第三十話 望む旅はまだ遠く
リエナの洋服店での一件から次の日。
この前買ったマイホームの居間で、私とフィリアはテーブルに広げた地図を見ていた。
「もう少しこの町にいるつもりだけど…そろそろ次の旅の計画を考えようか」
「皇国の主な都市はこの前巡ったものね。端の方までは行ってないけど…」
「神教国は行きたくないからね~。行くとしたら聖国?」
人外種を差別し迫害するというフレスラン神教国に私達が行くのは流石に不味いだろう。
あの国では天使すら認めないと聞くし、触らぬ神に祟りなし、だ。
皇国と戦争中というが、国境の方を避けているからかもしれないが、今のところ戦場に出くわしたことはない。
気分的、私情としては皇国を応援したいが、私達が関わることでもないだろう。
話は変わってクラウシェント聖国だが、あの国は皇国ほど積極的に人外種を保護したりしているわけではないが、別に差別や偏見があったりはしない。
来るもの拒まず去るもの追わず、常識的に生きるのならば干渉しない。
そんな聖国ならば私達が入国しても問題はないだろう。
戦争に関しても聖国は中立を保っている。
一応神教国から逃れてきた人外種を追って軍が国境を越えようとした場合は駐留軍が止めるので、神教国とも戦争になりかけたことがあったらしいが、女傑と恐れられる聖国の法皇の手腕により悉く回避されているとか。
地図を見れば皇国の北西に国土を広げる聖国は色々複雑そうな立ち位置だろうが。
…しかし、この地図少し違和感があるような気もするが…今はいいか。
「聖国ね。その女傑っていうのも興味あるのよねー」
「セレナ程ではないけどそっちもまだまだ若い法皇らしくて、聖国の君主は代々そんな感じなんだって」
「随分適当な説明ね…つまり歴代の法皇が皆国主として有能ってこと?」
「そういうこと。私達も見習いたかったねー」
「あの頃は手探りで政治をしてたのが懐かしいわ…」
アルカディアの建国当初、分け隔てなくあらゆる種族を受け入れた時は種族間に根強く残る偏見意識の改革に苦労したものだ。
多種族共生国家なんて作ったのは私達が初めてだったので、統治の仕方や政治方針の手本が無く、色んな人から意見を聞いたり協力を仰いだりして、結局国が安定するまでに十数年かかった。
これでもかなり短い時間で安定させられたものだとは思うが、あの頃は色々と混乱したりしていて大変だったものだ。
「んじゃあ、今度聖国の方に行く?」
「そうね。けどその前に…働くわよ」
「え?」
「当たり前でしょうが。この家然りこの前の服も然り、いつ出費があるか分からないんだから資金は持っておくに越したことはないわ。やたらたくさん押し付けてきたフロウの報酬をアテにし続けることも出来ないのよ?」
「まあそりゃそうか。そういえば私達ってこの国で働けるの?」
「前にセレナ達が身分証を作ってくれたでしょ?それに家も買って住人表もできたし、やろうと思えば公務員にもなれるし」
「そっか…フロウが言ってた"何でも屋"って奴は?」
「あれは役職関係なく趣味としても出来る奴ね。近所のお使いなり配達の代行なり業務の手伝いなり、許可さえ出れば誰でも出来て、依頼に対して達成時に予め依頼者が提示した報酬を受け取れる感じね。依頼者側も依頼を統括する支部から許可を得れば誰でも出せるみたいだし、困ったことがあったら私達も使ってみると良いかもしれないわね」
「なるほど。にしても依頼内容が割りと雑用的なんだね」
「一応、国からも未開地の調査協力や案内、特定の動植物や魔物の生体調査、国が公布するアンケートへの回答、また色々な情報提供とかもあるらしいわね。国の出す依頼はものによるけど基本報酬が良いみたいよ?」
「へぇ…最初に言ってた未開地の調査協力っていうのは気になるかな。何か冒険って感じがする」
