第三十七話 ノフティスの仕事
神教国に侵入(観光)してレストランでノフティスと一悶着あったものの、なんとか和解して宿へ歩いて帰る途中。
不意にフィリアがノフティスに質問を投げ掛けた。
「そういえばあれってなんだったの?ヴィクティスで私達を弱らせたやつ」
「あぁ、確かにああいうのが効きづらい天使にまでしっかり効いてたのは疑問だったんだよね」
「む…まぁ、なんとなく察しは付いてるだろうし、間違って術にかけたお詫びとして教えてあげるけど、ちょっと君達皇国の機密を色々と知りすぎてるから情報の管理には気を付けなよ?」
「そっくりそのままあなたの国に返したいんだけど…」
「皇国が緩いところがあるのは認める。だけど致命的な失敗だけはしないし、致命的になる失敗を積み重ねることもしない。大事な局面は見据えることができる国だから」
確かに、皇国は少し情報の管理ががばがばなようで、その実本当に重要な情報が私達以外に露見したことがあるという話は少し歴史を調べても一切なかった。
当然将達やセレナの采配はもちろん、目立たずとも皇国軍の役人や兵士が裏で情報を統括しているらしく、民には必要最低限で情報を規制しつつも逆に戦争や軍部と全く関係のない情報で混乱や不安が募るのを避けているようだ。
アルカディアではほとんど自由だったが、それは平和な世だからというだけであって、もしアルカディアも戦争に巻き込まれていれば私達も同じ政策をとっていただろう。
あくまで皇国は一部の信頼できるルートだけに情報を置いているのだ。
ではなぜ私達がここまで皇国に…セレナ達に信頼されているのかという話になるが、それについてはこの前フィリアと相談してなんとなくの仮説を立てた。
私達に預けられる情報はそのほとんどが神器や黄道十二将星などの国の戦力に関係するものばかり。
そしてそれらの情報を貰っているお陰で"黒い獣"のギルデローダーとの戦いである程度の連携を取れた。
また、こちらも情報を貰っていることでそれに見返るようにこうしてノフティスの仕事に付き添わされ(?)たりしている。
このことから推測できるのは…
(あの腹黒…初めから私達を利用する気だったな…)
ホロウェルとの戦いの時にセレナを助けたのは完全な偶然であり、あの時助けられたことに対する感謝は本当に大きいのかもしれない。
だがそれ以上に短い時間とはいえ少し接しただけで感じたあの黄道十二将星序列二位の性格からして、使えるものは何でも使うといったあの考え方ならば私達を利用して戦争を有利に進めよう、という考えに至ってもおかしくない。
傍迷惑な話だが、私達としてもこの戦争が邪魔でまともに旅が出来ないと考えていたので、一応利害は一致する。
もしあの何度かの接触だけで私達のことをそこまで見透かされていたのだとすれば…
黄道十二将星とは、想像以上に恐ろしい人間なのかもしれない。
あんな腹黒い…個人的に苦手なのはフロウだけであってほしいが。
「それで、私の権能?でも他の皆と違ってそんな理不尽なものじゃないよ?便利ではあるけど」
「私の権能もそんな感じだし、教えてよ」
「んー…まあ、衰耗っていう周囲の対象の耐性や抵抗力、体力とかを奪って衰弱させるつまらないものだよ?発動時には範囲でしか使えないから、敵味方全員巻き込んで味方には指定してからじゃないと解除できないし」
「ああ、だからヴィクティスで力が抜けたのね。ミシェルの耐性を抜ける程だから権能の格は高いんでしょうけど…集団戦での運用が難しそうね」
「あ、だから暗部?を任せれてるっていう所もあるの?」
「そう。指揮はできるけど…ふぁ~ぁ…表で活躍するのは難しい権能だからって、先代皇帝…陛下のお父さんのガヴェル様に勧めて貰った」
「へぇ~…じゃなくて、今あくびしなかった?さっき眠気覚めたみたいなこと言ってなかった?」
「これはただ眠たいだけ。お酒は…ん…ん?…関係ない」
「今一瞬寝なかった!?」
「気のせい気のせい」
