第七十九話 人心をもって
「…まあ取り敢えず入れてくれ」
「帰れ」
戦場の観察とメルキアス達と一悶着あった翌日の昼、やたらと世話を焼いてくるフィリアに甘えている所に玄関の戸が叩かれ、出れば相変わらず厚着で肩を抱くようにして震えてるフロウが。
「っていうか、そろそろ寒さも和らいできてるでしょ?なんでまだそんなに凍えてるのさ」
「お前達に冷え性の気持ちなんか分かるものか」
「…で?つい最近来たばかりなのに今度は何の用?」
「話は後だ。取り敢えず入れてくれ、お願いだから」
「分かったよ!もう!」
仕方なく客間に上げ、フィリアが淹れた暖かいお茶を出すとフロウはほっこりしながらそれを飲んだ。
「ふぅ…さて話だが…昨日はメルとロマンテと揉めたそうだな?散々メルに文句を垂れ流されたぞ」
「私達の命に関わるらしい事を隠してた君が悪いね」
「…ロマンテって人はあなたが言わなかったなら自分も言わない…みたいなこと言ってたけど、あなたそんな皇国でも同僚の口封じ出来るくらいには権限強いのかしら?」
フィリアの質問に「ふむ…」と口元に手を当てるフロウ。
その後「少し長い話になるが…」と前置きをして、それに答え始めた。
「それについては純粋に皇国の政治面での仕組み故だな。知っての通り皇国には黄道十二将星という私含めた十二人からなる軍事面を指揮する将校がいる訳だが、これらは軍事指揮以外にもそれぞれ政治面での役職を担当している。また、黄道十二将星には序列があるが、これは権限の強さ…とかではなく、各序列毎に対応した役職があって、序列の変動はただの人事移動ということになるわけだ」
一度話を区切ったフロウは再度茶を啜り、一息つくと自身の長い白髪を指先で弄りながら話を続けた。
「それを踏まえて私の『二位』は主に外交や等の国外に対しての対応を担当しているんだが、これには『世渡り』してきた異邦人のお前達への対応も含まれる。そして皇国において、ある政治面での話になった場合、その話題を担当する序列を有する者の意見が最優先される。これに異議を唱えられるのは唯一陛下だけだな。つまり、私がお前達に今回話題にされた話を伝えないという対応を取っている以上、優先権の無いメルやロマンテはお前達の質問に答えられない、というわけだ。理解できたら、他の奴に当たるのをやめてくれ」
「…なるほど。だそうよ、ミシェル」
「…はぁ、分かったよ。ロマンテやメルキアスには、今度機会があったら謝る。要するに…君が悪いんだよね?」
「ま、そういう事になるな」
「…なんで?」
何故わざわざ私達にヘイトを買うような事をするのか。
互いに利用して利用されての関係ではあるが、それ程までに私達は低く見られているのか。
気になる事は多く、それらはつい零れた一言に纏められた。
「なんで…と言われれば、国のためだな。或いは…世界のため、ということになるかな」
「…ちょっと待ちなさい。なんで私達の身の話から急にそんな飛躍するのよ」
「最もな疑問だな。ならまずはウロについて話す必要があるが…聞きたいか?」
「それが聞きたくて昨日揉めたんじゃん」
「またミシェルが突拍子もないことし出す前に教えて欲しいわね」
「…じゃあ、話すに当たってまず勘違いしないで欲しいのは、私は何もお前達を陥れたくて黙っていた訳ではないぞ?」
「今更そんなしょうもないことをする人間だとは思ってないわよ。良い意味でも悪い意味でも」
「ははっ、言うじゃないか」
フィリアの皮肉にフロウは乾いた笑いで返す。
最初に帝都で会った時から思っていたが、掴みどころが無く───しかし随分と人間らしい葛藤が見える。
「さて、ウロについてだが…簡単に言えば、”黒い獣”の親玉だな」
「”黒い獣”の親玉…あいつらの?」
「ああ、ホロウェルやギルデローダー、ハナユクラ等と戦ってきただろうが…その根源。全ての”黒い獣”の頂点にして、世界の破滅を招く終末の存在だ」
「…なんでそんなのが私達を狙ってくるのさ?」
「お前達、この世界に来てからやたらとトラブルに巻き込まれると思ったことはないか?」
「「!」」
確かに、この世界に飛ばされた直後のホロウェルとの戦いはこっちから首を突っ込んだからノーカンにしても、ギルデローダーやグレンとの遭遇戦、ハナユクラとの接敵、異形による奇襲と、面倒事が続いている。
元々前の世界でもそういうことはしょっちゅうあったのでそこまで気にしてはいなかったが…この世界に来てまだ四季も巡らぬ内に短い間隔でこんな事になっていると思うと、どれだけ不幸体質なんだという話になる。
「お前達は異邦人…つまりは本来この世界にいるはずのない異物。世界は…そんなお前達の存在を認めやしない。人間が体内の病原体を排除するために抗体を作るように、世界はお前達という異物を排斥するための超自然的な力を作用させる。それが、お前達を襲うトラブルの正体だ」
「…じゃあ私達世界に消されようとしてるって事?」
「だな。そのトラブルとして差し向けられるのが主に”黒い獣”。そしてウロだ。お前達は、今後この世界で生きていくに当たり、常にウロの影に怯えながら生きていくことになる。ただの”黒い獣”なら撃退ないし討伐も不可能ではないが、ウロだけは別だ。あれは絶対に倒せないし、封じることも出来ない。存在そのものがある種の『エ・ル』のようなものだ」
「そんな…」
『エ・ル』が例えとして用いられるということは…それはとてつもなく絶望的な話である。
なんだって、ただ平穏に旅等をしてフィリアと一緒にいたいだけなのに…理不尽極まりない。
