第八十話 怪盗 ”フレンツェ”
「おー…本当に無くなってる…」
「ちっ…来る瞬間見てたかったのに寝落ちしちゃったわ…」
先日フロウが尋ねてきた時、後半世間話中にこんなことを言われていた。
『あー、おい。そういえばお前達まだ陛下の所に繋がる魔道具持ってるだろ。あれ回収させろ』
『えー?でもあれ無いといざと言う時に君達を便利使い出来ないじゃん』
『っていうか繋がれるのが嫌なら術式変えておきなさいよ。あれ一つずつしか通信先を刻めないタイプでしょ?』
『そんな簡単に出来たらとっくにやってる。陛下の所に繋がる術式ということは他の連中も同じものを持ってるんだ。陛下の奴を変えたらそれら全部も取替えないといけなくなるだろ』
『あー…でも手軽な連絡手段は持っておきたいのだけれど…』
『はぁ…じゃあ夜になったら窓際に宛先を書いた手紙とパンくずを置いておけ。そしたら夜雲会の鳥が回収して後日届けてくれる』
『え、なにそれ。夜雲会…どういう団体なの?』
『一々食いついて来るな。世界的に活動してる大陸を股に掛ける結社だ。どこの国にも所属してない個人企業だからちょっかいかけるなよ?』
『かけないよ。私達のことなんだと思ってるのさ…』
『とにかく!ウチに連絡寄越す時は夜雲会の鳥を使え!教団のリーダーに会いたい時もそっちを頼れ!いいな!?』
ということがあり昨晩試しにフィリアの部屋の窓際にパンくずと教団宛の手紙を置いといたのだが、今朝起きた時に無くなっていた。
多分これで手紙を運んでくれるのだろうが…
もっと費用とかかからないのだろうか?
手紙の郵送の対価がパンくずって…鳥の餌じゃん。
「ふぅ…今度遅くまで起きて鳥どんなのか見てみようかな」
「あなたも寝落ちするんじゃない?」
「私もそう思う」
「否定しなさいよ…」
呆れた視線を受け流し、寝間着から着替えて普段着に。
と、いつものようにフィリアの髪を梳かし終えると、フィリアは余所行きの格好に着替えた。
紺色のコートにマフラースタイルだ。
「どっか行くの?」
「ええ、美術館のある通りの突き当たりに書店が出来たらしいのよね。だから品揃えをちょっとね」
「そっか…私も───」
「あんたはたまには一人でゆっくりしたら?私だって時々一人で過ごしたい時もあるし」
「あ…うん、分かった。気を付けてね」
「…そんな出掛ける飼い主を見送る猫みたいな顔やめなさいよ。帰ったら構ってあげるから!」
「ふふっ、約束だよー?」
「あんたねぇ…」
本日二度目の呆れた視線を向けたフィリアはしかし直後に苦笑し、気に入ってくれているあのネックレスを着けて家を出ていったのだった。
「あ、見たことない作家さんの小説…あらあら、この世界で使われてる魔術に関しての論文なんかもあるのねぇ。あー…やっぱり本に囲まれてるって良いわね…」
そんなわけで新装開店した書店に来た私だが、流石皇国でも帝都を除けば一二を争うほど栄えている街に開店しただけあって品揃えは豊富で、ジャンルも多岐に渡る。
知識欲旺盛な私にとって本は友人であり、それに囲まれている今の私はリア充同然なのだ。
…と、前に語ったところミシェルにすらドン引きされたので金輪際口には出さないが、本に囲まれていると落ち着くのは仕方ない。
紙やインクの匂いは不思議と和むのだ。
「ふぅ…えーと、結構欲しいものあるわね…また今度何でも屋でバイトしないと…取り敢えず今は論文の方だけ買っておこうかしら」
そして特に欲しいものだけを今回は購入。
無限じゃないただの布の鞄に本を仕舞い、次いでに街中を散歩するつもりで鼻歌交じりにルンルンと歩いていた時の事だった。
「〜〜〜♪…ん、わっ!?」
「おっとっと!」
道の曲がり角に差し掛かった時、丁度歩いていた通行人と真っ向から衝突して尻餅を───着こうとした所で手を引かれ、転ぶことなく相手に抱き寄せられた。
「失礼、ご令嬢。アタシにも過失はあるが、互いに道の曲がり角を歩く時は先の確認を忘れないようにしようじゃないか。こんなことで君のような綺麗な方が汚れるのは紳士として忍びない」
「あ…ごめんなさ───ん?」
一瞬ポカンとしていたが、声をかけられて改めて声の主を見ると、自然と視線が下に下がってしまう。
何故かと問われれば、相手が思いのほか小さかったからだ。
抱き寄せられたつもりだったが相手の顔が胸くらいの高さなので逆にこっちが抱きとめてる形になっている。
相手は手を離し少し距離を取ると、愛嬌のある幼さを残した顔立ちが顕になる。
黒髪ショートに小さな身体に合わせた特注と思われる黒い背広、銀色のステッキを片手に持つ十五以下と思われる少女。
少女は頬を膨らませ、抗議の目でこちらを睨んだ。
「…む、今君アタシのこと小さいとか思っただろう?」
「いやその…そうね。あと…女の子…よね?だからあなたの場合は淑女を名乗るのが適切よ」
「ん…それはそうか。教養の無さがばれてしまったようだ。まあこれでも見た目通り十四程度のうら若き乙女なのでね。小さいのと抜けているのはそれで納得してくれ」
「そ、そう…悪かったわね。にしても…随分立派な口調ね」
「紳士言葉さ。格好いいかな?」
「良いんじゃない?雰囲気からしても結構様になってるわよ」
「そうかそうか、見栄を張った甲斐があったというものだ。ではアタシは失礼する。ご令嬢も先行く道で転ばぬようにね」
「心配ありがとう。あなたも────あれ?もういない…」
少女が言葉と共に道の先を指差したので、つい釣られてその方向を見てしまったのだが、視線を戻した時には既に少女は消えてしまっていた。
変わった子だなと首を傾げ、散歩を続けようと思ったその時、違和感に気付いた。
(何か首元が寂しい…マフラー巻いてるから寒い訳じゃ…ん?)
