第四十三話 白と黒
「そんなものか?八位の将の小娘よ」
「うるっさい!」
自身の権能と扱う魔法、そして神器の特性を利用して自らの身体能力を劇的に引き上げているノフティスは、それでもなお決定打に欠ける神教国の聖騎士、その第一席であるグレンに苛ついていた。
(顔を見られた以上、ここで殺さないと今後の諜報活動に支障が出る。でも、アレクなら勝てるかもしれないけど、私じゃ相性が悪い。分かってはいるけど…)
それでも、チャンスではあるのだ。
勝てはしないが、皇国の将の中では自分はグレンを押さえられる数少ない内の一人。
そもそもグレンは中々戦場には出てこず、ただでさえ仕留められる機会が少ないのだ。
ならばどう倒すか。
それは、ここまで旅に同行してきたあの天使と悪魔に賭けるしかないだろう。
「ノフト!そこ退いて!」
何気に丁寧に偽名の方で呼んでくれる天使の方。
そういえばあの二人は普通に名前で呼び合っていたけど、自分はまだ本名を晒していないなとその気遣いに内心感謝する。
それで、いわれた通りに横に飛び退けば、先程まで私がいた場所を極光の束が通りすぎ、グレンに直撃した。
…なんかさっきも見た構図だ。普通に危ない。
「小賢しい!」
しかしグレンはそれをも切り払い、ホルネヘルヴの刀身を伸ばして天使を狙った。
だが…
「まったく、使わせないでよ。消耗品な上に私これの素材持ってないのよ?」
空中で待機していた悪魔の方が手に持っている小さな箱から三本の釘のようなものを取り出し、それをグレンに投げつけた。
「こんなもので…」
「短慮は失敗に繋がるわよ?」
「なっ…」
三本の釘を咄嗟に戻したホルネヘルヴで弾いたグレンだが、弾かれた釘はグレンの周囲に三角形を作るように突き刺さった。
すると、刺さった場所から他の釘が刺さる場所に繋がるように紫色のラインが走ると、ラインからベールのようなものが立ち上る。
「結界?」
「簡易的な結界を作る私達の世界産の魔道具。簡易的に作れる割りに外からの干渉の遮断と内側への隔離効果、ついでに強度も高い便利なものだけど、一度きりの使い捨てなのが勿体無いわよ」
「これで閉じ込めてどうする気?」
チラリと見ると、結界の内側に隔離されたグレンはホルネヘルヴを振るい結界の破壊を試みている。
流石に神器の攻撃力と使い手がグレンというのもあって結界には亀裂が広がり始めているが、それでもしばらく動きを止められるというのは十分に強力な結界だと言えるだろう。
しかし、外側からの干渉も遮断するというのならこれもせいぜい時間稼ぎにしかならないと思うが…
「まあ簡単な事だよ。今の内にありったけ準備するだけ。出てきたところを総攻撃、ってね」
「とはいえあいつの反応速度も異常だから、倒し切れはしないと思うけれどね」
「いや、十分。消耗してくれれば私が仕留める」
通常、私の衰耗ではグレンの耐性を抜けない。
元々グレンに備わっている干渉への抵抗力に加え、あいつは膨大な魔力を持っている。
濃く強い魔力で満たされているほど外からの付け入る隙が埋まり、干渉されにくくなるのだ。
その上、自分でも使っていながら何をと思うかもしれないが、厄介なことに神器は所持しているものの魔力を引き上げるという性質を総じて持っている。
よく刻める術式の量が限定される"魔道具"に精神の保護やら魔力の強化やらそれぞれの固有能力やら色々詰め込めるなと神器を作っていた"火の国"の凄さを改めて思い知るが、それだけの力を持っているからこそこちらも利用したいし、敵に利用されたくはないのだ。
だから───
「まずは神器を奪い取る、或いは破壊する。悪いけど手伝ってくれる?」
「まあ私達も旅の邪魔をされるくらいなら生かしては返したくないしね。短い間だったけど、色々お世話になってるし」
「壊すのなら残骸を貰ってもいいかしら?ああ、勿論あなた達も持ち帰りたいだろうし、一部で良いわよ」
