第五十九話 リエナとサリエラ そしていつもの二人
──────夢を見た。
一切の動物の気配の無い大草原で、顔に感情が見えない天使は一人ただ歩き彷徨っていた。
『…?』
特に何かを行うでもなく黙々と歩いていた天使は、不意に自らの顔に影がかかり、上を見上げた。
そこにやってきたのは、黒い翼をはためかせながらゆっくりと降下してくる───悪魔。
天使は降りてくる悪魔を避けるために後ろに数歩下がった。
『…はぁい、元気かしら』
『…何でお前は私に執着してる?』
『…?………!』
天使の言葉に悪魔は一瞬呆気に囚われ、少し考えるような素振りを見せると、その顔に驚きの表情を浮かべた。
『あなた今…私に喋りかけた?』
『そんなことどうでもいい。何でお前はいつも私の前に現れる?』
『…あはっ!あはは!いやぁ、めげずにちょっかいかけてみるものね。会話を成立させるのにこんな苦労するとは思わなかったわよ』
何故かやたら嬉しそうにする悪魔に対して天使は目を細め、不快そうに声のトーンを落とした。
『私の質問に応えろ。何でお前は私に執着してる?何で私の前に現れる?』
『…そうねぇ、別に馴れ合いに来てるってわけじゃあないのよ?』
『…?当たり前。お前とは何度も殺し合いをしてる』
『…そういう問題じゃ…いやまあいいわ。どっちにしろ殺しに来たのは間違いじゃないし』
『…』
悪魔が殺気を向けると、天使はぱちくりと瞬きをし、少し思案していつものように翼を切り離そうとして────
『…っ!…何をした?』
『…?』
今まで感じたことの無い感覚に咄嗟に悪魔を見やるが、当の本人は何かあったのかと困惑している。
その様子を見た天使は不思議に思ったが、行動を切り替え手を天に掲げた。
次の瞬間、地平の彼方より光のような速さで空を駆け抜けてきた光が天使の掲げた手の中に勢いよく収まった。
『…光皇じゃないのね?まあそれもなかなかな剣みたいだけど』
『…死ね』
『あら、怖い』
依然悪魔も困惑しているが、それでも二人はいつものようにぶつかり合った。
「言うほどでもないですけどお久しぶりです、ミシェルさんとフィリアさん!」
「本当に数日前に来たばっかりだけどねえー。確かに私達からしたら久しぶりに感じるけど」
霊峰竜とハナユクラの一件から帰ってきて数日、フィリアは最初は回収してきたハナユクラの破片を嬉々として解析したりしていたが、特に進展がなかったのか直ぐに飽きたようにぐったりしていたので、リエナ達の店に行かないかと誘った。
了承を受け行ってみれば、リエナが元気に出迎えてくれて、よく見ると控え用の椅子にサリエラも座りこちらに手を振っていた。
「ミシェルさんとフィリアさん、どうでした?かなり頑張ってたそうですし、あの仕事の報酬とか結構貰えたんじゃないですか?」
「あー、まあなんかボーナス的なのをくれるとは言ってたけど、そんな沢山要らないし正規の分しか受け取ってないわよ」
「あれ?そうなんですか?」
「私達別にあまりお金のかかる趣味ないしねぇ」
不思議そうにするサリエラにフィリアが手を広げるジェスチャーをしながら答える。
確かに食事やお酒も好きだが偶に嗜む程度で衣と住があれば正直そんなにお金を使う機会がない。
フィリアを着せ替えたいことについてはそれなりに散財するが。
「というわけでまたフィリアに似合う服お願ーい」
「任せてください!皆が出かけている間にまたインスピレーションが湧いてた所なんですよ!」
「まあ結局こうなるわよね…ねぇ、サリエラ。この前私がネックレス作ってもらったんだけど、今度はミシェルに何か似合う装飾作れないかしら?」
「あ、丁度いいですね。今回の仕事でユーリ石の購入特権を貰いましたし、在庫に余裕があるんですよ。なんなら今なら安くしますが」
「じゃあお願いするわ」
こうして私はリエナとフィリアの服の、フィリアは私の装飾についての相談をそれぞれ始めるのだった。
「出来ましたよ!」
「いや早いわね!?さっきデザインの相談しに行ったんじゃないの!?」
「実は事前にほとんど思いついたものを完成させてたんですよ。あとはミシェルさんの指摘で細かく直してきました!」
「いやぁ、リエナ凄いんだよね。私も文句が言えないもの作ってくれてたから意地になって付け足せ、って偉そうにしちゃったよ」
「それは良いんだけど…事前に作ってたって、買われなかったらどうするつもりだったのよ?」
「ミシェルさんなら、買ってくれると信じて賭けに出ました!」
