第二十五話 皇立美術館
過去投稿内容:二十三話、二十四話より、物語の齟齬、名詞、誤字、その他文章の一部を修正、及び一部追記。
「まあなんやかんや、オルターヴに来たからには美術館に寄っていかないとね。」
「あなた美術品とか絵画とか興味あったっけ?」
「フィリアと行くなら、どこでも楽しい!」
「興味はないのね?」
リエナの洋服屋や、サリエラの装飾店を訪れた翌日。
せっかく芸術や美術が発展しているこの町に来たので、オルターヴで最も大きな美術館に行くことになった。
ちなみに今日のフィリアの格好は昨日リエナの店で買ったゴスロリチックな黒いワンピースを来ていて、首元にはサリエラさんの店で買った桃の花を模した装飾が施されたネックレスを下げている。
色々文句は行っていたが、なんだかんだ気に入ってくれているのだろう。
それを嬉しく思いながら、人が少ない朝方の出発とはいえ念のためマントを羽織ってフードを被り、町を練り歩いていく。
「伝統工芸品っぽいのもあるね。皇国ってどれくらい歴史あるんだっけ?」
「帝都の図書館で見たものだと、二千年近くの歴史があるそうよ。皇帝はセレナの代で四十三代目…だとかなんとか」
「う~ん…アルカディアの二十倍かぁ…」
なんでほぼ無限の寿命を持つ天使や悪魔が作った国より人間の国の方が歴史長いんだ、と少し虚しくなったが、そんなものかとなんとか割り切ることにした。
「百年目で節目とか言ってたのが恥ずかしいわね」
「割り切ろうよ~~!!」
道中一悶着あったが、泊まっていた宿を出て四十分程で目的の美術館に辿り着いた。
いつも思うが、普段飛んだり転移で移動している私達にとってこうして歩いたりなどで地上を移動するのは新鮮で、なかなか楽しいものがある。
空からでは見られない景色、転移で直接辿り着いているから見れない道中。
地を歩くからこそ見えるものが多くなることもあるのだと実感する体験だった。
閑話休題、辿り着いた美術館の名は皇立美術館。
安直だが無理に飾った名を付けるよりかはマシだろう。
例えば黄道十二…何故かチクッとした気配を感じた気がしたのでこの思考を止めた。
「外装は…まあよくある美術館って感じだね。とりあえず柱いっぱい立てとけば良いや、みたいな。」
「失礼過ぎるでしょ。世の中の美術館に謝りなさいよ」
「建築物に謝らなくちゃいけないの?せめて建築家の方じゃ駄目?」
「はい、腰を折って」
「あ、はい」
言われるがままに美術館に向けて腰を直角九十度に曲げるが、周囲を歩く人になにやってんだこの人?という視線を向けられ流石に恥ずかしくなってきた。
「ちょっと…」
「いつもやられてるお返しよ」
ほほほ、とわざとらしく笑いながら美術館に入っていくフィリアを追いかけながらも、ため息と共に笑みを溢すのだった。
美術館の中も相変わらず綺麗で、帝都もそうだった故に皇国の文明レベルの高さが伺える。
飾られている美術品は主に絵画、所々に彫像などもある。
絵画に関しては昔の風景画や風刺画が多く、あまり興味がなかったが、少し気になったりはした。
「思ってたよりも心を惹かれるものだね」
「あら、あなたにも美術品の素晴らしさが分かってきたかしら?こういったものは作品の美しさは勿論、それが作られた時代、製造方法、作り手、素材、作品の題材等々、多くの観点から評価されてその価値が決まる奥深いものなのよ」
「へぇ~…うん?」
「どうし…これって?」
そんな中見つけた絵画を見て、私達は思わず足を止めた。
それは、いくつもの黒い影と、それに剣を向ける騎士達が描かれた絵画。
一見よくある神話関係の絵画にも見えるが、何故かこの絵画が気になったのだ。
「おや?そちらの絵画に興味があるのですか?」
「「!」」
思わず絵画を見つめていた私達にかかる声。
声の聞こえた方向を見ると、栗色の肩辺りで揃えられた髪の、修道服のようなものをきた優しげな青年。
自然な笑顔を向ける彼は、ゆっくりと私達の前まで来て、絵画の方を見る。
「失礼、私はこの美術館で働いている者です」
「あ、どうも」
「こんにちは…」
「はい、こんにちは。こちらの絵画はおよそ三万年前に書かれたと思われる絵画で、火の国…神器を作り出した国と言えば良いですかね?その国の跡地で神器と共に出土されたものですね。特殊な魔法がかかっていて、劣化が起きないようになっているんです」
絵画の説明をする男性だが、その話の中にいくつも気になる言葉があった。
まずは火の国とやら。
セレナ達が使っていたあの神器を作り出した国らしく、話から最低でも三万年前までは栄えていたのだろう。
次にそもそも三万年前、という時間。
この世界がどれだけの時間存在しているのか分からないが、人間の歴史が少なくとも三万年以上続いているとなると元々いた世界の現世の人間と比べるとかなり差異がある。
この世界は色々と歴史が妙に長く、調べ事が尽きなさそうだ。
「歴史は…まぁ、分かったけど。この絵が題材にしているのって…」
「おそらく聖戦を想像して描かれたものですね」
「やっぱり…」
「確か、『天に開いた門から獣の姿をとった黒い怪物達が現れ、世界を貪り始めた。彼の獣達は異質な力を使い、並みいる豪傑も寄せ付けなかった。ある時世界の行く末を憂いた"調停者"達は"黒い獣"を相手取った"聖戦"に挑み───』」
「『───獣達を滅ぼすことは叶わず、未だ厄災は闊歩する。』聖国に伝わる聖書の一節ですね。よくお勉強なさっているようで」
「あぁいや、友人から聞いたのよ。私達がそんなに詳しい訳じゃ、ないわ」
「そうですか?しかし聡明なご友人ですね。聖国の聖書は各国に開示されているので機密性はありませんが、近頃神教国のせいで宗教の印象が悪くなってそれに関連するものに皇国の民が関与しようとすることが減っているんですよ」
「そうなんだ…そう言う君は格好からして宗教に関係が?」
「ええ。普段は教会に努めていますが、こういうとあれですが、慈善団体の教会では収入はありませんからね。時々ここでも働いているのですよ。ちなみに皇国の教会は聖国と同じく双神を奉っています。神教国は創成神を奉っていますが、連中は所詮建前のようなもので信仰心などほとんどないでしょうし、創成神も神話で良い話は聞きませんしね。口だけの堕神ですよあんなの」
「散々言うわねあなた…」
「宗教家としてそれはどうなの?」
優しげな顔をして辛辣に毒を吐く青年。
この世界の人間は濃いのしかいないのだろうか?
