第二十九話 這い寄る戦火
「お久しぶりです!ミシェルさんとフィリアさん!」
「一月の間皇国を巡ったそうですね。何か面白いものでも見れましたか?」
「そっか…人間にとっては一月は"久しぶり"の内に入るのか…」
「種族ギャップね。というかサリエラも居たの?」
リリエンタを始めとした皇国の大きな都市を周って、予定より早くオルターヴに帰ってきてマイホームを買ったりもしたが、期日まで適当に暇を潰して前回リエナの洋服店に行ってからおよそ1ヶ月。
特注で頼んでいたフィリアの服が完成し、それを受取に来たところだ。
店にはリエナの姉のサリエラも来ていて、入ったときには店のカウンターの奥で姉妹仲良くお茶をしていた。
「お邪魔しちゃったかな?」
「そんなことありませんよ」
「そうですよ…しかし、やはり天使や悪魔にとって人間の時間は取るに足らないものなのですか?」
「言い方…いや、確かに何千何万、下手したら億単位とかそれ以上の時を生きる私達からしたら君達の時間はなんてことのないように思う人が多いよ?でも、割と日々を楽しく生きてる私達みたいな連中は一日一日を大切にするからね。人間や短命種の命の尊さを慈しんで、悲しむことくらいはできるよ」
「それでも時間があっという間に過ぎてしまうようには感じるけどね」
「今思えば、現世の人間たちと天界や魔界に住む天使や悪魔、獣人や精霊達が隔てられたのも、その差を忘れさせるためでもあったのかな?」
「「…」」
リエナとサリエラは少し気まずそうに黙った。
私達のいた世界では人間等の現世に住む生き物は魔力に適応できず、彼らに悪影響を与えないために魔力が溢れる天界と魔界───異界と現世を切り離し、神々が保護をしたという話は有名だ。
しかし、その話の裏には圧倒的寿命の違い、時間感覚の違いからくる差、そしてそれから生まれる悲しみを異界の住人に知って欲しくないからこその気遣いもあったのかもしれない。
「本来は、私達と人間は友達になんてなってはいけないのよね。短命種の方はいざ知らず、長命種からすれば時の流れと共に友達が出来ては失うを果てしない時間繰り返していくわけだから」
「…お二人は、私達のことを友達だと思ってくれてるんですか?」
「いいえと答えて置きましょうか。友達は自分と近しい者で作るべきよ。そうでないと、もし失ったときに余計な悲しみを味わうことになる。まぁ…自分に近しい者である程、それを失った時の悲しみは比べ物にならないんでしょうけど…」
物悲しげにため息を吐きながらそう言うフィリアは私の頭に手を起き、撫で始めた。
しばらく沈黙が続きその間フィリアの柔らかく繊細な手の感触を楽しんでいたが、途中で空の手を両手で掴み手のひらで包み込むように握った。
「フィリアは私がいなくなったら悲しんでくれる?」
「…もしその時がきたとしたら、私はどう思うかは分からないけれど…少なくとも後悔はしてないと思うわ」
「…そっか」
「…良いですね、姉さん」
「創作意欲が沸きますねー」
「あれぇ!?今結構真面目な話してなかった!?」
「ええ勿論。ですが残念ながら私達はあくまでお二人をお客としてしか認識していませんから。客とは明確な線引きをする、商売の基本ですよ。この中でお二人は特注とかで結構なお金を落としてくれて、その上で創作意欲までくれるお得意様、だと思っています。」
「冷めてるわね…商魂…いや、人間として逞しいと思うわ。正直、羨ましいわよ」
「それくらいの気概でないと、商いはできないですからね。それに…」
「近しい人を失うことを悲しむくらい、人間だってしますしね!」
似た顔立ちの姉妹は逞しくも眩しい笑顔で、残酷で、冷酷で、そして儚い現実を語るのだった。
「というわけでフィリアを着せ替え…ゲフンッ、新しい服を着せてあげようか」
「本音漏れてるわよー?」
「今回は実は姉と一緒の共同製作です!」
「いかんせんモデルが良かったものですから、デザインを決めるだけでも寝る間を惜しんで二週間、残りも店を休業してまで徹夜で編み上げましたよ」
「ちょっ、そこまでしないで!なんか罪悪感が凄いじゃない!?」
「「私達仕事に誇りを持ってますから!」」
「だめだねこの姉妹」
「あんたが言うな」
「解せぬ」
仲良く決めポーズ的なものまで決めて努力と苦労をアピールするリエナとサリエラ。
それに突っ込んだら何故かフィリアに同類扱いされたことに納得がいかないが、ひとまず話は進みフィリアを更衣室に詰め込んだ。