よく分からないところで謎のギャンブルが行われ賭けに買ったリエナからそれはそれは丁寧に仕上げられた洋服が私に贈呈された。
…何がどう因果が巡るとこうなるのか誰か教えて欲しい。
「妹は結構思い至ったらすぐ行動!って所がありますからねー。それで小さい頃は何度空回りしたことか…」
「ちょっとお姉ちゃん!昔の話は止めてよー!」
「…まあ、何はともあれ」
「仲良きことは美しきかな、だね」
「あら、そう言ってもらえると嬉しいですね。妹もこんなに成長してくれて、私も幸せですよ」
「もう!」
揶揄うサリエラに飛び付いたリエナは背中をボカポカと叩き抗議を示したのだが─────それがしつこかったのか、途中までニコニコしてそれを受けていたサリエラは唐突に見事な背負い投げでリエナを床に叩きつけた。
背中から物凄い音を立てて叩きつけられたリエナは目を回して気絶する。
「…仲良いってなんだっけ?」
「…そんなバイオレンスでいいのかしら?っていうか受け身取れない子を投げるじゃないわよ」
「ふふふ、昔はよくやんちゃしていた妹を諌めるのは大変だったんですよー?」
あまりに突然の出来事に呆然となった私達が思考を切り替える頃にはリエナが頭を抑えながら起き上がってきたのだった。
で、その後。
「何か記憶が…まあいいか。それで、どうです!今回もなかなかの自信作です!」
「おー、似合ってる似合ってる!良いよ可愛いよ!」
「なんでよりによってこんな…」
リエナが仕立ててくれた今回の特注の服。
黒を貴重としたワンピースに白いフリルエプロンとヘッドドレスを合わせたゴシック調の洋服。
ご丁寧にスカートの端を摘んで太腿辺りが見えるように持ち上げるというそれっぽいポーズまでとってもらっている。
太腿に食い込む白いニーソがなんとも扇情的で本人は頬を紅潮させ目を逸らしている。
所謂、メイド服だった。
「流石に妹はこの手の才は抜群ですからね。大手のデザイナー商売の方からスカウトされたこともあるんですよ」
「へー、それは初耳だね」
「まあ、私はオルターヴから離れたくありませんし、そもそも個人経営でやって行きたいと断ったんですけどね」
「ちょっとあんたら、人が目の前で恥ずかしい格好してるんだからもっとリアクションしなさいよ!」
「安心して、私の視線は常にフィリアに釘付けだから」
「嬉しくないわよ!」
「ふふっ、こっちもこっちで仲良きことは…」
「美しきかな、ね。お二人共、お似合いですよ?」
「いや、私は普通の服…うん?今どういうニュアンスで言ったの?」
「なんでもありませんよ?ええ、本当に」
口元に手を手を当てて意地悪な笑みを浮かべるサリエラは店のカウンターの裏に回ると、そこから小さめの箱を持ってきた。
「これって…?」
「実は、私もナルユユリの一件で頑張ってくれたお二人にプレゼントを用意したんですよ?」
サリエラが小箱を開けると、そこから灰色の鉱石で形作られた花の装飾が付いたネックレスを取り出した。
その花の名前は確か…
「アングレカムかしら?」
「はい!前に旅行に行った時に見たものでとても綺麗だったのが印象に残ってますので、こちらで作ってみました!」
「…」
「あら?お気に召しませんでしたか、ミシェルさん」
「いや、そうじゃないんだけどね…」
アングレカム────木や岩に寄生するラン科の花。
花言葉は…この前の服のブルースターの刺繍といい、この娘はわざとなのだろうか。
心が何となく分かる権能だと言っていたが、やたら私達に世話を焼きすぎている気がするのも気恥しいものだ。
私はネックレスを受け取るとそれを首にかけようとした。
「あ、私がつけてあげるわよ。これのお返し」
が、フィリアがそう言い自らの首にかける桃の花を象った飾りの付いたネックレスを見せる。
「うん、じゃあお願いしようかな」
「ならほら、鏡向いて」
姿見の前に連れてこられ、鏡を向かされる。
鏡面越しに私の後ろに周りネックレスの留め金を留めているフィリアの優しげな顔が見え、直接目を合わせてる訳では無いのに何故か恥ずかしくなり思わず目線を逸らしてしまう。
「…あんたって、自分が何かされるの苦手よね」
「…え?」
「まあほら…たまには、私に甘えて良いってことよ」
そう言ってフィリアはネックレスの留め金を留めると、私の両肩をポンッと叩き、柔らかく微笑んだ
「似合ってるじゃない。あんたも可愛いわよ」
「…ふふ、ありがとう」
鏡面とは、遠いようで近い心理の聖域───




