第五十四話 竜上のビーストチェイス
ナルユユリの背の上に上がってきた私達と睨み合うハナユクラは、近くの甲殻から生える岩の棘を折り、こちらに投擲してきた。
「こんなもんっ!」
それをワズベールがガントレットで覆われた腕の一振りで殴り壊し、周囲に衝撃波を撒き散らしながらハナユクラへ向け一気に跳躍した。
その移動こっちにも被害くるから自重して欲しいのだが、言うべき相手は既に行ってしまったため文句が行き場を失う。
「ひとまず私は浄化領域張っておくわね」
「じゃあ私はワズベールの周り飛び回りながら援護するかな…」
無限鞄から碑之政峰を抜き取った。
以前ホロウェルと戦った時にこの剣に貯めてあった魔力を殆ど使い切ってしまったため暫く出番が無かったが、あれから三ヶ月ほど立ってようやく実戦使用出来るくらいにまで魔力を貯め直したのだ。
「それまだ満タンではないんでしょ?調子に乗って使いすぎないようにね?」
「まあ使い切ったら貯めるの面倒だからね。加減見てラクリエルと入れ替えるよ」
「ならいいんだけ───」
それは一瞬だった。
突如フィリアの真横に降り立った黒い影がフィリアを殴り飛ばしたのだ。
吹き飛ばされたフィリアは広大なナルユユリの背から外れ落ちていくのが遠目に見えた。
「…っ!天光!」
突然の事に全身が強ばったが、それでも信頼するパートナー。
あの程度でやられる筈がないと信じ、碑之政峰に纏わせた極光は天を貫く柱となり、横薙ぎに振り払われたそれは黒い影を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた黒い影はナルユユリの背から無数に生える岩の棘を幾つも巻き込みながら転がって行った。
が、黒い影は甲殻に爪を立て体勢を整え、後脚をぐっと曲げるとこちらに飛びかかる。
それに対し返す刀でもう一度天光をぶつけようとしたが、そのタイミングで黒い影の真上から今度は人影が降ってきて、黒い影をナルユユリの背に叩き付けた。
「悪い、一体取りこぼした!」
「気を付けてよね!フィリア殴り飛ばされたんだけど!?」
「はぁ!?大丈夫かっ…あぁめんどくせぇ!」
むくりと起き上がった黒い影の上半身を覆う鬣を掴んだワズベールは、上から追いかけてきたのであろうハナユクラにそれを遠心力を付けて放り投げてぶつけ、吹き飛ばす。
「あの黒い影が分裂した奴?」
「ああ、出来れば分断して各個撃破が良いんだがな。連携されるとかなり厄介な手合いなんだ」
互いに距離を取ったハナユクラとその分裂体はこちらを挟み込むように身軽な動きで陣形を取った。
考える脳があるのかは不明だが、少なくとも狡猾な相手なのだろう。
ワズベールと背中合わせになってそれぞれの個体と向き合うが、真正面からやり合うのは分が悪い。
(それに、分裂体の方も”おどみ”を持ってるみたいだし…”おどみ”が重複してるせいでさらに魔力の抑制がキツい…)
当然さっき放った天光も効きが悪い。
一応ホロウェルよりは素の耐久力は低いらしく、あの時よりは深い傷を付けられたが、あのペースだと魔力が尽きるまで放ち続けても削りきれないだろう。
しかもそれが二体だ。
「大丈夫?撤退させられる?」
「あぁ?やるしかないんだから黙って手伝え。それに剣が扱えるならギルデローダーの時の姫さん達みたいに体表を削いでいけ。普通に切りつけるよりそっちのが消耗させられる。反射を誘発させながら地道に削って行けば奴らも逃げるしかなくなる筈だ」
「うぅ…判断は的確だね。流石闘将」
そこでこちらの会話の最中ハナユクラ達が巨腕を振りかぶりながら周囲に無数に生える岩の棘を足場にして跳ね回りながら距離を詰めてきた。
辺りをグルグル回ってこちらを撹乱させるような動きは中々に厄介で、反撃するにもこちらに攻撃してくるタイミングが読めない。