「って、何でも屋で稼ぐつもり?働きなさいよちゃんと」
「とはいっても、公務はなんかもうしたくないっていうか…」
アルカディアで王様やってた時にもう十分公務はうんざりするほどやってきたので、せっかく未知であふれるこの世界にきてまでまた書類仕事とかやろうと思ったら萎える。
それに定職に就いてしまうと満足に旅もできなくなるので、ここはやはりフリーで路銀を稼げる何でも屋をやるのが一番だろう。
フィリアもノリでつっこんだだけのようで、溜め息を吐いて「仕方ないか…」と呟いている。
「よーし、色々方針決まったね~。なら今日はもうゴロゴロして───何?」
「…どうしたの?」
「いや、直接私達に向いたものじゃないけど…何か敵意を感じたような?」
「敵意?町の近くに魔物でも来ているのかしら?いや、でも国内の魔物は町に近いものはほとんど皇国軍に狩り尽くされているってこの前聞いたけど…」
確かに基本的に他種族に対して積極的に害そうとする怪物…所謂魔物は無差別に敵意を振り撒くので、この町の近くに魔物がいるのならその敵意を私が感じ取ってもおかしくはない。
しかし、今感じたものは魔物の雑多な敵意などではないような気がするが…
「…そんなに気になるなら、少し散歩がてら見回ってみる?ほら、私達町の中は色々見て回ってるけど、外はあんまり見てないじゃない」
「う~ん…そうだね。異変が無いなら無いで別にいいし、気にしたままなのも気持ち悪いしね」
ということで、オルターヴを囲う壁の外にやってきた。
門兵に挨拶をして敵意を感じた北側の壁の外に出ると、こちらの方面はいくつもの丘のある高原になっていた。
いつもは南や東から町を出入りしていたので、北側のこの景色を見るのは実は初めてだったりする。
「おぉー、相変わらずこの世界は景観が綺麗だねぇ。高原の上に家とか建ててみたいって昔ちょっと憧れたなぁ」
「何よ、今の家が不満なの?」
「そうは言ってないじゃん…フィリアと住めてる時点で私にとってはどんな一等地の家よりも優良物件だからね」
「ふふっ、なによそれ」
そんな他愛ない会話を交わしながら高原の方へ歩いていく。
一応周囲に意識を向けながら一つ丘を登ってみたが、特にこれと言ってなにかあるわけでもなかった。
「やっぱり気のせいだったかな?」
「そういえばこの先にも小さい町があるわね。国境に近い町だけど…もしかしてそっちで何か異変でもあったんじゃない?」
そういえばさっき地図を見ていた時にオルターヴの北側十二キロ程にも小さな町があったのを思い出した。
確か名前は"ヴィクティス"だったか。
異変と言うが、小さな町でも皇国の兵士が駐屯しているし、国境方面ならば尚更守りは厚いはずだが…
「思ってたよりかなり遠い…一応飛んでいこうか」
「分かったわ。転移用に色んな町の座標は取っておきたかったしね」
何か胸騒ぎを感じてその町に行くことを決めれば、フィリアも直ぐに魔法で早着替えをして本人からほとんど戦闘用の衣装扱いされている図書館の司書の制服のような赤いネクタイを締めた黒いワンピース姿に着替えている。
私も昔フィリアに貰った少し軍服っぽいデザインのノースリーブの白いワンピースに魔法で早着替えする。
言うまでもなくこれも私の戦闘用の衣装だ。
しかし、あっちの方が先に戦闘準備をしている辺り、フィリアも何かしらの悪い予感を感じているようだ。
「少し急ごうか」
「ええ」
勢いよく翼をはためかせて飛び立つ私達は、馬やその辺りの鳥とは比べ物にならない早さで北の町、ヴィクティスに向かった。
「…なに、これ」
「…」
飛んで小一時間程度でついたヴィクティスの町の様子は、凄惨の一言では済ませられない状態になっていた。
町はオルターヴよりは低めだが周囲を壁に囲まれ、精強な皇国の兵士に守られていたはずだ。
