第七十一話 造霊
「…あ」
空からオルターヴの街に舞い降りようとした異様な気配を放つ異形は、しかし彼方の空より駆けてきた光に撃ち抜かれ、街から離れた丘の方に撃墜された。
「今のは…エミュリスの矢か」
「帝都の方から狙えるのね…で、どうしましょうか」
「どうって…」
辺りを見回せば既にオルターヴに駐屯している兵士が近隣住民に避難を呼びかけたり、何名かが異形の様子を確認に動いている。
この辺りの判断の速さ、おそらく上からの指示は出ていない筈だが、自分たちで考えて行動できるこの国の兵の練度は流石と言える。
しかし、あの兵達も理解は出来ているのだろう。
あの異形を自分達で対処することは出来ないのだと。
ぶっちゃけ、あれはかなりヤバいやつだ。
どれだけの力を持っているのかは分からないが、真っ当なものではない筈。
となると…
「そう待たずとも手頃な黄道十二将星が来るとは思うけど…」
「何かあったら寝覚めが悪くなるわよ?」
「…フィリアってちょいちょい寝覚め気にするね」
「そりゃあ、寝る時くらいは静かにしたいし」
「そんなまるで起きてる時はいつもやかましいみたいに言われても」
「”うるさい”じゃなくて”やかましい”って表現してるあたり自覚あるんじゃない」
「ふ〜ん…しょうがないね、見に行こっか」
「そうでなきゃね」
というわけで仕方なく異形が墜落した場所へひとっ飛びすることに。
ちなみに今回ばかりは火急なのでもう人目とか気にせずに普通に飛んで行った。
もうめんどくさくなったとも言う。
で、現場を俯瞰から見ると既に兵士が二人一組で異形が落下し土煙が上がっている場所を囲んでいる。
と、地面に影が映ったのか兵士の指揮官らしき人物がこちらに気付いたようだ。
「おーい!!そこの翼人達!危ないから街の中に戻れ!」
「っ!隊長!」
「ん?っ!」
が、土煙の中から大きな腕が伸びてきて隊長と呼ばれた人物に襲いかかった。
こちらも咄嗟にフォローしようとしたが、隊長と呼ばれた人物はその腕を剣で弾き、近くにいた兵を担ぎ上げ後ろに跳んで後退した。
「ぐっ、おい!聞こえなかったのか!危ないから離れていろ!」
「ほぅ…あれでも周りを気にかけられるんだ。好感持てるねー」
「ね。じゃあ、案外何とかなりそうだけど、とりあえず助けに行きましょうか」
手助けの判断をした私達は逃げろという声を無視してその場に降り立つ。
「何をしに来た!民間人を守るのが私達の使命だ!それを邪魔しに来たのか!」
「ああ違う違う、ちょっと手伝いに来ただけだから」
「はあ!?」
「来ます、隊長!」
「チッ、クソ…」
異形が咆哮を上げたことによって生じた風圧がその身を隠していた土煙を吹き飛ばした。
中から現れたのは、全身がブヨブヨとした白い皮膚で覆われ、その手足は異様な程に細く爪が鋭く伸び、顔は無数のひだの着いた白い袋のようなもので覆われている人型に近い生き物。
そして、特筆すべきは背中から生える日本の巨大な二本の腕だろう。
先程伸びてきたのもこの腕だ。
異形は四肢を地に付けて四足歩行の体勢を取ると、そのままこちらに駆けてきた。
「役には立てるし邪魔はしないからさ、頼ってみな、よ!」
「あ、おい!」
そこに引き抜いた剣に光を纏わせ、間合いに入ったタイミングに合わせて剣を振り下ろす。
極熱の光を纏う剣は異形の体を深く切り裂き、剣圧で異形を吹き飛ばした。
「!…お前達、何者だ?」
「あれだよ、ホロウェルの時にセレナを助けた天使と悪魔」
「あの説はお世話したわ」
「…なるほど、聞いた情報と合致してる、か…なら厚かましくて申し訳ないが、あの化け物の対処を手伝って貰って構わないか?」
「そのために来たしね。ミシェル・エンジェリナだよ。よろしく」
「私はフィリア・アステリオン、まあ適当に呼んでちょうだい」
「私は”ジェスト・イングス”、一応オルターヴの駐屯兵の隊長をさせて貰ってる」
簡単に自己紹介を済ませ、吹き飛んで行った異形に目を向けると、囲んでいた兵達を襲わんと起き上がろうとしている。