マフラーを脱ぎ首元を見る、無い。
コートの襟に手を突っ込みまさぐる、無い。
一応うなじの方にも手を入れまさぐる、無い。
付けていたネックレスが…無い。
(嘘…確かに着けてきて…無くした…わけない。外すタイミングなんて───まさか!?)
あのネックレスは首の後ろで留め金を固定するタイプなので、留め金を外せば直ぐに取れるようになっているが、少なくとも何かに引っかかってたまたま外れるような造りではない。
私はもう悪魔なのを隠してないから翼はフリーになっているので、一切悟られずに背後から近寄るのは難しい。
となると前から私に近づいて首の後ろに手を回せる人物が奪ったとしか考えられない。
出来れば信じたくないが…そんなことができるのは…
「っ!クソっ!」
つい一人悪態をついてしまうも冷静に飛び立ち、辺りを一望する。
人混みの多い街とはいえ、相手はこの世界にはあまりない背広を着こなす小さな少女。
直ぐに見つけられると思っていたが…
「いない…転移?いや、私が見つけられていないだけか…小さかったものね…路地裏に隠れた?虱潰しに探してたらキリがない…なら…!」
魔力を周囲に放出し、広がった魔力をソナーのように使い魔力の物体への衝突による反射から人の位置、大きさを特定する。
相手はエミュリスよりは僅かに大きいくらいで小柄、近い背丈の反応は結構あるが、取られたネックレスはユーリ石が装飾として使われているため、それを持っていない者とはまるで違う反応を見せる。
大人まで含めると割と流通している鉱石なので絞りきれないが、子供が相手となると持っている者はかなり少なくなるだろう。
対象を絞った結果、候補は一桁まで減った。
その中からさらにそのユーリ石に込められている魔力が他と違う反応を示すものを絞れば…
「…見つけた!」
路地裏を通り街の外に出る門に向かっている人物だと断定し、その人物の方向へひとっ飛びする。
皇国の空は普通に有翼の獣人が飛んでいるので割と目立たないもので、騒ぎも起きずに目的の人物の元に降り立った。
「…あんた…取ったもの返しなさい」
「ふむ…それはこれのことかな?」
目的の人物…先程ばったりぶつかった少女は見せびらかすように桃の花の装飾が施されたネックレスを持った。
紛れもなく私のネックレスだ。
「お洒落してる割にお金ないのかしら?見栄を張ってる暇があるならご飯でも食べて来なさいよ」
「そう思われるのは心外だ。金銭などつまらないもののためにわざわざ他人に迷惑をかけるようなことはしないさ」
「…じゃあ何でそれくすねたのよ?」
「勿論、特別なものだからさ」
「?」
「アタシは特別が好きでね、端的に言って承認欲求が強いんだ。認めて欲しい、敬われたい、畏怖されたい。平凡な生まれのアタシが憧れたものだ。特別…そう、特別になりたいんだ。そのためには特別を手に入れなければいけない…これは良い。これに篭っているのは竜の魔力だろう?最強にして特別な種族たる竜の魔力が宿るもの…間違いなく特別だ」
「…そんなこと分かるの?たいしたものね」
「魔術の道は多少論文に頼りながらもほぼ独学でね。まあその結果特別とはかけ離れた平凡な魔法しか使えないが、代わりに凡庸性には自信がある。これの解析くらい、たいしたことないということさ」
両手を大きく広げて語る少女はネックレスを懐に仕舞うと、どこからともなく取り出した黒いマントを羽織り、翻して跳躍し直近の建物の屋根の上に着地した。
「では、さらばだ───」
「それですんなり逃がすわけないじゃない!」
「っと、これはこれは乱暴なご令嬢だ。アタシはあまり荒事は好まないのだが…」
魔力で錬成した簡素な剣を振るい突撃するも、驚くほど身軽な動きでぴょんと躱され、頭を捕まれて体重をかけられ、建物の屋根に叩きつけられる。
「ぐっ…このっ!」
「淑女が放っていい殺気じゃあないな───っとと、私を見つけた手法から察するに得意は魔術の方だろうに…剣を交えることもできるのか」
体勢を立て直して一閃するも、銀色のステッキで剣を跳ね上げられ少女には当たらない。
そこからどう切り込んでも、どれだけ流れを組み立てての連撃でも、少女はステッキで防ぎ、受け流し、捌いてくる。
建物の屋根をぴょんぴょんと跳ね回り、私の執拗な追跡、追撃を受けながら足取りを乱すことなく逃走を続ける。
地形を有効に活用し、こちらの技術を即座に看破し、戦闘に対する深い思考力が伺える。
これは明らかに相当な訓練を積み、かなりの場数を踏んでいる。
たった十四…実際に訓練を始められる歳となるとせいぜい十年程しか時間がないはずなのにも関わらず、街中で大規模な魔法が使えないからとはいえ私を翻弄している。
「あんたはなんなのよ!本当に人間!?本当に十四!?」
「正真正銘人間の十四の若き乙女で間違いないさ!アタシはここ最近巷を騒がせる怪盗、名は”フレンツェ”!心に刻んでくれたまえ!アタシという特別を!」
特別に拘る怪傑との追撃戦───




