第六十六話 教団という組織
「というわけで、ウチの嫁が改めてすまんかったな」
「いや、普通に私達も悪かったと思うけどね。勝手に入ったのこっちだし」
「まあこの島には立ち入り禁止とかってお触れが出てるわけでもないからそれは仕方ないんだがな。とりあえずアスティは謝っとけよ?」
「うん…ごめんね?早とちりしちゃって…」
「こっちは一応怪我しなかったから大丈夫よ。あなたの方は?」
「あ、大丈夫よぉ。私だった弱くはないからぁ」
「そう、ならいいわ」
天樹に着いてからのこの堕天使…アステリエルとの戦いはその夫らしい悪魔のレクトに仲裁され、今は天樹の中の空洞のような部屋に通されテーブルを挟んでソファーに座らせれもてなされている。
どうやら天樹の内部は蟻の巣状に幾つもの空洞があり、それを活用して教団の本拠地としているそうだ。
「ねえ、最近ピリついてるって言ってたけど、何かあったの?」
「ん?知らないのか。まあつい昨日の事だしな…」
「「?」」
「昨日、神教国が聖国にも宣戦布告したのよぉ」
「…え?」
「…たった一日ピクニックしてる間にそんなことが…」
現在皇国は人外種の迫害、殲滅を目論んでいる神教国と戦争中というのは周知の事実だが、まさか聖国にもその矛先が向くとは。
確かに以前ノフティスが皇国からの聖国への避難民をわざわざ神教国が追ってまで攻撃していると聞いたことがあったが…
「しかも、宣戦布告よりも先に国境近くの聖国の街を聖騎士の第六席、第四席、そして第三席による奇襲の後に行われましたし」
「襲われた街は地理の関係上、神教国に狙われないように人間だけが暮らしていた街なんだが…連中、それもお構い無しに街の人間を殲滅したらしい。んで、その間にその街を拠点にして神教国の調査を任せていた団員が巻き込まれてな。だからウチも黙っていられなくなって本当はもっと天樹にも人手はあるんだが、そのほとんどが出払ってお仕事中だ。俺らはその間天樹の防衛を任せれてたって訳だ」
「なるほど…そんな時に下手に近づいたらそりゃ怪しまれるか」
「とはいえ、急に攻撃したアスティも悪い。そんな気に病むな」
「本当にごめんね…」
「もういいよ。過ぎた事だし、私達も迂闊だったし」
「互いに実害が出てないからこの話はここでおしまいにしましょう?」
申し訳なさそうに頭を下げるアステリエルを諭し、出されていた紅茶を一口飲んで空気を切り替える。
アステリエルにはまだ自責の念があるようだが、それが膨らまないうちに違う話題をフィリアが振った。
「どうしてもと言うなら、あなたが使ってたあの魔法の技術…二律背反術式について教えてくれないかしら?」
「…え?あ、良いけど…良いよねぇ?」
「別に問題ないだろ。悪用するようには見えないし、それでお前が納得するなら」
アステリエルは他人に技術というものを渡す事に問題がないかをレクトに聞くと、彼はぶっきらぼうに許可する。
しかし内心はアステリエルの心中を心配している様子が見て取れて、この人は割と愛妻家なのだろう。
「二律背反術式は本来相性が悪くて反発し合う魔法を一つの術式に組み込むもので…」
「一つにまとめてるの?成程…私達の混沌の抱擁は光と闇の力を無理やり複合させてるけど…」
「え?そんなこと出来るのぉ?それはそれで力技とはいえ凄いけどぉ…」
「…」
先程までに殺気を向け合っていたのが嘘のように魔法談義に没頭する二人を眺めていると、向かいに座るレクトが小さく笑いながら声をかけてきた。
「物珍しげだな。そんなに魔法のことに興味あるのか?」
「うん?いや、改めて、天使と悪魔も仲良くできるもんだなって」
「あぁ、まあ本当は俺達みたいなのはこの世界では圧倒的少数派だ。むしろどんな世界でも天使と悪魔はいがみ合うようのが当然だろうな。そんな俺達からすると、お前達も中々興味深い」
「やっぱそうなんだ…でも、天使と悪魔って結婚できるもんなんだね」
「まあ気取った言い方をすれば愛さえあれば種族なんか関係ないからな。なんなら今度ウチの娘にも会ってみるか?」
