第八十四話 堕天使について
本編で語れない、或いは詳しく説明できない作品世界の世界観や設定を時々公開することにしました。
設定資料:情報因子
あらゆる物質には情報因子が宿り、生物も無生物も、有機物も無機物も、そして精神や概念にまで存在するとされる情報の原子。
これは言葉にも含まれており、文字に込められた意志や、意味を持って発した音声からも求められる。
ミシェル達がいた世界とこの世界では当然言語は違うが、魔力を持つ生き物は音声に込められた情報因子を思考の中で魔力を介して自動的に自身の知る言葉に該当する情報因子に変換し、その意味を持つ言葉として聞こえるように翻訳している。
尚、虫などの声や意志が小さすぎる生き物は音声に十分な情報因子が含まれず、対話は困難である。
ミシェルの権能はこの情報因子を読み解くことで視界内の物質の情報及び精神を解析することを可能にしている。
フィリアが本を読む時に文字を解読するために掛ける片眼鏡も同じような原理で機能している。
ちなみに、物質が持つこの情報因子を魔力を介して書き換えることで物質そのものを別の物質に置き換える技術のことを、俗に言う錬金術と定義される。
さらに複雑で面倒臭い話になるが、情報因子にも多系統の種類が存在し、これを観測しようとする場合、フィリアの文字を読むための片眼鏡のような特定の情報因子のみに限定して設計した魔道具でなければ観測することが困難。
故に錬金術は魔法系統の中では空間系統の魔法に並び高度なものであり、対象も変化先も限られてくる。
これを制限なく観測できるのがミシェルの権能の本質でもある。
「え?今から?」
「おう、お前らこの前ウチに手紙出したろ?」
フレンツェが訪ねてきてからそこそこの時が経ち、農場での作物の収穫の手伝い等の何でも屋のバイトをしたりその過程で色んな人との交流をしてこの国に馴染んだりしていたある日、私達の家には再び変わった来客があった。
尋ねてきたのは以前天樹に言った際にお世話になった悪魔のレクトだ。
とりあえず客間に入れて話を聞くと、
「リーダーが都合が合うなら今日会いに来いってさ」
という話のようだ。
「そっか…大丈夫、だよね?」
「そうね。行こうと思えばいつでも行けるわ…で、それは良いとしてなんでウチが分かったのよ?」
「ハッハッハっ、教団の情報力を舐めないことだな」
「笑い事じゃないのよ?」
この前のフレンツェにも思ったことだが、さも当然のようにウチの場所を特定して尋ねてくるのはなんなのかというフィリアの疑問は最も。
なんなら私も彼が尋ねてきた時に咄嗟に魔法ブッパしかけたくらい驚いたし。
「ぶっちゃけ言うと皇国の奴に聞いたら教えてくれたぞ?」
「いやプライバシー!」
「…どうせフロウでしょ?」
「そうそう、あの胡散臭いねーちゃんだ。俺もまさか二つ返事で答えてくれるたぁ、思わなかったよ」
何してくれるんだあの女。
やっぱり嫌な奴だと、今度会ったら絶対に嫌がらせしてやると心に誓う。
まあそれはさておき。
「そういえば…なんでわざわざ尋ねてきたのかしら?あなた達忙しいんでしょ?手紙でも、念話でも遠距離から連絡できるでしょ?」
「あー…その事なんだが…さっき言ったお前らが送ってきた手紙のことなんだが…」
「…?」
「あの手紙な…文字が読めねぇんだなこれが」
「「…あ」」
そういえば何となくいつもの感じで文字書いて手紙を送ったが、当然私達の世界とは違うので文字も変わってくる。
会話は出来るから普通に言葉通じると思ってしまってたが…
「だからこっちが返答を送っても読めないんじゃないかって思ってな。それに今お前らと念話出来るのは俺とアスティだけだしな。アスティも仕事でいなかったらしいし、元々俺は仕事に出向いてる娘と合流しに行くつもりでな。せっかく近くにいたから、ついでにここに来たって訳だ。どうせ案内もしないといけないからな」
