第五話 運命の始まり
「格好よく飛び出して忘れ物取りに帰るってダサくないかしら?」
「うん、わかったからもうやめて。ミシェルちゃんグサグサきちゃう」
フリージアに別れを告げフィリアと飛び出したは良いものの実家に忘れた荷物を取りに帰ってきた。
といっても私達の言う実家とは、大戦時代に私とフィリアで拠点にしていた家のことだ。
アルカディアからは少し離れた森の中にある私達の実家は、木造二階建て、少し広めの間取りと地下室付きというなかなかに浪漫がある家だ。アルカディアを建国したあとも仕事の息抜きなどに時々帰ってきてたりもした。
「私は戻ってくるのは三年ぶりくらいかしら?」
「あー、ちょうどあのくらいの時期にフリージアに後継を任せよう、って話になって忙しくなりはじめたんだっけ」
どこからか「ならもっと早く言ってくださいよ!?」と少女の声が聞こえた気がする。
…いや、するだけだ。幻聴だろう、きっと。
「ついでに掃除とかもしてく?」
「まあ転移でいつでも戻ってこられるのだけれどね」
「すぐそうやって夢のないこと言う~」
いつも通り軽口を叩き合いながら家の玄関の扉をあける。
少しばかり埃っぽいが、思っていたよりは汚れていないようだ。
「まあ、軽く掃こうか」
「そうね」
そうやって二人で軽く箒で家の中を掃除し、壁などに絡み付いていた植物を切り、雑草を抜いて2時間ほどの大掃除をした。
途中で懐かしい品を見つけたりして思い出話が弾んだり、突然出てきた大きめの虫に驚いてフィリアが魔法を使ってしまい軽く床を焦がしたりと、以外と楽しい時間を過ごせた。
たまにはこうやって掃除をするのも悪くないものだと思う。
そうしてようやく掃除が終わり。
「いやー、存外張り切っちゃったね」
「少し掃除をするつもりでもなんだか隅々まで綺麗にしないと気がすまないのはよくある話よね」
「わかるわかる…えーと、それじゃあ荷物は、と」
「地下室にまとめて置いといたわよ」
「ん、ありがと」
この家の地下室は実質的にはフィリアの研究室となっていた。
魔道具という、一般で流通しているものから古代遺跡で見つかるような遺物まで、品ごとにそれぞれ特性を持つそれらを解析したり作ったりするのを趣味にしていたフィリア。
大戦の時の活動でフィリアの研究にはよく助けられたのを覚えている。本当に今思えば思うほど頭が上がらない。
「本当に、ありがとうね。フィリア」
「なっ、何よ…、急に…」
ほのかに顔を赤くして照れた様子を見せるフィリア。しかし少しして真顔になりこちらを見つめる。
「?」
「…何か企んでる?」
「うん、流石にそれは酷いと思うんだ」
「なら普段の言動を改めなさいよ」
「や〜だね〜」
「せめて善処しなさいよ」
「じゃあ善処するよ」
「どうせしないでしょ」
「どうすりゃいいのさ」
フリージアによく「夫婦漫才」と言われるやり取りを終え、荷物をまとめる。
この荷物とは旅用の装備品のことで、こちらも大戦時代から使っているものだ。
主なもので言えば食料品はもちろん薬品や武装等々。ちなみにこれらの道具を全てしまっているのが現在でもおそらく最も流通していると言っても良い魔道具、無限鞄で知られる読んで字の如く生物以外ならばいくらでも物を入れることのできる便利な品だ。
まあ無限と言いつつ入れられるのは鞄の口を通るものだけだし、考え無しに適当に詰め込んでたら普通に溢れるし、重量はある程度軽減できるがあまり重いものを入れると軽減し切れなくなるので注意が必要だ。
それはともかく、これは肩掛け鞄タイプやリュックタイプなど色々あるが、私が使うのは肩掛け鞄タイプ。
まぁ、特にこれといった拘りはないのだが。
フィリアを見ると、私のとお揃いの無限鞄に部屋にある道具類を次々と詰め込んでいた。
「え?それ全部持ってくの?全部魔道具でしょ?」
「転移でいつでも戻ってこられるとは言え、備えあれば憂いなしよ」
「いや、まあそうだけど…」
きっとそのうち現世の人間の間で流行ってたどこぞの青いタヌキのような状態になっているのがありありと想像できる。
いや、青いタヌキそんなに知らないけども。
この部屋に置かれている魔道具は二百種類くらいあり、中には危険なものもあるの魔法で無理に回収せず一つ一つ丁寧に手作業で鞄に入れていっている。
「…手伝おうか?」
「んー?ならそっちの棚のをお願い。危ないのも混ざってるから気を付けてね」
「分かったー」
言われた通り部屋の隅の棚に並べられている魔道具を慎重にフィリアの鞄に入れていく。
「大きいのあるね…これどうするの?」
「んー?あ、鞄の口に入らないのは元から置いていくつもりだったし、放置しても良いわよ」
「担いでもいいよ?」
「やめなさい馬鹿。クソ目立つでしょうが」
そう言いつつも割と惜しそうにしているので本当は持っていきたかったんだろうな〜と強がっているフィリアを見てほのぼのする。
まあ何とかしてあげたい気持ちも勿論強いが、鞄の口を通らないものはどうしようもない。
