第四十六話 ハルトマン
「いやー、ごめんねー?ついつい話し込んじゃってさー」
「あはは…大丈夫大丈夫…お世話になってるのはこっちだからね…」
妹愛に溢れるノフティスの姉エミュリスの語りを四十分程聞かせられ続け、止めるタイミングを見つけては二人して全力でエミュリスの話を終わらせた。
何故か、こう、フリージアの説教とはまた違った恐ろしさのある時間だった。
なんでこの国の将は皆一癖も二癖もあるのだろうか。
「…あ、そういえばあなた…エミュリーとも呼ばれてるんだっけ?」
「ん?そうだよー。愛称的な感じでね。一文字しか変わってないけどね」
「黄道十二将星の序列九位のエミュリーって言ったら…あんたね!この国の広報もやってる奴!」
「うえぇ!?な、何さ急に…そうだけど…なにかあったの?」
「この前のギルデローダーの一件の後に出回った新聞で随分祭り上げてくれたじゃない…?」
フィリアが怖い笑顔でエミュリスに詰め寄る。
逆に詰められた方は後退り、なだめるように両手で制した。
「あ、あれはフロウが、『こうしておけば向こうから文句でもつけに関わってくるだろ』って言うから…」
「何その適当な考え?あの腹黒がそんな雑なことを…いや、何かあいつなら面白がってやりそうな気がするわね。対して関わりがある訳じゃないけどこの世界に来てからのあいつの印象でそう思えちゃうのよ!」
「まぁ分からないでもないけどさ…フロウ基本人に好かれない性格してるし、多分友達いないし結婚もできないよあの人」
「流石に同僚に対して辛辣過ぎないかな?」
「どんだけ嫌われてるのよ…」
「まあ嫌われてるって言ったらそうなんだろうけどさ、信頼もされてるんだよ、フロウは。あの人の使えるものは何でも使う合理的な考え方はこの国のためだって皆知ってるからさ」
「さっきから騒がしい…ってお前達か。廊下のど真ん中で何してるんだ?」
「あ、噂をすればなんとやら」
「?」
と、丁度そこに私達が立ち話していた通路の近くの扉が開き、中からフロウが出てくる。
片手に書類の束を抱えているので仕事をしていたのだろうか。
「なーに、ただフロウに友達がいなくて結婚もできないって話してただけだよ」
「凄いこと話してるなぁ!?面と向かって本人に言うか普通!?」
「まあまあ、事実じゃん、二十二歳」
「年齢で呼ぶな殺すぞ!」
呆れ顔を一瞬で般若の形相に変えたフロウは逃げ出したエミュリスを爆走で追いかける。
流石二人とも黄道十二将星、元来の身体能力はそこまで高いように見えないが、持ちうる高い魔力で身体強化を行い、異常な速度で走っている。
「…いや、案内は?」
「廊下を走るなんて危ないよね?」
「そこじゃないでしょ!?」
「んで結局また迷子になったし…なんなのよもう…」
「よく分からない部屋のドア叩くの怖いからねー。仕方ないから人探そうと思っても全然いないし」
エミュリスとフロウがどっかに行ってから数分歩いたが、ここまで人っこ一人にすら出会っていない。
王城なのだから人は多いものと思っていたが、少なくとも廊下に人の気配はない。
警備はどうなってるのか…流石に結界で帝都を覆っているか。
「もしかして城内の巡回警備に人回せないくらい人手に困ってるのかな?」
「いや、王城にバレずに侵入できるような奴普通の兵士じゃどうせ相手できないから開き直ってるだけだな」
「うわっ!…なんだ、ワズベールじゃん」
「久しぶりね」
背後から声をかけられ驚いて振り返ると、そこにいたのは軍服を来た筋肉質の青年と、白髪の五十代程に見える男性。
片方は以前ギルデローダーの一件で共闘した黄道十二将星序列十位、ワズベールだ。
「大岩の恨みぃ!」
「ぐはぁ!?」
とりあえずあの時巨石の投擲に巻き込まれかけた恨みを晴らすべくその腹を全力で殴った。
殴られたワズベールはと言うと、苦悶の声をあげてその場にうずくまったが、常人なら上半身が消し飛ぶパンチを受けてそれで済んでいるのは流石だ。
「何すんだお前ぇ!あービックリした!内蔵飛び出るかと思ったぞ!」
「私達はぺしゃんこにされかけたんだからこれでおあいこだよ」
「私から見たら普通に殺意があったように見えたわよ?」
「気のせい気のせい」
「俺じゃなかったら死んでたからな!?」
「アレク殿は勿論、あれくらいならば皇国の将たるもの全員が耐えられる筈ですが?」
「いや、正論いいんだよ…じいさん…」
「えっと…あなたは?」
「と、失礼。私は黄道十二将星が序列五位"ハルトマン・ハルス"と申します」
そう言うと男性…ハルトマンは、丁寧に腰を折りお辞儀した。
私達もとりあえずお辞儀を返し、丁度現れた目的の人物に話を切り出す。
「えっと、ハルトマンさん…?が私達を助けてくれたって聞いたのだけれど…」
「あ、ハルトマンでもハルスでも呼び方はご自由に、敬称は不要です。陛下を救ってくださった恩人ですから」
