第八話 黄道十二将星
「う~ん…突っ込みたいことはいろいろあるけど…とりあえず君は…?」
「失礼、私は"アレク"と申します。して、お嬢さん方は…いや、天使と悪魔というのは分かりますが…」
「えーと、まあ見ての通り天使のミシェルだよ」
「悪魔のフィリアよ」
私たちは突然現れて五十メートル以上の巨体を持つ"黒い獣"の突進を真っ向から受け止め逆に吹き飛ばした青年…"アレク"と名乗った彼と、アレクが"陛下"と呼んだセレナに視線を向けていた。
「アレク、彼女達はホロウェルに追い詰められていた私を助けてくれたんですよ?」
「なるほど…いや、一瞬でも警戒してすまない。陛下を救って頂いたこと、感謝します。」
「まあ見捨てるわけにはいかないからね。当然のことをしたまでだよ…それに打算もあったしそんなに感謝されてもね」
「しかし…陛下、ね。さっきからそっちの人の呼び方で気になってたけど、やっぱりセレナって偉い人かしら?」
「あー…えーと…」
「別に隠す必要もないでしょう。陛下は、"クランセス皇国"の現皇帝なのです」
「へぇー、こうて…皇帝!?」
「…まだ十三、十四くらいに見えるけど?」
「そのー…クランセス皇国は代々世襲制で前皇帝が若くして退位したのでその受け皿として私に役が回ってきたんですよね…」
「受け皿というわけではないですよ?前皇帝陛下は陛下…セレナ様に才能を見出だして託したのです」
「そう…でしょうか?」
「ふぅん、大変そうだね。まぁ、それはいいとして…」
「おいアレク。あいつ戻ってきたぞ」
「む…やはり一筋縄では行かないか」
ホロウェルが吹き飛んでいった方向に視線を向けると、そちらで大きな砂塵が舞い上がり、黒い巨体がその合間から見える。
「本当に嫌になるくらい頑丈なんだね。」
「魔法もあまり効かないし、権能の通りも悪いし、面倒ったらないわね」
私が忌々しく呟くと、フィリアも眉間に皺を寄せて同意した。
一方セレナは先程と比べると余裕が見え、アレクは腰から剣を抜きホロウェルに向かい構える。
「陛下もミシェル殿とフィリア殿も、下がっていてください。ワズベール、余裕がないなら置いてくが?」
「ばぁか、これくらいでへばってちゃ一国の将は務まらねぇよ」
「さっきの人間離れした動きには驚いたけど、大丈夫?」
「問題ありません。あの"個体"ならば、陛下達が削ってくれているお陰で私達でもなんとかなります。倒し切れるとまでは言いませんが…ある程度は削れるかと」
「なんとかなるって…」
「大丈夫ですよフィリアさん。アレクは、クランセス皇国が誇る最強の将軍、"黄道十二将星"の序列第一位ですからね。」
「"黄道十二将星"?」
「さて、行くぞ」
「へいへい。姫さん、今度こそ絶対に待ってろよ!?なんかあったら責任俺が負うんだからな!」
「わ、分かりましたよ…」
セレナの言った単語に二人して首を傾げていた時、アレクが跳躍してホロウェルに一気に接近し、ワズベールもセレナに注意しながらそれを追った。
地中から跳ね上がって推し潰そうとしたホロウェルに対して真下に潜り込んだアレクはそのまま剣を振りかぶり───剣の腹でホロウェルを真上に打ち上げた。
「いや殴るの?」
「あー、まあホロウェルは皮膚が固いみたいだから、下手に切るよりは打撃の方が効果があるのか…な?」
「アレクは割と色々試そうとする人ですからねぇ。試行錯誤とたゆまぬ努力で最適解を見つける、それがアレクという私の腹心です」
何故かセレナが誇らしげに胸を張って言った。
視線の先でアレクという青年はホロウェルが打ち上げた魔力の塊の雨を舞うように避け、当たりそうなものは剣を振るう時に生じる圧でかき消している。
それに合わせてワズベールさんもホロウェルの隙に殴打を叩き込み、怯んだところをさらにアレクさんが追撃する。
そして地を泳ぐホロウェルに乗ってどんな馬鹿力かあの頑丈な皮膚に深い傷を負わせていく。
ここまで見ると彼らが負ける未来が見えなくなってきた。
