第二百四十話 開闢の英雄 アーサー・クランベリー
「アーサー?」
「ストロベリー?」
「クランベリーだよ嬢ちゃん…あぁ、俺を知ってるのかい坊主。我ながら有名になって肩身が狭いもんだよ」
「あ、いや…昔父さんの付き添いで連合に言った時に見たことがあったので…」
「え?いつの間に?私初めて見た〜」
西の大陸西部に在る小国の連合、その国の一つであるユスタリヤに存在する自警団と呼ばれる組織の支部に立ち寄った私達が出会ったのは、気さくに振る舞う赤髪の男だった。
シーディアス曰く、連合の英雄と呼ばれているらしいが…
と、そこに先程会った男を伴って現れた老齢の男性がアーサーさんに怒鳴り声を上げた。
「おい!アーサー!お前来てたなら声かけろって言っただろ!」
「お、支部長。いやぁ、今日は一人で飲みたい気分だったもので…」
「そういう話をしているんじゃない!こっちはお前の立場を守るのにどれだけ尽くしてやってるか…!」
「あの、支部長…先程伝えたお客人が来ているのであまり…」
「ん…んんっ!失礼、ノクス公のご子息とご息女殿。そして…」
「天使のミシェルです」
「悪魔のフィリアよ」
「…なるほど」
「えっと、物珍しく見られるのはもう慣れたものですから気を遣って貰う必要はありませんよ?」
「そうか、すまない。それで色々と要件があるのだったな…ああ、先に挨拶を済ませてしまおう。私は自警団のユスタリヤ支部を預からせてもらっている”ノイジー・ウデア”だ」
「ははっ、若い嬢ちゃん達を前に緊張してるんじゃないかノイ爺」
「気安く呼ぶな馬鹿者!はぁ…ガドン、この飲んだくれを連れ出せ。内密な話だ」
「だってよアーサー。大人しく俺と外で飲もうぜ」
「厳つい男だけ増えて酒が上手くなるもんかい。はぁ…奢れよ」
「テメー金あるだろ!?」
私達相手にする時とは打って変わって身内にはふてぶてしいアーサーさんをさっきの男───ガドンさんと言うらしい───が店の外に引っ張り出し、周囲で飲んでいた人達も空気を読んで離れた席に移動したのを確認すると、ノイジーさんはため息を一つ吐いて別のテーブルから持ってきた椅子に腰掛けた。
「ウチの馬鹿が迷惑をかけてしまっていたらすまない…さて、要件は聞いている。自警団に例の厄害に関する情報を聞きに来たのだったな?」
「はい、父さんからの依頼でこの後シャルヴェール公の元にも行く予定です」
「ふむ、公の所にもか。まあ議会と民営のでは持ちうる情報の幅ば違うだろう。議会も預かり知らぬ情報を提供することは出来るだろう…して、見返りは?」
「…父さんからの言葉をそのまま伝えるならば、『モードファウストを必ず倒す』、と」
「…信じよう。どの道我々は一致団結せねば破滅だ。今調査をまとめた資料を持ってこさせよう。少し待っていてくれ」
「シーディアスこういう話するの上手だね。見習ったら?」
「それ私に振ったのミシェルちゃん?」
「他に誰がいるのさ」
「それよりもユラ、議会って何かしら?」
「うん?聞かれたら答えない訳には行かないねぇ、このユラちゃんに任せて!」
「調子良いなぁ…」
「コホン…議会っていうのは、簡単に言えば連合に加盟する国の代表者の集いだね。基本は各国の王様とかの最高権力者が代表になるけど、場合によっては…その王様の身体状態とか政治能力の問題で代理を立ててる場合もあるらしいよ」
「なるほど、そういう感じね」
ノイジーさんが件の資料を用意している間に話題に上がった私達が知らない言葉について調子良く答えてくれるユラに質問をして時間を潰していると、十数分程度で戻ってきたノイジーさんはテーブルの上に幾つかの資料と図面、そして地図を広げた。