「え!?娘さんいるの!?」
「ああ。あいつも団員だから今は仕事で出払ってるがな。でも生まれたのは十五年前だからまだまだ若いんだぞ?…ちなみに、アスティが堕天したのは悪魔と関係を持ったからだな」
「へぇ…そうなんだ…」
私が驚嘆の声を上げていると、レクトは私をじっと見つめた後にフィリアの方を見て、暫く私とフィリアに視線を行ったり来たりさせている。
その後首を傾げると、目を細めた。
「…にしても、お前達…友情…いや、それ以外の要因の方が大きいのか…どういう繋がり方してるんだ?」
「?」
「…いや、何でもない。忘れてくれ。これ以上は多分お前達のためにならない」
「そっか…分かんないけど分かった」
「それでこの術式を使うとこの二つに結び付きを作れてぇ…」
「そんなものがあるのね!だったらそれとこれを繋げて応用すれば…」
何か不穏な空気を私達が感じ取っている横で、私達の会話を気にも止めず和気藹々と仲良く話している二人を見て、私とレクトは苦笑したのだった。
「いやぁ、有意義だったわね。まさかここまで語り合える人がいるとは思ってなかったし、これだけでここに来た意味があったわ」
「私も楽しかったわよぉ。アラン君達はこういうの使ってくれないし、原理を理解して話会える人はウチにはいないし」
「語り合えなくて悪かったな」
「あら、れっ君は悪くないのよ?」
フィリアとアステリエルの話が一段落し、解散の空気が流れ始めた頃、レクトは私達に提案をしてきた。
「お前達、良ければ教団で働かないか?」
「…え?」
「…確か教団は慈善団体だったわね。そこで働けと?」
「まあ嫌ならそれでも構わんないけどな。教団の団員は基本人外種のみで構成されてて、その上からこの天樹の精、”フィロスティア”って奴が指揮と運営をしてるんだが、さっきも言ったように人手がカツカツでな。だから有能な人材が欲しいんだが…」
「うーん…」
確かにアルカディアで国主を務めたくらいだから事務仕事は勿論、戦争時代の経験でフットワークも軽いから現地調査とかも得意だけど…
フィリアに視線を向けると、首を横に振った。
「うん…なら断ろうかな」
「私達、当分はフリーでいたいのよね。路銀稼ぎとかで皇国の何でも屋でお使いとか手伝う事はあるけど、正式にどこかに所属とかはする気はないのよ」
「そうか…まあ、お前達の存在はハッキリ言って異物、創世神の犠牲者だからな」
「…ちょっと待ちなさい、どういうことよ?」
「この世界の枢機が気になるか?残念ながら俺達の口からは言えないな。ただ、どうしても知りたいことがあるなら裂け目を探してみろ。そこにいる叡智の天秤は、聞かれたことに何でも一つだけ答えてくれる」
「天秤…」
度々耳に聞く天秤という存在。
それは日に日に私達に近づいている気がして、胸の内をざわめかせる。
創世神の犠牲者や叡智の天秤、私達を取り巻く世界の流れは、きっと私達を良い方向に導いてはくれないだろう。
だから、自分達で進むしかないのだ。
この昏い世界を。
「まあアスティが世話になったし、俺らも相談くらいには乗ってやる。俺達の魔力の波長を覚えろ。そしたらいつでも念話でもなんでもしてきていいからな」
「何から何まで、ありがとうね」
「何、同じ異種族なのに仲良くやってるよしみだ。同族を見つけると嬉しくなるあれだな」
「フィリアちゃんも、またお話しましょうね」
「ええ、これからもよろしく」
天樹の外まで送られた私達は、二人が分かりやすく放った魔力の波長を覚え、いつでも思念を繋げられるようにした。
勿論、向こうが答えようとしなければいけないのでいつでも自由にできる訳じゃないが。
「それと、見かけたら他の団員も頼っていいからな。こんな制服だ、分かりやすいだろ?」
「うん、そうさせて貰うよ。じゃあ、今日は失礼したね」
「今度来る時はちゃんと許可を貰ってから来るわね」
「おう」
「じゃあねぇ」
二人に手を振り、私達は天樹の島を後にしたのだった。
広がる交友、未来への布石───
 




