七十四話 後片付けと冷たい将
今までの話にて一部描写の変更、それに伴う一部キャラクターの弱体化を行いました。
こういった変更は度々行いますが、あくまでストーリーに影響のない範囲で行いますので、ご了承ください。
赤い光が飛び散った。
それは、今までのような簡単に再構築出来るものではなく、光そのものが砕け歪な形になっている。
それは今の季節に丁度いい粉雪にも見えるが、正体はあの異形を形作る謎物質だ。
「…よし、流石に簡単には復活して来ないわね。これでも簡単に再生されたらただただ面倒だったわ」
「ここから分割して閉じ込めるんだよね?何か入れ物とかあるの?」
「あ…今鞄持ってきてない…」
「あらら…まあ街は直ぐそこだし、取ってこればいいか…」
一瞬ギクッと焦ったような顔を見せたフィリアだが、私の案を聞いて直ぐに「そうね」と平常心を取り戻したようだ。
ここまで来て失敗したら格好付かないし焦ってしまうのも当然と言えるが。
と、そこに黒煙が燻り煤が付いた剣を布で手入れしながら近付いてくる人影一つ、オウガが声をかけてきた。
「確か瓶か何かに閉じ込めるって?ならちょっと待ってろ」
「「?」」
そういうオウガは唐突に地面に赫灼の焔を放ち、土を赤熱化させた。
圧倒的な高熱と何か別の魔法か、凄まじい質量を加えられたらしい地面はキラキラと陽光を反射するガラスと化して固まってしまった。
それの欠片を剣先で周りの土を払い掘り起こしたオウガは、剣先にそのガラス片を乗せ、何かを唱えた。
「弾けて伸ばせ、”量剣エブムズ”!」
オウガの言葉と同時に剣先に乗せられたガラス片は突然膨張…いや、形そのままに拡大され、オウガの手より少し小さい位までの大きさになると、拡大が止まった。
そして拡大されたガラス片に空洞を作るように高熱で穴を開けて内側を溶かし、溶かしたものをその辺に捨てると内部が空洞になったガラス片をこちらに寄越した。
「ほら、出来たぞ」
「いや作り方がワイルド過ぎんのよ」
「それ…神器だったんだ…今見て気付いたよ」
「おう、”量剣エブムズ”。物質の質量を変化させる特性を持った剣だ。ただし対象は無生物に限るし、剣が対象に触れている必要がある。ついでに縮小も拡大も倍率じゃなくて限界値までの一定量を足し引きするように行われるから、意外と使い所はなかったりする」
「それでも、ほんっと神器ってのは多彩ね」
「毎回思うけど原理どうなってんだろ。フィリア作れる?」
「とびっきり容量の大きい良い素材でもあればね。それでも多分やろうとはしないと思うけど」
いくら魔法の力という便利な方便があるとはいえ、流石に何でもありのように思えてくるこの謎の技術。
もしかしたら、ただ魔法技術だけではなく何かしらの権能、ないし異能も用いられてる可能性もあるが…そういう考察は後でフィリアに任せるとしよう。
「…じゃあこれでもいいからさっさとあの光回収するわよ」
「俺も量産して部下共に配るとするかね」
「一国の将の一人が何してんのさ…」
雑なガラス瓶製造係と化したオウガに哀切の視線を向けつつも新しく作って手渡された歪なガラス瓶を渡され、仕方なくフィリアについて行って砕けた光の飛び交う一帯へ。
近くで見てみると蛍の群れの中に入ったようで幻想的だが、あの異形のイメージのせいでいい感情など浮かんでくるはずもない。
「さて…結構広く飛び散っちゃってるわね…」
「これ全部捕まえるの?面倒臭くない?」
「仕方ないでしょう?放置して復活されたら目も当てられないわよ」
「この状態からどうにか…せっかく抵抗してこないんだから異次元にでも飛ばせばどうにか…」
「残念、私にそこまでの空間系統の魔法の練度はありませーん」
両手を広げて肩を竦めるフィリアに苦笑し、どうしたものかと当たりを見回す。
結界で圧縮して一箇所にまとめることも出来るが、またその魔力を吸収されて復活されるかもしれない。
考えている内にオウガ産のガラス瓶を持たされた兵士さん達もやって来て、皆で頭を悩ませる羽目になった。
結果、人海戦術という名のゴリ押しで虫でも取るかのように光をガラス瓶に掬いあげて瓶の入口をオウガに溶かして貰って栓をするという流れ作業に移行。
帝都から現場調査の為の応援が来てからは早く、同行していたのがフロウということもあって彼女の魔法で魔力的なものではなく空気中の水分を凍らせることによって生じた氷で光を閉じ込めることに成功し、オルターヴから持ち出したちゃんとした試験瓶に光を移して今日はお開き。
異形との交戦開始から九時間少々、波乱の一日がようやく終わったのだった。
