第五十二話 ある意味悲惨
「おおー…何か知らないけどこんな大きな竜をこの距離で見れるのは感動するね」
「見た感じ上位の竜だし、あいつら基本縄張りに入ったら問答無用で襲ってくるしね。ゆっくり竜を観察できるのは新鮮だわー」
霊峰竜 ナルユユリが排泄物として出す特殊な鉱石の採掘、及び護衛の手伝いとしてクランセス皇国の北東部、海沿いにそびえるヨグナ・ミーオ山脈に来た私達は山を超えたところでその長大な首を伸ばし、天に向かって雄叫びを上げるナルユユリの姿に感動を覚えていた。
フィリアが言ったように生きている竜の姿をじっくり拝める機会なんてそうそうないので、かなり貴重な体験だろう。
全体的に茶色っぽい甲殻と竜鱗で覆われていて、頭部からは返しのついた鏃のような角が二本後方に向かって生えている。
また全身の甲殻や竜鱗と一体化するように鉱物が突起のように至る所から生えていて、特に背中などは文字通り岩山のようになっている。
そんな私達の観察対象となっているナルユユリはと言えば、大地が揺れるほどの咆哮をした後、ゆっくりと歩を進めだした。
一歩ごとに地響きが起き、振動は近くの海まで揺らし波が荒れ狂っている。
皇国の東部には港などはないらしいが、この様を見ればその理由についても即座に理解出来た。
しかし、改めて見ても大きい。
私達が知ってる限りで最大の竜は若干分類が微妙だが、近縁種として超大型特級蛇…もとい『ヨルムンガンド』
流石に星一つを自身の身体で巻いてもなお余りあるあの化け物と比べるのはあれだが、それを除けば長い奴は例外としてナルユユリに匹敵する巨体を持つ竜は片手で数えても余るくらいしかいなかったと思う。
「鱗の一枚でも落としてないかしら…剥いだら流石に攻撃されるかしらね?」
「私フィリアはそんな無謀なことしない子だって信じてたよ」
「流石に冗談よ…何よその目は!」
多分今の私は凄い呆れた目をしてるんだろう。
たまにフィリアの研究癖が暴走することがあるから直ぐに冗談と思うのは無理な話だ。
「はぁ…まあここで眺め続けるのも良いけど一旦ワズベール達の所に行こっか」
「あぁ…一応依頼で来てるんだものね…今度個人的に来てみようかしら」
「別に良いけど私の管理保護下を離れないでね」
「どういう立ち位置なのよあんたは。保護者か何かか?」
「あくまで親友として言ってるよ。悪魔だけにね」
「あんたそれ好きね。あとあんたは天使でしょうが」
このノリも恒例になってきたのが良いことかは分からない。
言う度にフィリアの私へ対する何かが減っている気がしないでもないが、私としては”いつものやりとり”というのが何よりも楽しいのでこれからも続けていくつもりだ。
そんなくだらない決意がされているのを尻目にフィリアがさっさと飛んで行ってしまったのでそらを慌てて追いかけるという何とも格好のつかない感じになったのはご愛嬌だ。
「…うん、なんでいるの?」
「おや、これは奇遇ですね」
ナルユユリの排泄物の採掘作業をしている一行の元に戻った私達だったが、テキパキとツルハシや魔法なんかも利用して大量に積もるように大地を覆う鉱石を削り取ったり運搬をしている面々に見知った顔を見つけた。
「装飾店を営む者として、その素材を厳選したいと思うのは当然ですよ!」
「サリエラって、割と行動力あるよね…」
「旅行好きな事といい、アグレッシブね」
オルターヴでいつもお世話になってる装飾店の店主、リエナの姉の方であるサリエラ。
フィリアが気に入っていつも付けてくれている(今は汚さないためにしまっている)ネックレスを作ってくれた彼女だが、華奢で一般的に美人な部類の彼女が大きなツルハシを肩に担いでる絵面は相当シュールだ。
というかここで採ったものを直接持ち帰れるのだろうか?
