第五十七話 天鳴り穹より光降り注がん
「…ん、ナルユユリが寝た?思ったより早かったね…っと」
”黒い獣”であるハナユクラを相手にしていたノフティスは地に頭を着け大きな寝息を立て始めた霊峰竜を確認しながら、足場としているナルユユリが生やした石柱を足場に空中での立体的な機動を行っていた。
仕事柄閉所や市街での活動が多い彼女にとっては複雑に入り組んだ遮蔽物の多い空間は非常に動き易い。
故にグレンと戦った時のような開けた平野での戦闘は決して彼女の本領ではないのだ。
「───────!!」
「…”黒い獣”はどいつもこいつも煩いらしいけど…耳に残って後で寝られなくなるから静かにしてくれない?」
仕事に対する意識を多少切り替えたノフティスだが、それでも元来の性格は変わることなく、鋭い爪の生えた前脚を振り回しながら肉薄してくるハナユクラの攻撃を捌きながらも表情は気だるげで覇気がない。
(にしても…分裂してこない。今までの目撃例とか報告に無かったけど、分裂体が倒されると暫く新しい分裂体を作れないのか…)
ホロウェルよりは幾分も小さいとはいえ巨体から繰り出される圧倒的な膂力による力の応酬は神器と権能、そして得意とする魔法による良相性によって得られる高い身体強化があっても受けきれず、防ぎ方を間違えれば簡単に吹っ飛ばされてしまう。
また、例によって耐久力も高く、ノフティスが力任せに剣で切りつけても多少の傷を残すのみで有効打にはならない。
僅かな傷も積み重ねていけば性質上勝手に倒れてくれる”黒い獣”であっても、一人で撃退するのはまず不可能だ。
だから────前衛は筋肉に任せるために、ノフティスはハナユクラから大きく距離を取った。
「ふっ────待たせたな!!」
「待ってない」
「おい即答すんな!」
元気に跳んできたワズベールがノフティスを追いかけようとしたハナユクラにドロップキックをかまし、蹴り飛ばされたハナユクラは幾つもの石柱を巻き込みながら吹っ飛んでいく。
性格的に他の仲間から弄られやすいワズベールの扱いが雑なのはいつもの事だとして、ノフティスは軽く笑みを浮かべると軍服のポケットから小さい石のような水晶を取り出し、手の中で砕いた。
「あ?今何かしたか?」
「ちょっと合図をね。次あいつが飛びかかってきたら抑えてくれない?」
 
「そういう作戦の意思疎通はちゃんと…あぁ、まあいいや。せいぜい上手く俺を使ってくれや」
遠くで瓦礫が吹き飛ぶ音が聞こえると、起き上がってきたハナユクラは辺りの柱を蹴って跳ね回り、二人をを撹乱するように周囲を動き回った。
またこれかとその姿を目で追うワズベールは地形的に背中合わせで迎撃できない柱の側面よりも下に降りようと提案しようと思ったが、ノフティスの指示から考えて何かを察し、結局動かないことを決めた。
そして次の瞬間───急に加速して飛び掛ってきたハナユクラにぴったり合わせてワズベールも跳び、振り下ろされた前脚と振り抜いた白銀の手甲がぶつかり会い、辺りに響くような金属音がなり渡った。
「『致命的な低下』と…『衰耗』」
ノフティスはそこに魔法と権能によって弱体化を重ねがけた。
”おどみ”で効果を削がれるとはいえ、多少の効果を発揮する二つの力が起こす弱体化は、置いた布石の効果を高めることに成功した。
「タイミングよし、流石我が妹だねぇ〜。お姉ちゃんもがんばっちゃうよ!『星弓彩る疫厄の矢』!」
戦況を己の権能で眺めていた狩人は、妹の合図を受け取りその大きく豪華な弓に番えた矢を引き絞り、天翔る流星の如き矢を放った。
それが届くまでに時計の秒針が動くことは無かった。
一瞬の間すら置かず遥か遠くの帝都、その王城から飛来した光り輝く矢はハナユクラの胴体を撃ち貫き、風穴を開ける。
「あっぶな!ちょっとズレてたら俺も巻き込まれたんだが!?」
「お姉ちゃんだから大丈夫でしょ」
「何だその信頼!」