そう思った時、本体が私達の頭上に跳び、分裂体が飛び回る勢いそのままに私に突進をしてきた。
「闇の杭!」
が、頭上の本体は飛来した黒い靄のようなもので構成された杭で撃ち抜かれ、私の方に突進してきた分裂体は高速移動したワズベールによって蹴りあげられた。
「無遠慮な破光!」
そこへ私は手元に収束させた光の束を投げつけ、それによって分裂体は遠くまで飛んでいき、ナルユユリの背面から落ちて行く。
「サンキューな、フィリアの嬢ちゃん」
「よかった、大丈夫?フィリア」
「一応ね。とはいえ、あいつなんていう膂力なのよ…反射で受けきるために魔力が三割くらい消し飛んだわ」
「あー…長くなりそうなのにその消耗はキツいね」
「とはいえ一体落とせたから戻って来る前に本体を仕留めたいわね…そういえば、これって本体倒したら分裂体も消えるの?」
「倒したこと無いから分からんな」
「だと思ったけどっ…話し中は黙って聞くのが礼儀でしょうに…」
ハナユクラの本体は辺りの岩の棘を次々折ってはそれをこちらに投擲してくる。
威力だけは即死級だが、純粋な物理的攻撃くらいならば回避も防御もそこまで苦労しない。
しかし、絶え間なくそれを続けながら向こうも移動しているため中々反撃の機会が訪れず、ジリ貧と化している。
「ちっ、俺が白兵する!即興で連携出来るか?」
「これでも戦闘経験は豊富だし、人に合わせるのは得意だからね」
「ミシェルに同じく、問題ないわ」
「そいつは頼もしい限りだ、な!」
ワズベールは飛んできた岩の棘を殴って粉砕するとハナユクラの機動を真似して辺りの棘を足場にし、ハナユクラを追いかけ始めた。
「ちょっ、速い、速いって!」
「…これ私達も追いかけなくちゃいけないの…」
そもそも凄まじい肉体能力を持つハナユクラと黄道十二将星随一の剛力と機動性を持つというワズベールがナルユユリの背を舞台とした追いかけっこは異次元の速度で繰り広げられる。
一度飛んで上からその様子を見ると、まるでピンボールのような状態になっていた。
「…そういえば浄化領域は?」
「分裂体が離れたからいくらかは作りやすくなってはいるけど…あれ今のところそこまで広い範囲には張れないのよね。だからあそこまで機動力が高い相手だと直ぐに範囲から逃げられそうだから…」
「張っても意味が無い、と…」
今になってホロウェルやギルデローダーは戦いやすい方なのだと悟った。
あれらは動きも鈍く無駄に大きい巨体のお陰でいい的だったが、ハナユクラも二十メートル近い巨体とはいえ他のと比べれば格段に小柄で、あれ程までに素早く動き回られると魔法を用いようにも狙いが定まらない。
「仕方ないか…やっぱり私も近づいてくるよ。それに…ワズベールでも追いきれてないし」
「…あぁ、確かにここだとやりづらそうね」
暫く観察していて分かったが、どうやらワズベールは直線的な機動しか出来ないようだ。
平地などでなら問題ないのだろうが、ナルユユリの甲殻とほぼ一体化している岩盤から無数に生える岩の棘という無数の障害物があるこの場ではその機動性が生かされていない。
それに、加減を間違えて暴れ過ぎれば私達が足場としているナルユユリが大暴れする可能性もある。
そのためワズベールも若干出し惜しみしているように見える。
「じゃあ、ハナユクラをナルユユリの背の端の方まで追い込んでくれる?」
「それくらいなら任せてよ」
翼をはためかせハナユクラへ向かって飛び立つ。
ハナユクラ程の移動速度は出せないが、無数の岩棘によって進路が塞がれているのはハナユクラも然り。
直線的な動きが出来ていないため、私の飛行速度でも何とか追いつく事ができ、移動を続けるハナユクラの正面に立ち塞がった。
対してハナユクラは鋭利な巨爪を振りかぶってきたのを碑之政峰で受け止める。
「重っ…けど…残酷な棘光!」
