国の王として生まれてしまった以上、その責任と役目を全て果たそう。それが私の使命なら…」
「…ありがとうございます」
「…済まないな、現皇帝よ。抗ってくれ。最早私には止められん」
どれだけ何気ない日常も、時に呆気なく壊れるもの───