体勢を崩したハナユクラを蹴り、その反動で移動を行ったワズベールは作戦を立案したノフティスに文句を言うも、本人は飄々としてそれを流し、対象を睨む。
撃ち抜かれ再び落下仕掛けたハナユクラはそれでもまだ生きており、石柱に爪を立て踏みとどまった。
”黒い獣”は別に魔力さえ尽きなければ体に風穴が開こうと活動を続ける事ができるし、そもそもその肉体が頑丈なため、エミュリスの一射をもってしても致命傷を与えることは容易ではない。
だからノフティスは権能と魔法を使いハナユクラの肉体強度を下げたのだが、それでもまだ足りない。
「ワズベール、まだ戦える?」
「一応な。ちなみにエミュリスの援護射撃はまだ使えるか?」
「初撃で威力重視って打ち合わせしてたから次打つのに少し時間かかると思う」
「なるほどなぁ。じゃあ…あとは数で押すとするか」
ワズベールが言ったのと同時に、ハナユクラは近づいてきた気配を察知して掴まっていた柱から飛び退き、別の柱に移動した。
直後、ハナユクラが掴まっていた柱は上から降ってきた光に粉々に砕かれ、崩れていく。
「外したかぁ…あいつ、だんだん奇襲に敏感になってきてない?せっかく隙を待ってたのに」
「やっぱり”黒い獣”ね。本能的なものがだんだん研ぎ澄まされているのかしら?」
上空から今は翼を収納している天使と、それを抱きしめるように抱えている悪魔が見下ろしていた。
「いや、にしてもいつまでこのままなの?」
「最近あんた翼を酷使し過ぎなのよ。だからこうなってるの」
「どういうこっちゃ」
腕の中に収まるミシェルはモジモジと身を捩るが、今回ばかりは離す気はない。
大戦の時も”例の戦い”で相当無茶してたし、手綱を握っていないとやりすぎてしまうこの子は馬か何かとも思えて来る。
流石にこの状態だと杖が持ちづらいので全力で魔法は使えないが、火力面はミシェルに任せておけばまあどうにかなるだろう。
こちらを睨みつけているのか知らないが相変わらず光の灯らない虚ろな目をこちらに向けて来るハナユクラを警戒しながらゆっくりとワズベール達と合流して、状況を聞くことにした。
「ワズベールがどーんってしてお姉ちゃんが撃った」
 
「なるほど分かり易い」
「あんたも適当に返事するのやめなさい」
ツッコミの為に叩こうにも腕が塞がっているので前後にガクガクと揺らしてやると「あうあう」とよく分からない声を出し始めたのでこのくらいにしておく。
「ナルユユリの方はどうだ?」
「一応眠ってはくれたけど…長時間は無理ね。そもそも、あれって眠り明けに暴れたりとかしない?」
「一度落ち着けばまた危害を加えられなければ大丈夫だとは思うが…いや、ハナユクラがこの場にいればまた攻撃し始めるかもな」
「なら起きてくる前に排除しないといけないわね」
現状、ハナユクラはかなり消耗している。
先程尾を引きながら空を駆けた光…聞いた感じエミュリスが放ったのであろう矢によって体に穴が空き、そこから魔力が漏れだしている。
あの分ならなんなら放っておいても自滅するかもしれないが、だからといって放置しても自らの生存を顧みずに特攻してこられると面倒だ。
「じゃあワズベール抑えて。私が弱らせるから。君達は…トドメ刺して」
「まっかせてー」
「私も援護するけど…ミシェルは魔力大丈夫なの?」
「ナルユユリの魔力を吸い取ったからね。ちょっと私達のとは質が違いすぎて気持ち悪かったけど」
「大丈夫じゃないじゃない。帰ったらおねんねしなさいよ?」
「だからお母さんかな?」
くだらない掛け合いをしていると、ハナユクラは動き出し、その身から絞り出したのであろうどす黒い魔力を全身に纏わせ、黒い雷のようなものが周囲に走った。
「なるほど…おもしれぇじゃねえか」
凶悪に笑ったワズベールが石柱に掴まっている状態から器用に体勢を変え、石柱の側面に足を付けると、強く踏み込んで弾丸のようにハナユクラへ向けて跳躍した。
