第七十五話 メインのようで番外寄りな話
それは、オルターヴに異形が急襲した事件から数日経ち、最近のピリピリとした空気から気分転換のために久しぶりに帝都に二人で遊びに行った時のこと。
まだ雪が降り冷え込んでいるのは相変わらずだが、冬だろうが戦時中だろうが元気な奴はいるわけで。
「おー、お前ら。何日ぶりだな。怪我とかしてなかったかー?」
「あ、オウガ君」
「君?」
「ミシェルの他人の呼び方は基本定まらないから気にしなくて良いわ」
「お、おう」
雪をザクザクと踏みしめながら街並みを眺め、フィリアと手を繋いで歩いていると異形との戦いで共闘した時の軍服とは違い、赤いコートで防寒したオウガとばったり出会った。
片手には木で編まれた籠を下げていて、大物のプライベートに出くわしたみたいで少し気まずい。
「一国の将軍さんが何やってんの?」
「別に一国の将軍でも人に迷惑かけてなきゃ何やってても良くないか?」
「正論ね。でもあなたがそんな感じでお出かけするようなキャラだとは思わなかったわ。っていうか黄道十二将星の序列三位はいつも戦場に出てるって噂聞いてたけど」
「いやぁ、俺も出来ることならずっと前線に出てたいんだけどな。妹がいい加減一旦帰ってこいって言うもんだから、先日の件の報告ついでに戻ってこればこれだ」
そういって肩を竦めながら持っていた籠を持ち上げてみせる。
豪胆そうな彼だが、そんな男でも妹という生き物には尻に敷かれるらしい。
「オウガの妹さんねぇ。何か気が強そうだね」
「お、そうだな。強かで割と図太いぞ。この前も予定とか作戦無視で派手に暴れてアレクに怒られたらしいからな」
「そっかぁ、アレクに…ん?」
「…ちょっと待ちなさい。アレクってあんたより上の人よね?」
「何か言い方に引っかかるが…まあ、一位のあいつだな」
「…え?あんたの妹って…」
「?お前らが助けてくれたって聞いたぞ?セレナの奴を」
「…あーなるほど、そう来たか」
「そこ血縁だったのね…言われてみれば確かに似てるか…髪の色とか露骨に…」
ここで意外な関係が判明、まさかオウガがセレナの兄だったとは。
しかし、そうなるとオウガも王族の筈だ。
分かりやすい兄妹揃っての特徴から義理という訳でもなさそうだし、しかしそうなると当然のように疑問が湧いてくる。
「なんで王族が将軍なんかやってるのさ」
「政治面の手腕が致命的に無いからだな。他に聞きたいことはあるか?」
「あ、ないですぅー」
一行で済む理由だった。
失礼かもしれないが、確かにオウガはセレナと比べると遥かにガサツそうでまともに政治とか出来なさそうだ。
そんな思考を読んだ訳では無いだろうが、オウガは目を細めこちらをじっと見た。
「な、何?」
「…ふーむ、なるほど。聞いた通り異邦人なんだな。天使や悪魔は見たことあるが、少なくともお前達とは根源的な意味で雰囲気が違ってな」
「…その天使と悪魔って教団の人達かな?」
「あ?なんだ、もう会ってたのか。あの物好きな夫婦だな。実の所最初お前らを見た時驚いたんだぞ?あの夫婦は例外として、普通天使と悪魔が仲良くやってんのなんてありえない事だからな」
まあ実際こちらの元の世界でも千年は遡れば天使と悪魔が一つの国に収まって仲良く祭りを楽しんだり国主をフランクに弄ったりとかは考えられないことだろう。
そう思えば私達が動かした歴史ってほんととんでもないことなんだろうなとしみじみする。
「おい、お前の連れどうした?突然感傷に浸り始めたぞ」
「だいたいいつもこんなもんよ。毎度毎度唐突で…だからこそ飽きないのだけれど…」
「…ほう?」
「…何よ?」
「いやぁ?中々楽しそうな関係だなって思っただけだ」
「でしょー?」
「うおっ!?」
オウガが何か良いこと言ってくれたので感傷から復活して即座に反応する。
若干引いたように驚いた声を上げるオウガだったが、雰囲気に似合わず優しく微笑むと、手に持つ籠から二本の肉の串焼きを取り出すと、それぞれ私達に寄越してきた。
「…え?くれるの?良いの?」