しかし、壁の門は粉砕され、町は燃え、目につく人は全て焼け死んでいるか、夥しい血を流して絶命している。
空から俯瞰で見ただけでこの被害だが、町の中に降りたってみれば、町中で見つけたとある死体、それは四肢を切り落とされ、体だけでなく頭部にも原型が分からないほどの刺し傷や切り傷があり、さらに火を付けられたのか至るところが焼けただれ、炭化している部分さえある。
私の権能、慧眼で解析して見れば、それはどうやら精霊の女性の死体だったようだ。
その他にも燃える町で見つけた人外種の死体は全て一撃で殺されている人間の死体とは違い獣人も精霊も妖精も、激しく傷つけられ、その原型を残してはいない。
この時点で、私達はこの町を襲った者の正体を悟った。
「差別や迫害されてるって聞いた時は、捕虜にされたり、奴隷として扱われてるのかな?って思ってた。だけど、ここまでするのか…戦争って、町に住む住人を皆殺しにするようなものだったっけ?」
「天使と悪魔の大戦の時は互いに分かり会えないことがあったとはいえ、死ぬのは殆どが兵士や抵抗するものだけで、一般人はせいぜい捕虜で済んでたわね。あれも酷かったとは思うし、世界が違うんだから価値観も違うんでしょうけど…戦争なんか国同士の問題だから、関わる気は無かったのにね…」
「本当に、多種族共生国家を作って、万民平等を謳った私達の前でこれとは言い度胸だね、神教国。そういえば、あの地図に違和感があったんだけど、あれってもしかして最近何度も修正されたから地形の表示が少しおかしくなってたってことなのかな?」
「思えば、前にギルデローダーの時の会議でアレクが位置の説明の時に使ってた地図と表示が違かった気がするわね。確か変更されていた前っぽいアレクの地図に書かれていた場所にあったのは…」
「…獣人とか精霊の集落や町、だね。よく見たら聖国の国境付近も書き換えられてたから、本当に色んな所を襲っていたのかな?」
アレク曰く、神教国の人外種差別は大昔からあったらしく、その思想を広めた国は反乱により滅ぼされたらしいが、王の子孫が再びその思想を広め神教国を建国したらしい。
神教国は大陸の約三分の一を治める大国、つまり大陸の三分の一がその思想の持ち主なのだと。
それはあまりにも───残酷ではないだろうか。
皇国に逃げ延びた者達は、セレナ達の統治のお陰で割と楽しく暮らせているだろう。暮らせていた筈だ。
だが、それすらも踏みにじり、逃れられていない者は神教国内でどのような仕打ちを受けているのか。
「この世界って、なんなんだろうね。突然変な水晶が光ったらこの世界に来て、未知で溢れてるから最初はただ旅を楽しむつもりでいたけど…」
恐らく今のまま旅を続ければ、いつか取り返しのつかないことになるだろう。
神教国のやり口は、絶滅戦争のそれだ。
そもそも扱いに差があるとはいえ、人外種だけでなく町の人間も皆殺しにされている時点で神教国の目的は皇国の滅亡なのだろう。
ならば…
「…私達は別に聖人じゃない。全てを救おうとか、殺しは絶対にしないとか、そういうことは思わない。だから、私達の都合を優先させて貰うよ」
「つまり、どうするの?」
「予定変更、神教国に行くよ。別に国を滅ぼしに行くわけではないけど、神教国の思想は私達の旅の邪魔だ。だからその思想を滅ぼしに行く。本当はゆっくり観光でもしたいけど、今のままじゃ満足に歩き回れもしないからね。全ては旅のために、ね」
「…ふふっ、前は両成敗だったけど、今回は天誅?天使の裁きとは怖いわね」
「悪魔の審判もあるでしょ?…あるよね?」
「はいはい、一人にはさせないわよ。しかし、あんたにしては身勝手な理由で結構なこと企んでるのね?」
「そりゃあ──────
──────私だって、生きてるからね」
「そうは行くか、汚物どもめ」
天使と悪魔の決意は固く、しかしそれは試練の始まり───




