第三十五話 聖都探索
無事検問を抜け、聖都に入れた私達はひとまず適当な宿を見つけ泊まることにした。
ノフティス曰く一応敵地なので早めに拠点を作った方が良いとのことだ。
「家族設定は良いけどさ…偽名が慣れないんだけど…」
「慣れて。皇国の新聞でも君達の名前は出してないけど、情報は与えないに越したことはない」
「…それで、これからどうするの?」
「私は寝る」
「「は?」」
「今日は君達は好きに黄道すると良いよ。あ、目立つことだけはしないこと。じゃあおやすみ」
言うやいなや本当にベッドに潜り込み寝息を立て始める。
それでいいのか黄道十二将星。
呆然とする私とフィリアは互いに顔を見合せ、心の中で通じ合った気がした。
「…出ようか」
「そうね…」
二人してマントのフードを深く被り町を探索する。
そこそこ活気はあって人もそれなりに多いが、私達に気付くどころか気にする人もいない。
至るところに白い鎧を来た衛兵が巡回しているが、その者達もまた私達を気にする素振りもない。
一応周囲の気配を探ってみたが、この前の聖騎士並の力を持った者すらこの町にはいないようだ。
「とはいえ、好きに観光できないってのはちょっと萎えるなぁ」
「今まで結構自由にやって来たしね。アルカディアでは忙しかったけれど休日はどこにでも行けたし、皇国でも自由にさせてくれてたし」
「そう思うと今までが恵まれてただけだったのかなぁ?流石に色々使い果たしちゃった感は否めないよね」
「運とかってこと?」
「そうそう。ちょっと上手く行きすぎたんだよ。私的にはフィリアに会えた次点で使い果たさなかったのが不思議なくらいだったし」
「それはどういう意味で言ってるのかしら」
「そりゃあ、君と会えた事が私にとっての一番の幸運ってことだよ」
「そんなさらっと口説かれてもねぇ」
「ありきたりな文句だったかな?」
「そうね、せっかくならもう少し詩的なくらいじゃないと女の子は響かないわよ?ちょっとキザっぽいのもあれだけど」
「私も女の子なんだけどなぁ…」
見知らぬ土地の知らない人に囲まれた敵地の町のど真ん中。
そこでも通常運転で会話できる私達はやはり肝が座ったいるのだろうか?
不安はある。
この世界には未知の実力者や魔道具が数多く存在する。
だからこそ油断は出来ない。
それでも…それでも私達は、この逆境を楽しんでいるのだろう。
いつかそれが自分達に牙を向くことになるだろうと、重々承知の上で…
「…何か娯楽が少ないね、この町」
「酒場とか洋服店はあるけど、皇国みたいに旅の芸人とか装飾店とか、美術館とかはないのね。そう思うと皇国ってやっぱりかなり発展してるのね」
「ふーむ…ちょっと調べてみようか」
「…あぁ、そうね」
というわけで向かったのはフルーノの図書館。
ここなら神教国の歴史や実情をある程度は調べられるだろう。
図書館に入るのには特に制限はないようで、貸し出しの時のみ支払いが発生するらしく、中で読む分には無償で良いようだ。
一応図書館なので小声で会話をする。
「割と最近の本もあるのね…」
「この世界って製本技術ってどうなってるのかな?」
「魔法でしょ」
「適当過ぎない?」
「まあ実際大抵のことは魔法とか魔道具でなんとかなるしねぇ」
「そういうものなの?」
「精錬も加工もちょちょいのちょいよ」
「可愛い言い方!?」
「まぁそんなことは置いておいて、えーと何々…」
私の興味をどこかに置かれ、肩掛け鞄から取り出した片眼鏡をかけて本棚から適当な本を引き抜くフィリア。
辞書みたいな分厚い本だが、題名は『神教国叙事伝』
そういえば今更だがこの世界の文字は当然私達の知らないものなので、普通に読むことは出来ない。
なので私の場合は軽く権能を発動させて、フィリアの場合は専用の魔道具を用いることで読めるようにしている。
今フィリアがかけている片眼鏡がそれに当たる。
「…」
「…」
静かにペラ、ペラと本を読み進めていくフィリア。
その澄ました横顔は私的に好きなフィリアの表情の一つだったりする。
特に片眼鏡が似合っているのが評価点の一つだ。
「…うぇ、思ったより酷いわね…」
「ん?…!」
フィリアが眉間に皺を寄せて睨むように見ている本のページに目を向けると、そこにはまあ酷いことがまるで英雄評のように書き連ねられていた。
『獣の亜人が支配する国を打ち破った』…ただ獣人の国を襲って滅ぼしただけだろう。