「そう…わざわざごめんなさいね。本当に忙しいでしょうに。あと、私達の場合はそっちの文字で書いても大丈夫よ?こっちは普通に読めるから」
「ん?そりゃどういう事だ?」
「ミシェルは権能で見えるし、私は…これ持ってるから」
フィリアはへやを出て直ぐにある本棚に置かれている片眼鏡を持ってくると、テーブルの上に置いた。
レクトはそれを丁寧にレンズに触れないよう手に持つと、興味深そうにまじまじと見つめた。
「これは…情報因子を観測できるのか?」
「そうよ。文字だけに限定はされてるけど、凄いでしょ?」
片眼鏡の性質を直ぐに見抜いたレクトにフィリアは得意げに解説を始めた。
こういう時の生き生きしているフィリアは個人的に凄く可愛いと思う。
で、長々説明していたので要約すると、この世のあらゆる物に宿る”情報因子”…情報の原子のようなものが存在しており、これは物理的物質、魔法的物質、精神や意志、そして概念にまで存在しており、この情報因子がそのものの性質を形作っている。
私の権能は視界に入る全ての情報因子を読み解くものだが、フィリアの片眼鏡はレンズに映る文字のみに限定して文字に込められた意味や意志を装着者の持つ最も近い情報に置換することで解読を可能にしているのだ。
「ほー、権能でそういう事ができる奴は居るが、魔法技術だけでそこまでできるもんなんだな」
「作成にかなり時間かかったのよね…と、だいぶ話がそれちゃったわね。まあこれもあるしミシェルはデフォルトで解読できるからこれからは直接会う必要が無い時は手紙で良いわよ」
「なるほど、分かった。今度からそうする…んじゃ、そろそろ行くか?」
「あ、ええ。長話して悪かったわね。ミシェル、出る準備するわよ」
「はいよー」
という訳で部屋着から外行き…今回は人に会う用の正装として私はちょっとかっちりした白いワンピーススーツと白いストッキングを、フィリアは黒いアフタヌーンドレスに着替え、玄関で待たせたレクトの元へ。
「あ、先に娘と会ってくるんだが、先にそっち行ってからまた戻りに来た方がいいか?」
「う〜ん、その娘さんにも会ってみたいんだよね。君が良いなら、着いて行っても良いかな?」
「おう、良いぞ。”サタナエル”も多分喜んでくれるだろ」
「おとーさん!久しぶりー!!」
「おう、しばらく離れ離れになっちまったが、元気だったか?」
「うん、私も頑張ってたんだよ!アランさんと一緒に神教国に潜入したりしてたんだー」
「そうか」
フィリアのよりも大きなく黒翼を羽ばたかせるレクトに着いて空を飛んだ先で辿り着いたのは、聖国の南西の都市『フワルヘルン』
何気に色々な都合で来れなかった為、国内には神教国の行き道で入りはしたが、都市に入ったのは今回が初めて。
そんな中この街の宿の一室を尋ねた時、勢い良く飛び出てレクトに抱き着いたのは黒いワンピースに至る所に白いメッシュが入った黒のロングヘアーが特徴的な少女。
少女はレクトに撫でられ嬉しそうに灰色の翼を揺らしていると、私たちを見てレクトから離れ、今度はこっちにパタパタと駆け寄ってきた。
「えっと、あなた達が話に聞いた天使と悪魔の仲良しさんですか?」
「そうだよ私達が仲良しさんだよ」
「誰が仲良しさんよ」
「…違うのか?」
「聞かせたのアンタかい!」
心底「嘘だろ…?」という感じで呟いたレクトにフィリアがツッコミを入れる。
間違ってないと思ってるだけに否定されてる感じなのがちょっとショックだ。
「お姉ちゃん達、仲良しさんじゃないの…?」
「…いや、仲は良いわよ…比較的に」
