第二十一話 立つ鳥々の未来図
「さーてと、どこに行こうかな。」
「地図は買ってたわよね。近くに町とかないの?」
セレナ達のお礼から逃げるためにギルデローダー戦の後片付けを一通り手伝って逃げてきた私達。
現在は帝都から東に離れた平原の一角で二人で休憩を取っていた。
転移や飛んで移動するのも良いが、緊急ではないためにホロウェル戦後の馬車移動の時のほのぼの感を思い出し、まったりと歩いて移動することにした。
せっかくのまったく知らない未知の世界なのだ。
楽しめるものは楽しんだほうがいい。
閑話休題、フィリアからの指摘を受け無限鞄から以前帝都で少し過ごしたときに買っていた巻物のような地図を取り出す。
「えーと…そういえば買ったのは大陸図だね。世界地図の方が良かったかな?」
「ん~…まだ良いんじゃないかしら?土地勘ないんだし、下手に広く書かれているやつよりも詳しく書いてあるやつの方が見易いだろうし。」
「そっか。えっと、大陸は縦長に近くて…クランセス皇国が大陸の南に位置してるんだよね…って、やっぱり皇国の領土広いなぁ。大陸の四割くらいあるかな?」
「神教国とか聖国も国家として大きいらしいけど、皇国はやっぱり別格なのね。だけど、聞いた話によると人口は三国でそこまで大きな差はないらしいわ。」
「そうなの?」
「そう考えると…人外差別の風習を持つ人間が大陸の三割近くを占めていることになるのね。」
「なるほど…やっぱり神教国に行くのは後かな。」
皇国の戦争相手である神教国。
過去に皇国の軍部に大きな損害を与えた強大な力を持った教王が統治する大国の一つ。
ギルデローダー戦の後片付けで夜営していた時に聞いた話だが、神教国では獣人や妖精、魔族といった人外種が奴隷として扱われていたり、人外種というだけで隣接していた人外種の国々や集落が攻め滅ぼされていたりと、かなり酷い状況になっているらしい。
現在では小国はそれぞれ三大国に吸収されるか滅ぼされるかで消え、迫害された人外種を受け入れた皇国、人外種の国々を滅ぼし、同じように人外種に偏見を持つ小国を合併した神教国、そして傍観して関わらない国を庇護下に置いた聖国と、事実上大陸はこの三国だけの国家により統治されている。
なお人間が多いのはこの大陸だけらしく、海を渡れば人間の国はあまりないらしい。
「そうなると…聖国に行ってもいいけど、ひとまず皇国の他の町を廻ろうかな。」
「まあ無難ね。近い町はどこ?」
「六キロくらい北上したら"オルターヴ"っていう町があるみたいだね。戦線は国境で展開されているって聞いたから、それからも離れてるししばらくまったりできるんじゃない?」
「だといいけど…そういえばこの世界にも魔物とかいるのよね。一応道のりは大丈夫?」
「この地図丁寧にそういった危険地帯まで書いてるっぽいから、迂回できるよ。」
「そう、ならいいわ。」
よくできた地図だなぁと思いながら地図全体を見ていると、端に『測量及び筆記 エミュリー XXXX XX/XX』と書いてあった。
日付はこの世界のもので、今から四年程前と思っていたよりもかなり新しい。
(エミュリーか…この世界に来てから聞いたことがあるような…まあいいか。)
今後の話をして数時間。
右を見ても平原に左を見ても平原、前も後ろも平原。
「…飛ぼうか。」
「そうね。」
「やっと見えた…」
「方角だけ確認して降りて歩いたらまた迷うとはね…私達ってもしかして方向感覚あまりない?」
「いや、この世界が私達の世界と方向の概念が歪んでるんだよそうだよ。そう…前の世界でもこういうこと…無かったよね?」
「思い出したら少なくとも三回はあったわね…」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
現実を突きつけられると泣きたくなる。
確か"両成敗"のためにあっちこっち戦場を二人で廻ってた時に天界と魔界の境にある『境海』を飛んで渡ってたらいつの間にかに訳のわからない場所に辿り着いてたことがあった気がしないでもない。
あそこから抜け出すのに二週間以上かかって二人してやつれたのは今になっては良い思い出…とかにはならず普通にトラウマだ。
…今回はトラウマが超大型特級蛇に辿り着かなかったことに謎の喜びを感じていると、町の前に辿り着いた。
町は帝都程ではないが高い壁に囲まれていて、その広い町を完全に囲んでいる。
空から見た感じ町への入り口は五つあり、今は町の北側の入り口の正面にいる。
なぜ北上していたのに町の北側にいるのかを聞きたいのなら察して欲しい。
「入ろうか」
「今回は大人しく観光したいわね。」
「そうだねぇ。無駄にお金貰っちゃったけど、お洋服とかも見てフィリアを着せ変えてみたいし。」
「染め物屋でもあればミシェルの翼をカラフルに染めて貰おうかしら。丁度良いキャンパスが六枚もあるんだし。」
