第二百四十四話 英雄の舞踏
ユスタリヤの街をミシェル達がビュリオーネの案内を受け巡って回る一方、一向に注意をしたアーサーとガドンは自警団の支部に戻り、ロビーの端にある席で支部長のノイジーと向き合って相談をしていた。
「んで、最終的に教団はなんだって?」
「どうやら教団の者が厄害に随分と酷い目に合わされたらしくてな。それで大変ご立腹だそうだ」
「だろうな。連中の妙な仲間意識の強さからすると、厄害との戦いに助太刀したいとでも言ってきたか?」
「『教団として』の支援は無いそうだが…個人的に動こうとしている者はいるようだな。残念ながらリーダー自身は直接動きはしないらしいが」
「そうか。あそこの天秤が力を貸してくれんなら大分楽になるだろうに、重い腰を上げてくれねぇなぁ。おいガドン、お前は行くか?」
「ん…勘弁してくれ。俺はお前についていける自信が無いぞ。第一、ビュリオーネ嬢にすら良いように翻弄されてたあの天使とその連れの悪魔ですらまともな戦力になるか怪しい。それに、正直に言って厄害を相手にするなら俺はお前が”最低限”だと思ってる」
「ふうん、まあ俺もまともに通じるとは思ってないな。天秤か、或いはそれに匹敵する奴がいないと厄害を倒し切るなんざ無理に決まってる」
「…そうは言うが、どれだけ戦力を集めても確実に勝てるとは言い難い。ならば手数は多いに越したことはないだろう、少しでも戦力を集め全力を持って臨まねば勝利をもぎ取れる相手ではないのだから」
「…だってよ」
「…だから俺は無理だよ。せいぜい身の丈にあった働きはするさ。お前がいない間の連合と砂漠の境界くらいは守ってやる」
「そいつはどうも。まともな戦いが始まれば砂漠中のほぼ全部の魔物や魔獣が大移動するだろうからな」
「他の支部や他国とも掛け合って当日はなるべく砂漠方面に多くの守りを固める。直接的な支援は行えないだろうが…健闘を祈るぞ」
「はっ、決戦までまだまだ時間はあるっつーの」
今生の別れかのように言うノイジーからの言葉をアーサーは鼻で笑い飛ばすと、おもむろに席を立ち上がり他の自警団のメンバーが集まり何やらザワついている場所まで歩いていった。
ガドンとノイジーは一瞬頭に?を浮かべたが、そこに何があるのかを思い出すとやれやれと呆れたように苦笑する。
「…!アーサーさん!」
集まりにアーサーが近付くと、それに気が付いた人から道を空け、掲示板にデカデカと貼られている髪に目を通し、適当に近くにいたメンバーに事の次第を聞いた。
「どれ、噂に聞いた例の件か?」
「は、はい!全ての支部にエルトハイエルンのオルバット公より国家直々という扱いで調査依頼が出されました!」
「内容は…”黒い獣”か。だが厄害では無いのか」
「どうやらノクス公による厄害との決戦の前に不安要素を可能な限り排除したいとの事で、追跡し発見したそうです」
「オルバット公が…?ん〜…どの個体…”ハングラー”か。よし、肩慣らしにちょっくら行ってみるかね」
アーサーは依頼の内容と最後の補足地点を確認すると、支部を出て雪の降る空を見上げる。
そこに、布が巻かれた棒のようなものを担いだガドンが追ってきた。
「ほい、忘れ物だぞ」
「おっと、すまないな。最近あんまりこれ使うような仕事してないからこんなのあった事すら忘れかけてたわ」
「なんだそりゃ。一応相手は”黒い獣”なんだから、油断はすんなよ?」
「分かってる分かってる。一応近くの支部に連絡入れて監視用の人員を派遣してもらって置いてくれ。負けるつもりはないがうっかり取り逃さないとは限らないからな」
「了解、厄害と戦う前に大怪我するとかやめてくれよ?」
「ハッハッ、俺を誰だと思ってんだ?」
ガドンからの心配に笑って返すと、アーサーはガドンから受け取ったものを肩に担ぐとその場で天高くまで跳躍し、その際に生じた風圧でガドンは飛ばされないように踏ん張った。
周囲の建物の窓や扉もガタガタと揺れ、それが収まってからガドンが空を見上げても既にアーサーの姿は無く、空には輪のような跡だけが残っていた。
連合に所属するとある国の街。
それを襲うのは未曾有の災害、漆黒の暴威。
街には火の手が周り、人々は阿鼻叫喚として逃げ惑う。
守衛がいない訳では無いが、自警団の支部すらない小さな街には十分な戦力はおらず、守衛達は必死の抵抗をするも”黒い獣”に良いように翻弄されていた。
建物の上を、壁を、縦横無尽に飛び移り高速で駆けるのは、人型に近い、しかし異常に発達した上半身と長い腕が特徴的なその”黒い獣”は、適当な店の看板に使われていた支柱をへし折ると、それを投擲して守衛の一人の頭部を貫き絶命させた。