対してハナユクラはゆっくりとした動作で前脚を振りかぶると、突っ込んで来るワズベールに合わせてそれを振り抜き────一瞬の力の拮抗もなくワズベールを吹き飛ばした。
「ワズ!」
「ノフティス危ない!」
「…っ!?」
彼の力を信じていたのかその光景に動揺したノフティスは吹き飛んでいくワズベールを目線で追ってしまい、ミシェルの注意に咄嗟に振り返るも既にその目の前には跳躍してきたハナユクラが迫っていた。
「ミシェル!」
「分かってるよ!『殺意の栄光』」
ミシェルの周囲に小さな光が幾つも灯り、そこから────私では認識出来ないが、聞いた話では肉眼で捉えることの出来ないほどの極細の光線がそれぞれの光から放たれ、それがハナユクラを切断しようと光の筋が振るわれているらしい。
ハナユクラはそれを本能的な何かで感じ取ったのか空中で身体を無理矢理捻って回避しようとしたが、後脚を両方切り落とされていた。
魔法的な防御に弱いらしいその魔法でもあれだけ効果があるのなら、既に本体に魔力はほとんど残っていないのかもしれない。
しかし、飛びかかった勢いは消えず身体を捻った勢いのまま遠心力を使って前脚を振り回し、ノフティスに向けてその爪で襲いかかった。
ノフティスは剣で受け止めるも、壁に掴まっている体勢なので片手でしか受けられず、そもそもワズベールでさえ力で負ける相手に彼女が敵うはずもなく石柱を突き抜け、さらにその背後の石柱に叩きつけられた。
「ぐぅっ…!」
「─────────!!」
トドメを刺そうとハナユクラは奇声を上げながら再び前脚を振りかぶり、それを止めようとミシェルがまた魔法を使おうとして────それよりも早く空を駆けた光の矢がハナユクラの頭部を撃ち抜いた。
妹の危機を察知したどこぞの姉が咄嗟に放ったものだろう。
その一撃によってハナユクラは頭部の大部分を欠いたが、それでもなお執念深く活動を続け、ノフティスにトドメをさそうとする。
「さぁせるかぁ!!」
が、ノフティスが叩きつけられていた石柱の上部を貫通して跳んできたワズベールがその前にノフティスに飛びかかろうとしていたハナユクラの胴体を蹴り上げた。
「君達も、本当に大概だよ!あ、フィリア。ちょっと魔力貸して」
「…やっぱり合わなかったんじゃない…はい」
「ありがと。よーし…」
腕の中に抱えるミシェルに魔力を流し込み、ついでにミシェルが取り込んだというナルユユリの魔力もちゃっかり一部拝借し気分を若干悪くしながらも、事の顛末を見守った。
「せっかくの私達の観光を邪魔した罰だよ!『堕落せし天の神』」
辺り一体の光が奪われ夜のように暗くなり、その場には蹴り上げられ身体の部位を所々欠損しもはや逃げられないハナユクラに向けられた天から垂直に差す光の柱だけが留まる。
静寂────そして崩壊。
光の柱が輝きを増したかと思えば突如落下してきた大きな光により、辺りに衝撃と暴風が吹き荒れ、ナルユユリが生やしていた地平線の先まで生えていた全ての石柱もまとめて粉砕した。
掴んでいた石柱が壊れたため落下したノフティスの元へ飛びそれをミシェルが掴まえる。
ワズベールは多分大丈夫だろう。
「ウッソだろお前お前らぁ!?」とどこから聞こえた気がしないでもないが、きっと空耳に違いない。
「すっごい、ナルユユリの魔力を全部消費しようと思って使ったけど、全然余っちゃった。流石は竜の魔力だね」
「…味方も巻き込むクレイジー集団とか呼んでたらしいけど、君達も大概じゃない?」
こうしてみると地上が壊れた石柱の瓦礫が落下したことにより至る所がでこぼこになって大惨事だ。
地上は直接傷付けずナルユユリの石柱だけを消し飛ばしたあの魔法…大方魔力のみを破壊する魔法といったところだろうが、それは魔力で身体を支える”黒い獣”にとっては致命的な一撃。
落ちてきた光の直下にいたハナユクラはその身体をバラバラに飛び散らせ、活動を停止させていた。
竜の力が齎すは創世神話と黙示録───
 




