第三十六話 堕輪ケイドジース
今夜の寝床のことでわちゃわちゃした後、司書さんに騒いでいたのを怒られたので静かに図書館内を二人で散策している。
高い位置の本を取るときにフィリアがついいつもの癖で羽ばたいて取ろうとするのを肩をホールドして諌めたりと少しヒヤヒヤする瞬間もあったが、ある程度の散策が済み、気になる本を集めることができた。
「にしても法律書とか相変わらずつまらないものばっかり読んでるね。なんか面白い本とかないの?」
「実態調査に来たって言ったでしょうが。なんでここまで来てフィクションを読み漁らなきゃいけないのよ」
「そうは言われてもねー」
あんまり字だけが並ぶ本は嫌いではないが、読む気が進まない。
流石に法律書とかの重要な部分は読み込むが、歴史書とかにはあまり手がつかないのだ。
対してフィリアは基本読書好きだから小説から歴史書から叙事伝とかスラスラ読めている。
なんなら本当に読めてるのか?と思えるくらいの速読をしている。
自分も集中力はある方だと思っているが、あまり興味が無いことに気が乗らないのは相変わらず、か。
フィリアは机の上に積まれた本の山を次々と読んでいくのでしばらく構ってくれそうになく、仕方ないので適当に本の山の中を漁っていると、一つ気になるタイトルが目に入った。
「…『古期五人衆紀行文』?」
「…ん?ああ、それね。なんか最初の方を読んだ感じかなり昔に描かれた旅人の日記を元に書かれたっぽいから、この世界の昔のことが分かるかもしれないから持ってきたのよ。旅人の日記を元にしてるんだから普通にその旅の記録とかも読めるでしょうし、暇ならそれで時間を潰してなさい」
「…ま、いっか。えーと、何々~…『この本はおよそ七万年前に実在した旅人の残した魔法の日記から文を引用したものである…』って七万年前?前にセレナ達が言ってた聖戦よりも前の時代じゃん」
「え?それそんなに古い話を元にしてるの?その日記の保存状態って…いや、"魔法の"日記ってことは、何かしらの魔道具なのかしら?それなら確かに長い時間保存状態が保ててもおかしくないのかしら…」
「何?フィリアも気になるの?」
「そりゃそんなあからさまに音読されればね…ちょっと私にも見せなさいよ」
そう言ってフィリアは椅子を寄せ、肩が触れ合うくらいの距離まで近づいて私が持っている本を覗き込んでくる。
「ほら、一緒に読んであげるから続けなさいよ」
「あ…う、うん。えー…『日記に登場する主な人物…日記の書き手、旅仲間のアリウスという男、同じく旅仲間のルークスという男、同じく旅仲間のソフィアという女性、同じく旅仲間のスティナという女性 友人達と長旅を続けて早数年。この大陸の東部をほとんど巡った私達は、大陸の南側にやってきた。そこは植物が異常に育ち、そして異質な進化を遂げる不思議な領域だった。そこに踏み入るなり領域の主が喧嘩を売ってきたが、これは軽々撃退。領域の主は逃げ去っていった。それを特に追うこともせず野宿できるスペースを作り、また今日も一日を終える。そんな日々の繰り返しだが、私はそれが楽しく思う。そういえば、以前助けた木の精がこの前みたらとても立派に大きくなっていた。いつかあの子が空より高い木に成長してくれると私も嬉しいし、"彼女"も浮かばれるだろう。気が向いたらまた会いに行くとしよう』…結構長そうだね」
「そうね…でも興味がそそられる情報も多そうだし、これ借りてみる?」
「そうだねー。皇国のお金使うと不味いからって言われて渡されたけど、ノフティスってどうやって神教国で稼いでたんだろう?」
皇国と神教国では流通している通貨が違うため、皇国で貰ったお金をこちらで使うと天使とか悪魔とかバレる以前に色々と面倒事を引き起こす可能性が高い。
だから事前にノフティスが神教国の通貨を渡してきたのだが、これが結構な量が入っているのだ。
ノフティスの見た目でここで働くとしたらせいぜい薬売りとかお店の手伝いをするとかくらいしか思い付かないが、私達に渡したこのお金だけでなく自らの活動費もあるのでそれだけでこの額は稼げないと思う。
長期間密偵として活動していたらしいからその間にコツコツ貯めたか、他にも密偵がいるらしいのでその人たちが稼いだのか、或いはどこかからか…
「…何か怖いから深く考えるのは止めとこうか」
「そうね」