仲間の死にも臆することなく守衛達も矢を射掛け、魔法を使えるものはそれで攻撃するが、おどみによる魔力な乱れにより十分な威力は出ず、矢もその機敏性にはろくに命中させることも出来ず、投擲を主として攻撃してくる”黒い獣”に対してまともな反撃手段が無い守衛達は一方的に嬲られ、もはや逃げる住民を守るために気を引くことすら困難になるまで数を減らしてしまった。
『─────────!!』
”黒い獣”が奇声を上げる。
足止めする戦力を無くしてしまった守衛達にまるで勝ち誇るように叫び胸を叩く”黒い獣”は、気が済んだのか途端にスンと興味を無くしたように俯くと、戦意を奪われた守衛の前に降り立ち、巨木のように太い腕を振り上げ───
───顔面の前に開いた孔、その奥にいた男と目があった。
「おりゃあぁぁぁぁぁ!!」
『────!?』
次の瞬間、孔から飛び出てきた男によって”黒い獣”の顔面が殴り飛ばされ、その大柄な体躯が吹き飛び、後方の建物に突っ込んで建物の崩壊に巻き込まれる。
男は呆然としている守衛の方に振り返ると、顎をしゃくって退避を促した。
男の正体を察した守衛達は慌ててその場を離れ逃げる住民達の誘導に専念し始めたのを確認すると、男は担いでいた棒状のものに巻かれた布を解き、男の身長程の長さのそれを調子を確かめるようにグルグルと回す。
「久しぶりに使うが…案外これくらいじゃブランクになんないもんだな。さて、やるか。獣畜生が」
『─────!!』
覆い被さる瓦礫を吹き飛ばした”黒い獣”…”ハングラー”は、男…アーサーの姿を認めると威嚇するように奇声を上げ、風圧が周囲を舞っていた砂塵を吹き飛ばし、視界を明瞭化させる。
対してアーサーはそれに怯むどころか一歩、二歩とハングラーに近付き、六メートル程の体長はあるハングラーの足元まで行くと朧気な光の灯る目のある顔を見上げた。
「実は初めてなんだよな、黒い獣とやるの。厄害除きゃ大方竜よりは強くねえらしいが…試してやるよ」
『────────────!!』
先に動いたのはハングラーの巨腕。
両腕を組みハンマーのように叩き付けるだけの単純な攻撃は、たったそれだけで地面に大きな亀裂を入れ周囲一帯の建物群をまとめて崩壊させる。
人間が受ければまず原型すら留まらず血溜まりになるだろう強烈な一撃。
『…?』
しかし、違和感に気が付いたハングラーは腕を叩き付けた地点を確認するが、そこには死体どころか血痕すら残っておらず、首を傾げる。
そして、ハングラーの頭上に再び孔が開いた。
「…確かに、おどみってのは厄介だな。俺のゲートの展開に時間差が発生した」
『────!?』
「まあお前が鈍すぎるから問題ないんだが、な!」
『!!?』
開いた孔から姿を表したアーサー。
声をかけられ咄嗟に反応し見上げたハングラーだったが、そこに丁度よくアーサーが操る棒によって眉間を撃ち抜かれ、巨体を大きく揺らして仰向けに倒れる。
起き上がろうとするも、そこに顔の横に開いた孔から三度現れたアーサーにより棒でこめかみを打たれ、真横に転がる。
アーサーに対しての敵意を強めたハングラーは腕を滅茶苦茶に振り回し、手数で攻めることを選んだ。
「なるほど、実際そこまで適当な攻撃となると先読みも何もねえから俺の反応がものを言う。だがさっきも言ったように…」
アーサーの目の前に孔が開き、アーサーはそこに飛び込む。
それから数秒遅れて足元に孔が開いたのを確認した瞬間、ハングラーは滅茶苦茶な動きから一転、狙い済まされた神速の殴打をそこに向かって振り下ろす。
そこからアーサーが出てくることを見越しての会心の一撃は────孔から飛び出てきた鋭い石柱がハングラーの腕に突き刺さり、黒い体液が飛び散る。
『─────!?』
「鈍い」
ハングラーが怯んだその瞬間に上空に開いた大きな孔から、アーサーと巨大な岩が飛び出て、そして落下する。
十メートルはある巨石に対して、ハングラーは無事な方の腕を振り上げてそれをかち割り粉砕するが、瓦礫に紛れたアーサーの操る棒により頭部を叩かれ、顎を打ち上げられ、首を打たれ、両足首を殴られ倒れた所に、フィニッシュの締めとして鼻を殴り飛ばされ吹っ飛ばされる。
「ふむ、流石にタフだな。にしても、ある程度魔力が強い生き物と同じように打撃や魔法には高い抵抗力があるが、鋭利なものによる刺突…あとは斬撃なんかには弱いのか?機能としては反射とほぼ同じ…いや、おどみは魔力を阻害するらしいが、それはそれとしてお前らにも魔力は備わってるのな。厳密には性質が違うかもしれんが」
『────!!』
「面白い。別に戦うのが好きって訳じゃ無いが、それはそれとしてやるなら楽しい方がいい。だから、な?」
アーサーが悪意のない笑みを浮かべながら一歩詰めると、ハングラーは逆に一歩引いた。
「大仕事が控えてるんで、その為のやる気を出させてくれや」
悪い無き暴威、悪い無き闘志───