『悪霊の力で乱れた生態系より生まれた土地を、悪霊を浄化することで元の自然を取り戻した』…精霊がいることで周囲の植物は高い魔力を持ち、通常より遥かに大きく成長する。
それを奪おうとしただけだろう。
『邪悪なる魔族の蔓延る領域を攻め、その地を解放した』…ノフティスの話を聞く限り、この世界の魔族は悪いような存在とは思えない。
大方領土や土地を狙っての攻撃だろう。
「ろくでもないね」
「どこまで事実に基づいているか分からないけど…人外種に対してまともな扱いをしていないのは確かでしょうね」
「…はぁ、アルカディアが恋しくなってくるなー」
「大昔に人外種を迫害し始めたっていう人物は、いったい何を考えていたのかしら?種族の差は大きな壁になるっていうのは分かってるつもりだけど…」
「まあ昔からすれば天使と悪魔がこんな風につるんでるのもあり得ない話だったけどね」
「それを私達がやっとのことで変えたのに、この世界ではまた…なんなの?また止めなくちゃいけないの?」
「できれば関わりたくないんだけどねー、私は」
私は昔からそうだったが、あまり他人に興味がない。
親しい人やそれなりに付き合いがある人はともかく、赤の他人には理由無く気にかけるようなことをしない。
いや…もっと昔はあらゆることに興味を持っていなかった。
そんな私に───を与えてくれたのは…
「こんな情勢の中じゃあ、落ち着いて旅もできないわよ。だからさっさと戦争を終わって貰って後はゆっくり観光するのよ」
「つまり、また"両成敗"?」
「なんでセレナ達まで成敗しようとしてるのよ…」
「冗談だよ。あれ全員が損して何か悲しい気持ちになって全員が萎えてくだけだから」
「発案はあんたでしょうが。最初聞いたときよくそんな馬鹿げたこと思い付くなって呆れたわよ」
思い出すと懐かしい記憶だ。
悪魔の軍勢が陣取っている所に胡椒ばらまいたり天使の陣地に大量に虫を投げ入れたりと阿鼻叫喚だった。
やってることはただの悪戯だが、天使でも悪魔でもずっとそんなことをされ続ければそりゃあ戦う気力の一つや二つなくなるだろうし、互いに同じようなことになってると知れば相手に同情もする。
そして最後には種族とか確執とかどうでもよくなって、結託して私達を追いかけてきた時は大笑いしながら逃げたものだ。
「楽しかった思い出だね」
「最後の方、生きた心地がしなかったわよ…」
「やっぱり人生にはスリルがあってなんぼだね。何にもないモノトーンの世界を見続けるのは、もう飽きたから…」
「…ミシェル?」
「…うん?何でもないよ。さて、他に何か役に立ちそうな資料とかないかな?」
「…」
不安そうな顔でこちらを見つめるフィリア。
彼女にはできればずっと笑っていてほしいし、曇った顔をしてほしくない。
私はフィリアが幸せになってくれればそれでいいから、だからこそ悲しませたくはない。
フィリアが今悲しんだのなら、それは私の落ち度だ。
だから…
「そういえば、私達が泊まってる宿って一部屋しか取ってないよね?」
「?ええ、そうね」
「それで思ったんだけど、あの宿って一部屋にベッドって二つしかないんだよね」
「そう…だったわね」
「それでベッドって…一つノフティスが独占してるよね?」
「…!」
「それで…その…今日も一緒に同じベッドで寝ないかな?」
「…あんたねぇ、昼間から何言ってるのよ」
「他意はないよ?宿代はノフティスが持ってくれてるけど、だからってそれに甘えてもう一つ部屋を取るのもあれだし。それにこの世界の時期的にそろそろ秋みたいだし、冷えてくるじゃん?暖めてあげるよ」
「あんたが言うと何か…」
「ふふっ…添い寝するだけだよ」
「…しょうがないわね、どうせ今まで何度も一緒に寝たことあるんだし。あ、だけど前も言ったけどお酒飲んだ日に一緒に寝るのは駄目よ!それと、前にもあったけど寝てる時にくすぐってきたりするのも止めなさい!約束破ったら二度と一緒に寝ないわよ!」
「分かってるよ、もう。天使は約束は必ず守るからね」
「悪魔だって契約にはうるさいのよ?」
「「…」」
それからは気が済むまで二人で笑いあった。
いや、途中で司書の人に怒られたから気が済むまでとはいかなかったが。
急に話しかけられたときは種族がばれたのかとヒヤッとしたし。
なにはともあれ、こんな状況でも私達は幸せだったっていう、ただそれだけの話なのだった。
逆境すら楽しむ少女二人。しかし───
 