と思ったらツンデレだっただけだった。
顔を赤くして照れた感じが可愛すぎてショックなんか忘れた。
「へー、やっぱり。お父さんとお母さんみたい…あ、私はサタナエル、よろしくねー」
「よ、よろしく。私はフィリアよ」
「私はミシェルだよ。にしても元気な娘さんだね…ん?君って…」
軽い調子でクルクル回りながら明るく自己紹介したサタナエル。
そんな彼女の元気な笑顔に癒しを感じていると、少し容姿に引っ掛かりを覚えた。
そこでよく見てみると…
「…堕天使?」
「うん、そうだよ。お姉さんよく分かったね?」
「羽毛のある翼は天使のそれだけど、灰色だったりアステリエルみたいにグラデーションがかかった翼を持ってるのって大抵堕天使だけだからね」
「ほう、堕天使ってそういう特徴あるんだな」
「レクトは知らなかったの?」
「結構長生きはしてるが、そもそも堕天使がほとんど見たことないからな」
「まあ、言って私もそんなに見たことある訳では無いけど」
まず私達の世界ではそもそも堕天使が生まれることがほとんどない。
大戦時代ならまだそこそこ生まれることもあっただろうが、天使と悪魔が仲良くなった事で『堕天』という現象が起こるために必要な条件として一般的な神への裏切り、という禁忌に触れにくくなったことだろう。
それまでは悪魔と仲良くしているのがバレたら堕天させられるという感じだったが、悪魔が神の敵ではなくなってこの条件が該当しなくなったのだ。
そのため、私が知る限りの堕天使に若者とかはいない。
「…私って、実は堕天してるのかな?」
「…何の話よ?」
「いや、大戦が終わる前に君と仲良くなっちゃって、大戦を終わらせるためとはいえ天使陣営にも嫌がらせしてたし」
「ふむ、どうなのかしら…ちょっと来なさい」
「?うん…んん!?」
フィリアも私の堕天してるのか問題に興味を持ったのか口元に手を当て私を足の先から頭のてっぺんまで見ると、今度は自分に近付くよう手招きしてきた。
素直に従って近付くと、フィリアは私の襟に手を突っ込んで背中に手を入れた。
翼の付け根を撫でるように触られくすぐったいのは勿論、体勢の関係でほとんど体が密着してるのが尚更感情を昂らせる。
いつもはこういうの照れたり恥ずかしがったりする筈のフィリアだが、知的好奇心が絡む場合に限り無意識にこういうことするのが恐ろしい。
「ひゃあぁ…」
「天使の翼と堕天使の翼って色彩以外にも違いあるのかしら?付け根…触り心地?あとは毛並みとか…ねぇちょっとサタナエル。あなたの翼触って良いかしら?」
「良いけど…ミシェル姉ちゃん真っ赤になってるよ?」
「え?…はぁ。えっと………!!」
と、ここでフィリアも現状に気付いたのか、みるみる顔が赤くなり、背中から手を引き抜いてバックステップで距離を取った。
突然の身軽な動きにサタナエルはビクッとしていたのは置いておいて、互いに顔を赤くしながら見つめ合い、俯きながらフィリアが近寄ってきた。
「…ごめんなさい、ちょっと気になって…」
「えっと…良いよ、別に…なんなら言ってくれればいつでも触っても良いし…」
「…なぁ、取り敢えず部屋に入ってくれないか?」
「あ、ごめんなさい!」
「し、失礼するわ!」
耐え難い空気を感じたのかレクトが間に割って入り、部屋に入るように促した。
確かに、こんな宿の中部屋の前で騒いでたら普通に迷惑だろうし、教団の仕事にも支障が出るのだろう。
私達はそそくさとサタナエルが泊まっていた部屋に入っていくのだった。
「…え?あのお姉ちゃん達…」
「言ってやるな。なんだかんだ初なんだろ」
それを珍妙なものを見る目で眺めるサタナエルと懐かしむようにホッコリした様子で見守るレクトだったとさ。
落ちて、堕ちて、堕とされて───




