第九話 不穏な世界
「ひとまず言うと、現在皇国は"フレスラン神教国"と思いっきり戦争中ですね」
「「は?」」
「えぇっと…何かすみません…」
ようやく撃破したホロウェルの後片付けのために皇国から人を呼んでいる間にこの世界のことを教えてもらうことになったのはいいが…
そこで最初に聞いたのはその爆弾発言だった。
「え?なんでそんなことになってるのかな…」
「神教国っていうくらいだから宗教関係の戦争かしら?」
「えっと、厳密には違うと思いますが、遠からずでしょうか」
「神教国とはかなり昔から戦争が続いてるからな」
「…どうする?また両成敗する?」
「やめなさい。あれ平和にはなるけど過程が結構キツイから」
両成敗は前の世界で天使と悪魔の大戦の時、それらを和平で終結させるために私達が取った解決法だ。
簡単に言えば両陣営に徹底的に嫌がらせをして戦争する気力を失わせて最終的に両陣営のトップが乾いた笑いを浮かべながら和平を結んでいた。
その後割りと本気で色々なところから怒られたのはいい思い出だ。
感傷に耽っているとアレクが話を続ける。
「とはいっても、神教国が吹っ掛けてきた戦争ですが」
「…詳しく聞いてもいいかな?」
「もちろんです。少し長い話になりますが、この世界には人間だけでなく獣人、魔族や精霊など多様な種族が生きていますが、大昔、神教国の元となった国家が人間種以外の差別や迫害を始めたそうです。聞いた限りでもそれはまあ酷いもので、当然のように虐殺が起こっていたとも聞きます。それに反発した者達によってその国家は滅ぼされたしたが、その国家の王の子孫が再び人間種を優遇することを主目的とした国家、つまり神教国を建国しました。それから時を経て神教国の影響力は大きくなり、ここ東の大陸の三分の一ほどがその神教国の思想に染まってしまったのです。皇国は代々平等主義を謳っていて、人外種などの保護もしておりましたが…」
「なるほど…つまりそれが疎ましくなって戦争を仕掛けてきたと?」
「はい。それが確か三百年ほど前だと聞きます。それから神教国の教王も代々今日まで戦争を仕掛け続けているので、傍迷惑な話ですよ。当時の皇帝も神教国の所業に業を煮やして明確に敵対を宣言したらしいですから、今更和平で終わっても何も変わらないのです」
「今代の神教国の教王は今までとは毛色が違うようなので話し合いの余地はありそうなのですが、それでも人外種差別の改善はこの戦争に勝利する以外で望めそうになくて…」
「どっちにしろどんな思想を持ってようが自国の管理もままならないような王様だ。俺は交渉できるとは思えないな」
「その辺りはともかく、私が聞いてきた限りですと長い間神教国の攻め手が緩くなって暫くは冷戦状態になっていたそうですけど、ここ数年で再び積極的に侵攻をしてくるようになって…」
「姫さんも気の毒だな。とんでもない時期に王座を譲られてよ」
「お父様には困ったものです…」
「うーん…なーるほどねぇ…」
「互いにいがみ合っての戦争ならまだ交渉の余地はあるけれど…少なくとも聞いた限りじゃ、セレナ達は引けないと」
「まあそういうことだ。お前らも、神教国の連中には気をつけろよ?人外である以上、お前らも連中の殲滅対象だ」
これは…かなり難しい話だ。
天使と悪魔の大戦は元々種族間の偏見やいがみ合いで始まったものだが、その二勢力だけが矢面に立っていたから和平へも持ち込みやすかった。