「待たせてすまない。他の支部が内々で調査している場合もある為ここにあるのがその全ての調査結果というわけでは無いが、ひとまずはこれが我々が以前行った彼の厄害についての調査をまとめたものだ」
「…よし」
「あぁ待ちなさい、ミシェル。これ使って」
「え?」
「私もう大体の文字読めるようになったから。とはいえあんたもそろそろ勉強進めなさいよ?」
「ああうん…ありがとう」
私が権能を使って文字を読もうとすると、気を遣ったフィリアがいつも解読の時に使っている片眼鏡型の魔道具を貸してくれた。
私としてもこの世界の文字の勉強はしているつもりだが…やはりその辺はフィリアには敵わない。
厚意に甘えて片眼鏡をかけ、資料を読んだ内容を要約すると概ね以下の通りだった。
・基本的に進行中は敵対行動を取った対象以外に対しては攻撃しないこと、広がっている被害は進行を止めようとした者との戦闘による二次的なものであこと。
・進路を塞ぐような建築物には攻撃的になり、対象以外も巻き込むような徹底的な破壊を行うこと。
・その戦闘能力は常軌を逸しており、国の兵団をも鎧袖一触にしあらゆる火力攻撃でも効果を認められないとのこと。
・最初の出現場所は恐らく大陸北西部であること、そこから海岸沿いに移動したあと、何故か一度進路を曲げて今の進路を取っていること。
・対象の姿は目測三〜四メートル程の人型で、左腕に当たる部位が二股に別れた鞭のような形状になっていて、これは伸縮することが確認されている。右腕に当たる部位は刀剣のような形状をしており、確認できる限り非常に高い切断性能と硬度を持っている事が分かるということ。
・戦闘を観測した結果、対象は特定の範囲に不可視の圧力をかけ押しつぶすような異質を保有していること。これの詳細は掴めていない。
「…随分調べましたね。というか時々ある戦闘や能力の記録って…」
「冷酷な話だが、他所の国が奴と交戦している所をその国の支部の連中が遠巻きに観測させていたらしい。まあどうせ敵わない相手だ、少しでも情報を持ち帰ろうとすることは英断だったと判断している」
「う〜ん、しかし思ったより小さいね?今まで会ってきた”黒い獣”の中でもかなり小型みたいだけど…」
「前の厄害が馬鹿でかかったものね。とはいえサイズの問題じゃないんでしょうけど」
「私竜とかは直接見たことないから、この前の”黒い獣”みたいな凄く大きい生き物見るの新鮮だったなぁ〜」
「ねえ姉さん達話に参加する気ないなら帰らない?」
「ちゃんと聞いてるから。君が思ったより出来た子だから任せてるだけ」
「…はぁ、えっと、ノイジーさん。自警団は今後の対応はどうするつもりなんですか?」
「奴は今は砂漠の方面に抜けて連合の領土からは離れているが、また暴れられないとも限らん。むしろ、何か興味の対象をもってそちらの方へ向かっているのならば奴の用事が済めば今度は積極的に連合が攻撃される可能性すら考慮する必要がある。故に…こちらとしても戦力が必要だった」
「…!やっぱり戦う気だったんですね…」
「善意だけでやっている組織ではないので、国から何度も催促の依頼を受けた結果だがな。もう既に幾つも国を滅ぼされて今更ではあるが…ノクス公は?」
「先程も言った通り父さん直々に打って出るつもりだと。厄害と事を構える以上、天秤の力は必須。そちらとの協力と提携は不可欠でしょう」
「…分かった。後にノクス公へこちらも一報送ろう。勿論前向きな話を、な」
「助かります…今回話したいことは取り敢えずはこのぐらいですね」
「そうか、この後はシャルヴェール公の元へ行くのだったな。公もこの問題で頭を抱えているらしい、せいぜい良い報告で胃痛を和らげてやるんだな」
「そうさせていただきます。本日は時間を取っていただきありがとうございました…ほら、もう行くよ」
