第二百五十二話 私達が悪いの?
「はい」
「はいじゃないけど?」
溜まっている問題事を消化する為にブラッドレイ家の調査に来た私達だったが、そこでブラッドレイ家の悪評を聞いている内にそこの次女である吸血鬼、ケランと遭遇。
監視していた所補足されて戦闘になった訳だが…完結言うと、まああっさり勝った。
二体の眷属のお供もそこそこ強かったが…意思が無い操り人形で力押しばかり、ケランも自信満々に現れた割に高い魔力を無造作に操るぐらいで、私達との経験の差に加え離れてた所で控えてたフィリア達の介入もありものの数分で制圧。
回想しようにも味気無いぐらい簡単に捕縛し、現在ケランはぐるぐる巻きにされて地面に転がされていた。
ちなみに二体の眷属の方も鎖と封印で拘束され身動きが出来ないようにされている。
「いや〜…その、ね?」
「ね?じゃないけど?」
「一応言っとくけどその縄水聖水を吸わせた上に銀粉混ぜてるから魔族寄りの吸血鬼じゃ触れ続けてる限り霧化とか蝙蝠化出来ないわよ」
「うぎー!!」
「ミシェルちゃんフィリアちゃんどうするの?今の家に焼き払うとか海の底に沈めるとかする?」
「ひぃぃ!?」
「こらこらいじめないの…まだね?」
「鬼ー!悪魔ー!児童虐待!」
「うるさいなぁ…」
「ちょっ、やめてぇ!?」
逃れようと藻掻くケランの頭をユラがその辺の棒でバシバシと叩く。
下手なことしないように釘は刺したのであまり力は篭っていないようだが、傍から見ると絵面が酷すぎるから控えて欲しいものだ。
さて、ともかく別に虐めたくて捕まえた訳じゃないので本題に入ろうとケランを棒で叩き続けるユラをシーディアスが諌め、ケランの前に屈んだ。
「聞きたいことは色々あるけど…取り敢えずあの眷属だけど、何処の人?」
「…私は知らないよ…随分昔に父さんが拾ったって…ウチの眷属の中では特に強い方だからいつも私の護衛に付けてくれて…」
「…ブラッドレイ家には眷属がどれぐらいいるの?それは最近も増えてる?」
「うぅ…私もそんなに知らないって。全部で何匹いるかなんて…でもちょいちょい増えてはいる気はするけど…」
「…じゃあブラッドレイ家は日常的に人攫いとかしてる?」
「…」
「フィリア」
「はぁ…ちょっと良心が痛むけど…これ、何かわかる?」
「え…?何、それ…」
「ほら、嗅いでみなさい」
「…?…うぐっ、ちょっ、そんなもの嗅がせないでよ!」
フィリアが取り出したのは、吸血鬼が種族として嫌う成分やら何やらを大量に混ぜ混ぜした暗黒物質が詰め込まれた瓶だった。
ケランの拘束に使ってる縄もそうだが、今回の調査の為に急ごしらえで作成したものだ。
勿論直接体内に大量に投与されない限りは流石に吸血鬼でも命に支障が出るようなものでは無いが…その効果は吸血鬼としては幼いケランには絶大らしく、顔を青くして瓶から離れようと這いずり始めた。
やはり傍から見たら絵面が酷いが、調査の為だと心を鬼にして尋問を続ける。
「これね〜、もっと濃縮とかしたら効果を上げられるらしいんだけど時間が無かったから今回使うのはここまでとして…質問に答えてくれないとこれどんどんぶっかけてくからね?」
「いや、え?ちょっ、嘘でしょ?そんな酷いこと許されるわけ…」
「酷いことしたら許されないの?なら君は…君達が許されることも無くなるんじゃないかな?」
「…そ、んなこと…わ、私を誰だと思って…」
「はい、じゃあ続けていいよ」