「無駄に目立つ嫌がらせやめて。」
いつもの如く軽口を叩きあって町の門へ行くと、簡単な身分確認だけされてすんなり町に入ることができた。
やはり皇国は人外種への受け入れ体制が高いようだ。
ちなみに身分証はギルデローダー戦の前の会議後にフロウに渡された。
職業に『軍関係者』と書かれていることについて抗議したが悉く無視された。
さらっと既成事実を作ろうとしている辺り本気で勧誘する気だったのかと今になって身震いしているくらいだ。
そのせいか、門番に敬礼されたし。
「うん、帝都とは少し雰囲気が違うけど、良い町だね。」
「趣があるわね。何て言ったかしら、こういうの…」
「ちょっと近代っぽい町並みだから…ルネサンス?あれに近い感じかな?」
「それそれ。前の世界で現世の人間が築いてた文化よね。」
「確か現世の解放と個性の重視を謳った文化で、美術とかその他諸々の文化を広く伝えて文芸や学芸を復興させたんだっけ。人間はやっぱりこういうものを産み出せるから好きなんだよね。勿論様式が似てるだけでこの街の文化は別物だろうけど、何時の時代もどんな所でも、発想力が豊かなのは素晴らしいことだよ」
帝都は中世風で厳かながら気品のある町並みだったが、ここオルターヴの町は美術的な文化で栄えていて、彫像や壁画などがよく見られた。
文化レベルで言えば優劣は付け難いが、美術的な面ではこちらの方が進んでいるようだ。
まあ帝都は王城や軍の拠点があって技術がそちらに優先されているというのもあったかもしれないが。
「オルターヴは皇国で三番目に大きい町で、人口は帝都に次いで二番目。住民ももちろん、観光客も多いみたいだね。」
「確かに店が多いわね。絵画店とかもあるのは芸術が発展している町だけあるわね。」
「まあひとまず宿でも探そうかな。」
町の景観を楽しみながら練り歩けば、まるでこの国が戦争をしているとは思えない程に住民達の表情は明るかった。
しかしところどころで獣人や妖精を見ると、この世界の情勢を思い出さずにはいられないのは少し落ち着かないが。
それからしばらくして手頃な宿を見つけた。
無駄にお金は持っているが大切に扱わなければいけないのはどこの世界だろうと同じなので、あえて安宿を選んでいる。
料理とかも食べてみたいが、本来天使や悪魔は別に何か食べなくても生きられるので、今回は我慢することにした。
そんな宿で過ごす一夜にて。
「う~ん…改めて鍛え直そうかな。」
「急にどうしたのよ。」
ベッドに腰かけて一人呟いているとフィリアが反応し、読んでいた本を置いて私の横に腰かけた。
「いや、あの"黒い獣"然り、アレク達みたいな凄い強い人然り、この世界って結構危険が多いじゃん。」
「アレク達を危険に含めてるのはどうかと思うわよ?」
「それで、ホロウェルとか、ギルデローダーとかはセレナ達の力を借りられたから倒せたけど、もし私達だけでまた"黒い獣"と遭遇したら勝てたのかな、って。」
「…別に、無理に倒そうとする必要はないのよ?飛べるんだから最悪逃げればいいし。」
「でも個体によっては逃げられないかもしれないよ?"黒い獣"は全部で二十九体いるらしいし、その全てがそれぞれ違うあの"異質"っていう特殊能力を持っているのなら、私達でも逃がさせてくれないかも。」
「…あなた、そんなに後ろ向きな性格してたかしら?」
「私は良いんだよ?でも…今回の戦いでフィリアちょいちょい味方の攻撃に巻き込まれかけてたけど、私すごく心配したんだよ?」
「ミシェル…」
「私は、フィリアにできれば危ないことに巻き込みたくないから、少なくとも今はそう思ってるから、だからせめて危険に立ち向かえる力が欲しいなって…」
「…まったく、本当にあんたは面倒な性格してるわね。」
フィリアの柔らかい手が頭に乗せられ、私の頭を撫でた。
「私だってミシェルのことが心配だからできれば"光皇"を使わせたくないし、魔力が封じられて思うように"黒い獣"との戦いに貢献できないのが焦れったかったのよ?」
「それは…フィリアは浄化領域で"おどみ"を弱めてくれたし、支援はいつも助かってるし…」
「なら私も同じよ。私だっていつもミシェルに助けられてきた。今回だってそう。そしてミシェルがそう思ってくれているのなら、私だって戦えるって分かってくれてるってことでしょ?私達は二人で進めば良いのよ。私は、いつまでもミシェルの横に居てあげるから。」
「フィリア…」
「だから、ね?」
「…うん!」
頭を撫でている手が暖かくて、フィリアの声が心を癒してくれて、悩んでいたことが晴れていって。
"絶対に、私の大切な人を守ろう"という誓いを思い出して。
「これはもう結婚したも同然では?」
「私の気遣いを返せ!!」
それでも一緒のベッドで寝てくれた辺りやはりフィリアはお人好しだと思う。
少女の思いは愛しくて───