しかし今回の件はセレナ達は自分の国だけでなくその他の種族を守るという大義の元に戦っているという。
神教国側の目的は分からないが、現状整理できる情報の範囲内でなら個人的にはセレナ達を応援したい。
応援したい気持ちはあるが…
「どうするの?ミシェル。」
「聞いた限りじゃ、セレナ達をの味方をしたいけど…実際実情を見てみないとなんともね」
「まあ、そうなるわよねぇ。」
私達はあくまでもこの世界で自由に旅がしてみたいのだ。
人外種差別がどれほど深刻かによっては私達の旅に支障が出るかもしれないので、とりあえず実態を確認したいとは思うが、程度によっては人間に擬態するくらいは簡単だし。
「とりあえず、私達から言えるのは戦争は良くない、ってことくらいかな?」
「それは…私達も重々承知しているのですけどね…」
「なんでもかんでも話し合いで解決できるような世界なんて停滞するだけさ。暴力が全てとは言わねぇが、実力主義は皇国の指針だってのは忘れちゃいけねぇ」
「僭越ながら、ワズベールの言う通り。望むものがあるならば争い競い勝ち取るしかないでしょう」
「そう…ですよねぇ…」
セレナが疲れたようにため息を吐いた。
確かにセレナ達も出来れば戦争なんてしたくはないだろう。
というか好きで戦争がしたい人なんてそうそういないものだ。
その上で先代の皇帝から三百年も戦争が続いているのなら、根深い何かがあるのだろう。
「そういえば思ったけど、アレク達ってこの世界の人間で言えば強い方…だよね?」
「自分などまだまだ未熟ですが…」
「上司がそんなこと言い出したぞおい。じゃあ俺はなんだ?塵芥か?」
「私は今回のでかなり強い方だと思いましたけど…他の皆はどうなんですか?」
「そうですね…"フロウ"も"オウガ"も状況によっては私以上に立ち回れますし、全員私でも本気で当たらなければ足元を掬われかねない程度の実力は有していますよ?」
「黄道十二将星だったかしら?つまり…この程度の力を持った人間が十二人も…?」
フィリアが若干呆れた様子でアレクとワズベールを見る。
私からしても人間の力としては異常に飛び抜けた戦力だと思う。
先程の戦闘で見ただけでもワズベールは私達でもかなり魔力で身体強化を積まないと届かないほどの怪力で体長五十メートルを越えるであろうホロウェルの巨体を吹き飛ばしたり掴んで振り回したり、アレクは怪力は勿論私でも感嘆するほどの剣術を繰り、強力な魔道具…神器とやらでホロウェルを逃がさず捉え続けた。
私達目から見てもかなり強い。それが十二人?
冗談かと疑いたいくらいだ。
人間がそこまでの力をつけられるなんて。
「逆に言えばそれと三百年戦い続けられる神教国も怖いんだけど…」
「あそこは私達と同程度の実力者が四人ほど、何より現教王が別格で強いですからね」
「王が一番強い感じなの?」
「先代の教王達はそこまででもなかったそうなのですが、奴…"ロズヴェルド"は人間としては間違いなく世界最高クラスの力を有しています。その上昔は持っていなかった神器まで持ち始めているので、どうしても決戦に踏み込めないということも戦争が終わらない原因でもありますね。」
…正直来る世界が悪かったと思う。
ただフィリアとのんびり二人旅がしたかっただけなのに、人間ですらここまで強い力を持った世界でそれは叶うのだろうか?