「一応宗教に身を置く者としてあなた方を勧誘するくらいはした方がいいのでしょうが…見たところ旅の方ですか?」
「うん。オルターヴに来たのもほんの数日前なんだよね」
「ここに来たのはこの町が美術、芸術で発展しているって聞いたからだけど…」
「文芸も同様ですよ。歴史的な書物は帝都の図書館の方が多いですが、作家の方が書いた娯楽用の出版物ならばオルターヴのものが人気です。ちなみに最近は文芸品や美術品、図書館等の書物の流れはハルス様が取り仕切っているそうで、その見事な手腕のお陰で各都市に違った文化を築かせているそうで、旅行に出る者も来る者も増えているんです」
「ハルス様…?」
「知りませんでしたか?彼の黄道十二将星序列五位です」
「またか!」
急に叫んでしまったので周囲の視線が一気に集まる。
当然美術館での大声はマナー違反なので周囲に頭を下げるが、フィリアは容赦なく小声で笑うので、自分でも顔が赤くなっているのを自覚する。
しかし、皇国に優秀な人材が多いのは知っているが、流石に多方面に手を出しすぎじゃないかと思う。
というか将が内政にそこまで関われるのもどうかと思うが、忙しくないんだろうか?
「えっと…そうだ!旅をしていらっしゃるのでしたら、リリエンタの町に行ったことはありますか?」
空気を変えるように男性が話題を振ってくれる事に感謝し、内容からこの大陸の地図を思い出す。
「確か大陸の南の町だっけ?」
「帝都から南西寄りの港町だったはずよ」
「はい。ヘイルベールは…知っているかも知れませんが、以前現れた"黒い獣"に…その怪物も国と陛下を救った英雄に討伐されましたが…」
「「ぐふっ!」」
「?…どうされました?」
「いや、なんでも…」
「ないわよ、ええ、大丈夫…」
新聞で何故か私達の情報が流れていた事は知っていたが、まさか英雄扱いまでされていたとは…
私だけでなくフィリアも顔を赤くしているし、セレナは本当に物怖じしないなぁと、逆に感心してしまう。
次会ったら絶対文句を言ってやろうと決意したが。
「そうですか…えぇとですね。リリエンタには灯台があるのですが、そこからこの世界で最も大きな樹である"天樹"を臨むことができるのですよ」
「天樹?」
「私も何度か見に行った事がありますが、それはそれは大きな樹で、雲を突いてなお頂点が見えぬ程です。旅の観光をするものなら一度は訪れるべき場所ですよ」
「へぇ…今度行ってみる?」
「そこまで大きいっていうなら興味あるわね。ん?でも直接近づける訳じゃないのかしら?」
「天樹は大陸から南に離れた孤島に生えていますからね。渡るためには海路か空路を行くしかありませんが、あの海は水明竜、"ミクリ"の縄張りですからね。海路を通っても空路を通っても攻撃されるので近づけないとか」
水明竜…以前サリエラが霊峰竜"ナルユユリ"の話をしていたが、割とこの世界に竜はいるものなのだろうか?
その天樹とやらに近づいて見たい気持ちもあるが、どこに危険があるかも分からないこの世界で不用意な移動は避けた方が良さそうだ。
フィリアも同じ考えに至ったのか、ブツブツと言っていた独り言を止めた。
…フィリアは小さくとはいえ、考えてることが口に出やすいから気をつけて欲しいなというのが親友からの思いだ。
言ってみたところで直らないのは知っているが。
「まぁ、少し遠いけどこの町を出たら見に行こうかな」
「天樹とやらの葉とか根とか、欲しいわね…」
「うん、研究肌なのは知ってるけど自重しようか」
「お嬢様方は仲がよろしいようで…縁は大切にしてくださいね」
「言われるまでもないよ。私はいつまでもフィリアと一緒にいるつもりだからね!」
「こうして思うと奇妙な縁だと思うけどね、出会い方が出会い方だったし」
「自分でもあそこからよくここまで仲良くなれたと思うよ」
「残念ながらあなたが思ってるほど仲良くはないわ」
「酷いっ!?」
しかし冗談だとは分かっているので、二人して笑いを堪えられなくなり、修道服の青年に注意…もとい怒られるまで笑い続けた。
ミシェルとフィリアの数奇な出会い。
偶然か必然か、運命か否か。
昏い景色を見続ける天使の少女が救われた美しくも、しかし残酷な悪魔との出会いの物語。
それは、きっと二人がそれを語り聞かせたい存在ができるその時まで、語られる事はないだろう。
二人を取り巻く世界の謎、そして奇妙な運命とは───