爪を弾き返してハナユクラに向けた剣先から極光が伸びて突き刺さった。
貫通はしていないが、勢いに押されたハナユクラは後方の岩棘に押し付けられる。
「いい援護だ!」
「そいつナルユユリの背の端の方まで吹き飛ばせる?」
「お安い御用、だ!」
追いついたワズベールが岩棘ごとハナユクラを回し蹴りで吹き飛ばし、あの巨体をナルユユリの背の端の方まで飛ばした。
そしてそこで待つのはここまでの間に詠唱を済ませていたフィリア。
「ここだと戦いづらいから…堕ちなさい!終末の落日!」
「─────────!!」
ナルユユリから外側を向いた七つの魔法陣が連なってできた円。
その中心から放たれた赤黒い雷のようなエネルギーは槍のような形状を取り射出された。
「────────!」
それが胴に直撃したハナユクラはヨグナ・ミーオ山脈まで押し飛ばされ、奇声を上げながら山脈を貫いてなお止まらずどうやらその先の海に着水したようだ。
「…何か凄ぇ魔法だったな」
「フィリアだからね」
「…お前らは俺達の事を高く評価してくれてるが、正直お前らも大概だぞ?」
「そう言われてもね…」
そこへ魔法を撃ち終えた後のフィリアがパタパタと戻ってきた。
流石に最高位の魔法だったので明らかな疲労が見て取れる。
「ふぅ…で、あれどうするの?」
「どうって…割と行けそうな感じがしたから追撃したいが…逃げられたか?」
確かにハナユクラが着水した辺りからは完全にその気配が消えていて、”黒い獣”が共通して持つという能力の一つ、『正体不明の隠密能力』により逃げられたと考えるのが妥当だ。
浮上の気配もなく、ひとまず一旦息を整えようとした。
が───
「…うわぁっ!?」
「きゃあっ!?」
「うおっ!?」
突如足場にしていたナルユユリが大きく揺れ、全員が転んだり尻餅をついた。
何がと見回すと再びナルユユリが大きく揺れて、立ち上がろうとしたのにまた転ぶ。
仕方ないので一旦ワズベールの襟を持って飛び上がり、フィリアもそれに続く。
「いや危ねぇのお前じゃねえか!さらっと襟を掴んで持ち上げるな!一瞬首が閉まるかと思ったぞ!?」
「一国の将を務めてるんだったらこれくらいで騒がないでよ」
「おい俺も人間だぞ!?」
知らん。
掴んであげているのに文句を言う下の人を無視してある程度の高度まで上がってナルユユリの全体を見る。
しかし、こうしてみるといつの間にか最初のナルユユリの進路から大きく外れ、神教国方面に進路が向いている。
そういえばワズベールが部下にナルユユリの誘導を指示していたか。
どうやったのかは分からないが、唯の一兵士達でありながら実際やってみせるとは大したものだと思う。
それより今はナルユユリの異常だが、辺りを俯瞰で見回してみると直ぐにその原因を見つけた。
「あいつ…中々ウザイ嫌がらせしてくるなぁ…」
「あぁ…自分の異質を最大限に有効活用してるな」
「結構知能が高い…っていうかずる賢いのかしら」
それは最初に私が吹き飛ばした事でナルユユリから落下したハナユクラの分裂体。
それが自身の魔力を直接絞り出しナルユユリに放って攻撃しているのだ。
もともと凄まじい魔力を持つ”黒い獣”が生み出す分身は同等の力、そして魔力を持っていて、本来魔力が尽きれば活動できなくなる”黒い獣”でも分裂体の方はどれだけ消耗しても本体に影響は無いのか、その莫大な魔力を惜しみなくナルユユリに放っている。
自らの力を出し尽くして攻撃したのか分裂体はボロボロと崩れていき、最後には消滅してしまった。
対して攻撃を受けたナルユユリは大きく暴れ────口内に貯めたエネルギーを咆哮として放ち、大地を薙ぎ払った。
「暴れる竜っていう最悪の置き土産を残して行ったよあいつ…」
そして霊峰竜は、その怒りの矛先を自身の体上で争っていた私達へ向けたのだった。
怒る巨竜、天地脅かせし災禍の如く───