なんならなんのためにセレナを助けに入ったのかも分からなくなってきた。
セレナは思ったよりも余裕がありそうだったし、アレクさんやワズベールさんは私達基準でも中々に強い。
「ねぇ、フィリア。もしかして私達…いま格好悪い?」
「…世界は…広いのね…」
「お願いだから諦めないで」
「いえ、お二人が助けてくれなかったら、私達だけでホロウェル相手に一時間も持たなかったでしょうから、助かりましたよ。本当に、ありがとうございました」
「「……」」
怪我人の確認や兵士達をまとめながらも、セレナが軽く頭を下げて感謝を伝えてくれた。
まぁ、私達の力が助けになったのなら何よりだと自分を納得させておく。
…流石にあの笑顔でお礼を言われると謙遜できない。
私だけでなくフィリアも照れているようだ。
「あ」
「え~…?」
「…本当に、この世界の基準があれなら泣くわよ?」
「いや、あれくらいできる人は…少なくとも人間という括りなら知る限りでは多くて十数程度しかいませんよ。」
セレナも若干引き気味に答える。
私達の視線の先には、ホロウェルの尾を掴み振り回し大地に叩きつけているアレクがいた。
そのままぶん投げた先で跳躍していたワズベールが、飛んできたホロウェルをさらに地面に叩き落としコンボを決めているから意外と協調性がありそうだ。
しかしあの質量を振り回せるほどの膂力を出すとなると私でもかなり魔力で身体強化を積まないとできない。
できないわけではないけど…それを人間がやってるとなると、前の世界で魔力に耐えられないからと天界や魔界と隔離され保護されていた人間とのギャップで胃が痛い。
というかあれと同レベルがというか十数人って…
「結構多くない?」
「はい…そうですね。私もアレクの実際の戦闘は初めて見たのでここまでとは思ってはいませんでしたが…」
「なんか…もうどうしょっかな?冒険やめる?この世界怖い」
「あんたが言い出したんでしょうが」
「いや、ミシェル殿とフィリア殿が謙遜することはありますまい。お二人、そして陛下がかなり消耗させてくれたお陰で奴もかなり軽くなっているからです」
「…!おわっと、大丈夫?」
「アレク!」
「問題ない!陛下に近づけさせるな!」
と、アレクはホロウェルの尾ひれによる一撃でここまで吹き飛ばされてきた。
ワズベールが無事を確認するが直ぐに指示を伝え、それを受け取ったワズベールも再びホロウェルに向き直った。
「アレク、大丈夫ですか?」
「防いだのでなんとか…とはいえ流石にそれでも腕は痺れますが…」
アレクが睨んだ先で、ワズベールが追撃しようとしたホロウェルが地面に潜ろうとしていた。
それをワズベールさんが尾を掴み引っ張って引き留めようとしているが、この期に及んで火事場の馬鹿力を発揮しているのかさっきからあれだけの怪力を見せていたワズベールさんの膂力を上回り地面にどんどんと体を捩じ込んでいく。
先程戦った感じホロウェルはそれなりに知能があるようで、不利と悟って逃げられるかもしれない──
そう思い手伝いに行こうとすると、突然空中にホロウェルが現れ、そのまま地面に打ち付けられていた。
そこに突撃して再び攻撃を再開するアレク。
「…なにあれ?」
「えっと、アレクの剣の力ですかね。あれ神器ですから」
「神器?」
「へぇ?」
あ、フィリアの目付きが変わった。
フィリアは結構魔道具とかの研究をしてたから、こういった物には強く興味を引かれるらしい。
「彼が使ってるその神器とやらはどんな特性を持っているのかしら?」
「あれは、『正剣 エルド』、あの剣によって傷付けた対象は剣の持ち主から一定以上の距離を取ると、強制的に持ち主の付近に転位させる特性を持っていると聞いてます」
「なるほど、面白い効果ね…そういえばさっきホロウェルの動きを止めたあのロザリオみたいな物も神器と言っていたわね。あれは?」
「あぁ、これですか…」
「その、陛下…さっきから聞いてましたけどその辺にしておいて下さい…特に貴女の装備はあまり他人に言いふらされては困ります…」