「ありが───なんか図太いのがいたせいで礼をいう気が失せたよ」
「気にしない気にしない」
「あはは、フィリアはブレないねぇ」
こんな状況でもあの二人は仲良く楽しそうに笑っている。
だが一応そんな中でも二人は静かに、しかし強固に魔力を高め、練っていた。
そんな様子をどこか心の奥底で羨ましく思っているのだと後に私は気付いた。
ずっと一人で敵地に潜り込み一人で仕事をしていた私に普通の女の子らしい交友関係などあるはずがない。
身の回りにいるのはしつこいくらい構ってくる姉や背の低さをからかってくるワズやフロウ、姉もろとも孫扱いしてくるハルトマン、その他癖の強い連中ばかり。
もし、普通の女の子として生きていたなら───そんなことを考えることだって、(これでも一応)思春期間近なのだから当然ある。
仲の良さげな二人を見ているとそんな物思いに耽ってしまう。
しかし、ガラスを割ったような破砕音と共に思考が打ち切られる。
「こんなものぉっ…!」
「あら、ご苦労様。じゃあご褒美よ、"黒"」
「一緒にいくよ、"白"」
グレンが自らを囲っていた結界を天空に極太の光の柱を作りながら破ったと同時に天使と悪魔は手を取り合い鍵言を唱えた。
天使からは白い魔力が、悪魔からは黒い魔力がそれぞれ溢れ、空中で絡み混ざり合い、灰色の塊と化した。
天使と悪魔は互いの手を取り、中に舞い上がって踊るように一回転。
「「合体魔法、『白黒』」」
息の合った二人同時に唱えられた鍵言と共に、灰色の塊は弾け、波紋が駆け空気が振動するような感覚が走り、心臓が一瞬止まったように錯覚した。
「っ…!ぐっ…これは…」
しかしその振動を受け実害が及んだのはグレンのみ。
彼は突然胸を押さえ、地に膝を着いた。
「…なにしたの?」
「ちょっと昔になんかミシェルが合体技作ろうって言って、実際作ろうとしてみたら術式とかは上手く出来たんだけど、鍵言でしっくり来るものがなかったのよね」
「だけど、ここに来てインスピレーションが湧いたからせっかくだがら何日か前に完成させたんだ」
…私が仕事で出ていた時だろうか?
鍵言…それは、いわば魔法を発動する際に唱える技名のようなもの。
しかしそれはただの格好付けとかではない。
魔法を発動させるのには魔法そのものへの適正や技術は勿論だが、なにより大切なのはイメージだ。
例えば魔法を一メートル立方の箱(覚えられる魔法の容量だとする)の中に入っている無数の鍵だとしよう。
その鍵を使って使いたい魔法が入っている箱を開けようとする場合、なんの目印もない無数の鍵の中から目的の鍵を見つけ出すには、一つ一つ鍵が合うかを試すという、途方もない労力が必要となる。
だが、それらの鍵に用途を示す名前が掘られていたならばどうか。
なんの目印もない鍵から正解を引き当てるより、遥かに効率よく使いたい鍵を見つけることが出来る。
だから"鍵言"なのであり、それがあることでより明確に魔法を発動させる手順を省略できる。
まあ使い慣れている魔法ならば箱の上の方にあるという感じで鍵言なしでも簡単に見つけることが出来るが。
ちなみに、イメージを動作に置き換えて鍵言代わりにすることも可能だ。
何かを覚えたいときに特定の動きをしながら声に出すと、またその動きをした時に覚えようとしていた言葉が簡単に出てくる、あれと同じ原理だ。
そんな小難しいことを長々悩んでようやく完成させたという二人の魔法は強力で、あの神教国の最高戦力の一端、グレンの膝を地に着かせたというのは、私達でも簡単には行えないものだ。
…あともう一つ思案することがあるとしたら、結局何をしたのかは教えてくれないんだな…ということだけだ。
「一人だけなら確かに敵わなかったかもしれないけれど…」
「二人で戦えば、私達に敵はいないよ!」
「…人外風情が…貴様らはまた悲劇を繰り返そうとしているのか!」