「…ミシェルさんちょっと怖いですね…で、もう一度質問するけど、ブラッドレイ家は昔も今も人攫いを続けてるの?答えないと姉さんがどんどんそれかけるからね。僕も実験に付き合わされたけど…肌が焼けるように痛むし、直ぐに流さないとどんどん皮を、肉を溶かして骨まで見えるぐらいぐずぐずになって…僕はそこそこ再生能力が育ってるから完治したけど、まだ吸血鬼として未発達な君がこれを浴びたら…一生痕が残るかもしれないね?」
「やっ…や、やだぁ…」
淡々と詰めるシーディアスと、微笑んで先程の瓶をケランに向けてゆっくりと傾けるユラに余程の恐怖を覚えたのか、ケランは涙目になって縮こまった。
十数年生きてるとはいえ種族によっては精神性の発達にかかる時間に差異があるし、まだ精神的にも子供の部分が多いケランには酷な尋問かもしれない。
あまりの恐怖からか言葉も覚束なそうなので一旦仕切り直そうかとも思ったが、怯えるばかりで質問に答えないケランに内心苛立っていたのかユラが瓶の中の液体を軽くケランに零した。
「ひぃっ!?」
「ほーら、早く答えてよ〜。私君の所のクソ長男に言い寄られてすっごく不快だったんだから。オマケにせっかく今の内にミシェルちゃんとフィリアちゃんと一緒にたくさん遊んで過ごして愛を育もうとしたのに…問題事起こされてこんなことに時間使わせられてあんまり気分良くないんだよね」
「も、問題事って…そっちが急にお父さんを殴ったのが悪いんでしょ!」
「それはそう」
「お父さん、お母さんにめっちゃ怒られてたよね」
「あの温厚そうな人をキレさせるのもどうかと思うわよ。どんだけ嫌な奴なのよ」
「ひ、人のお父さんを嫌な奴って…」
「ていうか早く答えてよ。こっちだって暇じゃないんだって〜」
「ひぃっ…やめてよ…やだぁ…助けてぇ…」
反論しようとするケランにユラが再び瓶の中を零す。
先程からケランの服の上からかけてるので、液体が若干粘ついてることとケランの服のツルツルとした材質も合わせてそれが染みて肌に到達することは無いようで、今はただケランの服が汚れていっているだけだ。
が…液体をかける手が段々と露出した首周りに近づいているため、その事に気がついたケランはいよいよ泣き始め、しかし下手に液体が肌に触れ無いように暴れることも出来ずにいる。
もうここまで来ると流石に可哀想になってくるが…私も一旦止めようかと考え始めると、観念したのかケランが泣き声混じりに話し始めた。
「うぐっ…ひぐっ…ひ、人は…お兄ちゃん達が…うぅっ…最近持って帰ってきててっ…何人か返してるけど…たまに、眷属に変えてるのも見た…ぐすっ…」
「見た限りでは、どれぐらい?」
「だっ…だい、たい…私がみた、のは…二十とか、三十とか…」
「…他にも聞きたいことはあるけど、取り敢えずこんな所かな。姉さんもうやめて良いよ」
「いや、せめてこの中身全部ぶちまけてこの生意気な高そうな服だけでも駄目にしてやるんだ」
「陰湿!」
「ひぐっ…私の、お気に入りなのに…」
「ほらほら虐めはもうやめなさい」
「む〜…フィリアちゃんが言うなら…」
余程ブラッドレイ家そのものが嫌いなのか活き活きと嫌がらせをすることを厭わないユラに若干ドン引きしつつもなんとか瓶を返してもらい、縛り上げられたままのケランについては回収して事が済むまでは不夜城で軟禁することになった。
とはいえここから不夜城の方まで帰るとなるとブロウロを封じに行く作戦に間に合うか怪しいので…一応事前に貰っていた連絡用の魔道具を使ってある人物に連絡をする。
その後暫く待つと…
「…っと、待ったかい?」
「いえいえ、大分早いです。こんな時間にすみません」
「厄害攻略戦の要になるレクトがゴタゴタで動けなくなったりでもしたらたまったもんじゃないからねぇ」
空間に開いた孔からひょいっと現れたのは、アーサーさんだ。