どちらにせよ今は情報を集めることが先になりそうだが。
「…む?来たみたいですね」
「ん?へぇ、あれが…」
そうして話を聞いていたときにやって来た複数台の馬車。
どれも大型で幾つか連結させてホロウェルの遺骸の一部を運ぶらしい。
その馬車の中から数十人の兵士と思われる鎧着た人達。その中には、他の兵士とは違う格好をした人が混ざっていた。
一人は長い金髪を靡かせ黒い軍服のようなコートを纏う女性。もう一人は青髪で同じく軍服を羽織る気弱そうな青年。
どちらも雰囲気がアレクに近い辺り、この二人も黄道十二将星なのだろう。
「皆さん!無事ですか?」
「ようリシウス、俺の部下に怪我人が出ててな。治療頼めるか?」
「分かりました…陛下は?」
「姫さんならあっちで歓談中だ、怪我は無いが、後で一応見ておいてくれ」
「はぁ…ワズベール。いい加減、何度陛下の呼び方を改めろと言えば分かるのですかあなたは?」
「っと、固いこと言うなよ?客人の前だぞ?」
「客人がいるなら尚更品位を落とすようなこと…客人?…珍しいですね。天使と悪魔ですか?」
「あ、うん。天使のミシェルだよ。」
「フィリアよ。見ての通り悪魔…そういえばあなたずっとセレナ…陛下?のこと姫さんって呼ぶのね?」
「ほら言われてますよ」
「あはは…別に私は構いませんよ。お二人もなんなら呼び捨てで構いませんし…」
「あ、そう?」
「…陛下がよろしいと言うのなら、まあ良いでしょう。但しワズベール、あなたは身内なんですから改めてください」
「本人に許可貰ってんのに躊躇う必要ないだろ?」
「そういう問題じゃ…はぁ、アレクさんも何か言ってやってくださいよ」
「うぅむ…軽い口の聞き方は良くはないとは思うが…陛下が認めているのならなんとも…」
「しっかりしてくださいよアレク様?」
「ゴホンッ!!」
なにやらあちら側で盛り上がって(?)話に置いていかれてしまったので、空気を変えようとフィリアが大袈裟に咳をした。
「えっと、そちらの自己紹介を聞いても良いかしら?」
「ん、ごめん治療に集中してた。”リシウス・デルフィル”。そんなに会う機会は無いだろうけど怪我とか病気になったら頼ってよ」
「あ、申し訳ありません。メルキアス・カルトロンと申します」
今回の戦いで怪我人を魔法的なもので手当していたリシウスさんが処置を続けながら、そしてメルキアスさんもお辞儀を交えて名乗ってくれる。
「リシウスさんと、メルキアスさんだね。よろしく」
「"さん"はいいよ」
「私も結構です」
「そう?じゃあ普通に呼ばせて貰うね」
「…あんたコミュ力高いわね。そんなすぐに敬称外せるの?」
「これでもフィリアが思ってる以上にいろんな人と関わってきてるからね」
「そういう問題ではないと思うわよ?」
「えぇっと…話を進めてよろしいですか?」
「あ、ごめんごめん」
「失礼したわ…」
無駄話に花を咲かせていると、話したそうなセレナから注意されてしまった。
というかこの場で一番立場が高い彼女が及び腰なのも変だとは思うが、若くして重責を背負って心労が溜まってないかを自分達の経験から内心心配するのだった。
「…それで、結局あのホロウェルの遺骸はどうするのかしら?」
簡易的に設置された野営用の大きなテントの中で会議的な話し合いを始めた私達。セレナはもちろん、アレクとメルキアス、私達は関係者として中に入れられている。
ワズベールはなにやら外で作業をしているらしく、リシウスも怪我人の処置やセレナの安全を確認すると一足先に帰ってしまい、この場にはいない。
「まずは最優先に研究ですね。"黒い獣"が現れてからかなりの時が経った今日、二十九体いる"黒い獣"の一体をようやく仕留められたので、今後のためにも調査が必要ですので。」
「え、あれ初めて倒された奴なの?見た限り皇国の戦力ならもっと倒してそうだけど?」
当然出る疑問。
私のその質問に答えたのはアレクだった。
「そうですね。相性によっては私達の戦力でも仕留められますが…その逆も然り、こちらが返り討ちに会うことも同時に起こり得るのです。その上"黒い獣"は神出鬼没でいつ、どの個体が現れるかも分かりません。それに、今回の戦いを見てれば分かったでしょうが、奴らは不利になると正体不明の隠密能力で逃げてしまうのです」