「本当は今帝城にいる黄道十二将星と妹の為の差し入れなんだが、俺とワズベールの分は抜くとするよ。そいつは妹のことへの礼と俺の個人的な気分による贈り物だ。せいぜい仲良くするんだな」
「ん…ありがと、う?」
「…はぁ、まあ素直に頂くとするわ」
「おう!んじゃ、冷めちまったら勿体ないから俺はもう帰るからな」
「うん、じゃーね」
籠に積もった雪を軽く払ったオウガは背を向けながら手を小さく振って道を歩き出した。
その逞しい後ろ姿を見送りながら、私達は貰った肉の串焼きを口にした。
「…なんの肉なんだろう」
「…さあ?」
後で調べたら山羊みたいな動物だった。
ンヒィィヤッハァ!って鳴いてた。
帝城に帰り、妹が普段執務をこなしている執務室にノックもせず入る。
我ながら面倒臭い立場だが執務室の前に立つ兵士に止められることも無く、しかし黙々と書類を片付けていた妹にはジトっとした視線を向けられる。
「…お兄様。お帰りなさいです」
「頼まれてたもん買ってきたぞー。あ、ついでに土産もな」
「ん、ありがとうございます」
「そういや、さっきあの天使と悪魔に会ったぞ」
「え?ミシェルさんとフィリアさんですか!?お二人共元気ですか!?」
びっくりすることに、妹はあの天使と悪魔の話題を出すと急に食い付いてくる。
愛想は良い方だしそれなりにフランクな会話も出来るが、仕事中は真面目で素っ気ない妹もこの話題にだけは何かの書類に書き込んでいる手を止めて身を乗り出してくるのだ。
「お兄ちゃんそんな妹が寂しいなぁ…」
「…何ですか?」
「いーや、何でも。じゃ、他の忙しい連中にも渡してくる」
「そうですか。あ、フロウは部屋に篭ってますからついでに食堂に寄って暖かいものでも差し入れてきて下さい」
「氷の大魔法使いが何やってんだよ…」
雑に扉を開け城内の通路を歩く。
それにしても、今考えてもあいつの寒がりは致命的だと思う。
前に戦場に出た時は全身防寒着に身を包んで地域一帯を降り止まぬ吹雪の地に変え、結果俺達も本人も敵も立ち入れなくなった終わった土地に変え、以降戦場に出ることを禁止されたりと、本人は至って真面目なのに馬鹿みたいな戦果をだしてくるので困ったものだ。
占有すら出来ない土地を作り出したのは普通に戦犯じゃなかろうか?と聞けばフロウは「仕方ないじゃないか」の一点張りだ。
気候変動系統に属する魔法を使うなら結界術を身につけて耐性のある結界を使えるようになろうという発想は無かったのだろうか?
俺ですら使えるのに…
「まあ、範囲殲滅だけは天秤か超越者以外になら誰にも引けは取らないんだがなぁ、あんなのでも」
「あんなので悪かったな」
「おっ」
城内の食堂に立ち寄れば何と部屋から出てきたフロウが席に付き湯気の経つスープを両手で持って啜っていた。
ここだけ見れば美少…美女なんだが。
「美 少 女 じ ゃ な く て 悪 か っ た な ?」
「さらっと心読んでくるな怖ぇよ」
「顔に出てるわ馬鹿」
「お前もう俺に容赦ねえのな…」
ドスの効いた重低音で笑顔なのに恐ろしい雰囲気を醸し出しながら言ってくるフロウにビビりつつも買ってきた肉の串焼きを渡す。
まだこちらを睨んではいるが、溜息を吐いて受け取ったフロウはあっち行けと言うように手を動かしてくるので、苦笑しまた別の奴の所に向かうことにした。
次はノフティスとエミュリスが同じ部屋にいると聞いたので訪ねに行く。
「あ、オウガ…久しぶり…」
「おー、オウガさん!」
「よう、ちんちくりん共。相変わらずちっちゃいな」
「はぁ?」
「…お前の姉怖ぇのな」
「お姉ちゃんは小さいの気にしてる」
「気にしてない!」
説得力なくプンプンと怒るエミュリスを宥め、二人に肉の串焼きを渡すと子供のように頬にタレを付けながらもぐもぐと食べ始めた。
それと、今はエミュリスをネタにしたが、こうしてみるとノフティスも劣らず普通に子供っぽい。
食べたらすぐ寝るのだろうが。
「はぁ…癖強ぇなぁ、ウチの連中…」
この事を残りを届けに行った時にアレクに相談すると、「お前が言うか」と言われたのはまた別の話。
戦時も将達は割と仲良く───