その後例の本以外にも必要そうな本を幾つか見繕って借りようとすると、どうやら追加料金でそのまま購入できるらしいので買うことにした。
図書館を出て再び町を散策するが、やはりこの町は娯楽に乏しいらしく特に興味を引かれるものはなく、通りのレストランから良い匂いがしたのでそこに向かってみることにしたのだが…
「…お疲れ様ー」
「ねぇ、ノフティス。君仕事しに来たんだよね?私達は部外者だから関係ないんだけどさ…これでも私達は働く事の大切さを知ってるわけなんだよ。そして君は国の重要な役割にいて、大きな事のために仕事しに来たのに何呑気に昼間からお酒飲んでるわけ?」
立ち寄ったレストランの店内の片隅でノフティスは高そうな料理とお酒を堂々と嗜んでいるのを発見してしまった。
とりあえず尋問するためにノフティスの向かい側の席に二人で座り、ノフティスと向き合う。
「神教国でも十五歳から成人扱いだから大丈夫」
「そういう問題じゃないからね!?」
「あんた自由すぎない?」
「私は我が道を行くタイプだからね」
「ねえ私達本当に神教国にいる間この子と一緒に行動しなきゃいけないの!?なんか昔仕事人間(?)だったからこういうちゃんと仕事しない人見ると凄いモヤモヤするんだけど!?」
「あんたの場合は本当に昔の話でしょうが。直近の記憶だと仕事をフリージアに押し付けまくってたことしか覚えてないわよ」
フィリアの正論に気分が萎えて一気に気分が沈静化してしまう。
とはいえ、この時間帯からお酒を飲んでいるようなこの少女が本当に優秀なエリートなのかと聞かれれば中々納得出来ない。
ヴィクティスの一件で戦闘能力が高いのは知っているが…
「何か…皇国が心配になってきた…」
「君達に心配される程他の将は落ちぶれてない」
「自覚あるのね」
「フロウはギリギリアウトじゃない?」
「あれは腹黒いだけ」
「身内に優しいのか厳しいのかどっちなのよ…」
「…?っていうか、結構飲んでるのに顔色一つ変わってない…君その歳でお酒強いの?」
「…うん」
「今の間何?」
酒瓶二本分くらい既に飲んでいるのに酔うどころか顔色すら変わってない様子に違和感を覚えたが、軽く睨んでみても顔を逸らしてその種を誤魔化すノフティス。
結構色々話してくれる彼女が口をつぐむことだとしたらそれは…
「もしかして…あの指輪の力?」
「!あー…そういえば私寝るときは手袋を外す癖があるんだった…」
「あの手袋であの神器を隠してるのならその癖結構致命的よ?」
「で、あの指輪ってどんな力なの?」
「…神器の情報は国家機密だけど、君達なら別にいいか…」
直ぐに白状するその緩さはちょっと理解できないが、ノフティスはローブの懐に手を入れると、木の枝を折るかのような音を鳴らした。
すると、目に見えない膜のようなものが周囲を包むような感覚を感じ、権能で見てみると、私達が着く席の周辺が半透明の結界のようなもので覆われていた。
「これは?」
「内側の力を外側に漏れないように閉じ込める結界。この手袋と同じ性質を持つ即席結界だと思えば良いよ」
「なるほど…」
するとノフティスは右手の手袋を外し、薬指に輝く指輪を見せつけるように手をこちらに向けた。
「うーんと、これは『堕輪ケイドジース』…装着者の体に悪影響を及ぼす効果を全て反転させる特性を持ってる」
「へぇー、じゃあ呪いとかの負の性質を全部反転…つまり自分に有益な効果に変化させることができるの?」
「そう。だから酔いだって眠い脳を起こす効果に変化する」
「あー、仕事前だからこそ、か…何か勝手に怒っちゃってごめんね」
「別に良いよ。実際不真面目に見られることはよくあるし」
お酒がもたらす脳を朦朧とさせたり睡魔に襲われる効果があの神器の力によって反転するのなら、脳が活性化し眠気を吹き飛ばす力に変わるのなら中々便利な神器だ。
当然戦闘においてこの前の人心結界のように相手から弱体化を受けても逆に強くなるし、『悪影響を及ぼす効果』と言っていることから良い効果はそのまま作用するということだろうし、どうにも本当に神器というものの魔道具としての特性は異常に高い。
それこそ格の高い権能と同等レベルの効果を持っているものさえある。
やはりこの世界はまだまだ私達の気を引く事に欠かないようだ。
超常の神器は異界の少女達をも惹き付ける───