「ああ、毎年恒例の排泄物採掘は何でも屋の依頼を通して手伝ってくれた人達に国から報酬が出るのは勿論、採掘した鉱石を定価よりも安く、自分で選んだものを売ってくれる特権もくれるんですよ」
「へぇ、なら私もめぼしいもの探して見ようかしら」
「いや、フィリアは良いとしてサリエラって力仕事とかできるの?」
「毎年来てますしね。最初の頃は手間取りましたが、ここ数年は慣れてきたものです。それに、ヨグナ・ミーオの景色や、今は山脈の裏にいるみたいで見えませんが、霊峰竜を眺めるのは旅とか観光が好きな私にはたまりませんし」
「ほぉーん、まあ気持ちは分かるね」
「そうだ、せっかくでしたらミシェルさんとフィリアさんもやってみます?」
そう言うとサリエラは肩に担いだツルハシをこちらに渡してきた。
とりあえず受け取った私はサリエラの案内に従うまま鉱物の柱が突起のように伸びている場所の前に立つ。
柱は全体的に黒い鉱物で覆われているが、所々灰色の鉱物が混ざっていた。
「灰色のものがユーリ石ですね。ユーリ石は様々な大きさでそれぞれ加工されていますから、できるだけ割れないように型抜きの要領で大きいままで採ると良いみたいです」
「なるほど…あっ」
「「あっ…」」
…いや、違うのだ。
私もどれくらいの加減でやればいいのか初見だったから分からなかったし、魔道具の素材にも使われる鉱石だったりそれを覆うのが竜の体内で精錬された鉱物ということでわざわざ魔力で身体強化をしたのだ。
だからといっていくらなんでもツルハシの一振でまとめて木っ端微塵になることはないのではないだろうか?
「…あー、初めてなんだろうが、俺でもそこまではならないぞ?」
しかもたまたま通りかかったワズベールにまで見られる始末だ。
「まあミシェルは力仕事と聞けば最初はとりあえず全力でやっちゃう性格だしね」
「それフォローなの?ねぇフィリア?」
「貸してみなさい、私がお手本見せてあげ…」
「いや、よせ…」
「え?なんでよ?」
「オチが読めた。お前まで無様を晒したくなければやめとくんだな」
私からツルハシをふんだくるように取ったフィリアに頭を抱えて待ったをかけるワズベール。
それの意味するところはフィリアも私と同じような失敗をする可能性に思い至ったのだろう。
「なっ、私ならこんなことにはならないわよ!」
「お前もまだやったことないんだろ?それにお前たちとは何か認識の相違があるとみた」
「認識の…相違?」
「お前たちにとって魔道具とかに使われるような鉱物はどういうものだと思ってる?」
「えっと…緋緋色金とか…アポイタカラみたいな…魔力の容量と硬度が頭おかしいヤツよね?」
フィリアが挙げたのは私達の世界産の鉱石。
緋緋色金は私の持ってる四本の愛剣の内の一振、『ユグル・ハ』や、フィリアが昔使っていたバルディッシュの『ル・アヴァロン』にも使われている。
「いや、お前達の知識にある鉱物は知らんが、この世界で希少だったり高性能な鉱物は一般的に脆かったりとかなり繊細なんだ。それをお前達の良いもの=硬いの尺度で採掘されたらせっかくいい品質のものまでもが台無しになる」
「アッ、スミマセン」
額に青筋を浮かべて笑顔で言ってくるワズベールの希薄に負け謝罪の言葉が勝手に出てきた。
フィリアも残念そうにしながらもツルハシをサリエラに返し、結局私達は周囲の安全確保と見学に務めることになったのだった。
そんなことがあってから一時間程経ったか、さっきからではあるが、山脈の裏側から聞こえていたナルユユリの足音と思われる地響きがこちらに近づいてきているように感じた。
勿論あの巨体で山脈を直接超えてきている訳では無いだろう。
すると、周囲で鉱物の採掘を進めていた人々が一様に南方にある壁のように連なる山脈の割れ目のような低くなっている部分を眺め始めた。