もしかしたら罰なのかもしれないが…到底納得できるものでは無い。
とはいえ、とはいえだ。
「だから、なんなのよ?」
「…?話を聞いていたのか?今までにもどこかの世界から呼び寄せられた異邦人は寄せ付けられる”黒い獣”やウロによって滅ぼされてきた。その運命はお前達では変えられない。せいぜい私達と同程度の力しかないお前たちではな」
「そう言うのなら、あなた達はなんで私達を皇国内に留めさせたのよ?」
「!」
「だよね。そんなにヤバいもの引き寄せるような私達をわざわざ皇国の中に引き止めたら一緒に国も巻き込まれるじゃん。なのに追い出すようなこともせずに戸籍まで用意してくれて。君は何がしたかったの?」
「…お前達が現れる半年程前に、陛下が言っていたんだ。『私の代で終わらせる』と。勿論戦争の話さ。だから私はそれに尽くすと決めたし、使えるものは何でも使うつもりだ。そのために…お前達を利用する気でいた。できる限り目の届く位置に置いて、期を見て神教国の神都にでもに行かせて、ウロに全部巻き込ませるつもりだった。お前を陥れるつもりは無いと言ったが、面倒事を引き寄せるお前達も一緒に消えてくれれば…そう思っていたことは否定しない。好機を待つためにお前達を身近に置くという事はリスクが伴うし、最悪皇国の崩壊も免れない。非道と言われるだろうし、当然お前達は恨むだろう。それでも…私はどこまでも非情にならなければいけなかったんだ。陛下が立ち止まらないように、無理矢理背中を押してでも…」
「…つまり、セレナは君がこの話を黙っていることを知らないと?」
フロウはゆっくりと頷いて肯定した。
セレナは…敵にはどこまでも非情になれるように見えた。
しっかりしていたが好戦的で、神教国を相手するのに一切の容赦を持っていないだろう。
だが、自国民を切り捨てるとなると…セレナはきっとそれが出来ない。
旧知の仲ではないが、私の目は人の本質を見抜ける。
そして…セレナが私たちに向ける目は尊敬や羨望。
自分が親しくする相手を陥れるという選択が取れないであろう彼女がフロウの考えを否定しないとは思えない。
「そうだ…私は黄道十二将星序列二位、フロウ・スノウフル。私はこの国の守護者の一人なんだ。この国を、陛下を守るためには全てを利用する、全てを切り捨てる、どこまでも残酷になれる、冷酷になれる。民も友も同僚も、これは私が貫く道なんだ!」
「…あのさ、フロウ。私も、前の世界では元々割と目的のために手段は選ばなかったんだよね。それで不幸になった人もきっと多かった。だけど、君がこの国を守りたいと思うように、私にも譲れない思いが生まれたんだ。そのために───私はどこまでも優しくなれた。興味なんて無かった、どうでも良かった。それでも、目的のために全部を幸せにすることにした。私には、君のことが分からない。でも…同情はするよ」
「ミシェル…あんた…」
「…そうか。お前、狂ってるな」
「ブーメランどうも。丁寧に磨いて返してあげるよ」
フィリアは私達のやり取りに困惑したように私とフロウの顔を交互に見た。
私も何言ってるんだろうと思ってるし、フロウも同じだろう。
だからこれは狂人なりのシンパシーだ。
「…え?話はもう良いの?」
「うん、どういうつもりかは分かったし、今回大分本心見せてくれたしね。取り敢えずはまた君達のことを信頼することにするよ」
「…私が言うのもあれだが、もっと聞かなきゃいけないことがあるんじゃないか?ウロや”黒い獣”についてもっと…」
「こういうことはまず自分達で考えたいんだよね。その過程で必要になったら頼るし、利用させてもらうよ」
「…そういえば気になっていたんだが…なんでわざわざ私に聞いた?それこそ前に言った教団のリーダーの方がなんなら私以上にこの手の話に見識が深い筈だし、お前達がそれに思い至らない筈がない。なんならロマンテ達にわたしが答えなかったら教団のリーダーを頼ると言っていたそうだが…」
「うーん…これに関しては信頼を測りたいっていうのと、この国を信じて良いのか判断材料が欲しかったんだ。もしかしたら命を狙われてるかもしれないっていう相手の国に永住したくないしね。せっかくの帰る場所を出るのは心苦しいし、友人と気軽に会えなくなるのもね」
「…こっちは本心を見せてやったのに、お前は本当に分からないな」
「失敬な。私が言ったことは全部本音だし、必要な事は全部打ち明けたつもりだよ?」
フロウは暫く黙ると、「そうかそうか」と頷いて席を立った。
そして、綺麗な姿勢で頭を下げた。
「悪かったな。色々と巻き込んで。お前達はこれから理不尽な世界の排斥を受け続けるだろう。そして、ウロに追われ続けるだろう。それらの脅威が待ち受けることを知りながらもこの世界で生きていきたいなら、『天秤』を頼れ。”剣聖”や”識妖”がお勧めだが…ひとまず今度こそ教団のリーダーに会いに行くことだな」
「うん、アドバイスどうも。君は私達のこと利用して使い潰すつもりだった、みたいなこと言ってたけど、少なくとも今はその気じゃないってことは分かってるつもりだよ」
「ふんっ…これだから心を読んでくる相手は苦手だ」
「えーと、今回の件に関してはウチのミシェルが悪かったわね。今度お土産でも持たせてお詫びに行くわ」
「ああ、特にメルは最近忙しくて疲れてるようだから、労ってやって欲しいな」
その後短時間世間話のような雑談をした後フロウは帰って行ったのだった。
…外の冷気に身体を震わせながら。
締まらず、なお開かれる心───
 




