第六十二話 彩る香花の中の遭遇
「…あ!あれかな?」
「ん…へぇ、思ってたより広いのね。流石大国の花畑」
エミュリスに勧められた観光スポットとして皇国の西海岸近く、ハルテノトイルの町の南側に作られた大規模な花畑にピクニックに来た私達。
街で宿を取ってから飛んできてみると、空から眺められる私達ならではの遠くまで色とりどりの花が地面を覆う壮観な景色を見ることが出来た。
花畑に作られている道に降り立ち、辺りを見回しながら歩けば花の芳醇な香りが漂い、気分をリフレッシュさせてくれるように感じた。
「こういうのも良いね。聞いた感じだと人の手で植えたんだろうけど、それはそれで設計された自然、って感じで風情があるよ」
「まあ穏やかで何よりだわ」
「うん?お疲れ?」
「そりゃあ、こっちに来てから無駄に面倒な連中と関わってきてるし」
「…そうだね〜、もっとのんびりしたいんだけどなぁ…」
この世界に来てからの事を振り返ってみれば、まあ厄介事ばかりに巻き込まれてきている。
その合間に何度か皇国の町を観光したりしてはいるが、その後にまた直ぐ厄介事が向こうからやってくるので中々気が休まらないものだ。
適当に花が咲いていない小さめの広場を見つけると、そこにレジャーシートを敷いて座り込んだ。
周囲は花で囲まれ、蝶も飛び交っているという理想的な花畑、の姿は見ているだけで癒される。
「んじゃ、ご飯にしましょうか」
「うん、フィリアの手料理楽しみにしてたからね!」
「また聞いてもいないことをしてあんたは…」
呆れたように言うフィリアだが、満更でもないように表情は柔らかく微笑んでいて、鼻歌交じりにピクニックの雰囲気を出すために無限鞄ではなくバスケットに入れられた弁当箱を取り出した。
箱を開けると今朝作った自家製のパンを使ったサンドイッチがその香りと共に現れる。
「それじゃ、早速一つ…うん!ちょっと風味が知ってるのと違うけど、美味しいよ!」
「そう、それは良かったわ」
香辛料で味付けされた何かの肉と何かの葉物系の野菜と柔らかいパンが良く合っている。
辛いものは少し苦手だが、それを配慮しているのかピリ辛程度で普通に食べれる。
大きさがほどほどなのであっという間に食べ終わってしまった。
私の完食を待っていたフィリアも箱からサンドイッチを一つ取り出してはむ、と一口食べると、顎に手を当てて首を傾げた。
「どしたの?」
「いや、なるほど…風味が違う、ね。確かに地域や気候が変わるんだからそりゃ小麦の質も変わるわよね。盲点だったわ」
「んー、普通に美味しいと思うけど…何か問題でもあったの?」
「アルカディアにいた時の感覚で味付けとかしちゃったのよね。一応肉とか葉物は味見してからそれに合わせた味付けをしたんだけど、パンの方はしてなかったのよね。もっと美味しく作れるはずだったのに…」
「…なんていうか、ほんとフィリアのそういうところ、真面目っていうかストイックというか…」
「何よ、悪い?」
「ううん、そういう所が好きなんだよ」
「…」
フィリアは一瞬ポカンとすると、顔を手の平で覆って俯いた。
チラリと見える頬は若干朱に染まっているようにも見えるし、照れているのだろうか。
こういう事言ってしまう辺り、我ながら意地悪だなーと思う。
「あんたは…またそうからかって…」
「ふふ、さて?私は嘘だって吐くし、人をからかいもするけど…その本音が”見える”のも、私の特権だからね」
見える、の語感を強調しながらウィンクをしてみせると、フィリアはまだ頬を赤くしながらも顔を覆っていた手を退け、ため息を吐くとこちらを見つめて優しく笑った。
「ばーか」
「…え!?なんで!?」
「ふふっ。ほら、さっさと食べないと鮮度が逃げてくわよー?」
「いやサンドイッチの鮮度って何…じゃなくて!いや食べるけど!」
「ちょっ、煩い…情緒どうなってんのよ…」
「ああごめん…」
「言えば静かになるのね…」
割と本気で迷惑がられたので一旦大人しくしてサンドイッチをまた一つ取り、大人しく食べる。
相変わらず美味しいのは良いとして、フィリアに視線を向けると悪戯に微笑んでくる。
「…え、どうしたの?」
「お返しよ、ばーか」
「えぇ…?」
そんなフィリアの対応に困惑しながら黙々とサンドイッチを食べていると、ノールックで弁当箱に伸ばした手がフィリアの伸ばした手と当たった。
「あ…いいわよ、食べて」
「なんで奇数個?」