サリエラは勿論、現場監督をしていたワズベールも作業を中断してそっちの方向を眺め始めたので、どうしたのかを聞いた。
「えっとですね、この採掘時期のタイミングになると霊峰竜はあの割れ目から内陸に入ってこの近くの散歩を始めるんですよ。毎回この依頼の参加者は単純にお金稼ぎや上質な鉱物を求めて来る人が多いんですが、それ以上に霊峰竜が悠々と大地を歩く姿を拝みたいのですよ」
「つまり目的は私達とほぼ一緒なんだね。でも確かにあんなに大きい竜だもん、ロマン感じるよねー」
「安全面とか大丈夫なの?」
「霊峰竜は目がとても良いらしいですから、私たちから見ても小さいと思えるような物はともかく、一般的な動物や植物の群生地体は踏まないようにわざわざ避けて通ってくれるんですよね」
「へえ…本当に竜とは思えない温厚さね」
しばらく待っていると、ナルユユリがぬっと姿を現した。
…だが、何か様子がおかしいように感じた。
それを感じ取ったのかワズベールや皇国の兵士達、そして今回の依頼の参加者達もざわざわとし始めたのだ。
その理由は簡単、首を天に伸ばしながら山のように不動を体現するかのような威圧感を放つナルユユリがその長い首を振り子のように大きく揺らしながら歩いているのだ。
それを不審に思ったのだろうワズベールはこちらに駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「分からん。霊峰竜は普通移動する時は体勢を崩さず常に首を持ち上げた状態で移動するんだが、あんな光景初めて見た。すまんが、様子を見てきてくれないか?一応部下に城に連絡するように言ったからそっちの指示を待っても良いんだが…」
「別にいいよ。私達飛べるし、様子を見るのに適任だしね」
フィリアも頷いて翼を広げ、私と一緒に飛び立つ。
段々とナルユユリに近づいていくが、こうして見るとやはり大きい。
「あれだけ大きい竜があんなに取り乱すなんて、一体…っ!」
「わっ…やばっ!?」
しかし───突然ナルユユリがその首を薙ぐように大きく横に振り払った。
それにより生じた衝撃波は暴風域でも飛べる自信のある私達を容易く吹き飛ばし、大きく遠ざかってしまった。
とはいえそれでも伊達に日頃から色んな所を飛び回って(物理)いる訳では無い。
私もフィリアも直ぐに体勢を立て直し、互いの無事を確認してまた直ぐにナルユユリに近づく。
そしてまた、ある程度の距離に近づくと再びナルユユリは首を薙いで衝撃波を起こした。
だが二度も同じ攻撃…と言っていいのかは分からないが、失態を犯す私達ではない。
「『隔壁』」
フィリアが展開した空間の歪みを利用した絶対防御擬きはただの風圧による衝撃波程度難なく受け止めきり、私達を守った。
見た所一定範囲内に接近したものを追い払おうとしているのか、完全にナルユユリは防衛モードに入り、再び首を薙ごうとしている。
しかしその巨体故に動きは鈍く、私達の飛行速度なら次首が振るわれる前に到達出来るだろう、そう思った。
だが、自身の真横を黒いエネルギーが通り過ぎた時、即座に警戒意識を最大まで引き上げ、ナルユユリの全身をくまなく見やった。
そして見つけてしまった。
恐らくこの異常を引き起こしている犯人を。
「”黒い獣”がナルユユリにしがみついてる!」
「なんですって!?」
それは、ナルユユリの首の甲殻から生える突起にしがみつき、甲殻の隙間にその鋭い爪を深々と突き立てているのであろう獅子のような黒い化け物…即ち”黒い獣”。
後に聞いた話によると、それは神教国によるヴィクティス襲撃のきっかけを作った”黒い獣”、『双子獅子 ハナユクラ』だった。
”黒い獣”ハナユクラ、竜は惑い獅子は猛る───




