第五十一話 霊峰竜 ナルユユリ
「うん、馬車で地上を進むのも新鮮だけど、やっぱり飛ぶのが一番気持ちいいね」
「一応下の馬車の護衛っていう名目で来てるんだから、浮かれすぎないでよ?」
「ほーい」
以前フロウに手伝ってと頼まれたナルユユリが排泄する特殊な鉱石、『ユーリ石』の採掘の手伝いと人員の護衛の依頼を『何でも屋』という皇国が国民に仕事を与えたりコミュニティを広げさせるために作ったシステムを通して受けた私達。
帝都北東の都市、”スクエラート”で合流して移動を開始してから数十分。
現在高度百メートル辺りから地上を走る三十以上の大きな馬車と並走しながら見守りつつ、周囲の警戒をしている。
「でもワズベール達が引率するなら私達要らなくない!?」
「これから行くのは竜の寝床だぞ!?一般人からも人を集めてる以上、本当はウチの将が二〜三人が付き添って身の安全を守らなきゃ行けないんだが、今は他の奴らが忙しいんだ!だからお前たちに白羽の矢が立ったんだぞ!?」
「結局私達便利使いされてるじゃない…アイツらあんな適当で大丈夫なの?」
距離があるので地上の馬車の一つに乗っているワズベールと大声でやり取りしないと声が届かないのをいい事にフィリアが小声で愚痴を言っている。
まあ今回は私達も打算があって来てるのでどっこいどっこいだろう。
三十以上の馬車の内三つに皇国兵用で、他の全ての馬車にも一応二人づつ兵が乗っているこの布陣。
これでも人員不足らしく、本来はこれの三倍くらいの人員を割いてこのユーリ石の採掘という仕事、もとい祭りを行っいるらしい。
ちなみに今回は採掘仕事だから汚れてもいい格好で来いと言われているため、大戦の時の兵士時代に一般支給されていた軍服をそれぞれ着てきている。
フィリアは大戦時の戦闘中もずっと図書館の司書みたいな服をきていたから知らなかったが、ちゃんとした軍服を着込んでいるフィリアの姿は割と新鮮だ。
「…何よ?」
「いや、珍しい格好だなぁって」
一応普通の作業用のものもあるが、竜のいる場所に行くということで最低限の性能のある服装をしてきたつもりだ。
確かに温厚で縄張り意識が低い竜とはいえ、されど相手は生物としてとんでもなく強い竜だ。
ワズベール曰くナルユユリが本気で暴れられたらそれを抑えるために力を使っていたら神教国相手に戦争できる余裕が無くなる、らしい。
私達目からみても超人的な力を持つ黄道十二将星がそこまで消耗する程の竜と戦いたいとか思わないので、今回は結構慎重に行動するつもりだ。
「とはいえ、この世界で一番大きい竜なんだよね?」
「文字通りの”霊峰竜”らしいわよ?」
読んで字の如くというのなら山のように大きいのだろう。
流石に近縁種とはいえ竜に近い超大型特級蛇と比べるのは可哀想だろうが、それを除けば私達が知っている中で一番大きい竜といえば全長数百キロもの長さがあった。
この世界での”最大”に期待を胸に膨らませ、進路の先を見やった。
「お?ねぇ!目的地ってあそこ!?」
「あぁ!あれがナルユユリの寝床、ヨグナ・ミーオ山脈だ!」
海岸沿いに壁を作るようにそびえ立つヨグナ・ミーオ山脈は推定四千メートル程の高さがあり、頂上部は雪が積もっているのか白く染まって見える。
この山脈はナルユユリが生息しているということもあって神教国の海からの襲撃を妨げる天然の防壁となっているらしい。
とはいえ人間種以外を敵視する神教国は当然ナルユユリを攻撃しようとするので、そこまで連中を侵攻させないように皇国が必死に防衛戦を張っているとか。
何がそこまで神教国の者達を突き動かしているのかは知らないが、竜と敵対しようとするのは愚かな事だ。
「ほぉー…思ってたよりも綺麗だね。ただの山脈の筈なのに…」
「分かってないわねぇ。ただの山脈でも自然の中に大きくそびえ立っているっていうだけで見る人を圧倒する迫力があるし、背景になる空が今みたいに青く澄み渡っていれば、よりその存在感が強調されるものよ。それこそ、単純な大きさの比較なら遥かに小さい私達から見れば感動するのも仕方ないってものよ」
「おお、ガチ勢っぽい」
「何のよ?」
まあ熱く語ってくれたおかげで山を眺めることの良さを実感できた。
やっぱり世界はまだまだ面白いと思うと、さらにもっと世界を旅してみたいという意欲が湧いてくるものだ。
と、山脈を眺めながらしばらく馬車と並走飛行を続けているとその麓に黒と灰色の物体が寄り集まっているのを目視できた。