話し合いが終わり、シーディアスに急かされて私達も挨拶だけして支部を出た。
すると緊張が解けたのか、シーディアスは腑抜けたような声を上げる。
「あ〜〜〜…疲れた。なんで僕ばっかりこんな…ミシェルさんとかフィリアさんも出来るんでしょこういう話し合いは」
「そりゃ出来るっちゃ出来るけど、予備知識の差かな」
「特にこっちの大陸とか地理に関してはまだ疎いのよね。だから助かったわ〜」
「良かったねシーディアス。ミシェルちゃんとフィリアちゃんの役に立てて」
「なんで姉さんは取り巻きみたいになってるのさ…まだ時間はあるけど、どうするの?早めに行く?」
「もうちょっと見て回ろうよ〜。ミシェルちゃんとフィリアちゃんもその方がいいでしょ?」
「そうね…本屋とかあれば寄りたいわ」
「フィリアが行くなら私もそれで〜」
「だってさシーディアス」
「こいつら…」
割と本気でシーディアスが青筋を頭に浮かべているのを見なかったことにして、結局ゆっくりと歩きながら領主さんの館に向かうになった。
その途中で気になるものを見つけた場合は少しなら寄ってもいい事にはなったが…その時、ついさっき見た顔と再び対面することになった。
「お、嬢ちゃん達。ノイ爺との話は終わったのかい?」
「あ、アーサーさんとガドンさん…でしたっけ?」
「さっきぶりだね。話した内容は厄害について…かな?」
「おいアーサー、その話はここでするな。機密だっつってんだろ」
「失礼失礼…この先はシャルヴェール公の館だけど、次はそこに用かな?」
「はい、元々クレイルさん…ユラとシーディアスのお父さんからのお使いで来てたんで」
「絆の天秤か。これまた大騒動になりそうで…ま〜た俺も駆り出されそうだなぁ」
「その話を次いでにするつもりだったんだろ…お前達、これからシャルヴェール公の所に行くんだったら丁度いい。俺ら…というかこいつも連れてくつもりだったんだ。同行しても良いか?」
「あ、はい…良いよね?」
「まあ問題無いけど…」
「多分大丈夫じゃない?」
念の為ユラとシーディアスの許可も得てアーサーさんとガドンさんも一緒に着いてくることに。
昼前から天使と悪魔と吸血鬼の姉弟と体格のいい男二人が揃って道を歩いている様はだいぶカオスだが、混乱のこもった目線を向けてくる人々を無視して歩いていると、気になっていたことをフィリアが尋ねた。
「そういえばアーサーさんは連合の英雄って話を聞いたけど…どういう逸話があるのが聞いても良いかしら?」
「む、聞きたいかい?と言っても大した話じゃないんだが…」
「謙遜すんな、割とろくでなしのお前でも実力に関しては誰も疑ってねーから」
「さらっと貶された気もするんだけど…」
「お前が話さないなら俺から話してやろうか。こいつは十九年前に連合の南側にあるブローシアっていう国を襲った竜を単騎で撃退したんだ。その後も砂漠から現れる魔物や魔獣の群れを蹴散らしたり、それこそ”黒い獣”を撃退したりとかなり大きな戦果を挙げてるんだぜ?」
「それは…凄いわね」
「魔物の群れとかならまあ私とかでも出来るかもだけど、竜かぁ…ミクリとかナルユユリ並の上位の竜相手なの?」
「ふむ、ミクリとやらはあまり話を聞かないが、ナルユユリは東の大陸にいるって言う世界一大きな竜だろ?流石に魔力とかは劣るだろうが、あれはそのレベルとも遜色無いとは思ってるぜ」
「お前は勝手にそんな煽てて…奢らねーぞ」
「期待してねぇよ」
「なんにせよ人間でそれだけの力があるとなると…」
それこそ、私達は直接その力を見たことは無いが神教国の教王だったというロズヴェルドやマリーエール…法皇様にも匹敵するのでは無いだろうか。
しかし、ぱっと見ただけではイマイチその力を感じ取れない。