「というわけで事情聴取の時間だ」
「いやいやいやいや」
「唐突すぎないかしら…それで、なんの用?」
あれから一度家に帰り、ぐっすり眠って疲れを癒した翌朝。
窓の外には白雪が降る早朝に戸を叩く音がしたと思って出てみれば、出迎えたのはもっこもこのファーが首回りや袖を囲っている灰色の軍服を着込んだフロウだった。
「言った通りだ。昨日例の化け物と戦ったんだろ?その時に感じたこと、強さの程度、その他独自の見解でもいい。あれが神教国で作られたものなら、量産された場合の備えが必要なんだ」
「ええ…?オウガとかジェスト君達とか居たじゃん。そっちに聞けば?」
「いいから言え。後とりあえず中に入れてくれ。今日はいつもより寒いんだ!」
「あぁ、うん…」
肩を抱いて若干震えてるフロウを家に上げ、今まで使うことのなかった客間に通して暖かいお茶を出す。
ティーカップを両手で持って茶を啜り、白みがかった溜息を吐く様は普通に可愛い女の子という印象を受けた。
「なんでよりによってこんな寒い日に外務が…ゴホン、で?どうだった?あの異形は?」
「チッ、可愛くないなぁ」
「おい聞こえたぞこら」
「あんたはちょっと黙ってなさい」
フィリアに宥められ私もお茶を一飲みして頬杖を着いてフロウに向き直る。
「はぁ…こっちも必死なんだ。今まで見せてこなかった未知の戦力を神教国が使い始めたとなると、突然聖国にまで宣戦布告を始めたのも勝てるという確信を持ったからに違いあるまい。それがあの異形なら、あれだけしか数がいないというわけでも無いはずだ。だから、頼む」
そう言いフロウは頭を下げた。
今までみたいなさらっと利用しているのではない、誠心誠意込められた懇願に、私達は視線を合わせる。
口元に手を当てしばらく考えると、先にフィリアが答えた。
「やりあってみた感想だけど…どうにも試作品でも投げ込まれたみたいな気がしたのよね」
「…!試作品…なんでそう思ったんだ?」
フロウは内ポケットからメモ帳を取り出し、意見を書き取る準備をした。
…いつもそうやって素直でいてくれたらこちらも接しやすいのだが…まあいつものように乗りかかった船だ。
関わったからには最後まで手伝う事にしようと思った。
「あいつ…魔力を吸ったら目に見えて強化されてたんだけど、そんな性質を作った連中が知らないとは思えないのよね。あれが本命なら始めから大量に魔力を吸わせてありったけ強化しておけば良かったのに…あれは、まるで実際に動かして動作確認でもするみたいな…」
「ふん…言われてみれば、私が見た感じでもどうにも不完全みたいな気がしたんだよね。色々なものがぐちゃぐちゃに混ざりあってて、でもよくよく考えれば何か足りてない…みたいな?」
「なる、ほど…」
聞いた事を黙々とメモ帳に書取っていくフロウ。
しばらく私達なりに感じたことを言っていけば、満足したのかフロウはメモ帳をパンッと閉じて微笑んだ。
「今日はありがとう。概ねオウガ達の意見と同じだな。全く来た意味が無かったし私が寒い思いしただけで終わったよ」
「よしフィリアコイツしばこう」
「落ち着きなさいって!」
「…」
「ふむ…お前たちも読むのか?『古期五人衆紀行文』」
「いや、いつまでいるのよ?」
聴きたいことは聴き終わった筈なのに図太くお茶のお代わりを要求しリビングのソファに腰掛け部屋の本を勝手に読んでいるフロウ。
私が突っかかる度に宥めていたフィリアも流石にツッコミを我慢出来なかったようだ。
「だって外見てみろ。こんな豪雪の中帰りたくないんだ」
「知らないわよ。送ってあげるから出てきなさい」
「いやぁ、この家結界張ってるのか?中々快適で暖かい…」
「ねえフィリア。今あの通信用の魔道具繋いだらアレク辺りが出てくれるかな?」
「おいよせ。お前らが繋いでるあれ陛下の部屋の備え付けだから今繋いだら陛下が出てくるだろうが」
「あのねぇ…それでいいわけ?お国の将ないし重役の貴女が」
「…ぶっちゃけ調査の中継の為に泊まってる宿は普通に寒いんだ。いくら良い宿でも結界がないと冷気を完全には防げんし、帝城も防護結界はあるが断熱は重複の問題で張ってくれないし…そして私は結界術は使えんし…」
「君今まで毎年どうやって冬越してきたのさ?」
「できる限り暖かくした自室に篭って書類仕事だけ請け負ってるに決まってるだろ」
「穴熊か何かかな?」
結局その後雪が止む夕方まで居着かれ、帰りの際にはフィリア(について行った私)も付き添わせ保温結界を張らせて泊まっている宿まで送り届けたのだった。
凍える冷将、その本質は割と自由で───