「そう?じゃあ…ハルス…いや、やっぱり『さん』だけ付けてもいいかしら?」
「そうだね…何か雰囲気的に呼び捨てしたらバチが当たりそうでちょっと怖い」
「…?お二人がそう言うのなら…」
一国の皇帝であるセレナですら呼び捨てにしているのに今さら何をと思うかもしれないが、完全な年上(天使や悪魔の生きている年数で考えてはいけない)を呼び捨てにするのは流石に一兵時代の上下関係を思い出してしまい、やりづらくなる。
こう言うと失礼だが、高齢者は労ろう、という話だ。
首を傾げるハルスさんと未だにうずくまるワズベールを尻目に心の中で通じ合った私達は何か勝手に納得してそう私達は謎の決意をしたのだった。
「ははっ、まだ六十にもなってない中途半端な老体に気を遣う必要はありませんよ」
「え…心の中でも読めるの?」
「お前事あるごとにそれ言うな」
「ワズ君黙ってようか」
「ワズ君!?」
「良かったわね、ミシェルに君呼びして貰えた人初めて見たわよ」
「それはフォローなのか?」
相変わらずツッコミで忙しそうなワズベールに心中で合掌する。
戦争が終わったら芸人にでもなるつもりなのだろうか。
「それで、ハルスさんはどうやって私達を助けたの?」
「何、今回の件で私はノフティス嬢の支援のために町から離れた位置で待機していたというだけです。まあ皆さんが突然引き上げたのでグレンとの戦いの援護は出来ませんでしたが…カトロスの奴に止めを刺される前に回収できたのは僥倖でした」
なるほど…確かに元々は私達がいないことを前提に立てた神教国への侵入作戦だったのだろうから、実際に潜入するノフティス以外にもバッファーがいて当然か。
「そうなんだ…本当にありがとうね」
「私からも、感謝するわ」
フィリアと改めて深々とお辞儀をした。
ハルスさんは少し照れたように頬を掻くと、柔らかく笑った。
「いえ、こちらもノフティス嬢がお世話になりました。誠に、感謝申し上げます」
「まぁ事の顛末は聞いたが、もしノフティスだけで行かせてたら町の中でアイツがグレンと鉢合わせた可能性もある。そうなると増援の到着が早まってアイツもやられてた可能性があるからな。お前らが情報を拾ってきたお陰で人気のない場所で戦えたんだろ?それは素直に感謝しておくさ。だが、俺は前に警告したからな?」
「あー…」
そういえば、ギルデローダーとの戦いの前に神教国には行くなと釘を刺されたか。
私達はそれを無視して行って結果この様だ。
それについては頭が上がらない。
「はぁ…これに懲りたら仕事でもないのにわざわざ危険な場所に行こうとするんじゃねーぞ?」
「ワズベールは面倒見が良いな」
「うるっせ」
意外なハルスさんの茶化しに返すワズベールには照れが浮かんでいる。
気恥ずかしくなったのかさっさとどこかへ行くワズベールを追うようにハルトマンも歩き出す。
が、その前にこちらにお辞儀をしたので、今度は私達は手を振って返した。
先程フロウが持っていた書類の数々、その中に遠征指令の書類があった。
多分二人の内どちらか、或いは両方が仕事に出るのだろう。
感謝は伝えたのだから長く引き留めるのも迷惑な筈だ。
それにしても、確かハルスさんは二十年前のロズヴェルドとの戦いを生き延びたらしく、その時に多くの同僚を失った筈だ。
その事件も含め、軍人である以上何度も出会いと別れを繰り返す彼らの絆は軽薄のように思えて、とても深いのだろう。
本来そういう情を持つものに勤まる役割ではない筈だが、それでも彼らはそれを大切にしている。
さっきのエミュリスとフロウのやり取りだって、二人とも何だかんだで仲が良さそうに見えた。
…いや、フロウには確かな殺意があったが。
「良いものだねぇ」
「急にどうしたのよ、老人臭くなっちゃって」
「んー?人間仲が良いに越したことはないって話」
「?…まあ私達は人間じゃないけどね」
「種族ギャップは怖いねぇ。いや、もしかしたら個人的な問題かもしれないけど────
────私達の頃は、誰が死んでも、誰を殺しても、無情にまた殺し続けなくちゃ行けなかったからね」
「…よく止まれたわね、あんた」
「フィリアのお陰とも言えるし、フィリアのせいとも言えるね」
思い出す昔の話、フィリアと何度もぶつかった"思い出"
それも今となっては笑って済ませることだけど、殺めた命とは、戻らないものだ。
ただ、それでも────
「少なくとも私は、後悔はしてないし、これからもするつもりはないからね」
「前向きねぇ。羨ましいわよ、全く」
「ふふっ…さて、次はノフティスに挨拶してこようか」
「荒んでるって聞いたけど…エミュリスもどこかに行っちゃったし、大丈夫かしら?」
「…もしかして、また探さないとダメ?」
「…あぁ、病み上がりになんでこんな…」
それでもお世話になった人達にお礼を行って回るためにまた城内を歩き回ることにしたのだった。
縁が紡ぐ二人の物語…次の旅はいつか───