権能で見れば何か分かるだろうが、今更そんなに気軽に使うほどの落ち着きの無さも自分への配慮の無さも落ち着いたので使う気にはなれない。
とはいえ興味はあるのでそのうち見れる機会があることに期待するとしよう…いや、その場合大概私達も巻き込まれてる可能性が高いので見る機会がないことを祈るのが正解だろうか。
そうして話しながら歩いて暫く、目的の領主さんの館の前まで着いた。
門番をしていた衛兵さんにはシーディアスとガドンさんが話を通してくれたおかげですんなりと館の中に案内される。
衛兵さんと給仕さんに連れられクレイルさんの不夜城とは違って見栄えよく飾られた館内はこれはこれで見ていて気分がいいものであり、眺めるだけで関心を引き立てられるのは流石はこの国の取りまとめ役の館というべきだろう。
そうして領主さんが待っている部屋への案内されている最中、吹き抜けになった階段のある大広間へ差し掛かった時────
「おいおい場を弁えろよ…」
「?アーサーさん何か言っ…うわっ!?」
アーサーさんが何か呟いた直後、天井から降ってきたのは体長一メートル近くはあるだろう巨大な蜘蛛。
それをアーサーさんは片腕で掴み取ると、地面に勢いよく叩きつけ床を割る勢いで踏み潰した。
胴体を足が貫通した蜘蛛は呻き声を上げ暫く藻掻くが、直ぐに身体が霧散して消滅してしまう。
「…え、何?」
「今のって…精霊みたいな…いや、式神かしら?」
「…悪いが俺は弁償しねぇぞ。ったく、会う度ちょっかいかけてきやがって悪ガキが」
「ははっ、また絡まれてるのかアーサー」
「勘弁してくれ」
「式神ってことは…ビュリオーネちゃん?」
今の襲撃に対しての反応は様々、混乱する私、襲撃者の正体を見抜くフィリア、辟易とした様子のアーサーさんとそれを笑うガドンさん、「またか…」とでも言うように頭を抱える案内をしてくれていた衛兵さんと給仕さん。
そして、襲撃者をけしかけた人物に心当たりがあるらしいユラ。
「ふっ、ふふふ…ここであったが百年目。今日こそは土を舐めさせて上げましてよ?英雄様…いえ、アーサー・クランベリー!…あら、ノクス公の所のユラちゃんにシーディアス君も来てましたのね。それにそちらは…」
そこに、上の階の手すりの上を器用に歩いて現れたのは、光沢のある青い薄地のドレスを纏う少女。
少女の周囲には生身の生物とは違った気配を放つ白い鳥や灰色の狼、先程のと同じ蜘蛛が控えていた。
それらはその少女を主人として付き従っているようで…それで…
「噂には聞きましたわ。東の大陸で有名な天使と悪魔…どうぞご機嫌麗しゅう、わたくしはシャルヴェール家の次期当主…”ビュリオーネ・シャルヴェール”…どうぞお見知り置きを」
手すりの上に立つ少女はその体勢からスカートの端を摘み上げ上品に礼をした。
しかし、それどころでは無い。
既に衛兵さんや給仕さんは目を背け、アーサーさんはガドンさんに、シーディアスも念の為だろうがユラに頭を下に向けて押さえつけられている。
残る私とかフィリアとユラだがやはり気まずい雰囲気で、それを察したのか少女…ビュリオーネもこてんと首を傾げた。
指摘するのも損な役割だが、言わない訳には行かず、仕方なく私は手を挙げる。
「…何か?」
「その、いや…
…そこ立ってると、この位置からだとスカートの中が見えるよ…」
「…?…?…!!?」
指摘され暫くその言葉を飲み込めずにいた少女は、ようやく理解したかと思えば顔を真っ赤にして手すりから降りてどこかへ走り去って行く。
直前まで少女の後ろに控えていた…式神達は、「やれやれ」とでもいうような雰囲気でそれを追い、後にはただひたすらに気まずい空気だけが残るのだった。
「白…」
「お前公に殺されても文句言えねーから早く記憶から消しとけ」
出会いは良い思い出とは限らず───