「入らなかったのよ」
「ああ…えーと…」
四角にカットされているサンドイッチの半分を食べて、残りをフィリアに手渡した。
「ほら、これで解決」
「…いや半分こにするなら最初に半分に割って渡せばいいじゃない!なんで口付けちゃうのよ!」
再び顔を赤くして怒鳴られ勢いに思わず耳を押さえる。
「じゃあ…私が食べても良いの?」
「…〜〜!あぁ!もう!貰うわよ!」
私の手からひったくるように食べかけのサンドイッチを受け取るとそれを一口で口に詰め込むフィリア。
勢い余って喉に詰まったのか、むせて持ってきていた水筒から水を飲み、こちらを恨みがましく睨みつけている。
「ふふっ、何やってるのさ」
「あんたは…人の気も…いや知ってるでしょうけど、わざとやるの止めなさい!」
「まあそれはお互い様って事で、ね?」
「ったく…」
フィリアは食べ終わり空になった弁当箱をバスケットに仕舞うと、レジャーシートに仰向けになって寝転んだ。
私もそれを真似て一緒に寝転んで見ると眩しい太陽の光が注ぎ込み、陽光と目の間を手で遮る。
改めて陽光を遮りながら空を見回せば雲ひとつ無い快晴の青い空がどこまでも、どこまでも、地平線の先まで続いていた。
そよ風が花々を揺らし、一緒に花粉が飛ばされたのかフィリアは隣でくしゃみをしている。
「花粉症は辛いらしいよー?」
「悪魔は花粉症になんかなんないわよ」
生命の基本形とした人間の体にとても近い体構造や性質を持っているも、これは天使や悪魔の身体。
基本病気とか感染症の概念が無い身体なのは事実だが、マジレスされると面白くないのもまた事実。
反抗の意味も込めてゴロンと転がりフィリアにぶつかってやった。
「あんたは子供か」
「大人ですぅー、千年以上生きてる…ピチピチの…女の子…ですぅ…」
「言いながら自分で傷つくんじゃないわよ」
「…さて、どうする?もうしばらくこうしてる?」
「んー、別に良いんじゃない?このまま昼寝するのも良いし、散歩とかしても良いし」
「じゃあ、ちょっと歩かない?フィリア地域の植生とか好きそうだし」
「流石に私の探究心も対象を選ぶわよ?生物学とか知識がない訳では無いけど専門じゃ…まあ、いっか…」
そうと決まればと起き上がり、二人でレジャーシートを片付けて花畑に作られた道に沿って辺りを散策する。
花畑は一定間隔毎に植えられている花の種類や色が変わり、空から見た時には分かりやすかったが、地上からでも丘になっている所から見回すと景色が虹色に見えて非常に綺麗だ。
そして花畑の大きさを示すかのように長い道を話しながら歩いている時────
「───ん?」
「…ミシェル、今の気付いた?」
「うん…何か弱々しいけど…この気配は…」
空気を伝わる独特な気配。
絶対者であるはずの生物が放つ威圧感も微妙ながら感じ、その方向に翼をはためかせ低空飛行で急行すると、しばらくしてその姿が目に入った。
花畑の中心に寝そべるように強靭な体躯を地につけ、不規則な呼吸を取ってこちらを睨みつけるボロボロの金色の甲殻と鱗…竜鱗を持つ立派ではあるが傷付いた翼を生やす生き物。
────竜。
「なんでこんな所に竜が…」
「ねえ、この竜って上位竜じゃない?今はかなり弱ってるっぽいけど、魔力の容量がかなり大きいみたいだし」
「ん?”見たの”?久しぶりに役に立ったわねそれ」
「言わないで、悲しくなるから」
ナルユユリ程とは言わないが、あれはただあの巨大だからこそそれに比例して容量も大きかっただけで、この二十五~三十メートル未満程度のこの竜も体躯に比べて遥かに大きい魔力容量を持っている。
何故かそれが底を突きかけているが。
「何か傷だらけだし、何が…」
と、不意に傷口の近くに黒い靄が漂っているのが見えた。
それは、空気に流れて肌に触れるだけで不快感が現れるおぞましいもの。
「っ!まさかこの竜…”黒い獣”にやられてきたのかな?」
「”黒い獣”?…ああ、確かに何か肌がピリつくような感覚はするけど…”おどみ”が見えたの?」
「うん、傷口に”おどみ”が漂ってて…でも、この竜もナルユユリくらい強かった筈なのに…それがこんな…」
種として最強である竜。
その最上位に位置する上位竜をここまで弱らせるような”黒い獣”の存在に肩を震わせるも、ひとまずこの傷付いた竜をどうしようか二人で頭を悩ませるのだった。
花弁舞う快晴の天下に揺蕩う竜の伊吹────
 




