第二百四十八話 偽りの虚無
「ねえねえシーディアス。昨晩どっか行ってた?」
「父さんから連絡来たからお使いに自警団の支部までね。こっちで調べた事を伝えに行ったぐらいだから大した用事じゃないよ」
「そう?」
レイさんの館でリオやユラを交えて夜更かしをして過ごした翌朝。
ユラとシーディアスが話しているのを聞き流しつつ、私達は外出の準備をしていた。
ユスタリヤに来てから今日で三日目だが、何だかんだ中々濃い出来事が多かったのでまだそれしか日数が経ってないことが驚きだ。
今日は昨日に続き大雪が降り、地面も膝ぐらいまで積もっていて少しばかり歩きにくいだろう。
カバンから太もも丈のニーハイブーツを取り出しそれを履き、ユラとシーディアス、そして昨日と同じくリオも連れて私達は街に繰り出したのだった。
「うぅ…確かにお出かけは楽しいですけどここまで積もったり寒かったりするとあんまりですわね…」
「雪かきもあまり進んでなさそうだね。お手伝いでもする?」
「えぇ〜、面倒くさーい。でもミシェルちゃんがどうしてもって言うなら…」
「姉さん最近本当に自分の意思ないよね」
「ちょっとお!いくら弟でもお姉ちゃんに対して言っていいことと悪いことがあるじゃん!」
「まーた始まった…ちょっとミシェル。止めてきなさいよ」
「なんで私!?っていうかフィリアも最近あの二人の相手面倒臭くなってきてるでしょ!」
「あーあー、せっかくのお出かけが…皆さん落ち着きなさい!」
そんな肌寒く雪が深く降り積もる中でも喧しく騒ぐ元気な私達だったが、暫くそんな調子で人が少なめの街道を歩いていた時、フィリアから借りた文字の翻訳用の片眼鏡が雪が張り付いて見にくいので代わりに権能を弱めに発動させ看板を見て回っていると、遠くの方で黒い靄のようなものが立ち上っているのを視認した。
他の皆は…気付いていないようなので、私の権能で見えるようになっているのだろう。
あの感じには覚えがあるが…はてさて、いつもは同時に感じる敵意が無いので何があるのかと、それとなく皆を靄の方向に誘導すると、その原因が広場の真ん中に鎮座していた。
「…あら?あれは…」
「”黒い獣”…の死骸ですの?」
そこにあったのは、馬車の荷台に載せられた黒い獣の首。
骨格は猿人類に近いもののようだ。
何があったのかと様子を眺めていると、荷台の横で何やら人と話している身知った顔を見つけた。
「一体何が…あっ、ガドンさんだ。丁度いいや」
「…ん?なんだお前らか。要件は…こいつか?」
「うん。これって…」
「昨日アーサーが狩ってきたんだぜ?」
「アーサーさんが…いつの間に」
「今回の事で例の厄害との戦いについて色々と話したい事があるそうだし、支部に行ってアーサーと会ってやるといい。それとも予定があったか?」
「いや、適当に街を見回ってただけだけど…良いかな?」
「厄害との戦いに向けての話なら行くしかありませんわ。別に街を散歩するだけならばまた出来ますし」
「そうか、じゃあ今日は滑るから足元気を付けろよ」
「ふふん、子供じゃないんだからいまさらそんなあぁぁぁぁ!?」
「姉さーん!?いい加減ヒール履くのやめなーい!?」
注意を受けた傍からわざとやってるのかと思うぐらい綺麗に凍った地面を踏んだのかすっ転び道の脇の雪をどかしてできた山に突っ込んだユラ。
仕方なく私は雪山から下半身が飛びてている状態のユラを回収しに行っている間、フィリアもガドンさんと何か話していたのが聞こえる。
「ねえ、あの”黒い獣”の死骸ってこの後どうなるのかしら?」
「あー、そうだな。色んな国の連中がサンプルを求めて一部削って持ってくだろうし、こっちとしてはべつに独占するつもりは無いから良いんだが、残ったのはこっちで適当に調べる予定だな。とはいえ自警団は大きな研究施設とか設備を持ってるわけじゃないから専用の機関と比べれば大した事は調べられないだろうが」
「へ〜…ねぇ、ちょっと。良かったらあれ一部私に譲って貰えないかしら?」
「…支部長に聞いてこい。貰えたとしてもとりあえず変なことには使うなよ」
「あら、研究肌の悪魔にする忠告としては随分野暮ったいわね」
「…使うなよ?」
「冗談よ」
ユラを雪山から救出し、その後アーサーさんと話すために自警団の支部まで行くと、ロビーで直ぐに受付の人が出迎えてくれて応接室に案内される。
数分待つと、アーサーさがやって来た。
支部長のノイジーさんは…今は不在らしい。
「よっ、待ったか?」
「いいや全然」
「あの”黒い獣”どっから持ってきたんですの?この辺で被害が確認されたという報告は聞いておりませんわよ?」