「ああ、すみません、ジェスト。酒気は抜けましたか?」
「まだ頭痛はありますけどなんとか…」
セレナは懐からロザリオのような魔道具を取り出す。近くで見てみると、装飾も美しく、細かい。素材も見たことがない鉱物?が使われている。
それの説明をしようとする前にジェストさんが止めていたが。
セレナって結構人にものを教えるのが好きなのだろうか。
「う〜ん…私達もちょっと手伝いに行く?」
「ん…私達がいなくても大丈夫だとは思うけど…ここまで来て任せっきりって訳にもまあ行かないわよねぇ。じゃあ手伝ってあげるから重いの叩き込んであげてきなさい」
「りょーかい」
最後の一押しを私は手伝いに行くことにした。
未だホロウェルと戦い続けているアレクとワズベールの元へ飛んでいくと、ちょうどホロウェルが魔力の塊を空に打ち上げていた。
「よっと。ある程度回復したから手伝うよ」
「む、ミシェル殿か。丁度なかなか崩せないんで手を焼いていたところでした。助かります」
「おいアレク、お前もそいつらそんな簡単に信用していいのか?」
「なに、陛下を助けていただいた恩もあるが、相手が相手だ。協力してくれると言うのなら拒まないし、使えるものは何でも使うべきだろうさ」
「あぁ…打算があるのはお互い様ってことねぇ」
「んだよ、お前がそんな何でもかんでも信じる善人様だなんて言おうものならはっ倒してたぞ」
「それは残念だったな…しかし、中々倒せないな」
「んん、流石にここまでタフとはね」
『───────!!!』
ホロウェルは相変わらず耳障りでうるさい大音量の奇声を上げ、空中に打ち上げた魔力の塊を弾けさせた。
腐食する魔力が地上に降り注ぐが、私とワズベールはそれらを全て避け、アレクは全て剣で弾いている。
セレナもそうだが、かなりの剣の技量だ。
「ふ、私の剣の腕が気になりますか?」
「あ、うん。そうだけど…何で分かったの?」
「何、ミシェル殿も剣に高い関心を持つのは貴方の剣筋を見れば分かります。その貴方の視線が私の剣に向いたのですから、考察は簡単です」
「なるほど…?」
そう言われると納得できるような…?
まぁ、見たところ才能もそうだが、普通に剣筋に努力の痕跡が見えるのが私としては好ましい。
天才を軽んじる気はない。
それでも努力する者は美しいと思う。
そして何より単純なのは、努力する天才に勝るものなどないのだ。
その点彼は完璧で、類いまれなる才能に胡座を掻かず、努力を続けたのだろう真っ直ぐな剣筋。
中々面白い人間だ。
「さて、そろそろ倒しちゃおうか」
「そうですね。ホロウェルの耐久力は驚異ですが、時間をかけて削った分まもなく落とせるでしょう。ワズベール、良い感じに隙を作れ」
「指示が適当だなぁおい。まあやるけどよぉ!」
「それじゃあ、少しの間だけホロウェルの相手を頼める?私が一気に削り切るから」
「お任せを」
彼は頼もしく微笑み、ホロウェルに肉薄し意識を自らに向けさせた。
ホロウェルは急接近してきたアレクさんとワズベールさんを迎撃するためにその巨体を振り回し尾やヒレを叩きつけているが、その悉くを二人は避け、受け止め、逆に振り回して木々や大地に叩きつけている。
「何あの馬鹿力…まあいいや、まずはこっちだよね。」
アレクの人とは思えない圧倒的な剛力に呆れ混じりな嘆息が漏れるが、今はホロウェルを排除するために魔力を練ることに集中する。
「あ、準備が終わったから手伝うわよー」
と、そこにパタパタとフィリアが飛んできて、直下の地面に大きな魔法陣を描いたかと思えば、フィリアの頭上に大きな炎が出現する。
「『烈火』」
フィリアの鍵言と共に炎は膨れ上がり、そこから放出された極太の熱線がホロウェルを焼き焦がす。
その圧倒的な火力に悲鳴を上げるホロウェルだが、私の視界にホロウェルの体から大量の黒い靄が溢れるのが見えた。
恐らく”おどみ”とやらで熱線を相殺しているのだろうか。
だが、それによってホロウェルの生命力がグングンと失われていっている気がした。