伸縮する素材で作ろうとした者もいるらしいが、内側の空間を半ば無理やり拡張させて作るという構造上、下手な素材は使えないのだ。
あと他に入らないのは生物とか。
鞄の中は別に異空間とかではなく外の世界と直接繋がっているので、空気や細菌が入ると普通に腐る。
私も昔これでやらかしたことがあって、まさか取っておいたお菓子食べようとしてカビと蛆虫の塊が出てくるとは思わなかった。
思い出すだけで吐き気がするのでこの話も打ち切ろう…
それから十数分、粗方片付けて、運べないものを除いて残った最後の一つを仕舞おうと棚の上に置かれていた水晶の様な魔道具を取る。
「ん?ねーねー、フィリア。これ何の魔道具?」
「え?あー、それね。結構前に森の奥の方に落ちてたから拾ったのだけれど、解析してもいまいち効果が分からないのよね。それでミシェルに見てもらおうと思って放置してたのを忘れてたわ」
「ふーん、じゃあ私が見ようか?」
「え?大丈夫?まぁ見てくれるって言うなら…せっかくだしお願い」
許可を得たので、私は"権能"を発動させ、目を光らせる。
私の"権能"は"慧眼"、それは物事の本質を見抜く力で、見ただけでその対象の情報因子を観測し、視覚に対しての絶対的な優遇性が得られるというものだ。
例えば道具を見ればそれの使い方が分かったり(正確には得られた情報から使い方を考察するに近い)、暗闇や煙幕などに視界を隠されず、幻術や透明化なども見破れる便利なもので、やろうと思えば疲れるけど他人の心を読んだりもできる。
あとは目から受ける魔法や"権能"による干渉も防げるという幅広い効力を持っている。(ちなみにこの場合に言う目から受ける干渉とは催眠術や目を合わせることで発動する能力などのこと)
それで件の魔道具を見て───
「?…ミシェル?大丈夫?」
ミシェルがあの水晶のような魔道具を調べたいと言うので許可を出したが、どうにも様子がおかしい。
彼女の"権能"である"慧眼"を使った直後、突然ミシェルが硬直した。
気になって無限鞄を肩にかけたまま恐る恐る近づく。
「えっ?ちょっ、何してるの!?」
すると突如ミシェルはその魔道具に大量に魔力を込め始めた。
何を────と思ったが、まずはあれを止めることを優先した。
私でもあれを解析できてはいないが、それでも使われている術式はどれも強力なものだったため、ろくなことにならないのは目に見えてる。
それにミシェルほどの強力な天使の魔力をあんなに一気に込めればどう考えても暴走する。
急いで止めようと私の"権能"を発動させようとするが、間に合わない────そう判断し、ミシェルに飛び付く。
「う…、ん?えぇっ!?どうしたの!?」
「いいから伏せなさい!」
飛び付いた時に正気に戻ったのかいつもの調子に戻ったミシェル。
しかし水晶は青白い輝きをを放ち、辺り一帯を白く染めて───
「ん…うん…何が…ってフィリア!?」
「ううん…だ、大丈夫?」
「ええっと、私は大丈夫。フィリアは?」
「えぇ…問題ないわ。一応直前で障壁を張ったけど…」
気付いたら目の前が真っ白に包まれていて、とりあえずフィリアの無事を確認した私は辺りを見回す。
そこにあったのは……
「どこ、ここ……」
「なんでこう…ほんとあんたといると飽きないわよ…」
フィリアの皮肉混じりの呟きを聞きながら目の前の景色に目を奪われる。
今私たちがいるのはどこかの山の中腹辺りだろうか、木々の間から覗く視界の先には、青い空と家の付近のものとも今まで見てきたものとも違う、どこまでも続く大きな木が茂る大森林だった。
「ええ〜…何ここ」
「少なくとも天界じゃないわね。魔界、では絶対にないし…まさか現世?」
「いや、妙に魔力で満ちてるから流石に違うと思うけど…多分…」
人間や現世にいるような一般的な動植物は魔力への耐性が低く、生物的に魔力で満ち溢れる魔界や天界に住めないという理由で大昔に仕方なく大天使や神様の力で"現世"として独立した世界に隔離して保護したという経緯があるらしい。
故に多種多様な種族が住むアルカディアではあるが、そこに人間は住んでいない。
現世はその他の世界から隔離されているため、時間の流れが大きく違ったりもするするし、死んで魂になった者以外は現世の外には出られない。
なお天使や悪魔等は管理人と呼ばれる大天使と大悪魔の一人に許可を取れば普通に行き来できるため、時々現世から文化や物品が流れてくることもあった。
ちなみに一番人気があったのはお酒類だ。
私はすぐに酔い潰れるからあまり飲まないが。
あれが毒耐性?とか貫通してくるとは思わず結構醜態を晒したらしい。
思い出したいとは思わないので、この話もここで打ち切る。
それはそれとして、だ。
「…ま、冒険のしがいがあるってことで」
「いきなりその思考に辿り着くのはおかしいと思うけど…やっぱりそう思う?」
「まあ、十中八九───
───異世界だね」
辿り着いたのは異郷の地──