「クルッセウスの辺境の街だよ。早馬で支援要請が来たから急いで行ってやったんだ」
「ホント足が軽いですわね貴方…」
「それでアーサーさん、話って?」
「おう…っと、その前に、クレイルの所の」
「「?」」
「お前らとは別件で話があるからこの後ちょっと残れよ。内密な話だから他の奴らは外に出ててくれると助かる」
「え…あ、はい。分かりました」
「えぇ〜…絶対面倒な話じゃん…シーディアスだけ残っててよ」
「ミシェル」
「…だからなんで私が…はぁ。ねえユラ」
「うん?」
「今度一緒に出かける時手繋いであげるからちゃんと聞いてあげてね。勿論聞き流すとかじゃなくちゃんと話を理解するようにね」
「うん!分かった!」
「続けて良いかい?」
「あっどうぞ〜」
乱用するつもりは無いが最悪私達で軽いご褒美を上げれば手綱を握れるようになってきたユラの話は置いといて、アーサーさんがひとまず私達を呼んだ理由である今回の”黒い獣”の事についてを話し始めた。
事の発端としては最初に言っていたように”黒い獣”に襲撃されている街から支援要請を受け取った所からだと。
「なんでこの街に?そのクルッセウスって国の辺境でしょ?最初にアーサーさんが着いたの?」
「勿論国自体に連絡は回ってたようだな。まああの国軍事力とか兵力とかはかなり弱い方だから、そこから更に他の国に夜雲会の緊急用の速達便を出してたらしいな。で、俺がいるってことでここにも連絡が来たんだが、それで俺が他の誰よりも先に着いたって話だ」
「昨日の話よね?移動時間と移動距離どうなってるのよ」
「ふむ、丁度良いし、今度厄害とやり合うのに早めに情報共有したかったから話しとくか。俺の権能は『転移門』。俺の半径十メートル以内か、俺の視認できる範囲内に転移門を作ることが出来る権能だ。これで高い所に跳んで地平線付近に転移門を開けばかなり移動距離を稼げるんだ」
「権能で転移門…」
「魔法の知識とかが無くても使えるのは便利だし魔力が続く限り幾らでも使えるのは便利だが、何もかも上回ってる訳じゃないぞ。座標を指定出来ればどこにでも転移門を作れる魔法と違って、俺の権能は俺の近くか視野内に限定されるし、一度に作れる転移門の数は『入口』と『出口』の二つだけだ。一方通行ってわけじゃ無いが」
個人の有する権能としては中々強力な部類と思われるアーサーさんの権能。
確かに聞いた限りだと効果自体は空間系統の魔法で使える転移門のそれよりは劣るかもしれないが、使い勝手は恐らく断然良いはずだ。
皇国と神教国の戦争の時に戦ったカトロスみたいに恒星付近に転移門を開いてその熱量を地上に放出するなんて馬鹿げた事は流石に出来ないだろうが、後は本人のセンス次第で幾らでも活かしようがある。
その権能にも少し興味はあるが、話は流れて本題に入った。
「さて、それでお前達も見ただろうあの”黒い獣”と俺が戦った訳だが、まあ大した相手じゃなかった。並の軍隊じゃ相手にならないだろうが、俺からすれば楽な相手だ。で、それは良いとして今回”黒い獣”が討伐されたことで、確認できている限りでは今この大陸に存在する”黒い獣”は厄害の一体だけになった」
「「!」」
「まあ足取りが追えていない奴もいるから知らん間に入ってきてるやつもいるかもしれないが…それでも他に憂いが無いのはそれなりに安心出来る材料にはなるだろう?」
「お父さんもどこに集落の人達避難させようか悩んでたし、他に目立った脅威が無いならいくらでも疎開先はあるね。でも、別にあいつら群れてるわけじゃ…いや、組んでた奴は居たけど…」
「不夜城を襲った”黒い獣”の話はクレイルにも聞いた。これまでは知能が無く本能で行動してると思われてた”黒い獣”が、ここ最近明確に意思や知識を活用していると思われるような動きをしていることも。奴らも協調することがあると分かった以上、目標以外を先に倒しておくことに損は無い」
「…それで、結局何が…」
「だが、歴史上でお前らが戦った”黒い獣”以外にも明確に他の”黒い獣”に協力してる…いや、付きまとうように集まってくる”黒い獣”も確認されている。必ず現れるわけじゃないし、そこの二人が前に厄害と戦った時には現れなかったらしいが、奴らは特定の周期で活動を始め、”黒い獣”のいる場所に集まる習性を持っている。その周期がいつも通りなら大体一月後────」
「─────『ブロウロ』。ウロの翼から抜け落ちた羽から生まれる数十、数百万の群体からなる”黒い獣”。奴らに決戦を妨害される前に、こっちから寝込みを襲って封じるぞ」
来たる決戦に向け、詰め、寄せる───