「あの”おどみ”とやら、あいつの生命力そのものなのかな…?いや、今は良いか」
その現象に考察を働かせてみるが、考えるのは私の仕事では無い。
碑之政峰に魔力を流し、"おどみ"に弱められないように密度と質を高め、そして収束させる。
「デカイってのはいい的だ、存分に叩き込んでやれ」
ワズベールさんがホロウェルの顎下を蹴り上げ、ドンッと鈍い音が響くのと同時にホロウェルの巨体が宙に浮かび上がった。
逃げ場のない空中、その絶好の隙を逃すまいと残った魔力を全て使い一本の線に収束させ碑之政峰に纏わせた光の魔力は天を貫きどこまでも伸びた。
「天光!」
光の柱は振り下ろされ、ホロウェルに直撃する。
「────────!!?」
"おどみ"に威力を大幅に削がれながらも、ここまで消耗させたこともあり、魔力も体力もかなり弱ったホロウェルは、この期に及んでこの攻撃に耐えることができなかった。
悲鳴のような断末魔を上げ、両断こそされなかったものの体の中心近くまで光が焼き切った大きな傷口からは夥しい量の血液(のような黒い液体)が溢れ、直下の大地を黒に染め上げた。
ホロウェルはその身をうねらせ頭部を空に向けて最後の奇声を上げると、完全に生命活動を停止させ、まるで石像のようにその場で硬直したのだった。
「───ふぅ、久しぶりに大技使った…」
「大丈夫ですか?ミシェル殿。」
「あぁ、アレクさん。天使なんですからこれくらい大丈夫ですよ。」
「そうですか?ですが疲れが見えますので、一度フィリア殿と休んでください。ここからの後始末は我々が。それと私に改まって敬称を使う必要はありません」
「うーん…じゃあお言葉に甘えて…」
「それと、改めて陛下を助けていただいたことに本当に、感謝を。この恩はいずれ必ずお返しします」
片膝をついて頭を下げるアレク。
…前の世界からもそうだったが、やはり私はこういった風に格式張った感謝されるのが少し気恥ずかしくて苦手だ。
「いや、助けに入ったにも関わらず私たちも迷惑かけてるから、あまり感謝されると逆に小っ恥ずかしくなるし…」
「私達もって何よ。だいたいあんたが原因じゃない。」
後ろから声をかけられたので振り返れば、魔力を大量に使って披露した様子のフィリアと普通に肉体的に限界が来てそうなセレナが私達に追い付いてきていた。
「あ、フィリア。そんなにマイナスの割合私に多いの?」
「どう考えても十対零であんたに非があるじゃないだから馬鹿っていわれるのよ。馬鹿は休み休み言いなさい馬鹿馬鹿しい。」
「この短時間で凄い馬鹿って言われた!?」
「まぁまぁ、どちらにせよお二人がいなければ私も助かってはいなかったかもしれませんし…」
「「…」」
間に割って入って仲裁しようとするセレナを見て私達は口論を止める。
この雰囲気が前の世界を思い出してなぜだかつい最近のことなのに感慨深くなる。
「はぁ、もういいわ。これからのこととか話さなくちゃいけないし…」
「うん、そうだね。セレナ、よかったらこの辺りの地理とか文化とかこの世界の常識とか諸々教えてくれないかな?」
「はい、お礼としてはまだまだ過不足ですが、それくらいはいくらでも…この世界の?」
「お?お前らもしかして…」
「あー…どうする?」
「別にいいんじゃない?言って困ることでもないでしょ?」
「うん、それもそうか。えっと─────」
ということで私達がこの世界とは時空レベルで違う場所から来たことなどを伝えると、思ったよりもすんなりと納得してくれた。
何でもこの世界では私達の世界とはまたちょっと違うが、この世界の天界や魔界といった異世界はあまり極端に珍しいものではないらしい。もちろん世界を渡れる者は限定されるらしいが。
その後セレナの国─クランセス皇国─から人を呼んでホロウェルの遺骸の運搬や調査をするらしいのでしばらくここで休憩し、その間にこの世界のことを聞くこととなったのだった。
異世界での併合は少女達に何をもたらすのか──