ケランとお供の眷属二体を不夜城まで運んで欲しいと頼んだのだが…またお酒を飲んでたのか若干顔が赤いが言動に影響が出るほどでも無さそうだし、特に心配する必要もないだろう。
時間を置いたことで多少は落ち着いたケランだったが、私が担ぎ上げそのままアーサーさんに手渡された事で再び暴れだした。
ちなみに散々例の液体をかけられたケランがお気に入りだと言っていた服はそのままにしておくのも危ないので脱がされて今はキャミソール型の肌着姿になっている。
多分色々な意味で彼女にとって今日の出来事はトラウマになるだろうことにちょっと罪悪感が湧いてきたので内心で謝罪だけしておく。
「わ、私をど、どうする気!?こんなケダモノに渡して…また酷いことするの!?」
「そんな事しないでしょ…しないですよね?」
「しないけど?」
「冗談ですよ…じゃあ話した通り不夜城までこの子お願いします」
「はいはい…ほら、暴れたら危ないぞ〜」
「い〜や〜!!助けて、お兄ちゃ〜ん!お姉ちゃ〜ん!」
アーサーさんが思いっきり跳躍すると、ケランの叫びも遠方に響きながら消えていく。
ある程度上昇したアーサーさんは転移門を開くとそこに飛び込み、姿を消した。
これからどうするか、ゴルベッドに調査に来て早速の収穫があった訳だが、正直ケランの証言だけでブラッドレイ家を本格的に責めるのは難しいだろう。
見ての通り本人があんな子供らしい精神性だ。
言い逃れの仕様は幾らでもある。
しかしケランをほぼ誘拐した形になった訳で完全にブラッドレイ家と敵対することは避けられないので、ここからは時間の勝負となる。
目標としては先程話にでたブラッドレイ家でも特に好き勝手やっているらしい長男を抑えられれば摘発にぐっと近づくだろう。
関係者を捕縛する度に輸送はアーサーさんに任せるとして、今からブロウロ封印作戦までおよそ三週間、聞くにブラッドレイ家の連中は数日家に帰らず遊び歩くこともあるそうで、定期的に連絡をしていたとしてもケランの事が怪しまれるまでに三日程…少なくとも明日直ぐに騒ぎになることはないだろうと思われる。
勿論不足の自体も考えなければいけないが…
「手っ取り早いのはブラッドレイ家が直接管轄に収めてる集落に乗り込むことだけど…全面戦争になった場合はどうなるかしら?」
「…ケランの話や世間に聞く噂が本当ならあそこは大量の眷属を抱え込んでるはず。それに、あそこの当主は生きてる年数だけなら父さんより上だし、単純な吸血鬼としての力ならそれこそ父さんを超えるかもしれない。勿論実際に戦ったらどっちが強いかで言えば天秤の資質がある分父さんが圧倒的に上だろうけど…」
「もうお父さん呼んで直接あいつらの家潰せばいいのに…」
「腐ってもこの国で高い権限を持ってるんだから無理だよ。なんの証拠も無しにそんなことしたらそれこそ厄害との戦いまでに何かしらの不都合が起きるかもしれないし」
「ともかく、もっと調査は必要ですって事だよね。早い内に終わらせたいし、このまま今日はそのブラッドレイ家がある領に行かない?」
「そうね。私としてはさっき聞いた話だけでも個人的には『やってるな』って断定してるけど…それを前提として調査すればそれなりに進むでしょう」
「私は最初から断定してたもん!」
「はいはい、後でさっき言ってた神器見せてね」
「うん!添い寝の約束ね!」
「…私もうフィリアのそういう所諦めた」
「僕も姉さんのそういう所諦めた」
まだまだやることはあるが、欲望に正直な連中に肩の力が抜ける私とシーディアスだった。
脅迫、尋問、割と手慣れて…?───