着替え中何度か文句のような戸惑いのような声が聞こえた気がするが、着替えを待つ私達三人は住ました顔でカーテンの前に立っていた。
そしておよそ五分後…
「いや、デザインは私としても可愛いと思うし、サイズとかもぴったりだし、服としての文句はないのよ?だけど…」
そう言いながらカーテンが開かれると、そこにいた美少女の姿に私達は息を飲んだ。
艶のある黒い髪と対になるような白い肌とノースリーブの白いワンピース。背中は腰辺りまではだけていて、悪魔の翼がはためいている。襟はチョーカーに引っかけるような構造で、スカートの部分は膝下あたりまであるフレアスカートになっている。
足は黒いタイツで多い、二の腕まで覆う黒いロンググローブも相まって、白と黒のコントラストと手足は隠して背中は大きく見せるというデザインが美しい芸術品のような仕上がりだ。
「綺麗…」
「この仕事やってて良かったです…」
「協力して正解でしたね…」
「ちょっとー!?」
呆ける私達の肩をそれぞれ激しく揺さぶって半ば強引に正気を取り戻させたフィリアは肩身狭そうに店の接客用の椅子に座った。
「これ…いくらかかったの?」
「最高のモデルには最高の衣装を着せるべきですからね!帝都の本店まで行って織物屋から最上の生地を仕入れてきましたよ!」
「通りでやたらと生地の質が良いと思ったのよ!何この新手の嫌がらせ!しかもこの布下手な魔道具より魔力を含んでるじゃない!」
「彼の黄道十二将星の序列四位、メルキアス様が趣味で編んだ魔力布で、本人は編んだら満足して市場に流すので、その後高価で取引されてるんですよ」
「また国が一枚噛んでるし!」
「っていうかメルキアスにそんな趣味あったんだね。しばらく同行したときに生真面目な印象だったから、そういう一面があると思うとちょっと可愛いかも…」
そういうとフィリアが少しムッとした視線で睨んできた。
それを見たサリエラは「あらあら~」と良く分からない反応をし、リエナは笑顔のままこてんと首を傾げた。
「え?何?」
「別に…それより、どう?」
「うん?勿論似合ってるよ。アルカディアで来てたドレスとかに負けず劣らず可愛いし、何来てても、なんなら何も来てなくても可愛いよ!」
「そんな話はしてないのよ!」
「ええ!?」
何故か拗ねたようにそっぽを向くフィリアを相手にどうすればいいか分からなくなり、サリエラに視線を向ける。
サリエラは口元に手を当てて「う~ん…」と唸ると、こちらに近づいてきて耳打ちをした。
「…」
「…なるほど。ありがとね」
そのアドバイスを元にフィリアの背後からゆっくりと近づき、背中に飛び付いて抱き締めた。
「きゃっ!?な、なにしてるのよ!?」
「いや、なんか拗ねてたから」
「別に、拗ねてなんかないわよ」
「そう?じゃあ改めて…」
「…?」
フィリアの手を取り、赤い瞳をしっかりと見て言った。
「本当に似合ってるし、可愛いよ。今度、それ着てお出かけしたいな」
「…っ!」
私がそう言うとフィリアは顔を赤くして視線を逸らしたが、少しして今度はこちらの目をじっと見つめた。
「なら、今度はミシェルの服を頼んで貰うから…ミシェルはそれ着なさいよ…」
「…うん!」
「面と向かって心の底から口説かれて照れない女の子なんていませんからね」
「姉さん、権能でなんか読んだんですか?」
「私はただ不器用な天使に翼を授けただけですよ?」
「おお…なんか良い感じに詩的な表現ですね!そのキャッチコピーでまた新たな創作意欲が沸いてきます!今度はミシェルさんがモデルになってくれそうですし、早速デザインから考えなくては!」
「ふふ、私も手伝いますよー」
ちなみに服の製作にかかった分の費用込みでかなり高額の料金はしっかり取られたのだった。
遠くにオルターヴを見下ろせる高原に整列する大勢の人影。
そしてその先頭に立つ人物は、手に持っていた紙───新聞を、ぐしゃりと握り、地面に放り捨てた。
「何が"黒い獣"を打ち倒すのに協力した天使と悪魔だ…皇国の連中はそんな安っぽい擁護記事…偏向喚起記事を真に受けて人外をより受け入れようとして…嘆かわしい!この世は人の世界だ。天使など天に還れ、悪魔など地獄に落ちろ、人外など総じて滅び去れ!我ら聖騎士が、人の世に真なる繁栄を与えようではないか!」
平と起、或いは平と没、それ即ち表裏一体───