一旦上からの見張りをフィリアに任せ、私はワズベールの乗る馬車まで降下した。
流石に大声で会話するのは疲れるのでノフティスが持ってたような魔道具を貸せと言ったが、「考えてなかった」そうだ。
上空からの見張りはそっちの発案なのに本当に大丈夫か黄道十二将星。
「あの黒いのがナルユユリの排泄物?」
「ん?ああ、あれからユーリ石やナルユユリの魔力を含んだ鉱石が取れるんだ。今年は丁度ナルユユリが排泄を終えた直後みたいだな。一応エミュリスがナルユユリの動きを観測してから来るようにしてるんだが、たまに発見が遅れて風化してる時があるんだ。そういう時取れるのは質が悪いからな」
「へー」
「一応生き物の排泄物でしょ?衛生とか大丈夫なの?」
「「うおっ!?」」
いつの間にかフィリアも降りてきていたため急に声をかけられてワズベールと二人して間抜けな声を上げてしまった。
一緒に乗っている兵士さん達に苦笑いされて少し小っ恥ずかしくなった。
「あー…見張りはいいのか?」
「一人で飛んでる時にどれだけ寂しいか翼のない人間には分からないようね」
「なんで圧が強いんだよ」
「黙って降りちゃってごめんって」
まあ一人で飛んでる時は本当に虚しいのは分かる。
誰かと飛んでる時は一緒に景色を見ながらおしゃべりしたり出来るが、一人だとただただ広い空にポツンと取り残されてる気分になって景色とか全く楽しめないのだ。
なんとか拗ねた様子のフィリアを宥めていると、いつの間にか目的地に着いていた。
そこは辺りが地面が一面岩盤のような黒や灰色の物体に覆われていて、所々それらが隆起したりして独特な地形を形成してる。
「よーし、全員降りろー!ここからは毎年通り力仕事だから怪我にだけ注意して今回もしっかり働け!」
ワズベールの掛け声に特にレスポンスすることも無く集まった人々は同行してる兵士さんたちの指示に従って作業を初め出した。
「…何か思ったより淡々としてるんだね」
「まあ無駄な時間使ってられる時代じゃないからな。なのに毎回注意とかをすることを義務付けられてるからこの冷める仕事が嫌で皆で押し付けあってるんだよ。今回はハルトマンと押し付けあったが負けちまってな…」
「そんな人気のない仕事なのこれの引率。世知辛いわね…」
「おっとそうだ。さっきの質問だが、ナルユユリが地下の地脈の魔力を含んだ鉱物を食べてるって話は聞いたことがあるかもしれんが、そのために地面ごと抉りとって食べちまうから当然一緒に微生物とかも飲み込む。が、ナルユユリは体内で有機物は全部魔力に還元しちまうから腐敗しない無機物だけが排出されるんだ。んで同じ理由でナルユユリの体内も結構清潔だから排泄物は単純に精錬された状態で清潔に出されるってわけらしい」
「さらっと言ってたけど結構危ない性質持ってんね。流石竜種」
「そのナルユユリはどこにいるのかしら?」
「ここから見えないってことは山脈の裏にいるのかもな。なんなら、安全確認のついでに見てこいよ。初見は度肝を抜かれるぜ?」
「お?良いの?」
「おう!」と快く許可をくれたワズベールに礼を言い、翼をはためかせて二人で一気に山脈の頂上付近まで飛び上がった。
いつも着ている服は色んな魔法付加が施されているのでいつも快適だが、布が厚い軍服でもこの高度にくると意外と寒い。
しかしフィリアが指を鳴らすと私達の周辺だけの温度が上がり、一瞬で適温に変わった。
魔法が便利なのは言うまでもないが、そんな魔法の様々なバリエーションが扱えるフィリアの凄さには改めて驚かされる。
「でも私はもうちょい暖かい方がいいかな」
「図々しいわね、我慢してなさい!」
こんなやり取りはいつもの事、いつも通りのテンションで緊張感も無く山脈を飛び越すと、その奥に目的の竜、その全貌を捉えることができた。
「わぁ…」
「これは…この種は初めて見たわね…」
それは西洋風の蜥蜴のような体躯に翼が生えている竜でもなく、蛇のような竜でもなく、まるで恐竜。
巨大で強靭なとてつもなく太い四肢が支えるのは、山のように巨大な胴体と、足から胴までの長さの2倍近くの長さがある長い首。
所謂『首長竜』のような骨格をとるおよそ全高三千メートルを超える超巨大な竜が首を天高く伸ばしている姿は摩天楼の如く。
───霊峰竜 ナルユユリは天に向かって雄叫びを上げ、その咆哮は大陸全土を轟かせた。
大地の化身たる霊峰竜の咆哮が天地を揺らす───