「っさせん!」
そこにジェストが跳躍で迫り、襲われかけていた兵に伸びた腕を剣で突き刺し、阻んだ。
と、そこに合わせるように襲われかけていた兵も即座に反応し剣を投げつけ異形の肩を貫く。
「一般兵もあんな動けるの凄いね」
「言ってる場合じゃないでしょ、見てるだけじゃ格好悪いわよ」
「それもそっか。なんのために来たんだって話になるもんね」
異形が自らの腕を刺しているジェストを振り払い、追撃しようとしている所にフィリアが指を鳴らして放った衝撃が異形の動きを硬直させた。
そこに肉薄した私は再度剣を薙ぎ、異形を切りつけた。
異形は背中の腕をこちらに伸ばすも、その指も切り落とし、腹を蹴って吹き飛ばす。
「うぇぇ…切った感触超気持ち悪い…腐った生ゴミを圧縮したのを切ったみたい」
「そんなもの切ったことあるの?」
「あるわけないでしょ」
「なんなのよ」
「…本当に強いんだな。あれだけ啖呵切った私が格好悪いじゃないか」
「いや、君達もたいしたものだよ。一兵卒まで動きがしっかり訓練されてる」
実際、ジェストも普通に強いし、周囲の兵も魔法を使えるものはジェストを初めとした仲間達に強化をかけて補助したり、使えない者も陣を変え油断なく異形を観察している。
今の警戒なら私達が助けなくてもあの異形に瞬殺される者はいないだろう。
「だいたいアイツはなんなんだ?」
「神教国の方向から来たみたいだね」
「何…?連中が生物兵器を使ったとでも?あの人外嫌い共が?」
「話はその辺にしときなさい。中々お相手も面倒な様よ?」
フィリアに注意を促され視線を向けると、異形は私に焼き切られた傷とジェストに突き刺された傷、に赤い発光が起こり、光が消えると既に傷は消え去り、切り飛ばされた指と切り口も赤い光に結ばれ、それに手繰り寄せられるように指がくっ付いた。。
そして肩に刺さっていた剣を抜き、そこも発光させると次の瞬間には傷は消えている。
「再生?こういう手合いは倒すのが面倒だから嫌なんだよ」
「じゃあ何とか動き止めなさい。私が最大火力で消し飛ばすから」
「心得た。皆聞いたな!情けないが私達は彼女達を頼る!オルターヴの民を守るために今はプライドを捨てろ!」
「「「「はっ!」」」」
ジェストが発破をかけると部下の兵士達も威勢よく答えた。
中々どうして、楽しそうな連中だ。
こういう上司がいる職場はたいそう愉快なんだろうなと思いつつ、背中の腕を大きく開いた異形が力んだのを見逃さない。
「───────!!」
「ふっ…本当になんでどいつもこいつも奇声ばっかあげるかな…いい加減鼓膜破れちゃうよ」
「良いんじゃない?どうせあんた人の話なんか聞かないじゃない」
「君の声が聞けなくなるのは普通に嫌だからね?」
「またそんなこと言って、ほら来るわよ!」
そんなやり取りをしているとジェストに生暖かい目で見られたがそれを無視し、こちらに踏み込んだ異形を迎え撃つように剣を振り上げる。
が、この化け物に学習する知能があるのか、或いは本能的なもので察してるのか、先程の感覚で合わせようとしたせいで、こっちの振り下ろしが間に合わないように背中の腕を伸ばしながら飛びかかってくる。
「───しかしそれでも君達は民間人!それを守るのも私達の使命だ!」
そこにジェストが伸びていた腕を叩き切り、流れるような剣さばきで続けて肩口も切り裂いた。
射程が足りなくなった異形はそのまま頭部が私の間合いに入り、合わせて剣を振り下ろして頭を地に叩き落とす。
「今だ!やれ!」
そしてその直後に控えていた兵達がとびかかり、手足に剣を突き立て、地面ごと貫き地に固定した。
その上で魔法を使える者が剣に圧力をかけ、簡単には抜けないように固定、異形を地に縫い付けることに成功した、が───
「あ、ちょっと早い…詠唱間に合わないわよ」
「えぇ…」
「おいグダグダじゃないか!」
「そんなこと言われても、貴方達が思ったより対応が迅速だったから…ああもう!」
