第三十三話 旅の同行者
「…神教国行くわよ~」
「なんか凄い雑じゃない?」
「いや、私達って絶対知らない間に何かしらに巻き込まれてるじゃない?だから今のまま旅を続けようとしても気になって仕方ないのよ」
「分かるけど…そういえば、働くとかって話どこ行ったの?」
「萎えた」
「あっ、そう…」
帝都まで行って神教国の兵を送った後に帰ってきたわけだが、帰るなりフィリアは脱力したようにベッドに倒れ込み、唐突に話題を振ってきた。
まあ確かにヴィクティスの惨劇を目の当たりにして人外差別の実情を目の当たりにすれば動揺するのも仕方ないとは思うが。
私達の世界の天使と悪魔の大戦の時は、差別や偏見というよりは古くから根付く確執のようなものが原因で争い始めたそうだ。
とはいえあくまでその戦争にはルールが設けられていて、無抵抗の非戦闘員は攻撃しない、占領地は支配側が責任を持って統治するなど、割と正々堂々とした戦いだった。
それでもあまりにも長く戦争が続きすぎて私達が終わらせようという話になったのだが。
しかし、皇国と神教国が行っている戦争は、両国のモチベーションが違う。
皇国の方針はあくまで人外差別の払拭のために神教国を相手にしているのに対し、神教国のそれは相手を絶滅させるという徹底的な殲滅戦術をとっているのだ。
その方針の違いが、この戦争が長引いている要因の一つになっているのかもしれない。
「それで、神教国に行ってどれくらいの事をしでかしてるのか観光ついでに調べようってこと?」
「観光は無理かもしれないけれど…もし、神教国が人外種を奴隷なり拷問なりで酷く扱っているのなら、介入も辞さないつもりだけど…」
「でも下手にこういうことに首を突っ込みたくはないなぁ」
「そりゃあ両者で決着を着けるのが一番良いのよ?だけど…」
「ふふっ、フィリアは優しいね~。おおよそ悪魔らしくないよ」
「そう言うあなたはなんとも思わないの?」
「私は天使だけど、聖人じゃないからね。だから攻撃されたら普通に反撃するし殺しもする。関係ないところで誰かが傷付いていてもそれこそ関係ないから理由がなければ介入もしない。私の行動原理はあくまで私の世界で回ってるからね」
「あんたもおおよそ天使らしくない…っていえるのかしら?確か聖書では悪魔は人間を十人殺したけど天使とか神は二百万人くらい殺してるし」
「あれは人間の創作でしょ?確かに悪魔達と比べて現世に干渉することは多かったけど…」
その日はそんな他愛ない話で盛り上がった。
この世界に来てからそこそこ経ったが、それにしてもその間の出来事が濃い。
こうして昔の話や私達の世界の話でもしなければやってられないとヤケになっていたのかもしれない。
その次の日、神教国に入った。
皇国との間の国境は戦線になっているため、一度聖国の国境ギリギリを通って神教国に侵入するという面倒臭い手順を踏んだが、途中で神教国内を走る馬車を拾うことができたおかげで、神教国の都市へ向かうことが出来る。
思ったよりも警備がガバガバだと思ったが、私達もそれなりに自信を持って人間に擬態しているのでそう簡単にバレてもたまらない。
まあフィリアは翼とか頭の小さい翼みたいなのを消せないからマントや帽子で隠しているだけだが。
しかし今気になっているのはそんなことじゃない。
(いる…)
(いる…)
「…こんにちは」
うん、こんにちはではない。
ベージュの旅人風ローブにフードを被る小柄の人物。
フードからはみ出している薄紫色の髪をサイドテールにしているその髪型。
なぜここにいる黄道十二将星序列八位。
「いや…なんでここにいるのよ?」
「だから私は暗部だって。潜入に偵察、諜報に暗殺、戦争の何でも屋ことノフティスとは私のこと」
「なんでドヤ顔?っていうかあの矢文何?」
小声で話しかければ相変わらずの気だるげな表情とやる気のない声色で結構ノリノリで答えてくれる。
ちなみにあの後どこからか飛んできて庭木に刺さっていた矢文にノフティスのことは口外禁止と釘を刺された。
いや本当にどっから飛んできたんだあれ。
「あれは黄道十二将星序列九位、エミュリス。私のお姉ちゃんが撃った矢だよー」
「お姉ちゃん…姉妹で将軍やってるの?っていか姉妹で順位逆転してない?」
「まあ仕事上私の方が引っ張りだこだから。天才だから他の将の仕事を手伝ったり特定の相手を生け捕りにしたり常に多忙。本当は昨日帰る予定じゃなかったし。まあ久しぶりにお姉ちゃんに会えたのは良かったけど、忙しくて本当に怠い。面倒臭い。寝たい」
「ふ、ふ~ん…」