「あぁ、そういえばそんなことしてたか…」
ホロウェルは私とフィリア、そしてセレナに消耗させられ、そこからさらに増援として来たアレクによって追い詰められ、一度地面に潜って逃亡を図ろうとしていた。
理屈は分からないが、ホロウェルは地面に潜ると私の権能である慧眼でも察知出来なくなるほどに気配が消えるのだ。
今回の場合はアレクが持っていた"神器"の一つだという"正剣 エルド"の力によってそれを阻止されていたが、あれがなければ確実に逃亡を許していただろう。
「その他"おどみ"を含めたあれらの"黒い獣"の力の正体を解き明かせば、"黒い獣"による被害を少しでも押さえられるかもしれませんからね」
「なるほどね。あれについては私も少し興味あるのよ。良かったら余ったホロウェルの部位を少し分けて貰えないかしら?」
「おっと、フィリアの研究癖が出ちゃったね。その興味のあることにはズカズカ行くところ私と同類だと思うんだ。」
「すっこんでなさい。」
解せない。
「ええと、メルキアス。どうでしょうか?」
「はい。現在ホロウェルの遺骸を兵達に解体させ運ばせてますが…どうやらかなり余りそうなので、少しくらいなら問題ないでしょう。」
ふと目を向けるといつの間にか馬車から出てきていた兵士と思われる人達がホロウェルの遺骸の解体を始めていた。指揮はワズベールが取っているようで、彼は凄まじい剛力でホロウェルを持ち上げたり動かしたりして解体作業を円滑化させていた。流石はアレクと並ぶ実力者といったところか。
「しかし、それは当然その研究とやらを正しいことに役立ててくれるのなら、或いは少なくとも誰にも迷惑をかけない活用ができるのなら、の話になりますがね。」
「メルキアス、その物言いは…」
「別に気にしてないわよ?当然の懸念でしょうし、こういうものは慎重になりすぎるくらいが丁度良いものよ。」
「まぁ…そういうことですね。それで、目的は?」
「単純に趣味ね。」
「…なる…ほど?」
きっぱりと言ったフィリアの言葉にメルキアスは少し困惑していた。
世界で初めて倒されたという"黒い獣"のホロウェル。
その価値は様々な面から見てもとんでもないだろう。
それを"趣味"で研究したいから一部を譲って欲しいと言われればまあこういう反応になるだろう。
もちろん私はフィリアのことを熟知しているつもりなのでこうなることは予想していたが。
「私はね、未知を明かすのが好きなのよ。知らない世界で、その世界ですら解明されていないことを調べるなんて、研究者冥利に尽きるわよ。」
「あれ、そういえば大戦の時フィリア軍人とかじゃなかったんだっけ?」
「一応後方の技術者だったのよ…ってさらっと話の腰を折りに来るのやめなさいよ。」
フィリアの言葉と私達の掛け合いを終止呆然と眺めていたメルキアスは、ふっ、と小さく笑うと、柔らかい表情をフィリアに視線を向けた。
「なるほど、面白い方達ですね。陛下達が目にかけるのも分かります。良いでしょう。私もあなた方を信じてみますよ。」
「あら、今まで見てきた人の中で特に警戒心が強そうなあなたに信じて貰えるとは光栄ね。」
「え、私そんなに警戒心滲み出てました?」
「出てましたね。」
「むしろ出過ぎだ。黄道十二将星という役目を賜っている以上、それくらい隠せるようになれ。」
「あ、はい…」
セレナに追随され、アレクに何故か叱られメルキアスは少しショボンとした。
「別に良いんじゃないかしら?警戒心は出しておけば相手も用意には動けないらしいしね。」
「っ!いや、重ね重ね本当に失礼しました!」
「ふふっ、面白い子ね。」
「…」
「…」
フィリアとメルキアスが見つめあっている。
…なんというか、こう…
かなりモヤモヤしたのでとりあえずフィリアに抱きつき、一言。
「私というものがありながら他の女の子と良い雰囲気出さないで!」
「出してない…っていかいつから私はあなたのものになったのよ!」
普通に怒られた。
少女の思いは意地らしく────