無理やり拘束から抜け出そうとした異形に対しフィリアは牽制の為に片手間で指を鳴らし、異形の真上で爆発を起こし重圧をかけ、時間を稼ぐ。
「思ったより早く抜けられるな…なら!」
「おーおー、果敢だねー」
ジェストは異形の背中の腕を避けながら切り落とし、異形の背に乗って頭部に剣を突き刺した。
しかしそれでも異形は藻掻くのを止めず、致命傷には遥かに遠いように見える。
そこに切り落とした腕が赤い光によって切り口と繋がれくっつこうとするので、それを踏みつけて結合を阻止する。
もう一本の腕は他の既に兵達が異形と同じように地面に剣で押さえつけているようだ。
この辺りの臨機応変さもこの国の兵の強さか。
「〜〜〜…よし、そこ退きなさい!」
「分かった!」
フィリアの合図にジェストは異形の背から飛び退き、その異形の真上には幾層もの魔法陣が積み上げられた。
魔法陣は流れる粒子のようなものによって包まれると、圧縮されるよあに一つに重なり、輝きを増す。
「『火葬』」
フィリアが鍵言を呟いた直後、激しい爆音と共に魔法陣から火柱が上がり、地に押さえつけられていた異形を包み込んだ。
あまりの熱と光に付近の地面は溶岩と化し、空は茜色に染まる。
多分魔法的な補助で範囲を狭められているのだろうが、空気を伝わる熱はそれでもこちらに届いて肌をチリチリとした痛みが襲う。
別に火傷も残らないが、もうちょっと周りの被害は考えて欲しいと常々思う。
いや私人の事言えないわ。
…一人脳内で何やってるんだろう私。
「…初めて見る魔法だな。技術体型が違うっていうのは本当だったのか」
「ちょーと色々な炎系統の魔法を重ねて一つに纏めただけよ。技術的にも多分フロウとかなら同じような事出来るでしょう」
「ふーん、私も今度やってみようかな…って、アイツどうなった?」
「んー?…はっ、笑っちゃうわね。どういう生き物なのよ…いや、本当に生き物なの?」
「うん?…うっわ…」
フィリアが呆れたように笑う相手を見ると、思わず私も驚愕の声を上げてしまった。
そこには、無数の赤い光の粒子が集まり、それが周囲に散っている光と繋がって段々と寄せ集まり始めていた。
「嘘だろ…?」
「ま、そんなあっさりなんとかなるわけないとは思ってたけどね」
「どうやったら死ぬのよ、こいつ」
赤い光は集い、元の形を形成していく。
さらに踏みつけていた腕も急に強い力で引っ張られたような力が加わって足と地面の間を抜けてしまい、兵達が地面ごと剣で貫いて固定していた腕も剣ごと抜けて今形が復活したばかりの異形の背中にくっつき、完全に異形が修復された。
「魔力とかに頼った戦い方ではない…となると、こっちが倒し方を見つけるのが先か、あっちが私達を消耗させきるのが先か、消耗戦になるわね」
「いやぁ…時間のかかる戦いほんっとうに大っ嫌いなんだけど?」
「根比べか…実践でこういうのは初めてだが…やるしかないか…ん?」
何となく嫌な空気が漂い始めた頃、そこに近付く強い気配を感じた。
ワズベールやアレク程ではないが、かなりの速度で地を駆けてきた男は、地面を削りながら急停止すると、腰の剣を抜き放ち、それに獄炎を纏わせた。
「なっ、オウガ様!?何故ここに!?」
「おっ?お前は確かオルターヴの担当のジェストだったか?んでそっちは件の天使と悪魔…で、何か気持ちわりぃのが空飛んでたから追いかけてきてみれば…面白そうなのがいるじゃねえか」
男───確か、黄道十二将星序列三位、オウガ────は獰猛な笑みを浮かべ、異形を睨みつけた。
「…唐突に来たけど、増援としてはありがたいかな」
「時間かかりそうだし、人手があるに越したことはないしね」
「おう、どんどん頼れ!正直一般人の出る幕じゃねえが…お前らの力にも興味がある。折角だからこの戦いで全力でも出して見せて欲しいもんだな!」
「無茶苦茶を…相変わらず変人しかいないね、この国の重役は!」
確かに、と同意するフィリアを横目に私はオウガと挟み込むように異形に飛びかかるのだった。
異常存在を焼き尽くす光熱と炎獄───
 