「…悪いけど、私達には君がいう悲劇がいまいち分からないんだよね。そういうのはちゃんと言葉にしないと伝わらないよ?」
天使が煽りをいれるようにグレンに問いかけた。
神教国の民が人外種を目の敵にする理由、それは聖国が秘匿する例の本の原本にあり、交友のある『天秤』を通じて私達も知っているが…
果たして、あの二人は真実を知った時、皇国に協力してくれるのだろうか。
少なくとも監視はいる。
世渡りしてきたものは念入りに見張らなければいけない。
だが、これほどの力を持つ彼女達に嫌われれば、その監視すら上手くいかなくなる可能性がある。
私はグレンがもし真実を語ってしまうのを恐れた。
だから、何かを言う前に間合いを詰め、首を跳ねようとした。
だが───時間切れだった。
「おっと、させないよ?」
「っ!?かはっ…」
突然目の前に現れた男に剣を防がれ、膝で腹を蹴られて吹き飛ばされた。
直ぐに反応した悪魔が指を鳴らすと男の顔の近くで小規模な爆発が起きた。
「うわっ!?びっくりするなぁ、もぉ!」
しかし僅かに怯んだだけでまるでダメージはなく、男は冷静に後ろに跳び退き、地に膝を着けるグレンに肩を貸した。
「しっかりしてくださいよね、グレン様。まあ結構ピンチだったみたいですけど、咄嗟に僕達に目立つ救難信号を送ったのは流石です」
「嫌味か…?相変わらず性格が悪いな…」
「まさか、僕はグレン様を尊敬していますよ。だからまずはゴミ共を処理しましょう」
救難信号…?
…まさか、グレンが結界を破った時に天空に打ち上げた光の柱か?
確かにあれならば聖国寄りの国境近くとはいえかなり目立つ。
それもよりによってこいつが来るなんて…
「…あいつ、誰だか分かる?」
「…不用意に飛び込まずにまず情報を求めたのはいい判断だよ。あいつは───」
「おっとお嬢さん、同じ人間はできるだけ殺したくないけど、人外に情報を売ろうとするのは流石に罪だよ?」
だが説明しようとするより早くその男が急に背後に現れ、振り上げた剣を振り下ろした。
…が、それは私を斬ることなく代わりに甲高い金属音を発した。
「私達が話を聞こうとしてたじゃん。邪魔しないでくんない?」
「人外のゴミ共に人権はない。よってそのお嬢さんの話を聞く権利もない。分かったかい?」
「分かんないよ。死ね」
天使の方は男と鍔迫り合いをしている剣を持っている手とは逆の左手で肩から下げる鞄に手を入れると、そこから二本目の剣を引き抜き、男を斬りつけようとした。
だが相手も相手、男は急に消えると直ぐにまた地に膝を着くグレンの横に現れた。
「おい…肩を貸している最中に突然動く奴があるか。なぜこの私が何度も膝を汚さねばならない?」
「あー…すみません…忘れてましたよ」
「…後で覚えておけ」
「『冥灯紫氷』」
「『無遠慮な破光』」
「おっと、悪魔の方はともかく、天使の方が殺意が高いというのは不思議だね」
悪魔が嫌な気配を放つ紫色の冷気を放ち、天使が手元に光の束を収束させて投擲するが、今度はグレンごと男は消え、攻撃が空を切る。
そして二人は少し離れた場所に現れた。
「グレン様が万全ならともかく、手負いだと流石に分が悪いですね。今回は引きましょうか?」
「…あぁ、今後じっくり対策を練って次会えば殺す」
「っ!逃がさない!」
ここで情報を持ち帰られるのはまずい。
それがまずいのは天使も悪魔も承知しているのだろう、天使は翼をはためかせ間合いを詰めて光を纏った剣を振り上げ、悪魔は一瞬で大きな魔方陣を作り上げそれから黒い炎を吹き出し、そして私も自分に全力で権能と弱体化の魔法を使い、ケイドジースで効果を反転させて身体強化に置き換え、一気に踏み込み間合いを詰める。
「おお怖い。まあせっかく来たんだし、一矢報いようかな」
しかし…それらが届く直前。
世界が真っ白に染まった。
強敵揺らぐも、そう上手くは行きはしない───
 