「そのお姉ちゃん…エミュリス?が撃った矢ってどこから飛んできたのかしら?」
知識欲を刺激されているフィリアはここぞとばかりにノフティスに詰め寄る。
勢いは凄いがちゃんと小声でのやりとりである。
詰め寄られたノフティスは少し引きながらもちゃんと答える。
「お姉ちゃんの権能は広域演算って言って、超広範囲の効果領域内の全てを把握することができる。範囲は皇国全体を覆えるくらい広くて、基本国内で何か異変があれば直ぐに察知できる。ヴィクティスの一見は連中が地味に綿密に計画を経ててたみたいで応援が間に合わなかったけど。ちなみに帰ったときに抱きつかれた」
「そ、そう…妹思いのお姉ちゃんなのね…」
「お姉ちゃんは神器の『星弓ナイトアトラ』を渡されてて、権能と合わせて皇国内全域なら射程範囲」
「また神器…どういう特性なの?」
「君図々し過ぎない?既に国家機密レベルの情報結構言ってるけど?」
「ちっ、駄目か」
「おお、ここ最近で一番悪魔らしいよフィリア」
しっかり説明してくれるのを良いことにかなり踏み込んで質問していたが、さすがにこれ以上は突っぱねられた。
それでも結構話してくれる辺り信用されてる…
「その、なんでセレナ達然りそんなに信用してくれるの?異世界から来たっていう話も割とすんなり受け入れられたし」
「世渡りしてくる人はたまにいるし、『エ・ル』の伝承があるから異世界の話自体はそこまで疑うことでもない」
「…あぁ、そうか…『エ・ル』か…」
「確かにあの伝承はどんな世界にも伝わっているって聞いたことあるし、あの伝承が存在すること自体が異世界が存在することの裏付けになるのね」
「それに、陛下を救ってくれた恩は君達が思ってる以上に計り知れないことだから。私は昨日初めてあったけど、今の陛下なら確かに何か大きなことが成し遂げられるかもしれない。まぁ、経済とか話術とかについてフロウから勉強を受けてるらしいし、多分あと二、三年であれも腹が黒くなる。本当に怠い」
「仲間の評価酷くない?」
「これが現実的な話。前に言ったかな?私は今の陛下の戴冠式にも出席してないからその直後に加入した序列十二位の子と一切面識がない。お転婆に周りをヒヤヒヤさせてる陛下の護衛として常に側に付くことになったとは聞いたけど」
皇国の軍部は仲が良さそうと思っていたが、思っていたよりも横の関わりが薄いのかもしれない。
確かに今代の黄道十二将星の経緯からして戦場に出っぱなしになって他の将との接触が少ないかもしれないと思うと、仲が良いのは戦線の内側に控えてる人達くらいなのだろうか?
「まあ、仕事柄五位のハルトマンと六位のレイズとはたまに仕事先で合流するけど。あとフロウは…苦手だけど、定期連絡はとってる。毎回連絡中に話を途切れさせて困惑させてやろうか、って思ってる。実際やったことないけど」
「長距離で念話ができるの?」
「いや、これ」
ノフティスが懐から出したのは掌に収まる程度の大きさの灰色の鉱石のようなもの。
「これって…ユーリ石?」
「を加工した魔道具。魔力で繋いでる親機と魔力回路を通して声を届けられる」
「なるほど、そういうタイプの魔道具なのね。確か現世の人間がもっと便利なもの作ってたけど…」
「それは知らないけど、神器にはこれの強化版があるらしい。聖国か"魔国"が持ってると思う」
「うん?魔国?そんな国大陸にあったっけ?」
「地図には無かったわよ?」
「あぁ、皇国で流通してるのは少し古いやつだし、この大陸のことしか書かれてないのがほとんど。海に出れば水明竜とか、後は"黒い獣"がいるから海図とかがなかなか書けない。"魔国ディアトロフ"はこの世界の南側の大陸にある魔王の納める国。あそこは特産物で魔力を持った樹木とかも採れるから国交も捗ってる」
「「え!?」」
「うん?」
「いや、人間と魔王って国交できるの?」
「ディアトロフの魔王は文字通り魔族の王ってだけで別に魔族自体理性ある種だし、あの魔王は『天秤』っていう世界の調停者の中でも最古の存在。国交は初代皇帝の時代から結んでたらしい」
「「はあ…」」
いまいちこの世界の常識がまだ良く分からない。
これは今度一度勉強し直す必要があるだろうか。
「…ん?そういえば結局なんであんたがここにいるのか聞いて無いわよ」
「あぁ、確かに。答えられないことなら別に良いけど、ここで何してるの?」
「あー、そのことだけど…
…神教国にいる間君達と一緒にいることになったから。よろしく」
「「…はぁ!?」」
旅は徒然、但し人世に情けなし───
 