「諦めなさいミシェル…黄道十二将星にまともに絡んでたら…ふあぁ…疲れるだけでしょ…」
「なんでフィリアも眠た気?え、もしかしてフィリアに権能使ったの?」
「煩そうだから静かにして貰った。君も黙って。眠い」
この子が凄く怖くなってきた。
っていうかノフティスの権能は周囲を巻き込むという話はどこに行ったのか、一人だけを指定したんじゃないかってくらい範囲を絞って権能を使ったのか。
何かノフティスは子眠くなってる時はかなり面倒臭くなっている気がする。
彼女をちゃんと扱えていた先代の皇帝の人って結構凄かったのだなと思う。
とそんな訳でフィリアへの干渉を解いて貰い、歩き続けて気付けて日が落ち始めた頃、いつの間にか宿に辿り着いていた。
ノフティスが設置していた置物のような魔道具によって盗聴透視対策がされた部屋に到着するなり、彼女は上着を脱ぎだし、旅人風のローブから闇夜に溶け込むような黒いローブに着替え始めた。
「そういえば仕事するって行ってたっけ?何の仕事?」
「ちょっと殺って来るだけ」
「殺って…殺って!?」
「…そんな物騒な仕事なわけ?」
「機密上部外者の君達には詳しいことは言えない。手伝ってくれるなら…話は別だけど…」
相も変わらず眠た気でやる気の無さそうに受け答えするノフティス。
面倒臭がりな性格なのは察していたが、こういう仕事まで手伝わせようとするのは流石に問題しかない気がする。
「むしろ場合に場合によっては邪魔させて貰うからね?相手のこととか教えてくれないと」
「むぅ…やるのはこの町の町長の暗殺。神教国の軍と結託して聖国に不法侵入しては獣人の集落を襲ったりしてる。皇国では受け入れた避難民を中立の聖国に行くことを推奨してるから、こういうことをされると迷惑でしかない。正確な足取りは掴めるけどここで途絶えてるから国が関わってるとは断定できずに法皇が相談してきた。だからとりあえずここの町長を殺る」
「思ったより重かった…え?何?聞かない方が良かった?」
「陛下の恩人じゃなかったら口封じくらいはしてる。前に皇国民から神教国の内通者も出てそれを始末したこともあったし」
「ねえ何でそれ聞かせたの?」
「完全にズブズブに巻き込もうとしてるわね」
とはいえ、いかに一国の将軍の一人を担ってるとはいえこういう後ろ暗い仕事を十歳程の時からやって来たのなら、こんな性格になってもおかしくないのかもしれない。
私達は少し平和ボケしていた節があることは認める。
これは"戦争"なのだ。
だから国が勝つために皇国は手段を選んでない。
神教国は皇国に勝つことすら後回しにして人外種を殺すという非効率的な行動を取っているようだが、一体何が彼らをそこまで駆り立てているのだろうか?
それだけは皇国の図書館、この町の図書館どちらを調べても一切の情報がなかった。
最初に種族差別を始めたという大昔の人物は、一体何を思ってそうしたのか。
本当に…この世界は、謎が多くて不安でありながらも、好奇心が擽られる。
今を楽しんでいる私は、おかしいのだろうか?
フィリアはどう思っているのだろうか?
いや、私が普通の天使のような善性を持ってないことなど、昔から分かりきってはいたのだが。
すると、視界の隅でフィリアが私の方を思わせ振りな目でチラッと見たような気がした。
フィリアの方を注視するも既に顔を背けていて、何を考えていたのかよく分からない。
「じゃあ、出掛けてくるよ。君達は宿で休んでて良いよ。ベッドさえ開けといてくれたら…はぁ~ぁ…面倒だなぁ…」
「…そういえばあなた、どうしてそんなに若いのに将軍になろうなんて思ったの?あなたのお姉さんもそんなに歳が離れてないって聞くし、しまい揃ってあなたが言う面倒臭い仕事がたくさんあるだろうお国の官職に、どうして就こうと思ったの?」
問われたノフティスは一瞬目を見開くと、直ぐに元の眠た気な表情に戻り、窓の外を見て何かを思い出したように感慨深げに答えた。
「憧れたから。それだけ」
少しずつ世界は歪む───
 




